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あの日から五か月たった。
あの後戦場で俺とアルベルトは気を失った状態で発見され、すぐに治療のために運び出されたらしい。
らしい、というのは全く記憶にないからだ。まぁ、気を失っていたのだから当然だが。
意識のない状態で発見された俺たちはすぐさま治療のために場所を移され、それから三カ月もの間俺は寝たきりの生活を送ることになった。全身の骨折と内臓の損傷から不用意に動く事を禁じられ、ベッドから降りることができなかったからだ。
俺も死にたくは無いし、不用意に動いて悪化すれば後遺症に繋がると脅されれば、医者の言うことに素直に従う外なかった。
一方アルベルトの方は肩の骨折と全身の火傷という、こちらも重傷といって差し支えない状態ではあったが、入院して一ヶ月もすればベッドから抜け出して自由に動けるようになっていた。そうなると彼はすぐに俺の元へやってきた。無事だとは聞いていてもやはり実際に見るのとは違うものだ。
顔を合わたときはこれ以上ないほどにお互いに無事を喜び合った。
それからはアルベルトがほとんど毎日と言ってもいいくらい頻繁に、碌々と動くことのできない俺を見舞うために飽きもせず顔を出してくれた。ベッドの上での退屈な生活も、おしゃべりの相手がいれば全く苦ではなかった。
彼と話したいことはたくさんあった。死ぬ前のこと、死んで人生をやり直した後のこと。自分のこと。アルベルトのこと。
アルベルトが退院するまでの二か月という時間は永遠にも思われた。
ベッドに起き上がって彼と話をする。アルベルトが時々俺に果物を切り分けて食べさせてくれる。顔が赤いと言って大騒ぎして医者を何人も呼びつけたり、自分の機能回復訓練がいかに過酷であるかを語ってくれたりした。
それから、巨人がどうなったのかも教えてくれた。これは国家機密に当たる情報らしく、普通は俺みたいな下っ端が知ることなど叶わないのだけれど、当事者なのだからという理由で情報を開示してもらった。これはアルベルトが強引にそうしたというわけではなく、頂の国からやってきた調査官らとのやりとりも理由としてあった。
結局俺たちはどちらも巨人がどうなったのかは知らなかったのだが、辺境が駆けつけたときには既に死んでいる状態で発見されたそうだ。
その後速やかに国王へ報告が行くと、伝説上の存在の遺骸ということで、一国で処理してよいものかということと遺骸の調査から得られるであろう膨大な情報と知識が争点となった。未知数ではあるが、調査によって得られるだろう事実によってはこの国は他国に対して圧倒的な優位性を確保することにも繋がるはずだ。しかしそれは同時に他国からの反発や介入を引き起こすことも意味する。それが特に懸念されたらしかった。場合によってはいままで交流のあった近隣諸国が、自らの国際上の安全を確保するために徒党を組み、この国を牽制することすらあり得る。それはこの国の発展を将来にわたって阻害してしまう。
様々な議論が重ねられた結果、最終的に教会を経由して頂の国へと報告することが国王の判断により決まったそうだ。自国の利益よりも国際秩序の維持を選んだ結果だった。また将来的な教会との関係、ひいては頂の国との関係も考慮した結果だった。
すぐさま教会に頂の国との仲介を依頼すると、すぐに調査官が派遣されてくることが決まった。しかも百人を超える調査団だった。異例の対応だった。この人数はさすがに予想外だったために、ここで一悶着あったらしかったが、さらには彼の国から巫女姫もやってくることとなって、王国は上を下への大騒ぎとなった。そしてどう日程を工面したのか、一月で彼らはやってきた。かなりの強行日程ではあったが、事態の重要さと巨人の貴重さを考えれば、おかしな話ではなかった。
さすがに霊峰の眠り姫が他国へやってくるなど聞いたことも無かったが、それ故にこの状況が異例中の異例だということなのだろう。
調査団がやって来た時、巨人の遺骸は冬ということも手伝って腐敗は全く進んでいなかった。もしかしたらエンシェントジャイアントは腐敗しないのではないかとまことしやかに噂されたが、春になっても腐敗する様子が見られず、その異常性がはっきりした。
地上に追放されたエンシェントジャイアントといえど、神話の時代から幾星霜を経たのか定かではないが、数千年経とうともいまだその神性は失われていないということの証左だった。
今現在調査官の手によって慎重に調査検分が行われている。場合によっては頂の国へ持ち帰ることも考えているらしい。ただ、さすがに他国に奪われる可能性もあってそれは実行される可能性は相当低いらしいが。
この国と彼の国との間で今までにないほど頻繁に人や情報のやり取りがなされている。辺境は今まで以上に活気づいた。多くの商人や外国の使者から教会関係者、はては他国の密偵まであらゆる人間がひっきりなしにやってきていた。
当然のことだが話の規模が大きくなってきたと思っていた矢先に、俺たちの元へも調査官が複数名やってきた。具体的な当日の様子を詳しく聞きたいとのことで、俺たちに否やは無いので二つ返事で了承したのだが、それが間違いだった。
なんと巫女姫が御自らやってきて俺たちに尋ねたいことがあると言ってきたからだ。彼女が教会の総本山から外へ出たと言う話など噂にも耳にしたことは無かい。それほど特殊な状況なのだということだった。
しかも質問する相手が、アルベルトであれば全くあり得る話で驚かないのだが、なんとただの平民にすぎない俺のところにまでやって来るというのだから、面食らってしまった。もちろん一対一などということはなく、屈強そうな護衛が何人もついている状態ではあったが。
俺は緊張のあまり死んでしまうのではないかと思った。怪我の為にベッドの上で身動きできず、碌々礼も取れない状況だというのが心苦しかった。
初めて見る巫女姫は恐ろしいほどの美人だった。俺たちと同年代くらいか少し下という見た目だったが、言葉遣いも所作も態度も堂々としていて素晴らしいものだった。
そんな彼女が一言尋ね、俺が答える。そのやり取りには親しさというものは皆無で、たんたんと繰り返される質疑応答はまさに尋問と言っても差し支えないような状況だった。
ただ、さすがに高貴な身。そういった直接のやり取りは毎日というわけでは勿論なくて、週に一度という頻度だった。彼女は毎度大勢を引き連れて俺のもとへとやってきた。それ以外の時は、調査団に所属する者がやってきて、何かしら確認したいことを問うてきた。
巨人討伐の立役者と目されている俺とアルベルトは情報の宝庫ということらしく、ありとあらゆることをこちらがうんざりするくらい何度も何度もしつこく尋ねられ続けられるのにはさすがに辟易とさせられた。
どんな些細な情報も見落とすまいと、根掘り葉掘り、それこそ、その日の朝から気を失うまでの間の出来事を一分一秒単位といっても差し支えないくらい事細かに何をしたのか、何を考えたのか等、詳細な記録を取られた。また太陽の様子から風向き、雲の形などといった関係あるのかないのか分からないようなことまで聞かれ、その答えを書き留められた。
最も繰り返し尋ねられたのは巨人の様子や振る舞いについてだった。これは巫女姫自身にも幾度も尋ねられた質問だった。
巨人が使った魔法、発した声や言葉は言うに及ばず、表情や仕草など、何か人間らしいものはなかったかと問われた。
ほかには俺たちが最後に使った魔法についても根掘り葉掘り聞かれた。これについてはしかし残念ながら気を失ったために実際のところ何が起きたのか俺たちにもよくわかっていなかった。あの時俺たちはただ目を閉じて神に祈っただけだった。そして、気付いたらベッドの上だった。そんなようだから、俺たちには何も答えることなどできなかった。
唯一話せることがあるとすれば、あの時確かに何か今までに感じたことも無いような不可思議な力が生じたことだけだった。しかし、では何が起きたのかというとさっぱりわからないという状態で。結局のところ、巨大で強大な巨人が死んだという事実のみがあるだけだった。
興味深いことに、後から聞かされたことには、巨人の遺骸には俺が破壊した頭部の損壊が完全になくなってしまっていたということだった。辺境軍の到達時、全く綺麗な状態でそれは地に横たわっていたのだそうだ。
そして、それは確かに活動を停止していた。現場は厳重に封鎖され何人も巨人に近寄ることができないように場を整えたのち、国王の命で幾人かが、その死を確認するために近寄り色々と手を尽くしたようだったが、それはこちらからの刺激になんら反応を返すこともなかったそうだ。そもそも呼吸も心臓の鼓動も無かった。最終的には、頂の国からの調査団が、到着して数日の経過観察の後にそれが死んでいることが確定された。腐敗しないという一点を除いては。
それから、突如姿を現して巨人へと向かって行ったダークドラゴンについても同様に質問責めにされた。そのことに関してもやはり俺たちが知ることは多くは無くて、むしろ教えてもらって知ったことのほうが多いくらいだった。
結局あの傷を負ったドラゴンはあの光の攻撃の中を生き延びることができたようで、街に布陣していた辺境軍が俺たちのところへ駆けつける際に森へ飛び立つ黒い竜の後ろ姿が目撃されていた。
戦友と言ってもよいダークドラゴンが、無事に生き続けてくれることを俺は祈った。あの黒い竜が巨人の攻撃から俺たちを庇ってくれなければ今こうして生きてはいなかっただろうから。
話の流れで、どうして突如巨人の前に森からドラゴンが現れたのだろうかという話題になり、俺は以前アルベルトが語っていた推察をそのまま話して聞かせた。連邦によって操られ、最後にはアルベルトによって討たれた二体のダークドラゴについてのくだりでは、調査官はこの出来事をまだ教会関係者から聞いていなかったらしく、俄かに騒然となったかと思うと、事実確認を急ぐ旨と連邦への罵詈雑言を吐いて彼らはアルベルトの元へと飛んで行ってしまった。後日抗議文を送りつけると息巻いて。
そして、その問題の草原の七部族連合連邦については、俺たちが身動きできない間に劇的に事態が進展していた。
巨人の討伐が思った以上にあちら側を動揺させたらしかった。
そのおかげもあって、もう少しすれば七部族連邦へ交渉のために向かっていた一団が戻ってくるらしい。半年も向こうに滞在しなければならなかったが、とうとう帰国の目途がついたのだそうだ。結果は申し分のないものになるだろうという噂だった。
この一連の騒動のおかげでこちらに非常に有利な条件で講和が結ばれる運びとなっていると、アルベルトが教えてくれた。
どうも、あの光の巨人を倒したことが草原に伝わるや否や、セルゲン族が強硬な態度を軟化させ一気に交渉が進んだということだった。交渉の場で息巻いてこちらの非を声高に叫んでいた男たちが、その知らせを聞いたとたん色を無くして大人しくなっていったという。
さらには微妙な均衡によって成り立っていたセルゲン族の国内での求心力が一気に弱体化し、おそらく近い将来首長がすげ変えられることになりそうだということらしかった。そしてその後釜には穏健派で知られるバートル族が再び首長に返り咲く公算が高いということらしかった。
俺は草原については詳しくはないのでそれによって国同士の関係がどう変わっていくかは想像するしかないが、今よりは良い方向へ進むだろうと思われた。
そんな風に暇なのか急がしいのか分からない日々を過ごして、やっと翌年の四月に俺は治療が終わって退院することができた。身体機能回復のための訓練はまだまだ残っているが、概ね以前と変わらない動きができるようになっていた。本当に嬉しかった。そうでなければ、俺は職を失って野垂れ死に一直線だっただろう。
後遺症が残らず嬉しい反面、長い間寝たきりだったせいでせっかく鍛えた体が残念なことになってしまったのは悲しかった。
治療をしてくれた医者が言うには、これほど短い期間で怪我が完治したのは常識的に考えてあり得ないことらしかった。同時に、アルベルトの方も、左肩の骨折などという本来ならば後遺症が残るような怪我を負ったのに、三カ月で完治ししかも今は以前と遜色なく動けるまでに快復していたことも、異常だと言われた。さらには全身に負っていた火傷が跡も残らずにきれいに治っている。
常識では考えられない事ばかりだったが、俺たちにしてみれば嬉しいことで、このことについてもしかしたら神のおかげかもしれないと彼は言っていた。俺自身、後遺症の一つも残らなかった事実に、これを神の奇跡だと考えることに何の抵抗もなかった。
それから、俺が退院する二月ほど前、俺がある程度動けるようになったのを見届けてから、アルベルトが王都へと送還されていった。彼自身の退院から二週間後のことだった。俺の退院までは残りたいと思ってくれていたようだったが、国王の招聘ゆえ彼にもどうすることもできなかった。
それでも即座に王都へ戻れというお達しをあの手この手でのらりくらりとかわし続け、最終的に二週間も帰りを先延ばしにしたのは、帰郷するための準備期間を最大限に取ってくれたからだった。
その通達の書類を一度見せてもらったのだが、確かにすぐ戻るよう書かれてあった。理由は、謹慎期間中に謹慎場所から抜け出したことへの罰ということだった。そのため、今度は勝手に動き回れないように王都での謹慎を重ねて言い渡すとも書かれていた。
俺は彼の立場がますます悪くなってしまうのではないかと血の気が引く思いだったが、当の本人はどこ吹く風で全く気にした様子はなかった。アルベルト曰くこれは単なる建前で、本当は目の届かない場所でこれ以上好き勝手をされて彼に死なれるわけにはいかないという危機感からの処遇らしかった。だから、本気で彼を罰するつもりはないのだそうだ。
そしてそれが分かっているが故の、あの時間稼ぎだった。
それを聞いて俺は胸を撫でおろす。
神話上の存在であるエンシェントジャイアント討伐という異例中の異例を成し遂げた王子を罰するのは難しいのだそうだ。
それからそんな風にのんびりした時間が過ぎてアルベルトと別れる日がやってきた。別れの前日、神妙な顔をした彼が俺の病室にやってきて小さく言った。その視線は俺を気遣う気配に満ちていた。
「僕が王都に帰ったら近いうちに式典が行われる」
「式典?」
「まぁ、前回と同じだよ。ダークドラゴンを倒した時と。今度はエンシェントジャイアントという神話上の存在だからね。前回以上の規模での開催になる」
「なるほど」
「君も呼ばれるだろう」
俺は無意識に喉を鳴らした。
「そして君の願いは、たぶん拒絶される」
「……そうだろうな」
俺は彼の言葉に驚くことなく平静でいられた。
「それを帰る前に伝えたかった。きっと君の願いは拒絶される。父もそうだろうけれど、特に僕の母に、つまり王妃によって却下されるだろう。彼女がそんなことを許すはずがないからだ」
「うん。まぁ、常識的に考えて俺もそうだろうと思っているよ」
窺うようにアルベルトが俺を見ている。俺の心の奥底を覗こうとしているように。
「キース。僕には国王の決定を覆す力は無い」
「うん」
「でも、この先何があっても僕の心は君のものだ。だから……」
そこでアルベルトが言葉を切った。口惜しそうに眉をしかめている。
「そんな顔するなよ。それだけで俺には十分だよ」
「キース……」
「まぁ、それでもな。駄目だとしてもさ。もし許されないとしても、俺はお前がこの先ずっと生きているという事実だけで、平気だ」
「本当に?」
「あぁ。強がりだとか虚勢だとかそんなのじゃない。俺の本心だ。それに、まだ未来は決まっていない。前向きに行こうぜ」
「そんな風には考えられないよ。期待して、その期待が外れてしまったらと思うと僕にはそんな風には考えられない」
「お前を失うこと以上に辛いことなんてありはしない。だから大丈夫だ」
できるだけ明るくそう言ってみたけれど、アルベルトは俯いている。
俺はそっと彼の頬に手を伸ばすと、彼がおもむろに視線を上げた。俺は元気のないアルベルトにそっと顔を寄せると、その唇にキスをする。
唇を離したとき、彼の驚きに満ちた顔が目に入った。そんな顔を見れて俺は満足だった。
名残惜しそうな顔のアルベルトに別れを告げる。
帰り際にアルベルトが、また会おうと言った。王都で会おうと言って去って行った。
アルベルトとの別れから数か月が過ぎて、六月になった。俺は王家からの分厚く高級そうな封筒の招待状を受け取った。
そこには式典の日取りが書いてあった。それに合わせてアルベルトからも手紙が届いた。俺の式典のための礼装を用意して待っていると書かれていた。
俺はその手紙を見ながら、アルベルトに会えるのを楽しみに過ごした。不安が無いわけではないけれど、それでも、彼を失うこと以上に辛いことなどありはしなかった。




