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第三話 「光による影」

乾いた風が砂埃を巻き上げ、長く続く街道を打つ。

 灰色の空は鈍く重く、太陽は冷たく照りつけていた。

 エイリックは一人、巡礼の旅を続けている。

 ハロルドと別れてから数日、胸の奥に芽生えた微かな希望を頼りに、まだ見ぬ道を歩く。


 森の縁に、ひとりの老人が座っていた。

 日焼けして皺だらけの顔、腰には短剣、手元には古びた日記。

 目を上げたその視線は、かつて敵として戦った者の影を宿していた。


 「お前……兵士だな?」

 声は低く、長く戦った者の疲労と知恵が含まれていた。

 エイリックは答えず、剣を膝に置き、肩の力を抜いた。


 「敵だったのか、味方だったのか……もう、わからん」

 老人の微笑みには、赦しでも復讐でもない、ただ時間に刻まれた真実があった。


 沈黙が森を満たす。

 枯れ枝の軋む音、葉擦れのざわめき、鳥の低い鳴き声。

 戦場では聞こえなかった世界の音が、今はやけに大きく響いた。


 「お前は……誰のために戦った?」

 老人の問いが胸を貫く。

 エイリックは過去の記憶をたどる。

 炎に包まれた街、倒れる仲間、血に染まる旗。

 救えなかった命の重さが、肩にずしりと乗る。


 「……俺は……誰のために生き残ったんだ?」

 自問は止まらない。怒りと哀しみ、悔恨が混ざり合い、冷たい汗が背を伝う。

 だが老人は静かに立ち上がり、手を差し伸べた。


 「赦すことは簡単ではない。だが、赦されることはもっと難しい」

 その言葉に、エイリックは小さくうなずく。

 目の前の老人はかつての敵兵であり、今は過去の証人だ。


 森を抜け、荒れた野原を歩くと、遠くに港町の灯りが見えた。

 街の喧騒、船の軋む音、海の匂い――戦場では感じられなかった世界の鮮やかさが、胸を刺激する。


 町の広場で、エイリックは小さな屋台を見つけた。

 子供たちが笑いながら走り回り、老人が魚を並べる。

 平凡な光景に、胸がぎゅっとなる。

 戦場の記憶が、静かに心を押し込める。


 「おい、兄ちゃん、手伝ってくれないか?」

 少年が声をかける。

 エイリックは一瞬ためらったが、重い足を一歩踏み出した。

 少年の笑顔を受け止め、魚を並べる手伝いをする。


 その瞬間、エイリックは初めて、自分の心が少し解けていくのを感じた。

 怒りや哀しみはまだ消えない。だが、人の笑顔、触れ合う温もりが、彼を少しずつ変えていく。


 夜、町の外れで星を見上げる。

 闇の中で、彼は小さくつぶやく。


 「……俺は、生きていいのかもしれない」


 過去の影は消えない。

 だが、闇の中で差す光もまた、確かに存在する。


 ――巡礼の旅は続く。

 罪と赦しの間で揺れながら、彼の足取りは確かに前へ向かう。

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