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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

知っていた。

作者: ひなた
掲載日:2026/02/12

彼が死んだのは必然であった。この世の理のように当たり前のことであったと思う。


僕は知っている。


佐藤幸喜(さとうこうき)は平凡で普通の人間だった。

有名企業の子会社の営業部で、会社から近い住宅街にあるワンルームマンションに住んでいた。自炊は苦手でほとんどしない。たまに母親が部屋に来て怒るらしい。

「今時の男は、飯も作れなきゃモテないよ」が口癖だとか。彼は家事全般が苦手だった。

好きな料理は母親の手作りカレーとサイダー。嫌いな食べ物は苦いもの。好きなお酒はレモンサワー。

趣味はドライブと旅行、疲れたときほど饒舌になり、酒が回りやすい。何か思いついたときは必ず人差し指を立てる。

どうしてそんなに彼に詳しいのか、と聞かれれば彼とは高校の時に出会った同級生である。高校ではクラスの二軍で良くも悪くも目立つような男ではなかった。

クラスで三番目に背が高かったのを覚えてる。

仲が良かったのかと聞かれればそうではない。ただ、社会人二年目の夏に飲み屋で再開を遂げてから約半年間、二人きりだと思ったよりよく喋ることを知っただけの飲み仲間だ。


幸喜の安らかな寝顔を見て、彼は心地よく眠っているだけに思う。そこにないのは寝息だけだった。


遺書等の類は見つからなかったらしい。

「紘くん、だっけ。ありがとうね、来てくれて」

そう言って涙を零しながら話しかけてきたのは綺麗な婦人だった。名前は佐藤佳代子さとうかよこ。彼の母親である。

彼女はシングルマザーで誰よりも自分のことを考えてくれているのに誰よりもウザい人だと彼は言っていた。

「何か、幸喜から聞いてなかった?」

「いえ、特に」

彼女は少しやつれたように溜息を吐いた。

本当に何も知らないといえば嘘になる。だが、それを彼女に話しても理解はしてもらえないだろう。


「佐藤は良いやつだったよ」

彼の上司や同僚は皆一様にそう言った。

そうだろうな、と思う。それは人に言われなくても自分がよく知っている。

ただ、人が亡くなったとき、人は皆口を揃えて同じことを言う。それだけで上っ面の付き合いだったんだろうとよくわかる。

「君は、彼の友人だったのか」

「いえ、昔の同級生です」

そうか、とそれ以上踏み込んでは来ない。それだけでその関係がよくわかる。


きっとひと月も経てば、脱線した線路が軌道修正するようにこの人の死というものも乗り越えられる。

そう思っていた。

けれど何故か自分の中で上手く消化出来ずに、幸喜の死を受け止めきれない自分がいた。

なんでだろう、彼とはただの飲み仲間だったはずなのに。


僕は知っている、はずだった。


幸喜のことは何でもわかっていた気がしていただけで僕は何一つ理解はしていなかったのだ。

それに絶望した。自然と涙が流れる。そして、気づいた。


そこまで思うほどに彼に自分は惚れこんでいたのだと。


手元からするりとグラスが落ちるかのように自分の心がガシャンと壊れたかのようだった。

思い出す。彼が好きな料理をしているときの明るい顔を、彼の母親について話すときの呆れた顔を、行きたい旅行先の話をする彼の顔を。

平凡な彼の、平凡な話を聞く、唯一の存在がじぶんであった、と。

全て気づいたところでもう彼はこの世の人ではない。


一人で声が枯れるまで泣いた。


彼は平凡を体現した男だった。それでも確かに僕の中では平凡な男ではなかったのだ。

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