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凡人同士の情報交換会

 午前の授業が終わってにぎやかな昼休み。いつもの相手といつもの場所。体育館の横で食事をしている。今にも雨が降り出しそうな雲。それでも馬鹿な僕らは屋根もないこの場所で御飯を食べる。少し風が強い。木と体育館のガラスが軋んでいる。


「社長。登校前の業務は忙しかったんですか」お弁当を食べながら僕に厭味ったらしく聞いてきた。


「そうだね。係長補佐。時差の関係で仕事がうまくいかなかったんだ。その修正に追われていたんだよ。決して寝坊じゃない」僕は半額のシールが貼ったままのスーパーのから揚げ弁当を開ける。ポテトサラダが弁当の中で飛び散っていた。


「俺は係長だったのか?」今日は五個入りのアンパンを箸でつまんで食べている。


「将来の夢、叶ったね」割りばしがきれいに割れる。ただ入っていた楊枝はどこかに消えた。


「もっと上を見てるよ」


「理事長とか?」


「大統領。エアフォースワンに乗るのさ?」


「かなり無理があるんじゃない?」僕は聞いた。靴に乗るってどういうことだろう。箸でパンを食べるおかしな奴は、キラキラな目で馬鹿なことを言う。


「なんでさ。あきらめなければ夢は叶う」


「頑張って。応援演説は任せて」ぱさぱさの冷たいから揚げが歯に挟さまる。爪楊枝を落としたことを心の底から後悔している。


「なんか疲れてない?」


「朝から忙しかったからさ」


「社長は朝からの仕事で大変だったのかな?」わかっているような、わかっていないようなことを言う。妙に鋭いところがある。抜け目のない奴だってこと忘れていた。


「ん?何のこと?」当然僕はとぼけた。


「遅刻したのは透真の寝坊だよな。朝に急な業務が入ったわけじゃないもんな」サランラップで包まれたおにぎりをほおばっていた。


「うん。気が付いたら時間が無くなっていただけ。それだけだよ」


「学校についたのはいつだよ?」隣で弁当箱を開けた。


「始まる五分前くらい」


「朝、敬ちゃんグランドにいた?」


「なんで知ってるの」漬物で着色されたご飯を割り箸で掬った。


「朝見かけた。そうか、遅刻した理由もそれか」自分の立てた仮説があっていたのだろう。満足げな顔をしてミニトマトを食べている。


「もしかしなくて何かあった」


「教えてほしい?」


「うん。ほしい」


「じゃあから揚げ頂戴」


「うん」僕は弁当を差し出した。


「え?本当にくれるの」驚く声。そのくせ箸をカチカチと鳴らす。


「教えてくれるんでしょ」


「素直じゃん。いい奴だな」僕の弁当からから揚げを抜き取った。


「おかず一つで変わる評価を僕は信じない」


「ごもっともだ」


 僕のから揚げを自分の弁当の上で一休みさせる。僕を見て話を始める。よかった真剣に話してくれそうだ。


「朝、敬ちゃんが野球部の先輩と言い合ってた」


「キャプテン?」


「違う。キャプテンじゃないほうの三年生。三年生は二人しかいないよ。その人がケガだから君たちは助っ人に駆り出されたんだよ」


「へ~知らなかった」


「透真は本当に何も知らないな。僕たちの世代は上手だって有名なんだよ?」


「そんなにうまい人だったんだ」


「なんで一緒にやった透真が知らないんだよ」


「野球がわからない奴にその善し悪しがわかると思うかい?あの試合は敬ちゃんが輝きすぎてたよ。多少の上手さじゃあ霞んでしまうよ」


「野球は一番目立った奴が一番強いらしい。親父が言ってたわ」


「やっぱり敬ちゃんはすごいんだな」


「すっごく打ったの?」


「ずっと投げてたし、ずっと打ってた」


「やべーじゃん」軽い言葉だが心底驚いていた。


「かっこよかったよ」


「野球部が言ってたことは本当だったんだ」


「嘘だと思ってたの?」


「信じられないことだってあるさ。疑いたくもなる」


「そこに僕の話は合った?」


「聞きたい?」


「うん」


「俺はそこまで優しい嘘は得意じゃないんだ。それでも?」


「わかってたよ。なんで揉めてたの?」


「そこまでは知らないよ。でも、たぶんだけど」


 コミカルな会話に句点が打たれる。僕は身構える。けれど待てなかった。


「けど?」


「敬ちゃんが先輩を馬鹿にしたような気がする」


「ほんとに?」


「俺からはそう見えた」


「そう」


 友人の口から出た言葉に僕は驚いた。人を馬鹿にするほど人に関心のない敬ちゃんがそんなことをするのか。冗談だと断定する思考の中でワクワクしている僕がいた。


「だからこれは透真にしか言ってない」


「え?」


「多分俺しか見てないと思うから、知っているのは野球部と俺らだけだよ」


「覗きに行ったの?」


「たまたまだよ」


 こんなにも誠実な男だったのかと驚いた。敬ちゃんのことよりも大きく衝撃を受けた。今まであほな奴としか思っていなかった。平等に正しく有ろうとする姿勢を持っていたのか。評価を改めなくてはいけない。そして僕の人の見る目のなさも自覚しなくてはならない。


「なんで話そうと思ったのさ」


「その時の敬ちゃんの顔が忘れられないからだと思う。あの何にも思っていないような顔。相手の先輩は般若の様だったのに、敬ちゃんは何もないような顔をしていた」


「…どういうこと?」


「何かおかしいと思ったんだ。敬ちゃんが悪者に見えたけれど根本的に何かが違っていたんだ。文化そのものが違うって感じ?なんだと思う」


「わからん」


「簡潔に言えばおかしいと思った。俺が見た物を信じられなかった」そういうと僕があげた唐揚げを食べ始める。


「目で見たことが信じられなかったってこと」


「そう。それを繰り返し言ってた」


「復唱は軍隊では常識だよ」


「社長じゃなくて将軍だったか」


「脱戦した。戻して」


「もう何もないよ。これだけさ。から揚げ一個じゃ少ない話だった?」僕のから揚げを食べながら言った。


「いいや。十分。僕がその場にいなくてよかったよ」


「どうして?問題を解決できたかもしれないだろう」


「熱くなった僕が首を突っ込んでも何にもならないだろう。問題は悪化するだけだ」


「敬ちゃんが野球を続けるなら、間違いなくトラブルに火種になる」


「ほら。これでもお食べ。情報料さ」僕は小さいから揚げを向こうの弁当箱に投下した。


「ありがと。いい奴だな」


「現金な奴だな。どうだいから揚げは」


「程よく冷たいね」


「保冷材の下にあったからね」


「あったかいお昼御飯が待ち遠しいよ」そういって奴は脂が白く固まった野菜炒めを口に入れた。


「そうだね。あったかいご飯。食べたいよ」




 あと三分で今日の授業が終わる。とても長い一日だった。正直に疲れた。肉体的にもそうだが、精神的にも疲れた。僕の前に座る敬ちゃんはいつも通り。


 職員室から帰ってきた敬ちゃんは特に変わりなく授業を受けている。何にも変わらない。僕のほうがそわそわしている。呼び出しの件だ。もしかして敬ちゃんが怒られているのではないかとずっと考えていた。雑用を強要されてさらには担任から怒られるなんて理不尽だ。もし刑を受けてたのであれば、僕は敬ちゃんのために戦おう。少ないけれど内申点くらいなら痛くもかゆくもない。


 あれから敬ちゃんと話すタイミングがなかった。授業が終わったときにでも話してみよう。


「透真」


「っ、はい」急に脈略なく呼ばれた僕の返事は上ずった。


「今から職員室に来てくれ」


「わ、かりました」


 僕が言い終えた瞬間に授業のチャイムが鳴った。プリントを閉まってカバンを置いたまま急ぎ足で教室を後にする。


 こうなる展開は予想できた。ただ、いざ本番になるとやはり心臓が痛くなる。


「じゃあね。透真」隣の席の誉からハンカチ持ちながら別れの言葉を投げかけられる。


「またね。誉」


 誉は僕にさよならをして、教室を出た。


 敬ちゃんもいつの間にかいなかった。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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