第一章 第2話「アキツ・シティ」
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アキツ・シティには二つの壁が存在する。
危険な存在が跋扈する外界とシティを隔てる最外殻、通称〝瓦礫の壁〟。
その〝瓦礫の壁〟の内側に存在し、企業の社屋や工場設備が存在する区画とシティへの居住権を獲得した住人――シ民の居住区画を囲む、通称〝選別の壁〟。
では〝瓦礫の壁〟と〝選別の壁〟に挟まれたドーナツ状の部分は何なのか。
そここそは不法居住区画――ジャンク・タウンであった。
シティの居住権を得られなかった者。もしくは、居住権を持っていたが何らかの理由で失った者。それらの人間が身を寄せ合い暮らしているのである。
元々、壁は一つしかなかった。今でこそ〝選別の壁〟と呼ばれているが、昔はそれがシティの最外殻だったのだ。
しかし、様々な理由からシティに住まうことができなかった者が壁の近くに集まり、脛に傷を持つ後ろ暗い輩やシティに入るまでもないが羽休めしたい旅人なども混ざり合い、いつしか第二のシティとも呼ぶべき様相を呈し始める。
だが、そこに守ってくれる壁は無い。となると、暴走アンドロイドやミュータント兵器の襲来に自ら対処する必要がある。住人たちは組織的に武装を始めた。
その時点で、アキツ・シティの全システムを統括する中枢AIが、それらの区域も囲む新たな壁の建設を提言したのだ。
シティを運営する企業は当然難色を示した。壁の外の人間を保護してやる義理などないと。
それでも、『人類の保護とより良い未来の実現』を至上命題とするAIは意見を曲げなかった。自衛のための集団武装が、反シティ組織の誕生に繋がるリスクを重視したためと言われている。
かくして企業は渋々、壁の建設を決定したものの、意に添わぬ行為であることを表明するように可能な限りコストを抑えた建設を行った。
設計はAIに丸投げ、頑丈さだけは折り紙付きだが、備える設備は最低限。資材は全て旧時代の遺構を解体、転用してコスト削減。デザインなど当然二の次、固くて囲んでさえいればよいのだと言わんばかり。
結果として出来上がったのは、武骨で荒々しい鋼鉄の壁であった。
洗練されたデザインの最初の壁とは対照的な姿に、建設の方法も含めて人々は自然とこれを〝瓦礫の壁〟と呼んだのである。
鉄板を継ぎ接いで造ったような巨大な門が悲鳴を上げながら開いていく。
全高百メートルの壁を抜けると、無秩序に建設された構造物が左右に林立する。それが家なのか店舗なのか、あるいは別の何かは分からない。外観からでは区別がつかないからだ。
これがジャンク・タウンのありふれた風景。
この区画の密度は凄まじい。ペットロボットの充電スペース程度の空き地だろうが何がしかの構造物が立てられる。
しかしながら〝瓦礫の壁〟の門と〝選別の壁〟の門を繋ぐ大通りだけは別だ。
ここだけはシティも道路標識映像を表示可能な電面舗装路を敷き、大型トレーラー六台が同時に擦れ違えるほどの空間を確保していた。
また、大通りの中間地点には、シティ保安部隊の詰め所まで設けられている。……不法居住者同士のトラブルには一切介入せず、道路を一ミリでも侵犯する者にブラスターを撃ち込むための武力である。
大通りを〝選別の壁〟まで辿り着き、搬入ゲートにトレーラーが滑り込んだ瞬間、リン・ツカモトは張り詰めた緊張の糸を解き、ようやく安堵の息を吐くことができた。
積み荷の走査が一瞬で終わり、種類・数量・状態ともに問題ないことが確認される。
リンの端末へ、契約の報酬金百万レジットが振り込まれるが、当の本人はまるで浮かない顔であった。
武装請負人の中でもアキツ・シティから直接契約を結ぶに値すると認定された存在――通称サムライになることができて以降、リンの双肩には目に見えない重石が乗り続けている。
シティの信頼を勝ち得ていくには仕事の失敗……いや、成功であろうと、わずかな瑕疵すら許されない。
重要な仕事だった。
仕事への侮り、護衛中の気の緩み、油断……わずかでもそれらを抱いた瞬間は一度もなかったと断言できる。
であるならば――今回の一件は、運が悪かった。そう表現するしかないだろう。
同時に、運が良かったとも。
行きの積み荷を無事ミズホ・シティに納品し、帰りの積み荷を乗せてもう少しでアキツ・シティに到着というところで暴走アンドロイドの群に補足されてしまった。
そして依頼の完全な達成を諦めかけたその時、藁にも縋る思いで放った限定救援信号を拾ってくれた誰かのお陰で窮地を切り抜けることができた。
思い出したように心臓がバクバクと脈打っている。
(あの人はいったい誰なんだろう。お礼もちゃんと言えなかった)
数十体はいたアンドロイドを同時、かつトレーラーに被弾しないよう威力や軌道を計算して撃ち抜く芸当。
質量の暴力と化した巨大アンドロイドの腕を鮮やかに切断してみせた腕前。
ハイテク銃を高度に使いこなし、剣の腕も立つ。
自分の知る限り、そんな人物の話は聞いたことがない。
ただし、見当はつく。
(リンダリアルの〝異界渡り〟……)
リンの脳裏に、月を背景に佇んだ金髪に長い耳の剣士の姿がよみがえる。
……が、同時に、これから頭を悩ませなければならない厳しい台所事情への不安が鎌首をもたげる。
報酬金額がいかに高額であろうと、全ては利益が出ていればこその話である。
百万レジットという大金は既に額面から大きく目減りするどころか、マイナスの領域に足を突っ込んでいる。
フルフェイスヘルメットは破損し、相棒の高周波ブレード『SHINANO』は酷使により刃の交換が必要。
幸いにも無傷な強化外骨格とて、使用後のメンテナンスは欠かせない。
それら修理費と維持費の原資になる報酬の内、七割は救援の依頼料として支払ってしまった。完全な大赤字である。ただでさえ生活費、学費、治療費の支払いなど諸々の出費で余裕がないというのに。
「……悩んでても始まらないか」
とにかく帰ろう。足取り重くリンはジャンク・タウンを家路につく。
途中、路地裏の人気のない場所に設置してあった自販機で飲み物を購入し、喉を潤す。いくら金に困っているとはいえ、これぐらいの労いに罰は当たるまい。
不法居住区の歪な建造物……その切れ目から覗くシティ中心部の摩天楼の壁面に、今飲んだエナジードリンクを含む巨大電子広告が群れとなって躍っている。
『弾けるシナプス! 電脳作業にコレ一本! 「CY・BAR」絶賛発売中!』『OILAND 文化復興十周年記念 期間限定仮装パレード開催中!』『着物は新たな時代へと進化を遂げる――水中着物のOKAGEYA』『あの旧時代の味が復活! うどん飯~シチュー風味~!』『新発売――
嫌でも視界に飛び込んでくる宣伝広告。最近は、かつてこの地に存在した国家の精神を取り入れた商品がよく目立つ。
それもこれも十年前から始まった文化復興運動が原因だ。
――最終戦争によって一度地上から滅び去った旧時代の文化。企業のデータベースに残されたわずかな情報を漁るか、外界の遺構からサルベージすることでしか知ることはできない。
だが、シティの支配により人類が絶滅の可能性を脱し、生活の余裕を取り戻したことにより、世界中で自分たちのルーツを取り戻す旅が始まった。
発掘された旧時代の文化は、研究よりも拡散が重視され、瞬く間に共有される。
一つの文化を知り、それを咀嚼し味わうおうと思った頃には、既に次の文化が四方八方から送りつけられてくる。その速度はもはや病的だ。
今や企業の事業すら文化復興と切っても切り離せない。企業の社会的貢献と同様に、文化的貢献の度合いにも消費者は厳しく関心を寄せていた。
……とはいえ、芸術や音楽や文学を生業としないリンにとってはさして関心のない狂騒だった。それらに現を抜かす以前に、ブレードを振って食い扶持を稼がなければならない事情があるのだから。
歩き慣れた道の周囲を見回す。
軽量高耐久建材だからこそ成り立つ違法建築を、蔓のように伸びたパイプラインが覆う。
屋根は雨風を凌ぐと同時に道でもあり、学生が三次元的ルートの通学路をなぞり学舎へとひた走る。
主婦たちが電光掲示板に次々と表示されるファイナンスニュースを肴に世間話に興じる横で、猫型愛玩ロボットがパイプラインの露出部からエネルギーを摂取していた。
露店の主人が愛想よく接客する後ろでは、中古アンドロイドが合成タンパク食糧を配合してエネルギーバーを調理する。
リンは不法居住区画で育ち、この光景が好きだった。
確かに混沌としているものの、人間の温かさが空気に乗っているような、生のエネルギーが充満した活気を感じるのだ。
中心部のサイバーな世界に憧れないわけではないが、自分で稼ぎを得られるようになっても生活拠点を移す気はなぜか湧かなかったのである。
「アカネさん、ただいま」
周囲に埋もれるように、ひっそりと佇む店構え。
『万修理屋 ツカモト商店』
部品取り用の機械や名称不明な工具などが雑然と並んだ薄暗い店内を奥に分け入る。
目当ての人物はその最奥で渋面を作りながら配線を繋げている最中だった。
「……ああ、リン。お帰り」
上下のツナギを着こなし、上半身部分は脱いで白いタンクトップを露わにした女性。年は二十代中頃だろうか。
アカネ・キクノジョー。
ツカモト商店の店長代理である。




