表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

変わった君と変わらない凡人

 六月 二十五日 

 

 駅を出て十五分。運動公園が見えてきた。誉の言った通り天気はパッとしない、今にも泣きだしそうだ。右手に買ったばかりのビニール傘をつかんで早歩きで向かっている。

 

 修理中の時計塔の下。ベンチに腰掛けて文庫本を読んでいる女の子に声をかける。この雨が降りそうな中、屋根もないのに紙の本を読んでいるのは、雨への威嚇なのか太陽へのエールなのか。どれも違くて『透真が遅くて本を読んでいた。雨が降った物ならこの本弁償してもらおうかと思ってた』と言われそうだ。僕は呼吸を荒くする。


「お待たせ」疲れたしぐさで誉に話しかける。


「ねぇ透真。遅くない?」ぱさっと本を閉じる誉。不機嫌な声を僕にかけた。


 制服とは違う見慣れない私服を着ている誉を見て昔に戻ったような気になった。だぼだぼのスラックスみたいなやつに白の長いシャツの上に毛糸を編んだ茶色いベストを着ている。はやりのナチュラルブラウンというやつか。テレビで見た。


「ごめん誉。ちょっと遅れた」


「なら連絡は頂戴」僕を横目でにらみつける。


「ごめん。急いでて忘れてた」


「ふん」


 お尻に敷いていたシートと文庫本をハンドバックにしまって歩き出した。いつも通りだ。いいや。いつもより機嫌がいいまである。

 僕は遅れて、誉の横について行く。


「私服って懐かしいね」先を行く誉に追いついた。


「懐かしい?」誉は横目で僕が隣にいることを確認した。


「小学校の時は私服だったからさ」


「そうね」


「今年買ったの?」僕は誉の服に目を落とした。


「ええ」


「それはおしゃれなの?」


「知らない。私が着たくて着てるだけだから」


「かっこいいね」


「ありがと」


「本を読んでいたのは僕が遅かったから?」


「雨が降らないようにするおまじないよ」


「降って本が濡れたら僕のせいにして本を弁償させる気だった?」


「あら、その考えはなかったわ。今度からそうする」


「言わなきゃよかった」


「でもそんなことしない。同じ本じゃなくて、私が読みたい本を買ってもらうわ」


「図鑑とか?」


「六法全書かしら」


「それ欲しいの?」


「程よい枕に成りそうなの」


「枕でいいじゃん」


「本で寝たほうが頭が良くなるのよ」


「ほんとに?」


「嘘よ。そんなことしたら首が痛くなるじゃない」


「いや…」


 平安時代の貴族の枕は高いじゃないかと、教科書程度で身に着けた知識を披露しようと思ったが、これは誉に聞いたことだ。深い質問が来て僕が黙るのがおちだ。


「何?」案の定誉は『かかってこないの?』と挑発的な表情をして僕を見ている。


「ひどいこと言っていい?」


「それを言えば何でも許されると思ってるの?」


「許さないなら殺してしまうだけよ」


「ひどいね。道徳はどうしたのさ」


「道徳の時間は英語の問題集を解いているわ。英語のほうが大事でしょ」


「道徳のほうが大事でしょ」


「そんな世界なら私が変えて見せる」


「インテリは夢みたい目標をもって革命をやるから過激なことしか言わない。誉みたいな人のために良心を解いているんだよ」


「それ」


「どれ?」


「比喩も皮肉も浅いのよ。なんか強引だし。胡散臭く聞こえるの。馬鹿を隠しているようにしか見えないのよ」


「悪いかな」僕は強がった。


「下手なのよ。目も当てられないし、耳障り。頭が悪くて、鈍くて、固くて、弱くて、足りないの」誉が

僕をなじる。


「ひどいね」


「だから勉強しなさい」


「スパルタはいやだよ」


「二人きりなら優しく教えてあげる」


「怖いよ」


「昔のお返しよ」


「僕は優しく教えてたっけ?」


「優しかった。とっても丁寧だった」


「そう?あんまり覚えてないんだよね」


「勉強していればきっと思い出すわ」


「勉強好きだね」


「そうね。好きよ」


「サッカーも調べてきた?」


「昨日勉強したわ」


「図書館で本でも借りてきたの?」


「インターネットよ」


「ルールは覚えた?」


「もちろん」いつもと同じ声なのに誉から自信を感じとった。


「オフサイドってなに?」


「後ろから数えて二人目の選手より後ろにいながらボールにかかわること、またかかわろうとすること」ウィキペディアみたいな返答が帰ってきた。


「誉らしい」


「馬鹿正直ってこと?」


「違うよ。真面目だなって褒めたんだよ」


「ねぇ。もっと褒めて」


「本当にすごいよ」僕は心を込めて誉をほめたたえる。


「ありがとう。透真」


「学ぶことが楽しいなんて羨ましいよ」


「羨望なんてやめなさい」


「駄目?」


「意味がないからよ」


「僕にはできないから?」


「私と透真は違う人間よ。出来ることをやるべきよ」


「だから今探してるんだよ」


「探して見つかるのはあきらめだけよ」


「それは自分で見つけるよ」


「そう。なら精一杯探しなさいよ」


「一緒に探してくれないの?」


「探してほしいの?」


「ううん。いいや」


「探し過ぎて学生の仕事を放棄してたら助けてあげる」


「教えてくれるの?」


「教える?そんな生易しくないわ。そうね…透真が透真でいられるかしら」


「え?」僕は誉の顔を見た。背筋が凍り付いた。


「冗談よ」誉は楽しそうだった。


「良かった」


「生易しくないのは本当よ」


「それでこそ誉だね」


「そう?」


「そうじゃない?」


「透真から言われると不思議な気分になるわ」


「」


 昔の誉はもっと内気な子だった。積極性もなかったし、大体僕の後ろについて回っていた。


 まだ変わって二、三年というのに自分の中の誉に成り代わっている。僕は置いてかれたのだろうか。このまま誉の遥か後方で老いて枯れるだけなのだろうか。


「誉はなんで変わったの?」


「気まぐれよ。本当に」


「そうなんだ」


「透真は何で変わらないの?あなたは頑張った。もう別のことに注力してもいいじゃない」


「たぶん頑張ってないんだよ」


「あの涙は嘘だったの?透真の泣いている姿初めて見たのよ」


「…」


「不遇な状況と悔しい気持ちさえあれば天才になれるとでも思っているわけじゃないのよね」


「もちろん。」


「まぁいいわ。だめだったら慰めてあげるわ」


「ありがとう。誉」


「感謝しなさいね」


 上機嫌に誉は僕の感謝を受け取った。


 運動公園の奥まで歩いてきた。並木通りを抜けると緑色のグラウンドが広がる。知らないチームがサッカーの試合をしていた。自分と同世代のサッカーを見るのは初めてだ。


 座席みたいなものはない。コートの向かい側にキャンプチェアを広げてみている人がいた。たぶんあそこで見るのだろう。


「あれ芝生なの?」僕は緑のコートを指さした。たくさんの線が描かれていた。白だけだと思ったら、青も黄色もあった。


「人工芝よ」


「え?生きてないの?」


「工場で作られているわ。緑色の偽物の芝はゴムとか合成樹脂とかで作られている。あの下には水はけの改良のために砂とかクッション性の向上のためにゴムチップが張っているらしいわ」


「へ~。芝刈りいらないんだ」


「天然芝よりは管理が簡単でやすいんだって」


「じゃあ、天然芝いらないじゃん」


「でも人工芝のほうがケガするって書いてあった」


「なんで?」


「サッカーしたことないから知らないけど、芝がめくれるほうがケガしないって」


「急に引っかかると痛いもんね。改札口みたいにさ」


「それは一緒なの?」


 真面目に考えこむ誉から視線を外して今日の主役を探す。九時半を過ぎたところ。もう準備運動は終わっているころだ。誉は座る場所を吟味していた。僕よりもいい場所を見つけるだろう。


 敬ちゃんはどこにいるだろうか。後ろから誰かが走ってくる。


「透真君。誉ちゃん」


 スポーツ仕様の敬ちゃんが声をかけてきた。上だけジャージを羽織って下は今すぐにでもサッカーができる状態になっていた。僕は遠くで考えていた心配事が消えたことを内側で喜んだ 。


「おはよう敬ちゃん」


「応援しに来たよ。がんばって」


「出場するかはわからないけどね。でも」


 敬ちゃんは僕の目をじっと見る。


「出場したのなら絶対に勝ってみせるよ」


「珍しいね」僕は素直に思ったことを口から出していた。


「うん、多分。ううん、これが僕のやりたいことだから」


「がんばってね。敬ちゃん」誉が敬ちゃんにエールを送る。


「応援している」


「がんばってくる」僕らにそう言い残しした。


 レガースとペットボトルをもって試合するベンチに向かっていった。


「敬ちゃんってあんなのこと言う人だったの?」敬ちゃんの背中を見る誉が僕に聞いた。


「なんのこと?」


「やりたいことなんてないと思ってた」


「それは前の敬ちゃんだよ」


「変わったのね」


「変われたんだよ」


「それはいいこと?」誉が僕に聞いた。


「」僕は横にいる誉を見る。


「ねぇ」誉と目が合う。


「悪いことじゃないよ」僕はそういって目をそらした。


「なんでそう言い切れるの?」


「なんでだろうね」


「…言い過ぎたわ」


「いいよ。」


「あっちのほうがよく見えると思う。行きましょう」


 話を切り上げ向こう側に歩く。


 僕が誉の疑問を意地悪に変換してしまった。意地悪で返してしまった。予想通りの謝罪に心が痛くなる。


「雨降らないね」僕は話を変えた。


「それはよかった。私傘持ってきてないもの」


「なんで?折りたたみ傘も持ってきていないの?」


「荷物が多くなるのは嫌なの」


「雨降ったらどうするの?濡れちゃうよ」


「あら。一緒に入れてくださらないの?」


「別にいいけど。傘狭いよ」


「なら雨が降らないように祈ってほしい?」


「うん。誉が風邪ひかなくていいからさ」


「あら。やさしさありがとう。でももっと自然に言いなさいよ。私が言わせたみたいじゃない」


「これは失礼。次からは気に留めておきます」


「そういうところ嫌いじゃないわ」


「ありがとう」


「だから」


 誉が僕のこめかみに人差し指を突きつける。


「私の忠告を半分忘れていたことは水に流してあげる」

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ