凡人たちの昼食
午前の授業も終わり友達 と二人ご飯を食べる。 給食センターの改修工事が終わっていない。工事が延期になっているらしい。割と大きな事件になっていると風の噂で聞いた。誰かが減給処分になったとかそんな不確かな情報が飛び回っている。
ただ生徒はそこまで気にしていない。むしろ疑似高校生活を楽しんでいる。
生徒のほとんどが両親お手製のお弁当を食べる。
僕らは体育館外の黒い苔のついた階段で食べる。風が吹くと時頼、松の木の鋭いはっぱがお弁当に落ちてくる。
混沌とした時代であればここがカツアゲスポットなのだろう。周りには誰もいない。体育館は学校のはずれのほう。ほとんどの生徒は教室か、中庭で食べている。人に気圧され、はぐれ物の僕らはここに流れ着いた。かび臭い体育館倉庫と買ってから一度も現れていないマットのにおいが時折香る。食事には不向きな場所だろう。それと引き換えに僕らは静寂を手にした。
僕らはと言っても相手は敬ちゃんではない。日陰者の友人との会食だ。
「透真。野球の助っ人に呼ばれてたん?」箸をケースから出しながら話しかけてきた。
「うん」僕は冷たい弁当を口に入れながら答える。行儀が悪い。けれど別に気にする間柄でもない。
「活躍したの?」
「」箸で菓子パンをつまんで食べているのを見て止まってしまった。しかも卵蒸しパン。弁当の前に食べるものなのか?
「どうしたんだよ」僕を心配そうに友人がのぞき込む。蒸しパンを箸で器用にはさみながら話してくるその姿。なんだか笑えてくる。なぜ袋から出したのだろうか。どうせ理由はない。
「ううん。何でもない」
「何しに行ったの?数合わせってこと?」なかなかにひどいことを言われている。が事実だ。軽く流した。僕の弁当に目を移す。今日は米の固さがいい感じだ。
「僕はついで」
「他にもいたんだ」
「敬ちゃんね」
「マジか。本当にスポーツできるんだ」菓子パンを食べる手が止まった。
「疑ってたの?」
「いや。テニスと水泳はめちゃめちゃうまいとは聞いていたけど。野球までとは聞いてない」
「そうなんだ」
「あとバスケが別格だって聞いたことがあるよ。年代別の代表にも選ばれてたんじゃない?」
「嘘。知らなかった」驚きのあまり箸を落としそうになった。
「え?あんまり仲良くないの?」
「いいや。大の仲良しさ。マブダチだね」
「マブダチ?何それ」
「え?知らないの?親友みたいな意味だよ」
「ずっ友じゃないの?」
「初めて聞いた」
「賢くなったな。おめでとう」パンをはさみながら祝福された。あれは絶対に落とすと思う。
「みんな知ってるの?」
「どっち?敬ちゃんのこと?マブダチのこと?」
「敬ちゃん」
「有名な話だと思う。俺らの地域ではだいぶ有名だったよ。地域の広報とかにも乗っていたし、地方テレビにも天才キッズとして出てたよ」
「そうなんだね」
「知らなかったんだな。驚いたよ」
「敬ちゃんにできないスポーツはないんだね」
「フットボールは聞いたことないかな」蒸しパンを口に詰めて、弁当を保冷バッグから出しながら話す。いちいち落ち着きのない奴だ。
「フットボール?アメフトのこと?日本でやっている人いるの?」
「透真はサッカーって言うんだね」
「サッカーはサッカーだよ。フットボールなんて通じないでしょ」
「オセアニアじゃ常識だよ。で、サッカーできるの?」なぜこんなにも気にするんだろうか。僕はそれが気になってしまう。ただ僕の答えは変わらない。
「余裕でしょ。できないほうが不思議だよ」
「天才っているんだな」隣の弁当に目を落とす。思いやりが詰まったお弁当。赤も黄色も緑も茶色もまんべんなくある。もっとありがたみを感じるべきだと思う。
「だね」
「俺にも才能ねぇかな」
「多分あるよ」
「才能がない才能があるとか言ったら、その卵焼きをもらう」
「」
「いただきます」隣から箸が伸びてきた。僕は弁当を差し出す。
「ありがとうも欲しい。おいしいはもっと欲しい」
「お弁当を作ってくれた透真のお母様ありがとう」
「作ったのは僕だよ」
「そうなんだ。そういうの初めて聞いたな」
「ん?そう?」
「甘くておいしいよ。料理できるんだ」
「まあね。じゃあハンバーグ頂戴」僕は箸を伸ばす。
「は?やらねえぜよ」すっとハンバーグの入った弁当箱が遠のく。
「ケチだな」箸をカチカチさせて催促する。
「このハンバーグは主役なんだよ。これがないと白米が減らない」
「それを言ったら卵焼きは僕のメインヒロインだよ」
「透真のヒロインはその鮭じゃないの?」僕の弁当に入っている鮭を指で刺す。
「お前、メスなのか?」僕は深刻そうな声で鮭の切り身に問いかけた。
「『たらこ出るよ』」かすれた高い声が返ってきた。
「ならヒロインに間違えるのも致し方なしだね」
「こんなトンデモ理論を認めるなよ」
「展開させておいてそれはない」
「あはは、それもそうだな」
何でもない会話。食べた御飯が食道をすとんと落ちる。
誰かがバスケをしている。靴の鳴る音。ボールをつく衝撃。人の笑い声。バスケットボードがきしむ音。青春が僕の背中で流れている。なんとなく手から離れてしまったそれは、持ちあげるのに資格がいるような気がしてしまう。
きっとそんな資格なんてない。たぶんそっちじゃない。こっちのほうが手放すともうここにはいられない。権利を放棄すればもう戻れない。
自分の弁当に目を落とす。朝早くから起きて料理をしたことを思い出す。
僕はこの卵焼きの味を分かち合っている。今日はいつもより丁寧にキッチンの掃除をしようと思った。
ご覧いただきありがとうございました。
この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。
次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!




