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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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夏の青い空には白く大きな雲がいくつも立ち上っている。その雲の柱が風に吹かれてゆっくりと流れ形を変えていくのを見ていた。


夏の終わりの九月頭。ここでは八月の下旬から風に冷たい気配が混じり始める。まだまだ気温には夏の名残があり日中は汗をかくほど暑いけれど、日が沈めば暑さはあっという間に引いてしまう。


僕はここへ来てから一日の内の長い時間をこの窓辺の椅子に腰かけて、ぼんやりと外の景色を眺めて過ごしていた。


窓を開け放って外の風が入るに任せている。白いカーテンが時折吹く風になびいていかにも涼し気だ。


暑い日差しは窓から鋭角に入り込み、部屋の奥にまでは届かない。眩しい光とは対照的に部屋の中が薄暗く感じられるのは、真っ白な日差しと濃い影との強烈な明暗差のため。


僕はこの退屈なここでの暮らしの中で、日々のささやかな変化を楽しむ感性を獲得していた。そのため、単なるカーテンが風にふわりと浮き上がるのだって楽しめるし、緑の草原に咲く名も知らぬ野の花に興味を持てるようにもなった。


いやはや、自分で言うのもなんだけれど随分詩人みたいな人間になってしまったと思う。感性もそうだけれど、生活習慣についても実に規則正しく日々を過ごしている。


朝はそれなりに早い時間に目覚め、朝食後に朝の散歩をして昼食前に戻り、午後はこの部屋で窓から外を眺めたり絵を描いたりして、日暮れ前の涼しくなり始めた頃合いに庭を散策し、夕食後読書をしてから眠る。


そんな自分の日々の暮らしに思いを馳せながら、いつものように午後の穏やかな時間を過ごしていた。


王都の喧騒とは全く異なるこの静けさが、僕の心には丁度良かった。それにからっとしたここの暑さは少しも不快ではなくて、王都よりもずっと過ごしやすい。


窓の外、視線の先では緑の草原を涼しい高原の風が揺らしながら通り過ぎていく。木々はさわさわと風にそよぎ、涼し気な木陰がちらちらと揺れている。ずっと遠くには森が広がりその奥には高い山が幾重にも連なっている。その美しさを眺めていると一羽の鳥が甲高い鳴き声を発した。


それと同時に、扉が開かれ誰かが入って来る気配があった。


こんな中途半端な時間に僕の部屋に来るのは友人のデミアンだけだった。


「デミアン、あの鳥が今日もあの木の梢に止まりに来ているよ。きっとこの辺りが彼の縄張りなんだろうね」


僕は窓に目を向けたままそう言った。


けれど、いつもはつまらなそうな返事が返ってくるのに、返事は帰ってこない。


「なんとなくだけれど、草や木の葉の色が変わってきたような気がするんだよね。咲いている花も、名前は分からないけれど、ここから見える範囲に今までと違う色の花が咲き始めた。まだまだ日差しは暑いけれど季節が変わろうとしているんだと思う。やっぱりこっちは夏の終わりが早い。このまま九月十月になったら、どんどん涼しくなってあっという間に冬になるんだろう。僕はここの秋と冬は経験が無いからね。この景色がどう様変わりするか今から本当に楽しみだよ」


僕は振り返ることなく友人に向かって話しかける。


「ほら、また鳴いた。聞こえた?僕はアイツを気に入ってしまった。名前でもつけようかと思ってるんだ。例えば、ロメオとかバディとかそういう感じのものをね。君はどう思う?」

「ロメオが良いと思います」


気だるげな声を予想していたのに、全く違う声が背後から届いた。デミアンのものではない声が僕の問いかけに答えていた。


どきりとして振り返ると、部屋の入口の脇にキースが立っていた。


「キース……」


僕の声は掠れて尻すぼみに消えてしまった。


「はい。お久しぶりです。アルベルト」

「……久しぶりだね」

「思ったよりも元気そうで安心しました」


そう言って彼が小さく笑った。それは思わずといった風に零れた安堵の笑みだった。


「どうしてここに」

「デミアン様が呼んでくださいました」

「そう……。そうなんだ。僕は何も聞いていなくて」


それだけをやっと言うことができた。


そう言いながら自分の格好を見下ろす。普段着で別段酷い恰好というわけでもないし、だらしのない恰好というわけでもない。朝きちんとした服に着替えていて、人前に出られないような恰好をしているわけでもなかったけれど、なんだか恥ずかしかった。


「とりあえず、立ち話もなんだから、座ろうか」


僕は円卓を指して彼に椅子を勧める。キースがそろりそろりと近づいて、僕を見るので、僕はどうぞという意味を込めて頷いた。彼は微笑んだまま椅子に座った。


「飲み物を持ってこさせよう」


僕が呼び鈴を鳴らすと、ここに来て僕の下についたグーノスが現れた。今までの従僕たちはみな王都に残さざるを得なかった。


「茶の用意を頼む」

「畏まりました」


そう言って表れたグーノスがすぐに退室していく。


茶の準備が整うまでの間、僕は何と言えば良いのかわからず無言だった。キースが興味深そうに、僕の私室を眺めているのをじっと見つめていた。


「素敵な部屋ですね」

「ありがとう」

「ここは王都よりもずっと涼しいですね」

「うん。そうなんだ。避暑地だからね」

「ここが以前仰っていた場所なんですか?」

「そうだよ。よく覚えていたね」

「ええ。そうですか。ここが」


そう言って彼が、まぶしそうに眼を細めて窓の外からの景色を見た。唇の両端は笑みの形に持ち上がっている。


彼の視線の先には濃い青空に白い雲が雄大に広がり、深い緑と淡い山並みとが見渡せた。


キースは窓から入ってくる高原の風に吹かれながら、それらをじっと見ていた。


そこへ扉が叩かれ、グーノスが茶の準備を整えて戻って来た。席はすぐに整えられた。


「デミアンは」

「デミアン様はただ今用事があるとのことで、図書室におられます」

「そうか」


彼なりの気遣いのようだった。


そう言って、茶の用意が済むとグーノスは一礼して退室していった。


僕が茶に口をつけると、キースがそれに遅れて自らの椀に口を付けた。ほっと息を吐いて微笑む。


僕が意を決して彼にここへ来た目的を尋ねようとしたとき、不意に彼が部屋の隅に目を止めた。


その視線を追ってその視線の先を見ると、そこには布の掛けられた画架があった。その布の下には描きかけの僕の絵がある。


「あれはなんですか?」

「僕の描きかけの絵だよ」

「アルベルトは絵も描けるのですか」

「いや、教えてもらいながらね。今茶の準備をしたグーノスが、絵の心得があるというので教えてもらっている。ここでの生活は退屈だから」

「そうなんですね。何を描かれているのですか?」

「まぁ、風景画だよ。このあたりは景色が良いから」

「そうなんですね」


そう言ってキースがそこから視線を外さないのに僕は気づいていた。


彼が名残惜しそうに僕の方に向き直る。


「そこの窓からの風景ですか?」

「そうだよ。見るかい?あまりできの良いものではないから恥ずかしいのだけれど」


彼の見たがっていそうな雰囲気から僕はそう言った。僕は自分の絵の下手さを自覚していたので、わずかに羞恥心を覚えながら、彼にそう言った。


「いいんですか?」

「うん。でも本当に子供の落書きみたいなものだけれどね」

「そんなことありません」


僕らは椅子から立ち上がると絵に近づく。


「この絵を見るのは、教えてくれるグーノスとデミアンを除いては君が初めてだよ」

「そうなんですね。嬉しいです」


僕はそっと絵に掛けていた布を取り払った。


そこには何の変哲もない稚拙な描きかけの絵が一枚立てかけられていた。


「水彩画だよ。油絵具は扱いが難しいらしくて、最初は水彩画から始めようと言うことになったんだ」

「なるほど。これがアルベルトの絵……」


キースが真剣な眼差しで僕の描きかけの絵を見つめている。


「どうやらカインのような才能は僕にはないようだ」

「そんなことはありませんよ。まだ習い始めなのですから、これからぐんぐん上手くなって、いつか追い抜くかもしれませんよ。ほら、ここなんてとてもよく描けています。緑の濃淡が美しい。もしかしたら隠された才能があるかもしれません。それで、いつかあなたの絵が王立美術館に展示されるかもしれませんね」

「それは買いかぶりすぎだなぁ」


僕は彼の大げさな物言いに笑ってしまった。キースも笑った。


それから他愛もない話をいくつもした。


キースの訓練のことや僕のここでの生活のことや、そういったくだらない話を。


お互いの間には何か目に見えない壁のようなものがあった。心の隔たりが、二人を分けている、そんな感覚があった。


僕らの間でやりとりされる言葉は、どこか空々しく響いている。笑ったりおどけたりしているのに、心は少しも動かない。


会話の最中、幾度かキースが何かを言わんとしたけれど、僕は気づかないふりをした。


日が少しずつ傾き始める。


影は徐々に長く伸び始め、南向きの僕の部屋はその暗さを増していく。


「今日は、どうするんだい?この後、泊っていくかい?」

「いえ、麓の町に宿をとっていますので」

「そうか」

「はい。ですので、そろそろお暇しないといけません」

「暗い山道は危険だからね。馬車で送らせるよ」

「大丈夫です。明日、辺境へ戻ります」

「それならなおのこと送らせるよ」

「ありがとうございます」

「いいんだ。僕が君にしてあげられることは、もうないかもしれないから」


キースが動きを止めて僕を見た。彼の澄んだ瞳が僕をじっと見つめている。僕の真意を探る様に。


「君がここに来たと言うことは、僕のことを聞いたんだろう?」

「はい。あなたが国王陛下に私たちのことを直訴したと。そして、そのためにこのようなことになってしまたのだと……。来るのが遅くなってしまいました。すみません、アルベルト」

「いや。良いんだ」

「デミアン様やエリック様に頼んだのですが、今は時期が悪いと言われて。すみませんでした」

「良いんだ、キース。もう良いんだ」


思ったよりも強い声が出た。それに彼が怯んだような顔をした。僕は自重気味に笑う。


「幻滅しただろう?」

「何に対してですか?」

「……もちろん僕にだよ。あれだけ大口をたたいておいて、僕は約束も守れなかった。君を迎えに行くことができなかった。僕は口先だけの男だった」

「そんなふうに言っては……」

「いや、本当のことだよ。僕は……、愚かだったんだ。浅はかだった」


父の言葉が頭の中に響き渡った。


「伯父上に聞いたんだ。あの後で」

「何をですか」

「クラーケン討伐の真実だよ」

「真実、ですか?」

「伯父上が好きな人と結婚するためにクラーケンの討伐をしたこと、前に話しただろう?」

「はい、覚えています」

「それは事実だけれど、真実は別だった。全く違うところにあったんだ」

「どういうことですか?」

「全てはこの国のためだったんだ。自分のためなどではなかった。伯父上は自分に王太子としての資質が無いことを分かっていたんだそうだ。逆に、僕の父はそういう実務的な判断や将来を見据えた決断をすることが得意だった。だから、なんとか弟である僕の父にその地位を譲りたかったんだそうだ。けれど、多くの貴族が王太子としての伯父上に期待していた。既に投資してしまっていた。その時にはもう大きな歯車が伯父上を中心として動き始めていた。今更やはり王太子は弟の方がふさわしいから変更しよう、などとは言える状況ではなかったそうだ。その流れは伯父上にも父にもどうしようもなかった。王太子の地位を返上したいなどと言えば、王家への信頼が揺らぐ。伯父上に期待していた貴族からは批判が出る。それは国を揺るがす。この国は当時周囲に問題を抱えていたからね。他国から足元を掬われるような振る舞いは避けねばならなかった。そのために伯父上は自ら道化になることを甘んじて受け入れたのだと言う。全ての非難を、女にうつつを抜かして堕落した男だという評価を自らかぶることで、自然に弟である父に王太子の地位を譲ったのだそうだ。この事実はカインやエスメラルダも知らないんだそうだよ」


僕は震える息を吐きだした。


「僕は本当に愚かだった」


一言本当のことを話してしまうと、もう駄目だった。後から後から言葉が零れ落ちていく。


「僕は自分のことしか考えていなかったんだ。ただの考え無しの男でしかなかった。自分勝手だった。父に言われて僕は初めて気づいたんだ。馬鹿だよね。言われて初めて大事なことに気付かされたんだ」

「そんなことを言ったら私も同じですよ」

「君と僕とでは立場が違う。僕は気付くべきだった……」


後悔とともに言葉は後から後から零れ落ちる。


「後でカインやエスメラルダに謝られた。僕を焚き付けてすまなかったって。行動したのは僕で、彼らに非はないと言うのに。それが余計に居た堪れなかった……。僕は誰から見ても文句のつけようのない功績をあげれば君と一緒になれると思っていた。そう考えることで僕の義務を免除できると思っていた。意識したことはなかったけれど、そういう気持ちがあったのだとと、今ならわかる」

「そんなことは……」

「反対されると分かっていたんだ」


僕は彼の方を見ることができないでいる。彼の表情を見るのが恐ろしかった。彼の僕に対する落胆をその表情に見つけるのが怖かった。


悔しさと恥ずかしさと申し訳なさと、後悔とで胸がいっぱいになる。


「キース、ごめん」


僕は大きく息を吸った。そうしなければ心が折れそうだった。


「キース。せっかくこんなところまで来てくれたというのに、僕は、君に言わねばならないことがある」

「……何でしょうか」


彼の強張った声が僕の耳に小さく届く。


僕は緊張のあまり吐きそうだった。


「もう君に会うことができない。今までのようには……。僕は僕に課せられた役割を全うしなくてはならない。王子として、この国を導いていく義務がある。すまない、キース。君との約束を果たせそうにない。僕は君とこの先の人生を共にすることができない。ごめん。ごめん……。父に言われて、僕は人々のことを思った。この国に暮らすたくさんの人たちのことを思った。君のおかげで知った人々の暮らしのことを考えた。そう思ったら、もう僕は以前の自分には戻ることができないんだ……」


最後の時に、神の御前で罪の告白をするような緊張感でそう言った。そして、これから更に彼に言わねばならないことに、僕の胸は張り裂けんばかりだった。


「いつか僕は結婚するだろう。そうして子供を作る。だから、キース。どうか……」


口の中がからからに乾いていた。


「どうか、僕のことはもう忘れて欲しいんだ」


ずっと彼に言わねばと思っていたことをやっと口にすることができた。この一か月以上の間ずっと考えていたことだった。


そのことを口にした時僕の胸に鋭い痛みが走った。けれど、それと一緒に胸のつかえが取れたような安堵感が僕を満たすのも感じていた。


「できません」


しかし、彼はきっぱりと言った。拒絶の言葉を。


「出来るよ。話を聞いて君は僕に幻滅しただろう?君は僕を恨んでいるだろう?嘘つきだと罵ってくれてもいいんだ」

「いいえ。今あなたと話をして私が思うのは、ただアルベルトのことを素晴らしい人だと、そう思うだけです」

「僕は愚かな男だ。駄目な男なんだ。僕はここに来て最初の一ヶ月何も手につかなかった。君のことを想った。それと同時に、父に言われたことを思い出した。何度も何度も何度も!ちゃんと眠れるようになったのはここ最近だ。体重もずいぶん落ちた。僕は腑抜けてしまった。今だってそうだ。僕はずっと緊張して死んでしまいそうだった。そして、今やっと君に言いたいことが言えた。たったそれだけのことにさえ、勇気を振り絞らねばいけないほどだった。キース。どうだ?落胆しただろう?こんな不甲斐ない男だ。嫌いになっただろう。はっきり言ってくれ」


キースが悲しそうに首を振る。


「いいえ」

「何故?もう、僕らの前に道はない。閉ざされてしまった。君は新しい人生を歩まなければならない。僕は道を違えてしまった。どうやって君に償えばいいだろうか……」


秋の気配を孕んだ風が僕らの間を通り抜けた。僕らの服の裾が揺れた。


「ごめん。それを、そのことを君に言わなければとずっと思っていた。言い出せないまま今日になってしまった。本当にすまない。わざわざこんなところにまで足を運んでくれたというのに、僕は……」


後はお互いに何も口にできなくて、沈黙だけが部屋を満たした。


日は陰り、外で一羽の鳥が高く激しく鳴いた。


気付けば知らぬ間に夕闇が部屋に侵入してきていた。明かりをつけていないために、室内はすでに暗くなっている。キースの顔が見えない。時計を見る。


「もうこんな時間だ。キース。麓の町まで送らせよう。もう帰ったほうがいい」


キースは答えなかった。


「馬車で送らせるよ。これくらいしか僕にはしてあげられることがないのだから」


僕は呼び鈴を鳴らしてグーノスを呼ぶと、馬車の手配を頼んだ。


僕らは無言で階段を下りると玄関へと向かった。


しばらくして馬車がやってきて、僕らの前に止まった。


御者が彼のために扉を開ける。


「アルベルト」


キースが僕の名を呼んだ。


振り向くと、赤い夕焼けを背にして彼が立っている。逆光のためにキースの表情はうかがい知れない。


「こんなことを私が言うのはおこがましいことのように聞こえるかもしれません。ですが言わせてください」


僕はただ彼の言うことに耳をそばだてる。


「道はまだ閉ざされていません。未来はまだ繋がっています」


そう言った。


「未来などない。道は閉ざされた」

「いいえ」


彼がきっぱりと言う。


「あなたは道が潰えたというけれど、しかし私には違って見えます」


彼の声は穏やかだった。


「私にはいつも二本の道があるように見えます。私の人生にはいつだって二つの選択肢があります。やるかやらないか、その二択が私の前に常にあります。私はどちらの道を進むかを常に決断しなければいけません。その判断を常に迫られています。そして今もまだ、私には二つの道があるように思います」


まっすぐな視線が僕を射抜くのが分かった。彼は姿勢良く立っている。なぜか彼の存在がいつもよりも大きく見えた。


「道は続いています。一本の道が閉ざされたとしても、きっといつか、新たな道が生まれるはずです。私はそれを待ちます。それがいつになるのかは分かりませんが、再び道が重なることもあります。奇跡が起きてまた一緒に笑える日がくるかもしれません」

「そんなもの、いつになるか……」

「そうですね。明日かもしれないし、十年後二十年後かもしれません」

「……僕には無理だ。君のようには考えられない」

「大丈夫です。アルベルト。どうか、立派な王になってください。あなたの優しさをたくさんの人にお与えください」


キースが最後にそう言った。


気付けばいつの間にか日は森の向こうに沈もうとしている。


キースはそれだけ言って馬車に静かに乗り込んだ。馬車がゆっくりと動き出す。夕日の中を彼を乗せた馬車が去って行った。最後に一言、大丈夫だと言い置いて彼はいなくなった。


僕は何も言えなずにただそこに立ち尽くしていた。


キースが帰った後、僕は一人部屋に戻ると描きかけの絵を取り上げて破り捨てた。


そのまま僕は一人部屋に閉じこもった。しばらくしてグーノスやデミアンが一度様子を見に来たけれど、部屋には入って来なかった。


日がすっかり落ちて、夜が部屋に入り込んできた。僕は明かりもつけずにただ部屋に一人でいた。


空には満天の星が輝いていたけれど、そんなものは何の慰めにもなりはしなかった。


僕は一人広いベッドの上にうつ伏せになる。


ただ暗闇と静寂だけがあった。


僕は広い部屋で一人泣いた。

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