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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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山の木々が色づき始め、秋の到来が知れる。


十月の頭にエリックが僕のところへやってきてくれた。連邦のタルバートルへ行くのだと言う。


二国間での交渉の場が整ったらしい。彼自身は後学の為に向かうだけで直接交渉には参加しないようだが、きっと彼にとって良い経験になるだろう。


叔父上と国王の代理とともに向かうそうだ。王立軍と辺境軍の混成軍がそれに付き従う。


僕はそんな友人に気を付けるよう言うと、彼は意気揚々と出かけて行った。その後ろ姿を見送る。


日増しに冬は忍び寄ってきて、朝はその寒さに身震いする。十月の半ば過ぎにとうとう霜が降りた。王都より随分早い。


この様子なら、キースのいるドラケンヴァルトにも霜が降りていそうだと思った。もしかすれば初雪があったかもしれない。


それからすぐに暖炉に一日中火が入れられるようになった。


木の葉は落ち始め、窓からの景色は物寂しい様相を呈している。ロメオの声も最近では聞こえなくなった。きっと餌を求めて移動したのだろう。彼は戻ってくるだろうか。


僕は日々を抜け殻のように過ごしている。毎日の日課だった訓練も、以前はあれほど熱心に取り組めていたというのに、最近は惰性でなんとか毎日続けているという有り様で、熱の入れようは全く以前と違っているのは自覚していた。


朝食を摂り午前の散歩も済ませ、さてどうしようかと思っていると、突然ドラケンヴァルトから使者が到着したとの知らせが僕のところに舞い込んできた。


グーノスに案内されてすぐに客室へ向かうと大男がそこにいた。


どれほど自分に厳しくあればこれほどの体になることができるのかと言いたくなるほどに鍛え上げられた体躯が、彼の自分の地位や職務に対する誠実さを物語っている。


元はしっかりした糊付けされ鏝が当てられた制服であったのだろうが、今は随分とくたびれている。それを身に付けている男は顔に無精ひげが生え、顔色も良くない。上下する肩の様子や未だに流れる汗から相当急いでここまで掛けて来たのだろうことが察せられた。


酷く疲れているだろうに、そんなことはおくびにも出さず彼は僕の入室に合わせてきびきびとした動作で長椅子から立ち上がると、丁寧な所作でもって挨拶をしてきた。


グーノスが僕の分の茶を用意しようとしたが、僕はそれを断る。


すぐに彼がウェッジウッド辺境伯家に連なる家の者で、ガスコイン-セシル・エヴァンスだと名乗りをあげた。着席するよう促すと、再度礼をしてから座る。一連の振る舞いから彼が信用に足る男だと僕は思った。


僕は彼の前に置かれたいまだ口をつけられていない茶を指して飲んで一息吐くよう促すと、もうぬるくなっているだろうそれをやっと飲んだ。


それから徐に彼がここへ来た目的を話し出した。


彼がもたらしてくれた情報は全く予想だにしないものだった。


「辺境軍が壊滅?」


僕はその知らせにただ茫然とすることしかできなかった。


そして、真っ先に頭に浮かんだのはキースのことだった。それから、タルバートルへ向かった伯父上や友人のことを考えた。胸騒ぎが押し寄せてくる。心臓の鼓動が一気に速くなるのを感じた。


「全軍ではありません。魔の森に詰めていた一個大隊が損壊しました」

「どうして?何があった?」

「はい。つい先ごろ、突如正体不明の巨人が森から出現しました。それは監視塔諸共に森を焼き尽くして、まっすぐグレンツェブルクの街へと向かってきました。この進行を食い止めるために攻撃した部隊が半壊。今は遠くから弓と魔法による牽制を加えてその進行を遅らせてはおります。ここは辺境にも近く、万が一ということもありますので、王都へ移って頂くべく馳せ参じました。今すぐここが危険になるということはございませんし、辺境軍がそうはさせません。ですが――」


彼の言葉は僕にはもう届かなかった。


軍が壊滅したというただそればかりが頭の中を駆け巡っていた。


「行かなければ」


その一言が知らず口をついて出た。


「はい。可能な限り王都への避難を急いで頂きたく」

「そうではなく、僕はドラケンヴァルトへ行かなければ」

「は……?」


伝令の男が呆けた顔をした。


僕はそれに構わずすぐに椅子から立ち上がる。


「すぐに用意を!」

「お待ちください、殿下!王都ではなくてドラケンヴァルトへ向かわれるのですか?何故?危険です!」


相手の男も慌てて立ち上がる。


すると、側に控えていたグーノスが初めて厳しい声を上げた。


「王太子としての責務をお忘れですか?それを放棄なさるおつもりですか!」


その言葉に僕は動きを止める。頭を殴られたような衝撃さえ感じていた。


「その者の言う通りです。殿下は王太子として王都へ逃げ延びていただく必要がございます。それに王都へも援軍を呼びに伝令が走っています。あなたにできることはありません」


ガスコインと名乗った男がグーノスに続けて言った。


「責務……」

「そうです。ここで殿下自らが危険な場所へ行ったらどうなりますか。万が一のことをお考え下さい。国王陛下のお気持ちを無下にするようなことはなさいませんよう」


動きを止めた僕にグーノスが淡々とした口調で教え諭すように言葉を重ねる。


彼の声が耳の奥で繰り返し響いている。僕の中で王太子という立場とキースへの個人的な思いがせめぎ合っていた。


僕はしばらく立ったままだったが、ゆっくりと再度椅子に座り込む。


頭の中がぐるぐるしている。不安と焦燥と遣り切れなさと責任感とが一気に押し寄せてきて、どうしていいかわからなくなり立っていられなかった。


グーノスが僕とガスコインの前にある茶を淹れ直した。


「ひとまずこれで気分を落ち着けてください」


僕は差し出された茶をじっと見ていた。グーノスやガスコインが何事かを言っているが、僕の耳には入ってこなかった。周囲の声はまるで遠くの喧騒のように響いていた。湯気が微かに立ち上がり、芳しい香りが鼻をくすぐるけれど、飲む気にはなれない。


そうして、ただ目まぐるしく考えていた。


キースのことを。草原へ向かった人々のことを。街の人々のことを。それから自分の立場のことを。僕はどうしたらいいのだろうかと、そればかりを自問していた。けれど、一向に答えはみつからない。


僕には国民を導く義務がある。この国をより良い方向へ導く義務が。それは数えきれない人々の命と密接に繋がっている。僕は自分の身を第一に行動しなければならない。


けれど。


キース……。


彼のことを思った。


カップを持ち上げる。その手がかすかに震えた。水面に小さな波紋が広がる。


「殿下……?」

「ああ」

「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが」

「大丈夫だ」


ふいに彼の最後の瞬間が思い出された。


全てに絶望し、それなのに、誰一人傷づけることなく自分を凍らせて崩れ去った彼を。また彼は死ぬのか?一人で?


その不吉な考えを頭を振って追い払う。まだ死ぬと決まったわけではない。そう言い聞かせるけれど、どうしても不安は拭い切れない。


彼はきっと今戦っている。そう強く思った。彼が逃げるとは到底思えなかったからだ。責任を放棄して逃げるとは少しも思えなかった。


もしかしたらすでに彼は……。


僕を絶望が襲った。足元から抑えようのない震えが上がってくる。


「キースは無事だろうか……」

「誰ですか?」


僕の呟きが聞こえたのだろう。ガスコインが問いかけてきた。


「キースさ。僕の友人なんだ。知ってたりしないか?」


僕は男にそう問うた。知っているとは思えなかったが、聞かずにはおれなかった。


「キース、ですか?」

「そう。平民の一軍人に過ぎないのだけれど」

「それはエリック様のお知り合いの、キースでしょうか?」

「知っているのか!?」


僕は勢い余って椅子から腰を浮かせる形になった。前のめりになる僕に、男が目を白黒させながら見つめてくる。


「は、はい。彼なら私の同僚です。今彼は後方勤務で森からは遠く、怪我もありません」


僕はその答えにほっとして、しかし即座に新たな不安に見舞われた。


今を逃したら、もう彼に二度と会えない気がする。


僕はどうしたら……。


その時、耳元でキースの声がした。はっきりと彼の声がした。


――やるかやらないか、その二択が私の前に常にあります。私はどちらの道を進むかを常に決断しなければいけません。


キース……。


そして同時に父の声も思い出された。


――全て国民の期待を裏切り、たった一人のために、しかも子を成せない男のために投げ捨てるという。それは許される行いか!


父さん……。


僕はどうしたら……。どうしたらいい?


「今、辺境軍の指揮官は誰だ?」

「は……」

「今、辺境伯もその嫡男もドラケンヴァルトにはいない。誰が辺境軍の指揮を執っている」

「はい。伯のすぐ下の弟のジュード・ウェッジウッド様です」

「そうか。忠義に厚い男と聞いている」

「はい。ジュード様は辺境伯の期待に応えるべく獅子奮迅の働きを見せております」

「そうか」

「はい」

「戦況は、どうなのだ」

「はい。今辺境軍が一丸となってことにあたっております」


僕はふとガスコインを見る。大きな男だ。僕がまっすぐにその瞳を見つけると、彼がわずかに身じろぎした。視線がほんのわずかに反らされる。


「戦況は有利に運べそうか?」

「全軍が今最大限の努力と戦略でもって対応しております」

「押し返すことはできそうか?勝てそうか?」

「……はい。もちろんです。辺境軍は精強で士気も高い兵士の集まりです。必ずや殿下のご期待に沿える働きをしてみせましょう」


一瞬の沈黙の後に彼はそう言った。


そこに答えが詰まっていた。


「そうか。さすが勇名轟かす我が国の軍団だ」

「はい」

「交渉のために伯父上や辺境伯殿が向かった。その背後は何があっても守らねばならない。そうだな?」

「……その通りです。殿下」


また一拍遅れて返事が返ってきた。


やはり。と僕は思った。僕が彼を見つめると、彼がまっすぐに僕を見つめ返してくる。その視線は強い。強すぎると思った。まるで必死に視線を外さないように堪えているかのように。


「そうか」

「はい。我々は全力でもってあの巨人を排除してみせます。何に替えても」


彼が力強くそう言った。その声は硬質な響きを持っていた。


僕はその声を聞いて心を決める。これはキースのためではない。この国のための決断だ。


「やはり僕は行くよ。丁度いいことに、ここには僕が預かる中隊も詰めている。一緒に連れて行くことにしよう」


その言葉に、一瞬あっけにとられたような顔を晒した大男が、立ち上がって大声を出す。グーノスも焦ったような動きを見せた。


「殿下!何をおっしゃいますか!」

「グーノス。君は黙っていてくれ」

「ですが!私は国王陛下よりあなた様が余計なことをしないように目を離さぬようにと言い含められております」

「二度は言わない。君は控えていろ。後で父上に報告を好きに上げて構わない」


グーノスは僕の言葉に口を噤む。


「いけません!そういうことをお願いに上がったわけでは」

「問題なく押し返せるのだろう?ならば私が行っても何も問題はないだろう」

「そういう問題ではありません!それに、その、殿下がいらしては場が混乱してしまいます。どうぞ、御身を第一に考えて行動を!」

「ここは重要な局面だ。お前たちも分かっているだろう。辺境は今最高責任者が不在だ。辺境伯たちは連邦へ出てしまっている。もし、この不測の事態を上手く収めることができなければ、ドラケンヴァルトに残る辺境軍が万が一にも壊滅なんてことになれば、交渉のための使節団は草原で孤立することになる。それは絶対に避けなければならない。彼らを失うわけにはいかない」

「たしかにそうですが」

「王都にも伝令を出しているのだろう?」

「はい。応援を要請しております」

「ならば、その援軍が来るまでなんとしてでも持ちこたえねばならない」

「その必要はございません!殿下はここから離れて頂いて――」

「大丈夫だと言うのなら、何故君はここへ来たんだい?あれほど急いで?」

「それは……、万が一の事態に備えて、です」


彼の声に覇気はもはやなかったが、それでも彼は僕から視線を外さなかった。彼の意志の強さと忠誠心との表れだった。


「ガスコイン」

「はい」

「正直に言うんだ。これは王太子としての命令だ。不測の事態にあって、忖度や無駄に気を回したりすることは逆に害になりうる。そうだろう?」

「……はい」

「戦況はどうなんだ」

「それは……」

「足止めはできそうか?広範囲の魔法を放ってくるんだろう?歩兵では役に立つまい。騎兵も同様だろうと思う。魔法兵や弓兵による威嚇、陽動などがなされていると推測するがどうだ?」

「はい。殿下のおっしゃる通りです」

「そうか。それで、どうだ。効果はあったのか?」

「それはもちろんです。巨人の進路をわずかに変更させることに成功しました」

「それはすばらしい。さすがだ。それで、進路を変えて、それでどうするつもりだ?」

「街から十分距離を取った後、魔法の一斉攻撃によって撃退します」

「射程距離はこちらが優位なのか?」


ガスコインが苦い顔をした。事態は相当悪いのだと僕は彼の表情から悟った。


「そうか。射程では勝てないか」

「わずかにこちらのほうが長くはありますが、大きな優位点とは申せません……」

「魔法や弓での攻撃以外が効果がないとなると、彼らの消耗が激しいだろう」

「ですので、今は、なんとか交代させながら牽制をしております」

「ジュード殿は引く気はないのか?」

「辺境伯に頼まれた仕事だから投げ出すわけにはいかないと。そのため最善を尽くして、せめて街から巨人を遠ざけるために動いております」

「そうか」

「王立軍が到着するまで持ち堪えられそうなのか?」

「何が何でも持ちこたえさせると仰っておりました」

「街はどうなっている?」

「すでに住民は避難を開始しておりますが、どこへ逃げれば良いのかと身動きの取れない者も多くおります」

「そうか」


辺境伯不在の今、現場は混乱しているだろう。ジュード殿も優れた指揮官であることはかねてより伺ってはいるが、このような不測の事態に軍と街の人々を同時にまとめ上げるのは難しいだろう。だから、僕にもできることがあるはずだ。


「もちろんタルバートルにも伝令は走らせているんだろう?」

「はい。勿論です」

「伯父上らが交渉を切り上げて戻ってくるにしても、その正体不明の巨人がたまたま現れたのか、それともダークドラゴンのように草原側の思惑で今このタイミングで現れたのか不明だ。もしこれが何らかの計画の一部なのだとしたら、辺境軍の壊滅は使節団の進退に直結してしまう。その程度のことは、伝令から話を聞いて辺境伯やエリックも気づくだろうが、気付いてもどうしようもないことに変わりはない。なんとか辺境に残る残存兵力と王都から今後派遣されてくる王立軍とでその脅威を押し返さねばならない。伝令から事態を知った大隊がこちらへ戻ってくることも考えられる。しかしそれでも、どうしたって王都から兵が来るにしても、交渉を切り上げて使節団が戻ってくるにしても時間がかかってしまう。そのための時間稼ぎが絶対に必要だ。故に僕も手を貸そう」

「それは危険すぎます!」

「それでもだよ。ここで辺境軍を失うわけにはいかないんだ。僕が危険だからと手をこまねいているうちに事態は悪化していく。そのために、伯父上と辺境伯の二人を同時に失ってみろ。どうなるかは火を見るよりも明らかだ。武名を馳せる伯父上と精強な辺境軍があればこそ、この国の安寧は保たれる。二人を失うわけにはいかないんだ。僕なんかよりもよほど!」

「そんなことはございません!」

「仮にそんな事態になれば、他国との力関係が大きく崩れてしまう。二人なくして国を防衛することは難しい」

「ですがしかし、だからと言って」

「それに僕には幸運なことに代わりがいる。僕の身に何かあってもすぐに代わりを立てられる。混乱は伯父上のそれよりも小さい。他国から見れば僕も僕の代わりも大して変わらない。同じようなものだろう」

「代わりなど!殿下に代われる者などおりません」

「そう思ってもらえて嬉しい限りだよ」


僕は自身を振り返って口元に苦笑が浮かびそうになる。そんな期待されるような人間ではないというのに。


「それに、僕自身が前へ出るわけではないよ。今後の対応を決めるためにも状況をこの目で見ておく必要があるだろう?今はこの国の存続の危機かもしれないんだ。王子としてできるだけのことをしないわけにはいかない。それから、まだ避難が済んでいない住民たちはこの王領へ一旦避難させようと思う。僕が受け入れの許可を出す。それにはきっと僕の中隊が役に立つはずだ。避難指示をだしたり誘導したりするなら、人手は多い方が良いしね」

「それなら猶のこと殿下がいらっしゃる必要はございません。代理の者を立ててその者に中隊を預けて下されば良いことです」

「僕は決めたんだ。そしてこれ以上の議論は時間の無駄だ。言いたいことがあるのなら移動の最中に聞こう」


更に何かを言い募ろうとする彼らを押しとどめると、僕は客室を後にする。今すぐここに詰めている僕の中隊に指示を出すに。


それから僕らは大急ぎで出立の準備を進め、その間にガスコインには十分休むよう促すと、翌日には彼を伴ってドラケンヴァルトを目指した。目的地には三日目の午前中に着いた。


到着してすぐに気づいたのは街の異様な雰囲気だった。騒然としている街のいたるところでは、気が立っているのだろう、人々の叫びや怒号、泣く子供の声などがあった。


行き交う人々は不安そうな表情を浮かべ、逃げ出す逃げ出さないと声を大にして言い合っている。


街の中央広場には大勢の市民が詰めかけていた。教会の周囲にも人が多い。彼らはみなそれぞれに抱える不安をまぎらわすために集まっていた。恐らく町の治安を担当する者か、ジュード殿から指示を受けた誰かが彼らの前で必死に状況の説明と冷静な行動を訴えているが、誰もその言葉を聞いてはいない。


焦りや不安がさらなる焦燥や恐怖を呼び、恐慌状態に人々が陥っているのは明白だった。もはや彼らに言葉は届かない。


伯不在が悪い方に影響している。辺境の、人々の守護者不在のために人々の精神的支柱が失われ、不安が嫌が応にも増大しているのだ。警備兵に食ってかかる姿が散見され暴動が起きるのは時間の問題のように見えた。


緊張の糸が切れた時、手に負えない事態になる。


僕は側を通り抜けようとする馬車を止めさせると、引き留める声を無視して車から降りた。


制止の手を振り切って広場中央へ歩く。わざと足音を立てて進むと、僕に気付いた人々が、僕が誰かわからないだろうが、道を開けてくれる。


そうして真っ直ぐに対応している男の元へ辿り着くと、その男は僕のことを知っているようだった。即座にその場に跪いて頭を垂れる。その様子に、人々があっけにとられたように僕を見て口を閉ざしていく。長い時間をかけて、徐々に喧騒は遠ざかる。


振り返って住民たちの方に向き直る。彼らの不安気な視線が僕へ集まるのを感じた。


「聞け、街の者よ!僕はこの国の第一王子アルベルト!」


人々が息を呑む。


「辺境の一大事と聞きこうして駆けつけた!不安に怯える民よ!安心するが良い!」


僕は出来る限り声を張り上げる。


「不安に感じている皆の気持ちは理解している。辺境伯の不在も不安の種だろう!しかし、私が来た!この事態を国王陛下は非常に憂慮しておられる!そのために、今ここへ王立軍を差し向けることが決まり、今大軍がこちらへ向かっている。私はそれを伝えるために一足先にここへとやってきた。安心せよ。心を強く持て!軍の到着までこの私があれを食い止める。そのために私は手勢を伴ってやって来た!」


人々の不安な顔に、わずかばかりの安堵がまじるのが目に入った。それは徐々に拡大し、安心するような吐息や喜びの歓声や囃し立てる声があちこちから聞こえてくるほどになった。


「行き場の無い者たちは、この近く、王領の一つであるノーデンで受け入れよう。避難誘導は僕の軍で行う。行く宛のない者、遠くまで移動できないもの、子供も老人も全てだ。出発日時は追って知らせる!今は帰ってそのための準備をするように!」


広場にいる住民たちから大きな歓声が上がった。その表情は明るい。僕は喜びにはしゃぐ住人たちに手を振ってその場から離れると、人々の歓声を背に僕らはすぐに辺境軍の陣へと急いだ。


この場がひとまず落ち着いたことに、心なしか、街の警備兵たちの顔に安堵の表情が浮かんでいる。


僕は内心でそっと胸を撫でおろす。その場しのぎにしかならないだろうが、それでもここで大きな問題がおきるよりはずっとましだった。


街の外にある陣地までは馬を使って一日の距離にあるらしかった。たったこれしか離れていない。僕は住民の避難誘導を急がせ、明日中にはとりあえず第一陣を出発させようということになった。第二陣の日程は追って検討するしかないだろう。


こういった細かい実務的な采配を振るうのはエイブラムが得意だったので、彼に全て一任することにした。


いくつか取り急ぎ重要なことを決めて、僕らは辺境軍の軍が防衛のために陣を敷いている場所まで急いだ。


嫌なニュースが多くて少し休んでました

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