凡人が天才になるためにやるべきこと
「どうだった?」少し離れた場所で雨宿りしていた誉が声をかけてきた。
「帰ってなかったんだ」僕は傘を閉じて誉の横にお邪魔する。
「雨に濡れながら帰れって?」
「違うけど…もちろん違うよ」僕は誉の顔色で発言を変えた。
「敬ちゃんは一人で帰るような気がしたから」
「立ち直ってほしくなかったの?」
「ここですぐ立ち直ったら、透真は幻滅するでしょ」
「ううん。友達が元気になるのはうれしいことだよ」
「ふーーん」
「どうかしたの?」
「何でもない。でも敬ちゃんも災難よね」
「なにが?」僕はぼんやりと正面の景色を見ていた。たぶん誉もそうだろう。
「正直に言っていい?」
「いいよ」
「言ってしまえば誤差の範囲内でしょう。負ける結果は何も変わらない。あの二つのチームが本気でサッカーをしてきたと思う?ただの弱小公立中学のサッカーよ。私立でもクラブチームでもない。一番うまかったのも敬ちゃんでしょ。思い出作りの大会なんていつ負けても一緒じゃない?負ける理由ができてよかったんじゃないのかしら。怠慢の言い訳を手に入れられたのよ」誉が毅然とした声で語った。
「ひどいこと言うね」僕はやんわりと否定した。
「透真も同じこと思うでしょ」
「否定はしないよ」
「能力のある人間が上に行く。それが一発勝負のトーナメントでしょ。敬ちゃんの実力は本物。なら別にいいんじゃない」
「必要なのは今までの努力の終わらせ方だよ。相手は落としどころにはまらなかった。憤りが出ても驚かないよ」
「数年もたてば笑い話よ。悔しい気持ちを維持できるほど、努力していないもの。試合終わった後は見れたもんじゃなかったわね。まるでプロかと思うくらい幼稚にぐちぐち言ってたわね」
「そうだね」
風が吹いてくる。管理棟の短い軒先にいる僕らの靴に雨がかかる。
「透真はこれからどうするのよ」誉が改めて僕に聞いてきた。
「敬ちゃんに敬ちゃんのことを伝えようと思う」
「具体的には?」
「まだ何も決めていないよ」
「透真は敬ちゃんについて何を知ってるの?箇条書きでいいから言ってみて」
「運動が得意なこと」
「うん」
「一人が好きそうに見えて、本当はさみしがりやなところ」
「」
「自分が好きじゃないんだろうなって」
「そう」
「多分だよ。自信がなさそうに見える。僕が敬ちゃんは天才だって教えてあげるんだよ」
「それって透真の役割なの?」
「え?」僕は誉を見る。目が合った。
考えていない返答が来た。あまりにも尖っていた誉の言葉に僕は考えられなかった。
「私がおかしいのかもしれない。私もそうだったけれど『できることはすごいこと』って教えるのは家族の役割じゃないのかなって。透真がそこまで踏み込んでいいの?」 強い視線が僕を貫く。
「そうかな」誉から目をそらす。
「透真だって初めて教わったのは両親でしょ」
「そうかな?」
「褒められることで自我を肯定できるのよ。それが個性になる」
「そだね」
「ん?何かおかしかった?」
「じゃあ僕には何にもできないのかな」
「やりすぎよ」
「わかっているよ」
「目的のために手段は択ばない奴だと思っていた。違った?」
「そう。だと思う。」
「はーぁ」
誉がため息をつく。雨が少しずつ弱くなってきた。
「私の言う家族としての役割が機能しているのか聞いてきたらいい」
「…?」
「…親に親の仕事をするように唆すことはできるわ」物騒な言葉が誉の口から出てくる。
「そそのかす?」
「間違えた。話を聞きに行くってこと」
「敬ちゃんの両親に?」
「うん。けど敬ちゃんは両親じゃないから」
「そうなの?」僕は誉に聞いた。
「うん。お父さんが病気でいないらしい」
「そうなんだ」
「知らなかったの?」
「うん」
「敬ちゃんにとって透真はそれくらいの関係かもね」誉は楽しそうな顔を僕に向ける。
「嫌なこと言うんだね」
「応援なんてしない。がんばるのは私じゃない」
「つまり、誉なりの応援でしょ」
「透真の頭に任せるわ」
「そうやってちゃんと指摘してくれる誉にいつも感謝しているよ」
「なら結果を出しなさい。感謝したって信用しないから」
「わかってる」
「じゃあ、私はこれで」
「まだ雨降ってるよ」
「これくらいじゃ降った内に入らないわ」
「そんなかわいい、素敵な服を汚したらだめだよ。洗濯するのは智子さんでしょ。白い服は本当に汚れが落ちないんだよ」
「うん。わかった」
「昔みたいに一緒に帰らないの?」
「じゃあ帰る」
僕らは雨宿りをやめた。二人で同じ傘に入って歩く。
「おなか減ってるよね」
「うん。そうだね」
「透真は何がいいの?」
「誉は食べ放題のほうがいいでしょ」
「なんでよ?」
「いっぱい食べるからだよ」
「…言わないでよね」
「わかってるよ。僕たちの秘密でしょ」
「なら祝勝会にしましょう」誉が手を鳴らして奇天烈なことを言い始めた。
「なんの?」
「敬ちゃんと透真の」
「敬ちゃんはともかく僕は何に勝ったのさ?」
「だから勝ちなさい。この大一番に」
「誉は何かうれしいことあったの?」
「美術の課題が終わったわ」
「へー」
「もっと褒めなさいよ」
「ほかには」
「模試の結果が良かったことかな」
「学内で上位になったの?」
「もちろん一位よ。満点取れてよかった」
「そりゃすごいね」
「別に普通よ。努力しただけだもの」誉は平然と言ってのけた。
褒めたら褒めたでそっけない返事が来る。昔はもっと素直だった気がするのに。
「何か失礼なこと考えてる?」察しのいい誉がジト目で僕を見る。
「何にも考えてないよ」僕は視線をそらしてとぼける。
「それでちょっと遅いけど、お昼どうする?食べに行く?」
「僕はさっぱりしたものが食べたい」
「その辺の実でも食べれば」
「あれとか?」僕は道路わきの赤い実のなる木を指さした。
「あれは本当にだめ。死んじゃう」誉が僕の手を軽くたたき落とした。
「博識だね」
「私にはこれしかないから」誉が僕との距離を遠くするような声で言った。
「それだけあれば十分だよ」
「全然足りない。本当に欲しいものはこれじゃないんだから」
他人行儀な声量に僕は少しだけ口を閉ざした。また誉が口を開くのを待つことにした。
僕らはハンバーガーショップに入る。僕はエビかつバーガーセット。誉は照り焼きチキンとビックマッ
クのセットを食べていた。
照り焼きはさっぱりしているらしい。特に会話もせずにもくもくと、もぐもぐしている。
昔から食事中、誉は話をしない。僕ももくもくと食べた。
「じゃあね。透真」
「うん。」
誉は雑踏に紛れていった。けれど僕は目で誉を追った。誉が僕を見そうなタイミングで視線を明後日の方向にそらす。
僕はまた誉を見る。誉は牛丼屋に消えていった。
ご覧いただきありがとうございました。
この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。
次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!




