天才の仲介人
今日の授業が終わり生徒が家路につく。敬ちゃんはいつも図書館で勉強してから帰る。授業の板書が遅れた僕は図書館に向かうために汚い字でノートに書き写す。
その時にはもう敬ちゃんはいなかった。なんとなくのさみしさを筆圧に込めて書き写す。いつもより薄くなっていた。
ようやく板書を終え、筆記用具をカバンに詰める。
「富樫君いる?」
数人のしゃべり声が野太い声にかき消される。
「あ、はい」教室の空いたドアから顔を出すのは野球で僕の隣を守っていた人だ。
「時間あるかな?」離れたところから僕に追い打ちをかける野球部員。
微笑んでいるが真剣さを帯びて「はい」「いいえ」の二択が「はい」と「イエス」にすり替わった。何か悪いことをしただろうか。何も役に立たなかったことを攻められたりはしないよな。数合わせなんだから仕方がないよな。
「付き合ってくれてありがとね」職員室から一緒に出て声をかけられた。僕のグランドの隣人は野球部のキャプテンだったらしい。先輩が僕に一言声をかけて練習へと向かった。
僕は駆け足で図書館に向かった。まだ敬ちゃんはいるだろうか。
図書館のドアを開けると奥のほうに敬ちゃんがいた。
放課後の図書館はほとんど人がいない。図書委員の人だって週の半分はいない。さぼっているのだろう。
学校司書がいないのだからさぼり放題ではある。
今日もいつもの図書当番の子がカウンターで本を読んでいた。週の半分はあの子がいる。いつも通り会釈をして図書室に入った。
多くの熱量が行き交うグランドからも青春を謳歌する教室からも聞こえる音はない。必死で練習している姿をガラス越しに見ることでしか学校を体感できない。非常に静かな場所だ。
「遅かったね」問題集とノートを広げ、勉強している敬ちゃんが僕に気が付いて話しかけてきた。待っていたような口ぶり。なら誘ってくれてもよかったじゃないかと思う。
「敬ちゃんが早いんじゃない?」
「そんなわけないよ」敬ちゃんがシャープペンシルで掛け時計を指さす。遅くなった理由を聞かれている。
「先生に呼ばれてた」僕は横に座った。
「怒られるようなことしたの」
「敬ちゃんがらみだよ」カバンから筆記用具と問題集を出す。
「?」
「野球部の顧問に呼ばれた」僕は正直に敬ちゃんに話した。
「…そう」敬ちゃんのペン回しが止まった。
「なんで断ったの?」僕は敬ちゃんに聞いた。
敬ちゃんは本格的に野球部の監督に口説かれていた。『練習生でいいから一緒に野球をやってくれ。君がいればチームはうまくなる』と今日のお昼休みに頼んでいたらしいが、敬ちゃんはあんまり乗る気じゃなかったらしい。だから仲がいい僕に野球部に入るようにと、その仲介をしてくれと頼まれた。
頼みに来るのであればそっちから来るべきだと思ってしまう。交渉人をぞんざいに扱えば目的の成功確率が下がるとわかっていないらしい。たぶんなめられていたんだ。今更ながらイライラしてくる。
「懐柔されたの?」敬ちゃんが僕に聞いてきた。
「そう簡単にされると思う?」
「うん」
「ひどいな。信用ないの?」
「そういうのじゃないよ」誤解をほどくように敬ちゃんは僕に言う。
「向こうの熱意はすごく伝わった」
「それで?」
「今度は敬ちゃんの話を聞かないといけない」
「あんまり話すことないよ。バイトがあるからくらいだよ」
「そうだね。じゃあこの話は終わりだ」
「え?もう」敬ちゃんは僕をまじまじと見る。勧誘に対する反論のウォーミングアップは住んでいたらしい。ただ使わずにベンチへと引き下がる。
「だってそれだけで十分じゃないか。報酬があればもう少し働いたけど僕にメリットないもん」僕は問題集と筆箱を開いた。
「…」敬ちゃんが僕を見る。
「なにか?」
「ううん。そんな早く終わると思ってなくて」
「断り続ければそのうちいなくなるでしょ。あと数回の辛抱だよ。めんどくさいなら僕に言って。どうにかするよ」
「う~ん」敬ちゃんは右手に持ったペンを回して考えている。
「歯切れ悪いね」
「どうしたらいいと思う?」背筋を伸ばした敬ちゃんが僕に聞いてきた。
「どうしたらって、もう決めたんでしょ?」
「例えば。例えばの話だよ。野球のことはよくわかんないから、敬ちゃんがどれほどの才能を持っているかわからないけど。監督の必死さを見たらそれを持っていることはわかる」
「うん」
「バイトだって大切。自由なお金は何時だって欲しい」
「うん」
「でもさ、その才能はうらやましいと思うよ。僕にはないからね」
「うん」
「僕なら引き受けると思う。やっぱり頼られるのはうれしいし、自分の実力を知らしめたいしね」
「頼られたらやったほうがいい?」
「僕は頼られたことがうれしくてついつい受けちゃうかな」
「なら透真君も来てよ」
「なんで?」不思議と敬ちゃんに顔を向けた。目が合う。
「そのほうが心強いからだよ」
「僕が入っても何もできないよ。試合だって何もしていないからさ」
「そうだね」
「えぇ…。もう少し粘ってもいいんだよ。必要とされるのはうれしいから」
「じゃあ一緒に仮入部だ」
敬ちゃんは僕を見て楽しそうに話す。僕はようやく宿題に目を落とす。
「真面目な話をしようか」敬ちゃんのか弱い誘導をぶった切る。僕はそこまで優しくないし、勘違い野郎でもない。僕はシャーペンの芯を出して宿題を解き始める。
「うん」
「僕は一緒に入らないよ」
「なんで?」
「野球部から頼まれたのは敬ちゃんだけだもの」
「でも僕が頼んでいるよ」
「他から必要とされているわけじゃない。野球部が欲しいのは君だ」
「でも、さ」
「ん?」僕は敬ちゃんに発言を促す。僕は宿題をしたまま視線を戻さない。
「そう…だね」
「そんなに自分のプレーを見てほしいの?」
「一人でも多くの人に活躍を見てほしいのはスポーツ選手なら当然だよ」
「かっこいいね」
「一日だけ練習に参加してみるよ」
「がんばってね」
「バイトに行ってきます。またね」敬ちゃんはノートや教科書を素早くきれいに鞄にし待った。
「また明日。敬ちゃん」僕は小さく手をふった。
「ばいばい」
手を振りながら図書館を出て行った。
一緒に帰ろうかと思ってけれど先に行ってしまう。誘う前に振られてしまった。やっぱり一人が好きなんだろうな、と来たばかりの図書館で考えてしまった。宿題をする気はあったが、今ではその素振りですら面倒だ。居心地を自分で悪くしている。今日やるべきページをパラペラとめくる。
そうだ。言い忘れていたことを思い出してメールする。机の下にスマホを隠して入力、送信した。
僕は目の前に広がる本の背中を眺める。下の方は西日が当たって日焼けしていた。
目に入った知らない誰かの詩集を手に取った。一世を風靡した天才詩人の詩集だった。昔誉の家で見たことがある。パラパラとページをめくる。
『 』
誰にでも刺さるような薄い詩を、凡人心理を完全に把握している企業が強烈な販売促進をしているコカトリスみたいな本。文豪ずらして長ったらしいあとがきを残しているところに共感性羞恥が出てしまう。こんなにでかでかと表紙にベストセラー作家と書いてあればこうもなるだろう。
凡人に下駄をはかせた天才もどきの本。
僕はこの本を読むとイライラしてしまう。こいつは天才じゃない。
僕が共感できるような文言をいう奴は僕のなりたい天才ではない。敬ちゃんみたいなやつが本物なのだ。異論はあろうが僕は認めない。
資本主義が絡んだ人工的な天才に価値はない。持ち上げられただけ。ジオラマの大海でも見て気持ち良くなっているんだろう。
図書館の隅っこで鼻で笑う僕に図書委員が声をかけてきた。僕は慌てて本を戻そうとするががどこにあったのかわからない。貸出できますよ。気を利かせてくれた女の子に操られ借りてしまう。
図書室を出て借りた本を見る。僕が借りたという事実が僕の物に知られないように鞄に入れずに手で持っていた。本を持っている事実を周囲に思われるよりもましだった。
「 」
詩集を持つ中学生はなんだか生暖かい目で世間から見られてしまうと思うとカバンの中に隠した。
現状から見ればおしろいだらけの天才未満の僕はただやっかんでいるだけ。何よりもみじめだなと思う。
過程とその後の未来を考えられるほど僕自身に余裕はない。神童でも才子でもない僕はただの人にすらなれないような気がしてきた。
それなのに一向に天才になれる気配がない。
もう少しギアを上げないとな。
僕は敬ちゃんと仲良くなりすぎた。
やることはもうわかっているだろう。
他人を批評している余裕なんてない。
筆を執っていない僕は本来何も発言権はないのに。
ご覧いただきありがとうございました。
この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。
次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!




