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天才と僕の共通項


 六月  二十一日




 朝からどんよりとした曇り空。今日は布団を干す日なのに、太陽が出ていない。僕が返ってくる前に雨が降りそうな天気。


 分厚くて黒い雲に文句を言っていたら、いつも乗っている電車に乗れなくなってしまった。いつもより長い時間家にいられることをポジティブに考えよう。


 めったに食べない朝ご飯を用意した。レンジであっためるタイプのご飯に、即席みそ汁。あとは賞味期限ぎりぎりの納豆を食べた。


 今日はいつもは見ていない朝の情報番組でも見よう。僕はリモコンを探してテレビをつけた。ちょうど星占いがやっている曲が流れてきた。


「 」


 深呼吸を途中で止めてテレビを消した。




 いつもより学生も、社会人も多い電車に揺られ最寄り駅についた。曇った窓にカバン擦れる。窓の水がカバンについた。


 電車のドアが開く。改札へと流れる人の波から離脱する。


 始業時間にまだ余裕があったので、目の前には敬ちゃんがいつも見ている自動販売機がある。


 電車を降りて自動販売機をじっとみた。こうやってまじまじと自動販売機を見るのは初めてだ。特に驚くような仕掛けや、珍しいジュースが陳列されているわけでもない。街中のと、違うところがあるとすれば一番上のボタンが押せない人のために、連動したボタンが下についていること。電子マネー対応しているとこ。あとは小銭を入れるとこに漏斗が付いているだけ。


 駅の構内では一般的なものだ。人に感知してラインナップを変えるとか、ケーキやリンゴが買えるとかそんなものはない。


 じっくり見るのに飽きた。見つからない間違え探しをやっている気分になる。


 急に右肩に重さと温かさを感じた。


「やぁ。おはよう」敬ちゃんが僕の肩に手を乗せてきた。


「敬ちゃん。なんでいるのさ」僕は本当に驚いた。いつもの電車から三十分は経っている。なんで待っていたんだろうか。とても不思議に思う。


「遅れることがわかっていたから待ってた」 いつものカバンにプラスエナメルバックを下げた敬ちゃん。どこか嬉しそうだった。


「え?なんで?」


「なんでだろうね」


 敬ちゃんは無邪気にスマホの画面を見せてにやりと笑う。画面には星占いが映っている。


「星占いだけで待ってたの?」


「『待ち人遅刻するかも』なんて書いてあれば内容を確かめるために待つよ。実際いつものところにいなかったからね」


「えぇ…。」あきれた声が漏れた。


「面白い顔だね」失礼な。いつもこんな顔だよ。


「今日敬ちゃん一位だったの?」


「うん。物事万事思い通りって書いてあれば一位の力を試してみたいよ」


「明日から星占い信じようかな」


「信じてなかったの?」


「十二分の一で一喜一憂してたら人生疲れちゃうよ」


「でも自分の幸せをあげられるかもしれないんだよ」


「え?どういうことさ」


「今日は透真君が最下位でした。だから一番の僕が僕の運気を分けてあげるよ」


「ありがとうね。今度敬ちゃんが最下位だったら分けてあげるよ」


「透真君占いなんてみないでしょ?」


「今日はたまたま見たよ。僕は信じないけどね」


「でもね」


 敬ちゃんはスマホで口を隠す。


「こうやって誰かのために何かをするきっかけが作れるなら尊いものだと思うよ」


「すごいね敬ちゃん。そんなこと考えてるんだ」


「考えないとできないんだよ」敬ちゃんは僕をまっすぐ見る。


「そうなんだ」急にじっと見られた僕は自然に支援を外した。


「そうしないと入れてもらえないからね」


「」僕は敬ちゃんに見入ってしまう。


 アナウンスが流れる。会話が止まった。


『独りはさみしいからね』


 敬ちゃんの口が動く。 


 でも僕にはホームを定刻通りに過ぎ去る特急列車がレールを跋扈する騒音でかき消される。それなのに伝わった。あんまり動かない敬ちゃんの口がとても大きく動いたように感じる。


 敬ちゃんは電車が巻き起こす風に乗って改札へ歩いて行った。電車が置いていった枕木のにおいを嗅いだのは僕だけだ。ホームで立ちすくんでいた。


 誰もいないホームで僕は勝手に子土間を口に出していた。


「天才が僕と同じことを思うんだ」


 天才は凡人の気持ちなんてわからないものだと思っていた。


 凡人をなぎ倒してできた屍の頂点でただ佇んでいてほしかった。涼しい顔で笑っていてほしかった。


 なんで敬ちゃんは僕と同じことを思うんだ?


 どうして凡人の僕が敬ちゃんに共感できるんだ?


 敬ちゃんのそんな一面があると思っていなかった。ないからこそ僕は敬ちゃんを観察してきたのに。絶対的な自分があるからこそ一線を敷いて一人でいるんだと思ってた。


 敬ちゃんは優しさがないと社会参加ができない。他人に対して優しい感情を払わないと孤独になってしまう。そこまでならよかった。


 一人がさみしいなんて思ってほしくなかった。そこだけは共感したくなかった。


 僕が天才だと認めた君が、僕が成りたい天才像の君が口にしてほしくない言葉だった。


 反対のホームから電車が到着した。人がホームへと流れていく。僕も同じ波に乗って改札の外へと歩く。


 僕は少し笑っていた。


 天才と孤立は両立する、と思っている。いや、むしろ孤立できる人間だけが、あちら側に行けるのかもしれない。


 人間関係を捨て、世間の評価から降り退路を断った人間。もう戻れないところまで進んだ人間。そういうやつだけが、凡人とは違う場所に立てる。


 それは才能の証明なんかじゃなくて、カテゴリーの昇格だ。凡人からの卒業式みたいなものだと思っている。


 じゃあ何をもって昇格とするのか。どこまで行けばあちら側なのか。


 たぶんそれは敗北感を与えた数だ。


 凡人に「ああ、勝てない」と思わせた回数。


 積み上げた成功体験の量。圧倒的な差を作った実績。


 でも、その基準がわからない。


 どれだけ積めばいいのか。


 どこまで孤立すればいいのか。


 だから僕は再現性を探している。天才のなり方を、仕組みとして理解しようとしている。


 孤立は不幸なんかじゃない。僕にとっては免罪符だ。世俗の人間と話さなくてよくなる許可証だ。周囲の目に怯えなくて済む立場だ。


 他人の評価を気にして、


 勝手に傷ついて、


 比べては負けた気になって、


 そんな場所に居続けるくらいならいっそ誰もいない側に行けたほうがいい。


 だから僕は天才になりたい。


 誰にも測られない場所で一人で生きていける資格が欲しいだけなんだ。


 なあ敬ちゃん。


 君はもう、その場所にいるんだろ。


 そんな夢のような場所でそんなこと言うなよ。


 孤立できる強さも、あちら側に立つ資格も、全部持っている。


 もしそれを使わないならさ。


 それ、僕にちょうだい。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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