天才と凡人の衝突
体力の底が見え始め、足が上がらなくなり普通に歩いて校庭へ向かう。
バックネットの向こう側。ホームベースのすぐそこで見知らぬ野球部員が顧問と言い合いをしていた。学校の外周をランニングしている生徒は、チラチラとみているが止まることはない。遠目から見てもわかる大きいあの人が、お昼に聞いたもう一人の先輩だろう。しかし練習着ではなく制服を着ていた。どこかけがをしているのだろうか。外見からは特にその様子はなかった。僕はさりげなく近づく。
「どうして天野が参加しちゃいけないんだ」野球部の顧問がもう一人の先輩を諭すように話す。
「逆になんで呼んだんですか」つっけんどんで横柄な態度で顧問に歯向かっている。
「勝つためにうまくなるために必要だと思ったから助っ人として頼んだんだ。お手本があったほうがコツをつかみやすいだろう」
「それならプロ野球の動画で充分です」制服を着た野球部員は自分の主張を強く表現していた。
「直接見て学ぶことでしかわからないこともある。平面で見るのと立体的に見るとでは得る情報量は違う。それとも天野の技術が問題なのか」
「うまいのは知っています。あの試合を見れば一番活躍した選手だって誰もが言いますよ。でも聞きました?どうやってやるのって聞いたら『普通にやればできますよ』ですよ。こんな教え方でうまくなるわけがないでしょ。これで解るなら授業に先生はいらないですよ。教科書だけで充分です」彼は教師に対して一歩も引かなかい。
彼は本気で野球に取り組んでいる。それは教師の対応を見れはよくわかる。無駄な意見だと教師は切り捨てることができるが教師からは誠実さを感じる。生徒から見えた世界を大人に伝える姿勢。それにこたえようとしている教師。昔の青春ドラマみたいだ。
ただ。どっちかが敬ちゃんにあの雑用を押し付けたゴミ野郎ということを僕は絶対に忘れない。
「見て学べるだけでも十分上達できる。キャッチングもバッティングもハイレベルだ。ピッチングなら全国クラスだ。ピッチャーの高木が一番得るものが多いだろう」
「だから嫌なんですよ!こいつを見ていると馬鹿にされている気分になる」
高木は顧問に背を向け、敬ちゃんの正面に立って続ける。
「なぁ何時間も無駄な練習をしている俺たちを馬鹿にしてるんだろ。才能がないとか思ってるんだろ。違うか?」
「そんなことないです」敬ちゃんは相手をまっすぐ見ていた。恫喝に似た声で敬ちゃんに聞いているが、それをものともせずにいつもの調子で返事をした。
「じゃあなんで本気で野球をやってくれないんだ。それだけの能力があるのに。お前となら県大会だって取れるよ。これは嘘じゃない。本当だ。地元で、いいやこの県誰よりもうまいよ。俺たちと本気で目指そうよ」
「すみません。家の事情があって」敬ちゃんが視線を逸らす。
「君の家族に俺がお願いしに行ってもいい。行くよ。顧問だって一緒に行くよ。頼むよ」先輩が敬ちゃんの両肩を掴みながら話した。
敬ちゃんは一瞬掴まれたことに驚いたが、すぐに戻る。
「すみません」うつむいたまま同じことを言う。
「…なんで 」敬ちゃんの肩を離した野球部員。彼も下を向いてしまう。何か言っていたが遠くからは聞こえなかった。
「」
「なんで中途半端にかかわるんだよ!」さっきよりも口調が強い。もう罵倒に近い。
「お願いされたので」それでも敬ちゃんは真摯に、淡々と答える。
「じゃあ。俺たちと野球をしよう」
「野球はしますが、部活には入りません」
「…じゃあ、馬鹿にしに来たんじゃないか。」
「違います」敬ちゃんの話し方が前に連絡先を聞こうとした同級生への対応を思い出した。
「じゃあ、圧倒的な才能を見せつけに来たんだな」
「」敬ちゃんは黙ったままだった。自己主張はなくただ聞いているだけだった。頬が動く。思うところは当然ある。
「お前は雑魚を見て笑いに来たんだろう?なぁ!そうだろう!」
「」敬ちゃんは何も言わなかった。一方的にまくしたてられても何も反応しなかった。
それは大人のように見えてとても幼稚な姿に見えた。
敬ちゃんはもう野球部員を見ていない。ただ遠くの山を見てる。
「わからない。俺もお前がわからないよ。それだけの才能があってそれを腐らせる理由がよ!」ギリギリまで敬ちゃんに詰め寄って来た。
「高木。もうそこまでにしろ」
「」敬ちゃんは一歩も引かなかった。顔を逸らすこともなくそこに居座り続けた。
顧問が間に入る。
「我慢できるかよ!平然とうまいプレーを見せつけられてよ!」
「」
「大勢いた仲間も皆辞めてさ、まっちゃんと俺でここまで頑張ってきた。小学校からずっと。二人でずっと練習してきたんだぜ。お互いに慣れないキャッチャーとバッティングしてさ。やっと人数が集まってやれると思った時に、こんな冷やかしが来てどうして平然としてるんだよ」
「だから一緒にやってうまくなろうよ。まだ時間はあるよ」キャプテンがなだめるように話した。
「全力で投げられる日は来ないよ。騙し騙し投げ続けるだけ。金があれば別だったかもな。でもこのレベルでそんな大金かけらんねぇよ。そんなときに俺の上位互換が来て俺はどうすればいいんだよ」
「」
「もう俺はいらないじゃないか…」
「高木!」自分を卑下する姿を見てられなかったんだろう。さっきまでのなだめる声をやめて、強くそいつの名前を呼んだ。
「本気でやっていないって言うんだぜ。あの試合はそこそこの球しか投げてないってさ。笑っちゃうよな」
「」敬ちゃんは凡人の吐露を黙ってみている。
「あんなピッチング魅せられて気が付いたよ。なぁ、まっちゃん。俺に才能はないのか?どれだけ努力してもあんな風になるイメージがわかないんだよ。肘が完治してもあんな球投げられないよ」
一息ついて強調するように絞り出す言葉は周りの人間の心を劈くだろう。
「俺もう野球、やめようかな」
「高木…」
そう言い残して高木は痛めたを肘を気にせずどこかへ行った。物悲しい背中に親近感を抱いてしまった。
ほかの有象無象たちはどこを見るか、何をするかを決めあぐねている。もう練習できる雰囲気ではなかった。
敬ちゃんは遠くの山をずっと見ていた。とても退屈そうだった。
ご覧いただきありがとうございました。
この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。
次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!




