74
俺は静かに跪いて頭を垂れる。
前方には今、どっしりと構える国王と優美な姿で椅子に腰かける王妃がいる。
そして隣には俺と同じ様に跪くアルベルトの姿があった。
周囲は人払いがなされ、アルベルトの伯父である王立軍総帥が護衛役としてだろう、同じ空間にいる以外に余人の姿は無い。もちろんこの部屋の扉の外には警備兵が立っているだろうが、事実として、今この時この部屋には俺を含めて五人の人間しかいなかった。
そして、そんな状況にあって視線を下へ向けながら俺はどうして自分がここにいるのかその理由を考えていた。視界には毛足の長い赤い絨毯と、美しく磨かれた白い大理石の床があるだけだった。
俺は式典開始の予定よりもずっと早い時間にここへ呼び出された。
その日、俺は手紙で指示された通り王都の宿を出ると正午前に王城へと到着した。式典自体は王宮で行われるのだが、招待状には王城へ当日昼までに来るようにという指示があった。
しかも俺のための個室が用意されてあり、食事も出してくれるという。まさに至れり尽くせりだった。そして式典の後には一泊していけるらしい。平民の俺には身に余る待遇と言えた。
宿から馬車で城門まで乗りつけ、そこで立派な門兵に招待状を見せて中へ通された。連絡役が中へ走っていきしばらくたってから案内役の男がやって来た。そして丁寧に俺に向かって一礼すると部屋へと導いてくれる。
登城時はいつもの軍服を着用していて、式典の前に貸し与えられた部屋でアルベルトと合流して着替えをするつもりだった。そういう手筈になっていた。しかし、何故か部屋に到着して一人食事を摂り、休憩しながらアルベルトの到着を待っていると、四半刻もしないうちに俺は呼び出されることになった。
疑問を感じながらもとりあえず広い城内を俺は進んだ。先を行く見知らぬ先導役の後に付いて俺は進んだ。
緩やかに曲がる回廊を進み、階段を上り、そうしてかなり奥まった区画を目指しているのだと気づいた。
「あの、道は合っていますか?」
俺はたまらずそう尋ねた。ただの平民の俺がこんなにも城の奥まで案内されるのはおかしいと思ったからだ。
しかし先導する男ははいと答えるのみで、迷いなく廊下を進む。高い天井、靴音を高く響かせる廊下、ゆらゆらと揺らめく灯、美しい紋様の壁掛け、豪華な展示品、そう言ったものを横目に俺は無言で歩き続けた。
随分長く歩かされて貴族でもない俺が入ってはいけないのではないかと思われるような区画に足を踏み入れるにいたって、俺の不安は更に増していく。明確に周囲の作りが変わったのだ。
豪華絢爛な内装の空間から、武骨な作りの古めかしいものへと変わった。無骨な石を組んで作った古い壁や天井、真っ平でない廊下や幾度も現れる曲がり角が、古い時代のものでかつ侵入者を拒むための作りなのではないかと思った。
俺は普通の軍服を身に付けているだけの自分を思い出す。この先に待ち受けているであろう高貴な身分の誰かを幻視した。
「あの、私のこの格好でここまでくるのは不敬に当たってしまいませんか?」
再度俺の前を行く男に声を掛けるが、返答は問題ないの一言だった。
俺は諦めてもうどうにでもなれという気持ちで男に従った。
こつこつと足音を響かせるすり減った石でできた暗い廊下を歩き続け、幾度か階段を上って、かと思えば燦燦と光が降り注ぐ古めかしくも豪華な画廊を通り抜けた。そうして、ひときわ重厚な扉の前まで案内されると、取次の男が俺の到着を中にいる者に告げる。それからしばらくあって入室の許可が下り、俺は開かれた大きな扉をくぐって内へと歩みを進めた。
そこにはアルベルトが既にいて、俺の入室に振り向くと驚いた顔を見せた。その事実が、彼がこの事を知らなかったということを物語っていた。つまり、彼以外の誰か、おそらくは国王夫妻の考えなのだろうと知れた。
促されるままに前へと進み出て、アルベルトの隣まで来ると俺は跪いて頭を垂れる。心臓は大きく鳴っていた。頭を下げながら視線を感じてもいた。じっとりと汗をいている。
入室したときからずっと感じていた探るような視線は、未だ俺に注がれたままだった。自分に注がれる王族三者の値踏みするような視線に俺は身が竦む思いだった。
「面を上げよ」
落ち着いたどっしりとした響きを持つ男の声が広い玉座の間に響いた。長い間人々に命令してきた者特有の威厳の感じられる声だった。それは国王の声だとすぐにわかった。
以前似た様な状況で聞いた声を俺は思い出していた。あの時は二言三言話をしたというか、お褒めの言葉を賜っただけだったけれど、俺は覚えていた。
そしてだから気づいた。あの時よりもずっと硬質な響きを持っているということに。
何故だろう?
そんな疑問が俺の胸に去来する。
隣ではアルベルトが頭を上げる気配があった。俺は彼が動くのを確認してから、それに遅れてゆっくりと顔を上げる。この場で一番身分が低いのは俺だったから、何をするにも一番最後でなければいけないと直感した。
そして、頭をゆっくりと上げながら俺は考えていた。
それは憎しみ故だろうか。それとも敵愾心からくるものだろうか。そういった感情を押し殺しているがゆえに、冷たく無感動に響くのだろうか。
なんとなくではあったけれど、その理由が俺にはわかる気がした。自慢の息子を誑かし、命の危険にさらした男。諸悪の根源。俺がいなければ家族仲が拗れることも、息子の名誉が傷つくことも、後継者問題などという厄介な問題が起きることも、彼が命を失うような危険な真似をすることも、大けがをすることもなかっただろうから。きっと腸が煮えくり返るほど怒っているだろう。恨んでさえいるだろう。
その想像はすんなり俺の胸に落ちてきた。至極当然のことのように思われた。
そして、しかし俺が顔を上げて見たものは、今しがた予想していたものとはいささか違っていた。
いや、王妃の顔に浮かぶ表情はもちろん予想通りのものだった。はっきりと俺への敵意が見て取れた。憎たらしいもの、汚らわしいものを見るような視線だった。
お前が愛する息子を誑かした男か。
視線はそう言っているようだった。
その鋭い眼差しに俺は怯んだけれど、予想してもいたのもあって別段驚くようなことも気分を害されるようなこともなかった。悲しくはあったが、子を愛する親の反応としてはきっと当然だろうと思えた。だから、甘んじて受け入れることができた。
そしてそのことが却って、アルベルトが母親からいっぱいの愛情を受けて育ってきたのだと言う事を俺に教えてくれていた。それは素晴らしいことで、喜ばしいことだった。
自分には与えられたことがなくとも、世の中にはそういうものがあるのだと、俺は知っていた。
値踏みするような観察するような視線を真正面から受けて、俺は視線を逸らさずただじっと前を見ていた。そうして、もう一人の視線の意味を考えていた。
王妃の内心は分かりやすい。だが、国王の方はどうだろうか。これはなんという表情なのだろうか。俺は長く真正面から見つめて不敬になってはいけないと気づき、そっと視線を逸らしてわずかに下を見た。
そして、視線を逸らしながら、次の言葉を待ちながら、今しがた見えた国王の顔を頭に思い描いていた。その顔には何の感情も現れてはいなかった。ただ、じっと俺を見つめていた。
俺は静かに待った。その言葉を。
「さて」
王がそう言った。心臓が一つ跳ねた。
「時間が押していることもあって手短に話をしたい。まずはお前たちの為したことについてだ。成し遂げたことについてだ」
王がそう言うと、アルベルトが隣でわずかに身じろぎした。
「アルベルトと、キース、と言ったな。双方面を上げよ」
「は、はい」
俺は突然呼び掛けられたことに驚き慌てて顔を上げると返事をした。
俺は心臓が早鐘の様に打つのを感じていた。
「巨人討伐から半年以上たち今更ではあるが、まずは私からお前たちに感謝の言葉を述べさせてほしい。本来ならばもっと早く言うべきことであった。申し訳なく思う。しかしそれも故あってのこと。きっと聡明なお前たちならば理解してくれるだろう。あの時この国は存亡の危機にあったと言っても過言ではない、非常に危うい状況にあった。それはこの国の守りの要である者がどちらも不在であったという事実、そしてその二者が巨人の襲撃によりのっぴきならない窮地に立たされてしまうという可能性のためだった。そう、辺境伯と今私の後に立つ我が弟のことだ。二人は何十年とこの国の守護であり続けた。しかし折悪くも巨人の災禍によって隣国で孤立し、場合によっては攻め滅ぼされてもおかしくない状況にあった。しかし、しかしそれをお前たちはたったの二人で巨人を打ち滅ぼすことに成功し、最悪の事態を回避することに成功した。まさに、この国は九死に一生を得たのだ。お前たちの働きは歴史上比類なく、誠に神の遣わした勇者と称えるに遜色ない素晴らしいものだった。これは全くの誇張ではない。私はその故に、心よりの賛辞をお前たちに贈りたいと思う。キースよ」
「はい」
「本当によくやってくれた。王国のために奔走したその勇気と機転は誠に得難く実に素晴らしいものであった。この国の民全てに成り代わり礼を述べたい。心より感謝する」
そう言って、国王は感謝の礼を取った。俺に向かって。それはほとんどあり得ないことだった。
「いえ、とんでもないことです……」
俺は目の前の常識では考えられない王の態度に瞠目しながらなんとかそれだけを言った。王は俺の言葉に一つ頷いてアルベルトを見た。
「アルベルト。私はお前がかの巨人を倒したと聞いたときこれ以上ないほどに心から感動した。まさに王族たるに相応しい行いだった。私は心からお前を誇りに思う。お前の父であることをこれ以上ないほどに嬉しく思う」
「……ありがとうございます」
「今まで隣国や頂の国への対応や巨人の調査などで忙しく言うのが遅くなってしまった。すまないな」
「いえ……」
その言葉通り、王のアルベルトを見る目は誇らしげに輝いている。口元には小さく笑みが浮かび、先ほどまでの硬い表情はどこかへ行ってしまっていた。
アルベルトが、父親の発した言葉の中に、その眼差しに確かな称賛と愛と誇らしげな響きを感じ取ったようだった。その顔には嬉しそうな表情と同時に赤みが差している。
それに遅れて国王夫妻の後ろに控えていた将軍が一歩前へ進み出ると、同じように頭を下げた。ありがとうと、そう言った。それから、優雅な笑みを浮かべた王妃も口を開いた。
「まさしくあなたは国の宝です。今あなたの父が言ったようにあれほどの偉業を成し遂げるなど、神々からの寵愛篤いことの証拠です。私はそんなあなたの母であることを誇りに思います。あぁ、こんなにも嬉しいと思ったことはありません、アルベルト。でもどうか、こんな無茶なことはもう二度としないでくださいね。母はあなたが大けがを負ったと聞いて心臓が止まる思いでした。あなたが死んでしまっていたら、母もこの世にはいなかったでしょうから」
王妃が愛おしいものを見る目で息子を見ている。
「はい。申し訳ありません。母上」
「して、アルベルト」
「はい」
「今日この後に王宮にて執り行われる式典ではお前たちははこの国を救った英雄として認められる。国中の貴族と頂の国から来ている使者たちがお前たちを祝福するだろう。そのために彼らは集まる。それはお前たちのしたことが、ほかの誰にも為せない偉業だからだ。そして、そのことによって後世にまで二人の名は語り継がれ人々の記憶に残り続けるだろう。そして、私はお前たちのその働きに対して褒美を遣わすことになる。しかしだな……」
そこで一度言葉を切った。意味深な視線で息子を見遣る。
「さすがに前回のようなことになっては困るのだ、アルベルトよ。そしてキースよ。二度も似たような事態になることだけは避けないわけにはいかない。もう気付いているだろうが、そのためにこうしてお前たち二人を事前に呼び出したのだ。つまり、私とお前たちの間である程度、意見のすり合わせをしておく必要を感じ、こうして呼び出すことになったのだ」
「はい。理解しております」
俺はやはりと思いながら、アルベルトが答えるのを聞いていた。
「良かろう。私はお前たちの此度の働きに対して、過去の慣例に則り報奨を授けたいと思う。そなたらの勇気ある行動と誰にも成すことのできない偉業とに対する感謝の印でもあり、かつまたこの国を救ってくれたことへの正当な対価でもある。まずはお前から聞こう、アルベルト。お前はこの度の働きの報酬として何を望む?何を欲する?」
「僕は……」
国王がじっと自身の息子を見つめている。先ほどまであった喜びの表情は消え去り厳しい顔付きになっていた。
その視線を受けて、アルベルトがこっちを見た。
その視線は揺れている。彼が何を考えているのか分かるような気がした。
しかし俺はそれに首を振る。
王子としての責任を果たせ。
俺はそう言いたかった。
「僕が望むものはありません。何かが欲しくて頑張ったわけではないからです。ただ……。僕はただ、キースを守りたかった。それだけなんです。そのためならば命を落としても構わないと思いました。彼の為に死んでもいいと思いました。しかし、それは王子としては間違った振る舞いでした。私は死ぬと思われた最後の瞬間、国民のことではなく、彼のことを思いました。恥ずかしいことだと思いますが、それが本当です。僕は、僕の願いのために命を賭して戦いました。それは褒められる行いではないのです。胸を張って人に言える行動ではありませんでした。ですから、私は何かを求める立場にはありません。私は、報奨を得るに足る人間ではありません。代わりにキースに最大限のご配慮をお願いします」
アルベルトはそう言って頭を垂れた。
長い沈黙があった。
国王がアルベルトを見下ろしている。じっと見ている。俺にはその表情をつぶさに見ることが出来た。
王の目には今一度感情が浮かんでいた。彼の顔にその心の裡にあるものが現れていた。
しかし、それが何なのかは俺にはわからなかった。
「そうか」
王がそれだけを呟いた。
そして、今度は俺に視線を移した。
その視線にはアルベルトに対するものとは全く違う意味が含まれていた。興味深そうに、そして値踏みするように俺を見ていることに気付いた。
「キース」
「……はい」
俺は声が裏返りそうになるのを必死にこらえた。
「私はお前の素晴らしい働きに報いなければならない。過去からの慣例に則ってお前の願いを一つ叶えたいと思う。さぁ、お前の望みを言うのだ。お前の願いはなんだ。お前が欲しいと思うものは?金でも名誉でも地位でも、私にできる範囲で、そして国益に反しない限りにおいて、お前の欲するものを授けたいと思う」
その言葉は俺の耳から入り込み、心の中に響き渡った。
ごくりと喉がなった。王の真っ直ぐな視線と、王妃の睨むような視線とに俺は晒されていた。
不意に横を見ると、アルベルトが励ますように俺を見ていた。不安そうなその顔に、俺はなんとか笑みを返す。彼が少しだけほっとしたような顔をした。
俺はアルベルトに一つ頷いて見せると前に向き直った。
まっすぐに二人の視線を受け止めて、前を見た。
俺の願いは……。
「キース。お前の望みは何だ」
再度国王が問うてきた。その言葉に俺は心を決める。
「私の望みは……」
そこで言葉を切る。人生でこれほどに緊張したことはなかった。
「私の望みはアルベルトの、いえ、アルベルト殿下の名誉の回復、ただそれだけです」
「何を言っている、キース?」
アルベルトが驚きに声をあげた。俺はそれには答えず言葉を続ける。
「先の式典で、殿下は衆人環視の中謹慎を言い渡されたと聞き及んでおります。私は、私はそのことがずっと気がかりでした。殿下は素晴らしい人です。今後この国を背負って立ち、素晴らしい国へと導いてくださることと、私は信じております。その殿下が、ただ一度の失態の故に貴族の方々から見限られ侮られその地位の盤石さを欠いてしまう、揺らいでしまうのではないかと、そして今後それが足枷となってしまうのではないかと、ずっと気がかりでした。ですが、彼は先の戦いで、この国を救いました。殿下は確かに国民のために行動しました。彼はたった今、しかしそれは自分のためだったと仰いましたが、私は違うと思います。そうでなければ、あの街に間を置かず駆けつけることなどできようはずはなかったからです。殿下は国を第一に考えられる人です。ですから、どうか、彼の名誉の回復をお願いしたく思います。私はそれを一番に願っています。私は、アルベルト殿下が王となったときに、何の不安もない状態であって欲しいのです。そして、私は彼が作る幸せな国を見たいと思います。それが私の願いです。……どうか、アルベルト殿下の名誉の回復を願いたくございます」
「キース」
アルベルトが俺の名を呼んだ。
「そんなこと、どうだっていいことだろう。君は……、僕なんかよりも自分のために願いを言うべきだろう」
「いいや。大事なことだ、アルベルト」
俺は国王に向き直る。
「どうか、本日の式典で、殿下の名誉の回復を賜りたく存じます」
俺はそれだけ言って頭を垂れた。
沈黙があった。
俺は、王の返事を待った。
「それについてはお前が気にするまでもなく、もともと今日の式典で、息子の名誉の回復を宣言するつもりだった」
しばらくあって王の返事があった。その言葉に俺はほっとする。
「ありがとうございます」
「それほどの功績をお前たちは成したのだ。当然のことだ」
王の言葉に俺は自分の肩の荷が下りた気がした。
「良かった………。であれば、私の願いは達成されました。私が望むことは他にありません」
それは本心だった。今日俺は、これを言うためだけにやって来ていた。
俺はアルベルトに笑いかける。彼が泣く前のような顔をした。
「キース……」
「これでいいんだよ。アルベルト」
そうと分かれば、すぐにでもここから退出したかった。緊張して喉がからからに乾いていた。
俺は退出の命令が出るのをただずっと待っていた。けれどいつまでたってもその声はなくて、ただ沈黙があるだけだった。
不思議に思うが、許しもなく一度下げた頭を上げられない。俺はじっと待ち続けるほかなかった。すると、しばらくの間があってやっと次の言葉がかけられた。
「……お前の今の願いは、願いの内に入らない。もともとそうするつもりだったのだからだ」
「ですが」
「アルベルトの願いでもある。お前の望みをかなえるようにと。私はそれに応えねばならない。だから、さぁ、お前の願いを言うのだ。こんな機会は二度は無いのだぞ」
王が俺を促す。
「金でもいい。貴族の位をやってもよい」
「いえ、ありがたいお申し出ではございますがそのどちらも私には身に余る光栄です」
「それはどういう意味だ?いらぬと申すか?」
「畏れながらその通りでございます」
「何故だ?一生安楽してくらせるだけの金をやろう。一代限りでない世襲貴族の称号でも良い。欲しくはないか?」
「いいえ」
「何故だ?」
王の言葉に不快感が混じりだす。
「きっとそのどちらをもらっても、私には上手く活用できないでしょう」
「そのようなことはない。どちらもあって得することはあっても害になることはない。それに誰もが喉から手が出るほど欲しがるものだ」
「お心遣い痛み入りますが、私は十分なのです。私はもう殿下より十分にいただきました。だから、今新たに叶えて欲しい願いは持ち合わせてはいないのです」
「どういう意味だ?」
探るような視線がアルベルトへ向けられたが、彼は首を振る。
「私は孤児です。小さな田舎の孤児院で育ちました。そこは本当に何もない場所で、人々の孤児への当たりは厳しく、成人後も碌々職を見つけられないような場所でした。誰も彼もが生きるのに精いっぱいで、私たちのような半端者に優しい人は、全くいないとは申せませんが、それでもやはり多くはありませんでした。そんな中にあって、孤児院の院長先生だけは、私たちに優しかった。愛を与えてくれました。私はそのために生きてこられました。学園へ入学するように助言下さったのも彼女でした。私の人生は彼女のその一言によって開かれました。だから、その故に、私は孤児院を救いたいとずっと思っていました。だから、きっとその時の私であれば金や貴族としての地位のどちらも欲したでしょう。孤児院の経営の資金とするために一も二も無く飛びついたでしょう。……ですが、殿下が孤児院にその御手を差し伸べてくださいました。体制が変わり制度が変わり、今後孤児院の経営もそれを取り巻く環境も良い方へ変わっていきます。その兆しがあります。であれば私が望むことは本当にもうないのです」
目の前にどっしりと構える三人が、俺からアルベルトへ視線を移した。
俺もアルベルトを見る。
「アルベルト。こんな時ですが、あなたにまだお礼を言っていませんでした。ありがとうございました。私は、あなたのおかげでここまできました。ただの一人の孤児でしかない私が、国王陛下と王妃陛下に謁見することが叶うところまできました。偏に、全てこれはあなたのおかげでした。本当にありがとうございました。私は……」
胸が張り裂けそうだった。
「私はあなたに感謝申し上げます。本当にありがとうございました。私にはそれを伝えることしかできません。今度は自分の番だと言いましたが、ですが、この国の未来を思えば、私はこれ以上を望むことはできません。だから、私に与えられるはずの名誉も褒章も全てこの国の未来のために使ってください。そして、どうか王になってください。あなたが立派な王になる姿を見たいと思います。それを言うために、私は今日ここへ来ました」
「キース!君は、君は……それでいいのか?本当に?」
「当たり前だろう。俺一個人の幸せなんて大したものじゃない。それに、俺は可哀そうな人間じゃない。そうだろ?お前は言ってくれた。お前の心は俺のものだって。俺にくれるって。なら、それで十分だ。一番大事なものをもらった。だから、俺はお前とは行けない。道は分かたれた。俺もお前に俺の心を預けるよ。愛してる。だから……。お前が立派な王になってより良い国を見せてくれ」
前に向き直る。玉座に座る国王その人に顔を向ける。
「国王陛下。畏れながら申し上げます。殿下はすばらしい人物です。この国を背負って立つに相応しい、覚悟と勇気と智慧と愛と責任感とを持っています。どうぞ、アルベルト殿下に今後も変わらぬ愛を賜りますよう畏み畏み申し上げます。私への褒章など不要にございますれば、どうか殿下の今後の成長と活躍とを寛大なお心で見守っていただけたらと思います」
俺はそう言うと、頭を下げた。深く深く、アルベルトの顔が見えないように。
「そのようなこと、お前なぞに気にされる必要などない。口を慎みなさい」
そこに突如として鋭い王妃の苛立ちを含んだ声が響いた。
「ゲルダ、落ち着きなさい」
「あなた」
「キースよ。仮にそうだとしても、そういうわけにはいかない。英雄と認められた者が、何の願いも言わないなど、後で何を言われるか知れないのだ」
対照的に王の口調は冷静だった。
俺は王妃の方を窺いながら口を開く。
「であるならば、どうかアルベルト殿下に便宜を図って頂きたく思います。殿下が今後様々なことをなすとき、どうぞお力添えを賜りたく。それが私の願いです」
「無論そうするつもりだ。息子なのだから。しかし、それではお前の働きに対する褒美としては全く釣り合わない」
「いいえ。これで十分なのです」
「何故そう意固地になるのだ?」
「畏れながら申し上げます。私は、別段意固地になっているわけではないのです。ただ……。ただ、私も同じだからです」
「……同じ、とは?」
「私も、この国のために巨人と戦ったのではないからです。私は、私は私の願いのために戦いました。それは個人的で独善的で利己的で、とても褒められた理由からではありませんでした。私の心根は、過去幾多の偉人たちと比して、全く立派な人物というには程遠いのです。だから、良いのです。重ねてのお心遣い、誠に感謝申し上げます。本当にありがとうございます」
王は今度こそ沈黙した。
王妃はあからさまにほっとしたような顔をしていた。
「キース……」
俺は彼の顔を見ながら頷いて見せる。俺の心は晴れやかだった。
「お前は……」
すると、小さく声がした。その声のした方を振り返る。
「それで本当に良いのか?」
「はい」
重ねて問うてくる王の顔には戸惑いがあった。
「お前は……。私は今日、お前がアルベルトとの仲を許してくれるよう申し出るだろうと思っていた。アルベルトが結婚したい相手だというのは調べがついていたからだ。それにも関わらず、何故お前はそれを今この場で願い出ない?二度とない機会なのだぞ」
「あなた、何をおっしゃるのですか!その者が良いと言っているのですから、良いではありませんか。話を蒸し返す必要などありません」
王妃が美しい声で叫んだ。王は隣の王妃を視線で制するとさらに言った。
「何故だ?」
俺は言葉に詰まる。
「何故だ」
「そうすることが、真に殿下のためになるとは思わなかったからです」
「……続けろ。どういう意味だ」
俺は言葉を探し捜し答える。
「彼にはこれから先長い人生が待っています。その人生を真っ直ぐに進もうとしたとき、私は彼の道行きを手助けすることはできないでしょう。私が側にいたいと願っても、それが本当に殿下のためになるでしょうか。私にはそうは思われません」
それは嘘偽りなく本心だった。自分と一緒にいるよりも良いことのほうが多いだろう。それどころか、きっと彼は俺のために苦労を背負い込む。それは要らぬ苦労だ。
だから俺は遠くから彼の活躍を見ている。それだけで十分だと思えた。
「それにアルベルトは言いました。心は、彼の心は私に下さると。私のものだと。それでいいと思いました。私はその言葉と、彼との思い出があればこの先を生きていけます。だから」
「冗談も休み休み言いなさい!そんなそれらしいことを言ってこの場を丸く収め、ほとぼりが冷めたころにアルベルトに接触するつもりでしょう!私にはわかります。なんといやらしい。それに、それに、アルベルトが!あなたのような者を愛するなどあり得ません!私の子がそんな、男なんぞに!嘘です。アルベルトはあなたとは比べ物にならないほど素敵な貴族の令嬢と結婚し幸せな未来を築くのです。子供もたくさん作って。男のあなたには出来ないことです。身の程を弁えなさい」
王妃の怒りの声が広い謁見の間に響き渡った。
見上げると、怒りに顔を蒼褪めさせた王妃が椅子から立ち上がってこちらを睥睨する姿があった。
「そんなことはこの私が許しません!」
彼女は俺に向かって叫んだ。
「母上」
「アルベルトの心は、未来の王妃のためのものです。お前のような生まれの卑しい者になどくれてやれるはずなどありません!言葉を慎みなさい!馬鹿も休み休みに言いなさい!不敬です!不快です!アルベルトについて、お前に明け渡すようなものなど何一つありはしないのです!何一つ!心も体も思い出も!」
その瞳は怒りに燃えていた。
「誰ぞある、疾く参れ!誰ぞある!この不忠者をいますぐこの場から引き摺りだしなさい!牢にでも入れておきなさい!」
彼女の怒声に俄かに外が騒がしくなったかと思うと、扉が大きく開け放たれ、幾人もの護衛たちがなだれ込んできた。
その騒がしい足音と色めきだった声とが部屋を満たした。
すぐさま王妃の指示を受けて彼らは俺を取り囲む。
「やめろ!」
アルベルトが叫んだ。
その声に兵たちは一瞬怯み、状況を飲みこもうと周囲に視線を走らせるが、続けざまに王妃が拘束するよう言うのを聞いて彼らは俺を地面へと組み敷いた。乱暴に扱われ、押さえつけられた。
無理やり押し倒されたときに固い大理石に肩を打ち付けて、俺は呻き声が口から漏れた。
「やめろ!キース!彼に乱暴なことをするな!」
王子と王妃の全く異なる指示が飛び交って、その場は騒然としていた。
俺はただ、アルベルトを見ていた。
「止めよ」
すると、小さくもはっきりとした声で待ったが掛かった。その言葉はそれほどの声量がなかったのにも関わらず、確かな力強さを持っていた。その言葉は、その場にいた者にはっきりと影響を及ぼした。誰も彼もが一時的に動きを止めた。皆が息をつめて黙り込んだ。王妃ですら、言葉を途切れさせた。
「止めよ。その者を即座に解放し、余計な者たちはみな退出するのだ」
王の言葉に戸惑ったような気配が広がる。
「二度も言わせるな」
「王の命令だ。即座に退室せよ」
冷ややかな声で後ろに控える将軍がそう言った途端、兵たちは俺から手を放すと一礼して足早に退室していった。
後には静けさだけが残された。
アルベルトが俺のところに駆け寄り抱き起してくれた。
「ゲルダ」
アルベルトの腕の中にあって王妃を見やると、彼女は俺を抱き上げるアルベルトを見てさらに激高した。離れなさいと繰り返し叫ぶ声が俺の耳に響いた。
「アルベルトも、早くその手を離すのです!汚らわしい!」
「母上。いくら母上であってもキースに対するこれ以上の侮辱を僕は見過ごせません。これ以上の暴言はお控えください」
アルベルトが断固とした調子でそう言うが、それは火に油を注いだだけだった。彼女はいまや顔を真っ赤にして俺にを睨んでいる。
「ゲルトルートよ。止めなさい」
「あなたからも何か言ってください!アルベルトが!私たちの息子が今悪魔に篭絡されようとしているのですよ。あれは全てあの者の計画なのです。この国を弱体化させようという」
「止めるんだ。ゲルダ」
王が穏やかな声でそう王妃に言った。その目は優しさと愛情に満ちていた。
「私たちには、英雄たる彼の願いを聞き届ける義務がある。そして、キースという青年の願いはこの国に不利益になるものでも荒唐無稽なものでもなく、至って真っ当なものだ。彼の願いはこの国の安寧だ。そう願っているに過ぎない。我々には、いや、誰にもこの願いを退けることはできはしないよ、ゲルダ」
語り掛けるような言葉とその視線を受けてとうとう彼女は泣き出した。それでも必死に涙ながらに訴えている。アルベルトの将来を案じ、それを切々と訴えている。
その声の響きは哀れを誘い、本気で彼女が息子のことを心配しているのだと知れた。
そんな目の前の光景に、俺はただ見入っていることしかできなかった。
なぜなら、その言葉に態度に声の調子に涙に、彼女の気持ちの全てが詰まっていたからだ。
俺は心が痛んだ。
それは、自分が傷ついたからではなかった。ただ目の前の二人の心の内を思ったが故だった。
国王を俺は見た。青い瞳は今揺れている。アルベルトと王妃との間で揺れている。俺はそこに、その痛みを堪えるような表情の奥にある彼の深い懊悩を感じ取った。息子への父としての深い愛と妻への長年の愛と、それによって生まれる悩みと決断とが、彼を苦しめていることがはっきりと伝わって来た。
彼はアルベルトを愛している。自分の息子を、とても愛している。
あぁ、これが父というものなのだなと、俺は思った。
王妃を見た。
悲痛な表情をしている。真っ青な顔色は彼女の心の裡をつぶさに表していた。彼女の胸の奥にあるものが今目に見える形で現れていた。その双眸は愛と悲しみとに彩られている。そして、今その美しい顔は涙に暮れている。一人の女の悲哀があった。
それでもなお彼女の硬く結ばれた口元には決意が見えた。なんとしても息子を守らんとする強い決意があった。
あぁ、これが母というものなのだなと、俺は思った。
これがアルベルトの両親なのだなと、俺は思った。
「母上」
アルベルトの凛とした声が響いた。
自然皆の視線が彼に集まった。
「母さん。すみません。僕は親不孝な息子です。そのことをただただ申し訳なく思います。今までこうして僕を育ててくれたこと、愛をくださったこと、支えてくださったこと。感謝しかありません。父さん。それは父さんも同じです。僕に色々なことを経験させてくれたこと、本当に感謝しています。その恩に僕は答えなくてはいけません。であれば、僕はこの先、誰かと結婚し子をなし、この国を支えていきます。そのことは、僕に課せられた義務であり、僕が今まで安楽して暮らしてくることができた事実に対する恩返しのようなものだと受け入れています。ですが、どうかお許しください。僕はキースを愛しています。この期に及んでなお、彼を諦めることはできません。自分の存在意義をこれから先の人生を通して全うするつもりです。であればこそ、どうしてもこの気持ちだけは譲れないのです。僕は将来結婚する相手を愛するし、その人との子も愛します。ですが、僕の心はキースに明け渡しました。僕の心はキースとともにあります。どうか、それだけはお許しいただけないでしょうか。僕は彼にたくさんのことを教わりました。助けてもらいました。僕にとって、彼は掛け替えのないたった一人の人間です。僕は他の何を犠牲にしてもいい。ただこの気持ちだけはどうか許してください」
アルベルトがそう言うと、俺から離れて静かに頭を垂れた。深々と跪いて頭を垂れた。
俺はそれに倣って隣で頭を下げる。
「……そんなこと。そんなこと許せるはずがないでしょう!」
王妃の涙交じりの声が聞こえた。それは嗚咽に変わる。そんな彼女に優しくかけられる声があった。しかし、王妃はそれに否やを返す。
「アルベルト」
「はい」
「お前の本当の願いは何だ?」
「それは……」
アルベルトを見る国王の鋭い視線には、嘘やはぐらかしを許さない厳しさがあった。言い知れぬ緊張感がアルベルトの口を重くしているのがわかる。
「それは?」
「それは……」
彼が俺を見た。
「ここにいるキースとこの先の道を歩むことです」
「そのために、困難な道を進むことになるとしても?」
「たとえ茨の道だとしても、その覚悟はあります」
「誰からも祝福されず、逆に侮蔑や嘲笑を受けるとしても?」
「他人は関係ありません」
「キース。息子はこう言っている。お前はどうだ?お前の願いは何だ?」
「私の願いは……」
言い淀む。アルベルトのためを思えば、簡単にははいとは言えなかった。自分はもとからだからいい。人から見下されるのは慣れている。けれど彼は……。
視線を感じて横を見る。アルベルトが俺を見ていた。じっと見つめていた。その青い瞳。
「アルベルトと、この人生を共にすることです。彼を、私にできるかはわかりませんが、出来る限り支えていきたいと思っています」
そう言った。
「それがお前たちの願いか?」
「はい」
「はい」
「そうか……」
国王がため息をついた。言葉はそこで途切れた。後にはただ、王妃の深い嘆きの声があるばかりだった。夫である国王に懇願している。止めるように、それ以上は駄目だと、涙ながらに訴えている。
「ゲルダ。二人は覚悟を見せた。私たちはそれに応えねばならない。彼らは、私たちの息子は、最も大事なものを見つけて来たようだ。しかも、過去のどの英雄にも引けを取らぬ成果を携えて。それをむざむざと切り捨てることは私にはできそうにないよ」
「いいえ、いいえ。あなたは王です。あなたにはできます。たった一言、否やと言えばいいだけなのです」
「できはしないよ、ゲルダ。それは正義に悖る振る舞いだろう。そして、ここで我々が拒絶すれば、息子の気持ちは永遠に私たちから離れてしまう。この国から離れて行ってしまう。人生は長い。若い者が、たった一人でその道を歩ききることはあまりに困難だ。私にはわかる。兄上にもそれはわかりますでしょう?」
「ああ、わかるよ」
「私は、愛する息子にそんなことはさせられないよ」
そうして。
「わかった」
アルベルトの父がそう言った。
俺たちは王を見上げる。細く甲高い悲鳴が上がったけれど、だれもその方を見てはいなかった。
そう言った王の顔には毅然とした決意の表情があった。
「お前が良き王たらんとするならば、お前を支える者が必要だろう。一人では決して為せない。一人では生きられない。人には自らを支えてくれる伴侶が必要だ。私を常に支え導いてくれたゲルトルートのように」
王が優し気な目で泣き崩れる妻を見た。優しくその肩を叩く。
「それがお前にとっては、その男なのだろう。そういうこともあるのだろう。私にはわからないが……。あぁ、これもまた神々の思し召しか。神々は見ておられる。……ならば、私は神々のご遺志に従おう」
国王が立ち上がった。俺たちはそれをただ息をつめて見守ることしかできなかった。彼の表情には硬い決意が浮かんでいた。
「私はここに宣言する」
朗々と言葉が紡がれる。
「今後一切、私がお前の婚姻に口を差し挟むことはしないと誓おう」
そう言った。
アルベルトが困惑の声を上げる。
「それはどういう……」
「お前が将来好きな女を見つけた時、その者との結婚を望むなら私は喜んで祝福しよう。しかしそれまでは、その時が来るまでは、お前はお前の好きにするが良いだろう。婚姻は神の祝福の下なされる。ならば、お前を無理に縛るのは神々のご遺志に反することになろう」
「父さん……」
「内心では何故という気持ちがある。そう思う方が大きい。できるならば、普通の娘を好きになり、普通に結婚して、普通の幸せを手に入れて欲しかった。そう思うのは私がお前の親だからだ。自ら困難な道に進もうとする子を、どうして応援できるだろうか。けれど、世の中には本人の意志でもどうにもならないことというのはある」
その瞳には、困難な場所へ息子を送り出すような悲痛さが宿っていた。
「私はお前たちを祝福しない」
「はい」
「私はお前たちの関係を支持しない。積極的に関与をする気もない。だが、だからと言って否定もしないつもりだ。キースよ」
「はい」
「アルベルトを頼む。息子はまだまだ甘い所がある。きっとお前の支えが必要だろう」
「はい」
「アルベルトを、頼む」
「はい」
俺の返事に国王が大きく頷いた。
「シュバルツヴァルディエンが国王、アダルブレヒトの名において、お前たちの願いを聞き届けた。どうか、お前たちの道行きに幸多からんことを。どんな困難も二人があれば乗り越えられるだろう。誰からも理解されない。誰からも祝福されない。人々から中傷や誹謗を受けることもあるだろう。しかし、自らが決断し選び取ったことならば、耐えられるはずだ。お前たちにはその強さがあると私は信じている。神々は見ておられる。お前たちの一手を。一歩を。あぁ、そして、いつかその先に……、お前たちは光を見つけるだろう。だが忘れるな。光を目指せばまた影は濃く長く伸びるということを」
大きく力強い声が謁見の間に響き渡った。今や誰もが口を閉ざして彼を見ていた。
「光と闇の神よ。私は二柱の神に誓おう。私はここに宣言する。彼らの慎ましくもささやかな願いは、今ここに聞き届けられた!」
その目は空色に輝いていた。アルベルトと同じ瞳だった。
その言葉を聞いた途端、王妃は完全に沈黙した。眠るように気を失いその場に頽れる。ドレスがふわりと広がって彼女は地に倒れた。
「母さん!」
アルベルトが駆け寄るより前に、国王が妻の体を抱き上げる。
「大丈夫だ。気絶しているだけだ」
「……ですが」
「これはお前の母だ。お前のことを一番に考えている。許してやって欲しい。これには時間が必要だ。お前たちのことを受け入れるのにな」
「はい」
「それはゲルダの頭が固いが故ではない。狭量だからが故でもない。ただ一言でいうならば、母であるからだ。お前の母であるからだ。だから、どうか今しばらく時間をやって欲しい」
「はい……」
そう言って、意識のない王妃を国王が抱えて謁見の間から出ていった。その後を追うようにして将軍も去った。
後には俺たち二人だけが残された。




