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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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75/77

75 男二人、ともに寄り添い合って

冬の終わりの雪は一つ一つが大きくて、灰色の空からは子供の手の平くらいの大きさのものが、後から後からゆっくりと落ちてくる。


雪が降り積もった平原はあまりに静かで、俺たちが雪を踏みしめて歩くその音と、息遣いがただ繰り返し繰り返し耳に届いていた。


視線の先には一本の木が立っている。それはすっかり葉を落とし物寂しい姿をさらしているが、その梢には白い雪が積もり重たげに撓んでいる。


アルベルトが俺の手を取ってそこを目指して先を行く。雪の上にはアルベルトの大きな足跡が規則正しく刻まれ、その足跡を上からなぞる様に踏みしめて俺は進む。


大きな背中が俺の前にあった。彼の吐く白い息が微かに空中に現れては流れていく。


一歩一歩無心に俺は歩みを進める。


何もない平原を冷たい風が通り抜けていった。


「大丈夫?寒くない?」

「心配性だなぁ。大丈夫。こんなに着てるんだぜ?」


俺は着ぶくれして一回り大きくなった体を見せる。


「もう少し重ね着したほうが良かったかな」

「冗談だろ?」

「君が風邪をひいたりしたら大変だからね」

「俺は大人になってからは風邪なんて滅多にひいてないよ」

「それでもだよ」


心配性なアルベルトを促すと渋々と言った体で再びアルベルトが歩き出す。俺は黙ってそれに従って歩いた。


深い雪が歩みを遅らせる。


窓からの眺めから想像していたよりもずいぶん長い時間が掛かって、俺たちは目的の木の下に辿り着いた。


「はい。着いたよ。ここからが一番良く見渡せるからね」

「ありがとう」


そう言ってアルベルトが周囲に視線を巡らせる。それに合わせて俺も辺りを見回した。


夏になったら周囲は一面草の海になるだろう緩やかな丘が広がっていて、その向こうには大きな山や森があった。それらもやはり真っ白い雪の下に沈んでいる。


「どう?君の領地だよ。気に入った?」

「いや、まぁ、うん。なんと言ったらいいか……。全然実感がないよ」

「そうかい」

「うん。本当にこの辺り一帯が俺のものになるのか?冗談とかではなくて?」

「もちろんさ。ここは良い場所だよ。王領屈指の風光明媚な避暑地なんだ。僕は子供のころから何度も来ている。この地の素晴らしさは保証するよ」

「避暑地かぁ。夏の様子も見てみないと何とも言えないけれど、なんだか俺にはもったいない気がするな」

「ただ、君が割譲されたのはその一部だから、土地としては狭いし住民も少なくてあまり税収は期待できないよ」

「そんなの気にしない。金持ちになりたいわけじゃないからな」

「そうか」

「あの立派な屋敷も俺のものになるのか?」

「そうだよ。少し古いから、父が立て替えてくれるそうだよ」

「そこまでしてもらうのはなんだか悪いような気がするな」

「もらえるものは喜んでもらっておいたほうがいい」

「そうかな」

「そうだよ」

「俺の領地……」

「爵位付きだよ」

「いやぁ、こうしてここに来てみてもやっぱりぴんとこないもんだなぁ」

「まぁ、おいおいね。グリュンベルグ子爵殿」

「その呼ばれ方もなぁ。何と言うか……」

「慣れていかないとね」

「まぁ、うん」


俺の表情がそんなに面白かったのか、こっちを見ながらアルベルトが笑った。


俺は叙爵されて貴族になった。


貴族名鑑にもきちんと記載される本物の貴族だ。自分でもなんだそれって感じだ。実際にこうして自分のものになった土地へ足を運んでなお、俺には貴族になった実感は無かった。


空を見る。大きなぼたん雪がゆっくりと落ちてきて、俺の頬を濡らした。


どうしてこんなことになったのか。


そう考えると、自然と半年も前に王都の宮殿で催された式典のことが思い出された。


あの日、気絶した王妃陛下が運び出されて二人謁見の間に取り残された俺たちは、とりあえず式典への出席のためにその場を後にした。


急いで俺の部屋に戻るとアルベルトが用意してくれた衣装に着替えて馬車で王宮へと移動した。格式高い式典故、準備に手を抜くことなど許されず、そのために恐ろしいほど時間が掛かったのだ。


俺たちはそれでも余裕を持って会場に駆けつけた。緊張感を覚えながら待っていると予定通りに式典は開催された。しかし結局そこに王妃は現れなかった。体調不良を理由に、最後まで姿を見せることは無かった。


ただ、国王と将軍は何事も無かったかのような顔をしてやってきた。


そして俺とアルベルトはその式典で盛大な賛辞を受けた。会場に詰め掛けた老若男女の多数の貴族たちが俺たちの功績を讃えた。国王は、その式典で約束通りアルベルトの名誉の回復を宣言した。


俺はその様子をほっとした気持ちで見ていた。


すると、その場で国王から俺の叙爵が宣言された。会場は大いに沸いた。しかし、全くそんなことを聞かされていなかった俺はあまりにも驚きすぎてしまってしばらくその場から動くこともできなかった。呆然とする俺をアルベルトが引いて国王の御前へと引っ張っていった。そのままどぎまぎする俺を置いてきぼりにして、淡々と粛々と叙釈の儀式が執り行われ、衆人環視の中で俺は貴族になった。


そして俺は、キース・キルヒナーになった。貴族位は子爵。平民が男爵位を飛ばして子爵の位を賜るなど過去に例のない大出世だそうだ。


後から、アルベルトは伯爵位くらいくれてもいいのにと言っていたが、とんでもないことだった。


「世襲貴族だと言っても君の爵位を受け継ぐ人間はいなんだから、結局一代貴族みたいなものだし、もらう土地だって税収の少ないこの辺りのほんの一部にすぎない。もっと活気のあって豊かな王領だってあるんだよ」

「いや、それは……。俺なんかが伯爵なんて位をもらったり税収の多い土地をもらったりしたら、絶対後から問題が起こるに決まっている。それに、仮にそんな待遇を受けてしまったら貴族からの妬み嫉みがすごそう。詐欺師とかが俺から金をむしり取るために寄ってきて要らぬ騒動が起きたりしそうだし。そういうことを考えると、良い落としどころだったんじゃないかなと思う。まぁ、それでも俺には身に過ぎた処遇だとは思っているけれど」

「君は本当に欲が無さ過ぎる」

「そんなことはないよ。俺は……」


一番欲しいものはもらったから。


俺はそれを言葉にはしなかったけれど、アルベルトを見つめる視線に、俺の言わんとすることを彼は察したのだろう。彼が微笑む。


そうして。


彼は俺の手を握り直すと、その場に片膝を突いた。


俺を見上げる。


彼の空色の双眸が俺をじっと見ている。


「キース」


囁くような声だった。


「はい」


鼓動が速くなるのを感じる。俺の手を握る彼の手の温かさを感じていた。


「君は覚えているだろうか。あの日、最後に君が願ったことを」


徐にアルベルトが口を開いた。そして言った。


「僕は覚えている。君は願っていた。死の間際に言った」


彼の言わんとしていることが分かった。


「雪解けの予感を信じさせてほしいと言った。春の訪れを信じさせてほしいと言った」

「あぁ、覚えている」


アルベルトの力強いまなざしが俺を捉えている。


「僕は君を助け出したかった。君を取り巻くあらゆる不幸や悲しみや抑圧や差別や暴力から、君を救い出したかった」


俺は彼の言葉に耳を傾ける。じっと、彼が語る言葉を聞いていた。


「僕は誓うよ」


俺の手を握る彼の手に力が籠る。


「僕は誓う。君を幸せにすると。僕はまだまだ未熟だから、この先もきっと色々な失敗を重ねるだろう。きっと君と喧嘩をしたり、君を傷つけたりしてしまうこともあるだろう。けれど、それでも僕は前へ進んでいく。君を幸せにする、その目的のために、僕は変わっていくはずだ。だからキース。僕の側にいて欲しい。僕を支えて欲しい。君がいれば僕は何だってできる気がする。どんな困難にも負けない自分になれる気がする。愛している。僕と、人生を一緒に歩いてくれないだろうか」


そう言って彼が視線を落とした。頭を垂れた。まるで、祈るように。許しを請うように。


俺は胸が苦しくなる。


こみ上げてくるものがあった。それを堪えるのに俺は必死だった。


「……ずっと、雪が降っていた。自分の心の奥底に、真っ白くて冷たい雪がいつからかずっと降っていた。それは凍えるように冷たくて、俺は、こんな気持ちを抱えてこの先をずっと生きていかなければならないのだと思っていた。そう覚悟していた。それは幼い頃の俺には途方もないことのように思えた」


俺はアルベルトの手を強く握り返す。


「でも、もう、雪は止んだ。お前に出会って、その雪は止んだんだ。もう寒くない。ありがとう、アルベルト。俺は、俺も愛してる。でも、きっとお前を傷つける。この前みたいに、お前の気持ちを全然考えないで行動してしまうかもしれない。でも、ちゃんとするから。お前のことを考えて行動できるようになるから」


大きく息を吸う。冷たい空気が肺を満たした。しかし、それは全く不快ではなかった。体が清められていくような気すらした。


「だから、アルベルト。俺からもお願いします。どうか、俺と一緒に、生きて行ってください」


俺がそう言った瞬間、アルベルトが顔を上げた。


泣き笑いの顔だった。


彼が勢いよく立ち上がると、俺を抱きしめて来た。


「もちろん」


アルベルトが強く強く俺を抱いた。


その俺を抱きしめる腕が力強くて、俺はそのことが嬉しかった。


遠くで一羽の鳥が高く鳴いたような気がした。




そのあとのことについて少しだけ話をしよう。


俺はアルベルトから一緒に暮らそうと提案された。それは本当に嬉しかったけれど、王妃陛下のことを考えると簡単には首を縦に振ることはできなかった。彼女の許しもないまま王宮で一緒に彼と暮らせるはずなかった。そんなことをしたら、きっと彼女を傷つけてしまうから。


それはアルベルトも納得してくれて、ではどうするかという点で少し揉めた。


王宮には住めないと俺が言うと、なんとアルベルトは王都に家を建てると言い出したのだ。


当然俺はそんな大掛かりな話になるなどとは夢にも思っていなくて、必死に考え直すよう言った。俺としては、どこかに部屋を借りてそこで暮らしながら、時々アルベルトに会えればそれでいいと思っていたのだ。彼は何かと忙しくてそう頻繁に俺に会ってばかりもいられないだろうからだ。


しかも、辺境軍を辞めることになるから、そうしたら新しい仕事を王都で探さないといけないと言うと、仕事をする必要はないと言われる始末だ。


俺はそれを冗談だと思った。働かずにどうやって暮らしていけると言うのか。きっと彼は自分でお金を稼いだことがないからそう言うのだと思った。どうやって人々が日々を暮らしているのかあまりわかっていないのではないかとすら思った。しかし、彼は想像の斜め上を行く。なんと俺の生活費を全てアルベルトが出してくれると言うのだ。


いや、気持ちは嬉しいけれどさすがにそんなことはできない。住むところも生活のための金もアルベルトに頼っては、俺はただのお荷物みたいになってしまう。それは男としての沽券に関わる。


そう思ったから俺は生活に関しては自分でなんとかしたいと彼に伝えたのだが、アルベルトが悲しそうな顔をするじゃないか。


これには参ってしまった。


だから話し合いは平行線で、今は今後の俺の生活に関してどうするかについては保留にしてもらっている。もう少し時間がたって、なんというか、この浮かれた気持ちが落ち着いた頃にもう一度話し合おうと思っている。その時にはもっと冷静な話し合いができるだろう。


それから、アルベルトの従兄であるカインに俺たちの絵を描いてもらうことになった。


二人の思い出に一枚どうかとカインから打診があったらしい。俺は王族に絵を描いてもらうなんて畏れ多いと思ったけれど、折角だからいうアルベルトに押されて了承した。しかしこれがなかなかに大変だった。


絵を描くことが決まってから、すぐに俺は芸術家と言うのはなかなか気難しいものなのだなと理解させられた。と言うのも、いざ絵を描こうという段になって、彼は場所がどうだとか光の加減がどうだとかから始まって、俺たちの立ち位置や顔体の向きや手の位置など細かいことに拘りを見せるのだ。しかもほとんど妥協することがない。その拘りの強さのために全然絵を描くところに辿り着かなかった。


そうしてやっと彼が納得して描き始めるまでが本当に長かった。


更には、彼がいざ絵に取り掛かるとそこからがまた大変だった。これは実際に経験して初めて知ったのだが、絵のモデルというものはある程度下絵が形になるまでは日に数時間ずっと同じ格好をしなければならないのだ。しかも、それが何日も続いた。


その間、手を動かしながらああでもないこうでもないと言うカインの呟きを聞かされながら、アルベルトが用意してくれたお揃いの白いタキシードを二人で着込んで決め顔をし続けた。俺は顔がその表情のまま凝り固まってしまうのではないかと本気で心配した。


それでも、その苦労に十分見合うだけの絵になりそうだった。途中の絵を見せてもらったのだけれど、とても素敵な絵だった。その絵が完成したら、俺の領地のあの屋敷に飾ってくれるらしい。今から完成が楽しみだった。


そんな風にして、俺は春をアルベルトと一緒に過ごした。こんなにゆったりした時間を過ごしたのは初めてのことだった。


そして夏にはアルベルトと一緒に海を見に行く。彼は約束を覚えていた。


彼の頭の中には今後の予定がもうすでに色々と出来上がっているらしく、それを楽しそうに話して聞かせてくれた。俺の知らない世界を見せてくれるという。知らない経験をさせてくれるという。


はずむ声でそんな話をするアルベルトを見つめながらこれからも彼と色んなことを一緒にできるのだと思うと、胸が躍るような心地だった。


窓の外を見る。


柔らかな日差し。緑の絨毯。優し気な木陰。流れる白い雲。


そこから室内へと視線を移す。


大きな窓から入り込む暖かな日差し、立ち上る紅茶の湯気、芳しい香り、柔らかな絨毯、座り心地の良い椅子。


そしてアルベルトがいた。


彼は笑っている。穏やかな目をこちらに向けている。


俺にはまるでそこが何か一つの舞台のように思われた。


彼と一緒に見に行った劇を思い出す。


こうして一緒に座って日々を過ごすことに慣れてなお、時折不思議な気持ちになる。


本当にこれは自分が経験していることなのだろうかと。


円卓の上の俺の手をアルベルトが握る。その温かな手。


確かな実感。


俺は自分がたしかにこの場にいるのだと感じた。


あの日、神話の様に見えた明るい世界に自分が確かにいるのだと思った。


物心つく頃からいつも遠くから世界を眺めているような気がしていた。自分はただの背景で、自分は街にある石ころや壊れた樽やその辺をうろつく野良犬や、何かそういったものであると思っていた。


世界で起きる様々なことは俺にはほとんど関係がなくて、ただ、外からそれを眺めているだけだと思っていた。


しかし、ここにきて初めて俺は自分が自分の人生を生きているのだと思えた。


俺はアルベルトに微笑む。


アルベルトが俺に笑みを返してくれる。


それだけで、俺には十分だった。

というわけで、ここでおしまいです。これまで自分の強めの幻覚にお付き合いいただきありがとうございました。


無事に終わらせられてほっとしています。しかも60万文字は自分の最高記録です。


私は基本的に書く前に、始まりと重要な出来事と最終回をどうするか決めてから文章を書き出し、途中のエピソードはその場その場のノリで書いていくようにしています。なので問題がなければラストまで一本道で進んでいけるのですが、いかんせん仕事だったりメンタルだったりの関係で途中で書けなくなってしまうことが多くありました。ですが、今作は無事にラストまでいけて本当に良かったです。


当初はこのお話はもっとあっさり終わらせるつもりでした。15万文字とかそれくらいで終わらせるつもりで書き始めていました。ですが、27話を書いているときに、BLってもっといちゃこらした要素があって、それをみんな読みたいんじゃないか?と気付きました。それで実際に二人のいちゃいちゃを丁寧に書いてみたら、それ以降の話も丁寧に書かないとバランスが悪いなとなって、字数が増えに増えてこんなに長い話になってしまいました。なので本来であればこのお話はもっとあっさりしたものになるはずでした。


そのせいで文章を書くのにかなり苦労しましたが、楽しく書き続けられました。


反省点としてはすけべ要素で笑いを取りに行こうとしたのが、ちょっと下品だったかなと思いました。書いている本人は面白いと思っているのですが、不快に思われたらすみません。


評価・ブックマークありがとうございました。本当に嬉しかったです。たぶん四十人くらいしか読んでいないと思うんですけど、ここまで読んでいただきありがとうございました。


最後に面白かったよと言う方は評価とかブックマークとかしていただけますと幸いです。


あと一話か二話くらい、番外編として二人のいちゃいちゃ回が書きたいですね。それでは。


肩の荷がおりて自由だー!

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