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天才と登校

 六月 二十日 



 学校への通学の途中で必ず僕は敬ちゃんと会う。三分に一本電車が来る都会と違って、二十分に一度。特急がぎりぎり止まるくらいの田舎。


 だから登校に使う電車はおのずとかぶりやすい。ただ僕が調整している部分も当然ある。


 敬ちゃんは決まって、学生が少ない少し早い時間の電車を使う。そして三両目の右側のドアにもたれかかっている。学校の制服と指定の鞄を大事そうに抱え。扉から見えるいつもの景色をずっと見ている。イヤホンもせず、本も読まずにずっと外を見ている。かれこれ一年は見ているはずなのに、すれ違う特急列車に驚いて体をびくっとさせる。


 電車はいつも誰よりも先に降りる。そして一番近い自動販売機をじっと見つめる。駅のホームにおいてあるのはジュースの自動販売機とアイスの自動販売機。敬ちゃんはいつもジュースのほう、正面に構えてみている。


 財布を出すそぶりはいつも見せない。物を選んでいる様子はない。ただそこで見ている。何かの儀式なのだろうか。


 ホームに誰もいなくなってから敬ちゃんは階段を上がって改札を出る。


 憂鬱な顔でスマホを見る人々は敬ちゃんの謎の行動を気にも留めない。まぁ、見られても何にも気にしないだろうけれど。たぶん見ているのは僕ただ一人。


 駅から学校までは歩いて十分くらい。二回曲がれば学校に着く。そのくらいの距離。


 僕はお手洗いを済ませて敬ちゃんに追いつく。


 僕は敬ちゃんとは反対方向の電車で通学している。なんで乗車中の敬ちゃんを知っているのかだって?それはもちろん後をつけたからさ。下校時に後をつけて、最寄り駅を調べ、登校する電車を地道に探しただけ。天才になるためだもの。これくらいはしなくちゃね。


「おはよう、敬ちゃん」改札外の駅の時計を眺める敬ちゃんに声をかける。


「うん。おはよう。いこっか」飾りのない挨拶が帰ってくる。


 前は無味乾燥な挨拶しか返ってこなかった。今でも十分素っ気ないけれどほんの少し上がる口角が不器用ながらも飾ろうとする意志を感じる。


「ごきげんいかが?」敬ちゃんがいつもとは違うあいさつをしてくる。それがとてもぎこちなくて変な感じだ。 何かいいことでもあったのだろうか。


「昨日食べ過ぎておなかが痛いよ」僕は締まりの悪い自分の腹をさする。


「はは、僕も」敬ちゃんが笑う。


「野球部ってあんなに食べるんだね」


「途中店員さんが出てきたときにはびっくりしたね」


「それ。牛タンがなくなりそうってそんなことあるんだね」


「あんなに皿を積み上げたらなくなるか」


「だって故意に枯らせようとしていたもんね」


「たのしかった?」一人が好きそうな敬ちゃんに思い切って聞いた。


「うん。楽しかった」


「ならよかった」やわらかい返事に安心する。


 昨日はがやがやとした空間にひっそりと佇んで、マイペースに食事をする敬ちゃん。ホルモンの飲み込むタイミングをずっと探していた。話しかけられれば話すけど自分から話かけることはなかった。ああいう空間は苦手なのだと思っていたけれど、違う。騒がしい場所は案外好きみたいだ。


「誘ったのは僕だよ。透真君が気にすることないよ」


「敬ちゃん一人じゃ心細かったから誘ったんじゃないの?」


「ちょっとね。ああいうの初めてだったから」


「野球の助っ人のこと?」


「誰かとご飯に行くことともね」


「敬ちゃんの力になれてよかったよ」


「気、つかってくれてた?」


「ううん。僕がやりたいことをやってるだけだよ」僕は自信をもって答える。


「優しいね」敬ちゃんは穏やかに微笑んだ。


「透真君は楽しかった?」


「もちろん。かっこいい敬ちゃんが見れたからね」


「…ありがとうね」照れくさく感謝の言葉を返す敬ちゃん。


「部活誘われていたけど入らないの?」


「うん。バイトがね」


「知り合いの店だっけ?」


「あんまり大きい声で言っちゃだめだよ」唇の前で一刺し指を立てる。


「わかっているよ」


「透真君は体痛くないの?」


「しいて言うなら肌が痛い。首とか」僕は自分の体を触りながら説明した。


「日焼け止め塗ってなかったの?」


「夏じゃないし、曇ってたからいいかなって」


「ちゃんと塗らないとだめだよ。曇りのほうが紫外線多いんだからさ」


「そうなのかな」


「人生百年時代なんだから肌をいたわらないと後々後悔するよ」


「いいや。後悔しないね」


「なんで?」


「僕は五十歳になったらアンドロイドになるんだ」


「立派な夢だね」


 敬ちゃんはこんな突飛押もない空想も真面目に聞いてくれる。宗教勧誘に簡単に騙されてしまいそうだと心配になる。ただ楽しくなってきた。


「いいでしょ」


「どれくらいの確率で実現するの?」


「六割くらいかな」僕は返答しやすい答えを敬ちゃんに渡す。


「何とも言えない確立だね」


「そう?割と高いと思ってたよ」僕は驚いた。


「ちゃんと見積もってる?願望まで混ざってない?」心配そうに敬ちゃんは僕に聞いてくる。


「夢見ないとつまらないだろう」


「透真君が博打で得をする絵が全く思い浮かばないよ」


「…日焼け止めたくさん種類あるからどれかえばいいかわからない」


「ぷっ。かわいい理由だったね。確かに種類多いよね。僕もよくわかってないよ。昔お母さんにもらったの使っているよ」


「それが正解だろうね」


「敬ちゃんは

   今度いっ  」


「何?」


「うん。何でもないよ。透真君は何を言いかけたの?」


「敬ちゃんは将来の夢とかあるのって聞こうとした」


「考えたこともない」


「そうなんだね」


「うん。ないかな」


 敬ちゃんは悟ったように僕に話した。特に掘り下げられることなく終わる会話。どうにでも広がるはずだった会話に自然と終止符が撃たれた。


 唐突に来た会話の終わりに僕は動揺を隠した。


 遠くを見る敬ちゃんの目に、前を歩いている学生などいない。もしかしたらそびえたつ山さえ。もっと奥深くを見ていた。いや。どこも見たくないように思えてしまう。仕方がないから目を開けているだけのような消極さが僕に見えた。


 靴がアスファルトに擦れる音すら聞こえる僕らの間。並んで歩く二人の溝が少し埋まったんだと僕に言い聞かせる。言葉がいらない関係になったんだと僕は記憶を上書きした。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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