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情動

作者: 竜崎
掲載日:2026/05/07

 何ということもない、日常。

 月曜日から金曜日まで仕事をする。残業もあれば定時帰りもある。出社と在宅はまちまちで、生活リズムが整うことはない。

 生活は安定している。金銭的余裕もある。人間関係で特別困っていることはない。

 世間一般的に見れば、恵まれた人生を歩めている。


 それでも、なにか、空虚な日々を過ごしている感覚がある。ルーティンとして仕事をこなし、その疲れを土日で癒し、また仕事に向かう。

 時に、自分は楽しい人生を送れているのだろうかと考えることがある。考えたところで、また現実に引き戻される。やらなければならないことに追われて考える暇がなくなるのだ。


 何かを変えたいとは思うが、何を変えればいいのか、自分が何をしたいのかが分からなくなってしまった。

 ただ、漠然と『今』から抜け出したいと心がざわついているのだ。


 パソコンで仕事をするせいで、休みに自分のパソコンを開くのが億劫になってしまった。

 大学生までは生活に支障が出る程、ネットゲームにのめり込んでいたのが嘘みたいだ。

 せっかくの休みなので、久しぶりにやり残りしていたRPGゲームを進めるかと、重い腰を上げてパソコンを立ち上げた。


 通知がたまっている。ネット友達からのチャットに返信するのを忘れていたな。今更反応するのもおかしいか。

 メールも数十件、新着があった。

 メールソフトを開くと、企業からのメルマガばかりだったが、一件、見慣れないアドレスから受信していた。


 アドレスを確認すると、小学校の頃の友人の名前だった。当時は毎日のように彼の家に行ってはゲームをしたり、キャッチボールなんかもしたり、そんな記憶がある。

 僕は中学に上がる前に、遠くに引っ越したので、それ以来会っていない。同窓会も一度も参加していない。彼が今どこで何をしているのか、全くわからない。

 それでも、彼と過ごした日々は輝きを保ったまま、思い出として残っている。


 彼からのメール。今になって、何の用だろうか。メールはとてもシンプルなタイトルだった。


「共有」


 本文は何もない。画像が添付ファイルとして送られている。

 画像には、一枚の紙が写っていた。広告紙の裏に、汚い字で何かが書かれている。

 そうだ、思い出した。僕らはオリジナルの物語を作ろうと二人で計画していたんだ。この紙にはその時のプロットが書き込まれていた。

 懐かしい。あの頃、僕らは本気で世界に名を馳せる小説家になると息まいていたな。残念ながら、叶うことはなかったのだが。


 しかし、なぜこんなメールを今頃。と思ったとき、メールの受信日時が目に入った。

 見間違いかと思って、メールを開き直してみたが、間違いではないらしい。

 十五年前の日時が表示されていた。転送された訳でもなく、十五年前のメールそのものだった。

 新着メールとして表示されたのは、メールソフトのバグだろうか。


 十五年前といえば、ちょうど彼と小説の構想を練っていた時期だ。当時はSNSも発達していないし、スマホもない。そういえば、メールでやり取りをしよう、と彼に言われて一緒にメールアドレスを作った気がする。それから僕はメールアドレスを変えずに、ずっと使っている。


 彼もまだメールアドレスを変えていないだろうか。今、彼のアドレスにメールを送れば届くのだろうか。

 でも、怖い。

 もしも、彼が当時の熱量を持ったままでいるとしたら、今の僕を見て失望してしまうのではないか。


 メールソフトを閉じた。一通のメールは、今の僕にとっては眩しすぎた。

 僕は、あの頃の僕に尊敬される人間になれているだろうか。今の僕は、あの頃の僕と同じ情熱を持って生きられるだろうか。


 僕は大人になってしまった。僕は僕の限界が見えてしまったのだ。有名な小説家にはなれない。好きなことをして生きていけるほど才能があるわけではない。そのことに気が付いてしまった。

 子供のころの夢というのは、無知ゆえの無謀さと無邪気さがあるからこそ、代えがたく価値があるのだ。


 答えは出ていない。

 でも、この情動が引いてしまう前に、何か行動を起こさなくては。何か。何かないのか。


 メモ帳ソフトを立ち上げる。

 何でもいい。この衝動を形に残すんだ。

 過去の彼と僕が持ってきた情熱が、今の僕を動かしているのだ。

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