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天才との昼食

 初めて敬ちゃんから一緒にご飯を食べようと言われた。僕が驚いたことに驚かれた。不自然だっただろうか。僕は少し戸惑ってしまう。切り替えよう。


 僕らは屋上に来た。ここは芸術科目だけ切り離された教室棟。たぶん僕以外に屋上への扉が、施錠されていないことを知らない。


 僕もこの棟の掃除をしている最中に気が付いた。三階の階段を上った突き当り、そこにベランダみたいなところがある。外に出て、奥に行くと屋上へと続く、梯子がある。


 この棟に人はめったに来ないし、気で囲まれているせいで、そこからこの階段が見えない。今のところ、僕と敬ちゃんしか知らない。


 屋上まで上がると、高いフェンスで覆われているが、一面だけきれいな景色が見える。


 すっかり夏の様相に変わった北アルプス。この雲の多い時期は下半分の緑しか見えない。山頂の雪もほぼないだろう。森林限界の境界が見えれば晴れている方だ。


 貯水タンクのそばにふたりで座ってご飯を食べる。僕は自分で作ったお弁当。と言っても冷凍食品を詰めて、炊いたご飯を入れたお弁当。自然解凍のグラタンとシュウマイとその他。大体のラインナップは決まっている。


 敬ちゃんはコンビニで買ったパンとおにぎり。あとはあったかいお茶の入った水筒。と野菜ジュース。両方とも温かみのないご飯、なんて言ったらいけないんだけれど、寂しい社会人のようなラインナップを見れば、過保護な保護者は心をいためるだろう。でもコンビニご飯にあこがれのある、お金のない中学生ならうらやましがりそうだ。


「なんで部活に入らないのって前に聞いたっけ?」僕が敬ちゃんに聞いた。


「うん」コンビニおにぎりの封を切る。エビマヨとツナマヨを持っていた。なかなかのハイカロリーコンビに僕は驚いた。天才は燃費が悪いのだろうか。


「忙しいからだっけ?」僕は持ってきた割り箸を割る。


「そうだね。バイトしなきゃいけないから」バリバリとなる海苔をきれいに噛み千切る。僕と違ってこぼさない。品のある食べ方だった。


「どっちの?」


「うん。知り合いのね」敬ちゃんは野菜ジュースにストローを刺していった。


「何か欲しいものでもあるの?」


「んー。使いたいときにないと困るからさ。 それが?」


「いや。聞いてみただけだよ」


「なんかよそよそしいね。変なものでも食べたの?」敬ちゃんは心配そうに僕に聞いてきた。


「そう?朝から最下位だって言われればそうもなるよ」


「いや、ならないでしょ。透真君はならないよ」


「それを一位が言ったところでね」


「ふふふ、そうだね」敬ちゃんは楽しそうに笑っている。


「敬ちゃん、今日なんかいいことでもあった?」


「一位だからね。機嫌いい?」コンビニの手拭きで味付け海苔のべたべたを取る。


「うん。よくしゃべる」


「なんだか楽しみなんだよね」敬ちゃんが二つ目のおにぎりを開けた。


「何が?」


「野球が」


「良かったじゃん」


「野球やってて楽しいなんて始めたとき以来だよ。楽しい思い出が返ってきた」


「昔やってたの?」


「昔ね。少しうまかったんだ」


「今でもうまいでしょ。ほかにもやってた?」


「サッカーとテニスとバスケとかやってたけどやめちゃったね」


「なんで?バイトが忙しいから?」


「うん。そんな感じ」


「ちょっとうらやましいね」


「もったいないじゃなくて?」敬ちゃんが食べる手を止めて僕に聞く。


「え?うん」


「あ、何でもない。忘れて」


「もう一つのアルバイトは任せて」


「うん。ありがとう」


「お安い御用さ」


「じゃあバイト代は折半でもいい?」敬ちゃんが僕に問いかける。


「うん。いいよ」


「え?あ。嘘だよ」戸惑った敬ちゃん。


「別にお金に困っているわけじゃないから別にいいよ」


「だめだよ。ちゃんともらわないと」


「必要な人に行くべきじゃない?」


「もしかして貴族なの?」


「えぇ。そうですとも。私はとても高貴な貴族です。そんな私の嫌いな言葉はノブレスオブリージュです」


「教科書に乗れそうな貴族だね」


「僕のやることなすこと乗るかな。透真伯爵の一日の予定とか。偉業とか」


「そんなの乗らないと思うよ。首ならあり得るかも」


 平然な顔をしてスプラッターなことをさらっと言ってきた。


「ジュイス に頼めばやってくれるかな」


「何それ?」敬ちゃんが食べる手を止めて僕に聞いてきた。


「親身になってくれる執事みたいなやつ」


「コンシェルジュってやつ?」


「そうだよ。携帯の中にいるんだ」


「あ、これのこと?」敬ちゃんはスマホを見せてきた。


「その羊は何?」


「ジュイスじゃないの?」敬ちゃんが携帯をみせてきた。


「ちがう。それじゃない」


「じゃあこの子の名前はなんだろうね」


「ジュイスでいいんじゃない。僕がめいめいしよう」


「そんな簡単につけていいの?」


「名前なんてそんなもんでしょ。僕の名前もそうだよ」


「そうなの⁉」敬ちゃんが驚いた。こんなに声の大きい敬ちゃんは初めて見た。


「そんなに驚くんだ」


「いや、子供の名前はもっとじっくり考えるもんじゃない?」敬ちゃんに動揺が見える。簡単に流すと思っていたのに予想外の食いつきに僕は驚いた。


「透真って名前は母親が一秒で考えたらしいよ」


「それってうれしいの?」


「うれしいも何もないよ。そうなっただけ。特になんとも思わないかな」


「由来とかは?」


「よくわかんない。理由も特にないと思う。なんか直観だったってよ。お父さんが言ってた」


「そうなんだ。僕はいい名前だと思うよ」


「名前にいい悪いもある?」


「キラキラネームとかは悪いでしょ。子供が親の道具みたいに見えるよ」


「」


「こっち見てどうしたの?お米ついてる?」敬ちゃんが自分のほほを触って、米を探している。


「ううん。何もついてないよ。敬ちゃんがそんなこと言うなんて思ってなかったから驚いちゃった」


「そうかな?」


「敬ちゃんあんまり自分の意見とか言わないからさ。いつも僕がしゃべってばっかだもん」


「僕は十分楽しいよ」


「敬ちゃんは?」僕は自然に話を戻した。


「由来?」敬ちゃんはつぶしたストローが刺さる野菜ジュースを地面に置いた。


「うん」


「敬える人になってほしいからじゃない?」表情は変わらない。少しだけ敬ちゃんの声がぶっきらぼうに聞こえた。僕も配慮が足りなかっただろうか。ただ怯まない。珍しいこの状況は僕にとっては良いことだった。


「聞いたことないの?」僕は重ねて質問する。


「聞いたことないね」


「聞かないの?」野菜ジュースをつぶしている敬ちゃんに聞いてみた。


「聞かないよ」


「聞きたくないの?」


「聞いたら嫌な気持ちになるのがわかっているから」


「それでいいの?」僕は敬ちゃんにひるまずに聞く。


「いいんだよ」敬ちゃんは買ってきたご飯が入っているビニール袋に飲み終わった野菜ジュースを捨てた。


「どっちが決めたとかも知らないの?」


「たぶんお父さんだと思うよ。でもそんなに仲良くないからね。向こうはこんな僕嫌いだと思うよ」


 言い終わった後、敬ちゃんは心配そうに僕の顔を見た。


「僕と同じだね」僕は敬ちゃんに自分の考えを素直に話した。


「… そうなんだ」


「それなら聞かないね」


「そうでしょ」敬ちゃんは少し笑っていた。


 ステックパンに手を付けた。中の窒素が飛びてると同時に敬ちゃんはつぶやく。


「今日は不思議なくらいよくできてる」開けた袋から出てきたパンを見ていた。


「工場で作る菓子パンに日替わり要素が隠れているの?」


「はは、何でもないよ」 敬ちゃんは口を隠して笑った。


 何がそんなに面白かったのだろうか。少し考えてみるが思い浮かばない。


「いつも不出来なの?」


「違うよ。ただ、いつもと違うだけ」


「違うことはだめ?」


「変わることがいけないよ」 どこかの誰かみたい話す敬ちゃん。達観したようなその顔はまた遠くを見ている。


「」僕も同じような場所をじっと見た。山に登っている登山家でも見えているのだろうか。


「初志貫徹座右の銘だから。でも変わるべきなのかな」敬ちゃんはステックパンをちぎりながら僕に聞いた。


「というと」僕は敬ちゃんの言葉の真意を確認する。


「前も後ろを向くことも好きじゃないんだ」


「今が好きなの?」


「そんなこともないよ。いくらかマシなだけ」一口大にちぎったパンを口に放り投げる。


「思春期だね」


「終わりがあればいいんだけどね」


「終わらないの?」


「かもしれない。でも最近は明日が楽しい、待ち遠しいよ」


「それはいいこと?」


「うん。いいこと」


「スポーツ始めたから?」


「ふふ」


 パンをもぐもぐしながら鼻で笑われる。僕が見当違いのことを言ったからだろうか。敬ちゃんの笑い方は、これはお前にはわからないだろう、と先回りして決めつけるような笑い方だった。


「透真君と会ってからかな」意味ありげに僕を見て話してくる敬ちゃん。


「そう?」


「小学校の時はあんまり。ううん。ぜんぜん友達いなかったから」


「想像できないな」


「そう?できるでしょ。透真君は変な人だからね」


「敬ちゃん、わかんないの?」


「何が」 


「自分が面白い人間だってこと」


「そう?」敬ちゃんは僕のおかしな褒め方に口角を上げた。


「昔とは違うんだよ」


「じゃあ僕は変わったんだね」


「座右の銘はどうするの?」


「千変万化」 


「ほんとに?」


「嘘だよ」


「はは、極端だね」


 敬ちゃんは熱いお茶が入った魔法瓶を取り出す。上のコップを取り外して、赤ぽっちを押してお茶を注ぐ。


 いつもよりたくさん話す敬ちゃんに困惑した。僕の先を走っているのにまだギアをあげるつもりだろうか。


 僕の追いつけないところまで行きたいのかな。そんな気さえしてしまう。


 予兆は見えない。ただ僕が瞼を閉じる瞬間に見せているかもしれない。


 そんなことないのにそんなことを考えている僕。


 敬ちゃんの信じた星占いが良かっただけ、


 敬ちゃんの食べたパンの出来が良かっただけ、


 敬ちゃんのこの良かったことに僕の不幸が入っていないよね?


「 」


 さっきからずっとお湯を冷ましている敬ちゃんを見ていた。


「どうしたの?」


「いや、熱いの苦手なの?」


「うん。この魔法瓶最新のやつだから全然冷めないんだ」


「魔法瓶って進化しているんだね」


「うん」


 敬ちゃんの視線が落ちる。


「どうしたの?」僕はその理由を聞いた。


「何でもない」どうやら視線の先は僕ではない。手に持っている弁当の冷凍焼売だった。


「食べる?」僕は食べ終わった敬ちゃんに焼売をあげる。


「いいの?」


「いいよ。おいしいよ」


「いただきます」敬ちゃんは素手でつまんで焼売を口に入れる。


「どう?」


「意外とあったかいんだね 」


「給食はもっとあったかいよ」


「そうだね。温かさのあるご飯はいいよね」


 頑張って弾む会話。少しだけ沈黙が恋しくなった。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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