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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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久しぶりに邂逅したそれはやはり大きく、自らの威容を誇る様に森の上に立ち上がってこちらを睥睨していた。


夜空を背に月や星々の光を纏って、誰の目にももう間違いようもないほどはっきりとその存在を露わにしている。


この場にいる僕以外の者たちは、想像だにしていなかった存在の突然の出現に、言葉を失いただ立ち尽くしていた。


けれど、僕はこの異様な事態にあって、同行者たちが混乱と同様とそれから遅れてくる恐慌状態との最中にあって、わずかな動揺に留めることができた。なぜなら、この事態は当初から期待していたものだったからだ。


僕はすぐさまユリウスから伝授された魔法の発動を試みる。全身を巡る魔力をかき集め、一つの魔法に収斂させる準備を整える。この魔法には膨大な魔力と、それを練り上げる精神力と集中とを要するために発動までに時間が掛かる。それ故、わずかな躊躇いも動揺もこの場にあっては命取りになりかねなかった。


しかも僕自身、目の前の御伽噺の中の存在が何をしでかすのかほとんどその手掛かりを持っていない。知っていることといえば、人の命を奪う雨を降らせ、全てを飲みこむブレスを吐き出すということのみで、しかし、この脅威存在がそれ以外の特技を持っていないなどとは、微塵も思っていなかった。だからこそ、何をするか全くわからない黒竜を前に、一切の逡巡は無用のものだった。


僕が大きく息をついて体内魔力を練り始めた瞬間、目の前でダークドラゴンがわずかに動いたような気がした。その視線は今だまっすぐに僕らを見下ろしたままだったけれど、僕は嫌な予感がした。


「全方位に障壁の展開を!今すぐに!攻撃が来ます!」


キースの叫ぶ声が森の中に響いた。


僕はあっけにとられて、集中を一時中断する。見上げた先で、黒竜が大きく口を開くのが見えた。遅れて、僕はあのブレスがくると理解した。


呆けていたのは一瞬だったが、その一瞬の空白が全てを決定してしまうことを僕は直感した。僕は知っているから対応できる。けれど、知らない者たちは?


「全員、キースの指示に従え!全方位魔法障壁の展開!」


僕はまだ事態を飲みこめていない者たちに向けて叫びながら、今まで練り上げていた魔力を防護魔法に回す。即座に自分の周りに強固な障壁が生まれた。何が起きてもおかしくない状況の中、あらゆる事態に対応できるよう半球状のそれを自身の周りに生み出して備える。


視界の端に、時間差でそれぞれが同様の防護魔法を組み立てるのが見えていた。


良かったと思った次の瞬間、僕の想像をはるかに超える規模の異変が周囲を襲った。だから、この障壁の展開は本当にぎりぎりのことだった。


僕らがこれから何が起きるのかもわからないままに防御態勢をとったそのわずか数舜の後に、何か得体の知れない粘度を持った奔流が木々の上から降り注いだ。そしてそれは止むことなく後から後から流れ出て、そのまま地に堕ちると鬱蒼と生い茂る森の木々を薙ぎ払い押し流す。黒い流れがドラゴンを中心として生まれ、僕らの方へと迫って来るのが見えた。


それは黒い濁流とでもいうべき何かで、轟音とともにこちらへ押し寄せて来るとあっという間もなく僕らを飲みこんだ。僕がはっきりと何が起きたか分かっていると言えるのは、ただそれだけだった。


それは止むことなく後から後から流れてくるのが分かる。視界は一気に黒く塗りつぶされ、もはや近くにいた者たちの姿を見ることも叶わない。ただ、全てを飲みこもうとする流れの、その怒涛の勢いと自分の展開する障壁に掛かる強い圧力とが、いまだこの事態が続いているということの証だった。


必死にその重さに耐えながら、僕は自分の防御魔法が軋む音をあげたような錯覚を覚えた。気を抜けばあっという間に防壁を破られるほどの負荷が掛かり、そのために、僕は一層魔力を障壁に籠めて耐えなければならなかった。


長いような短いような時間が過ぎて、展開した障壁にかかる圧力がふっとなくなったのが分かった。僕は自身が無事であることを確認し、すぐにキースを探そうとして、周囲に広がる惨状が想像以上であることに気が付く。


先ほどまで森であった場所はすっかりその様相を変え、今ではなぎ倒された木々が折れ重なった広い空間に生まれ変わっていたのだ。


茂る枝葉によって遮られていた月の光が、目の前のドラゴンと僕らとに降り注いでいた。


辺りを見回すと、その月光の中に、キースやエリックやそれ以外の者たちの姿を見て取れた。


「全員無事か!?」


僕の声に、隊員たちが自分たちの名前を叫ぶ。そして、皆無事であることが分かった。本当に危ないところだった。


「総員、戦闘態勢に移れ!この暗闇では逃げられない!今、ここで討つしかない!」

「ブレスを吐いたばかりの今、あいつは動けないはずです!」


僕に続けてキースが叫ぶ。その言葉に反応して真っ先に動いたのはエリックだった。それを見た他の面々も、わずかに遅れて戦闘態勢に移行する。さらに幾人かが彼に続いてドラゴンへと駆け寄るのが分かった。


エリックが走りざまに腰に佩いていた剣を抜き去るのが見えた。その刃の切っ先が月の光を受けて白く輝く。


そのまま彼は、普通ではまずあり得ない速度でドラゴンへと肉薄する。


素晴らしい速さであっという間に彼我の距離を詰めたエリックが、ドラゴンの頭目掛けて飛び上がった。その跳躍は悠々と教会の尖塔を越える高さに達する。一息にドラゴンの頭を越えて飛び上がると、エリックが手に握る剣をその小さな頭目掛けて振り下ろしながら落下を始めた。


エリックは自身の体や武器への魔法による強化を得意としている。その技能が今遺憾なく発揮されている。彼の一撃は岩をも易々と粉砕する威力があった。


だから、その一撃は確かにドラゴンの頭を叩き潰すかに見えた。


しかし対峙する黒い竜はそれに慌てた様子も見せない。悠然と構えたまま彼の攻撃を受け入れるかのように見えた。エリックが落下の勢いを利用して切りつけようとした瞬間、それは避けようとするどころか逆に自ら頭を軽く降って、体ごと彼を弾き飛ばそうとする動きを見せた。


十分な威力が乗っていないと判断したのだろうか。もしそうであるなら、非常に知能が高いと言わざるを得ない。


即座に相手の意図に気づいたエリックが、とっさに自らの体を捻って肉薄してくる竜の頭を躱すと、そのまま地に落ちていく。そして落下しながら上手く体を捻ると猫がそうするようにしっかりと着地し、再び攻撃に転じるのが見えた。それに続くように駆け寄っていた隊員たちが、続けざまにドラゴンへと飛びかかりその鱗を切りつけた。


さすがに経験多い兵士たちだった。その太刀筋は見事にドラゴンの鱗に切り傷を刻み込んでいく。その傷跡からはところどころ血が滴り落ちるのが分かった。しかし、それでもなおドラゴンは怯まず、未だ十分な余裕があるように見える。体につく怪我など大したことも無いと言いたげに、悠然とその場に立っているままだ。


もっと、決定的な一撃を食らわせなければ。


僕は彼らの奮闘を見て、自分のすべきことを思い出す。さきほど途中で止めてしまった魔法を再度唱えるために意識を今度は自分へと向ける。一度練られた体内の魔力は、僕の呼びかけにすぐに反応した。


僕は深く息をして気持ちを落ち着けると、静かに呪文を唱える。言葉は途切れることなく紡がれていく。


そうして僕が棒立ちになっている間に、みんながドラゴンに畳みかけてくれている。恐らくあいつはこの僕の存在にまで気を配る余裕はないはずだ。


夜の闇を背景に、次々に放たれる魔法が周囲を照らし出す。攻撃魔法を得意とする者たちが炎や雷で援護をする中、残りの者たちが剣を片手に波状攻撃を繰り返す姿が浮かび上がる。こちらが優勢のようではあったが、やはり決定打には欠ける。


次から次へとみなが全力で攻撃する中でも、エリックの動きはやはりずば抜けていた。


機敏な動きで黒竜の攻撃を的確に躱しながら注意を引き付ける。その間、一人一人が前もって打ち合わせていたかのように絶妙にタイミングをずらして連携攻撃を繰り出す様は圧巻の一言だった。ダークドラゴンはブレスのためにその口を開こうとして、即座にエリックに生き物としての弱点である口の中を狙われ、得意の攻撃を放つことが出来ずにいるようだった。


その苛立ちをぶつけるように、そいつは翼や長い尾や首を振り回している。


目の前でエリックたちが上手く時間を稼いでくれたおかげで僕の魔法はこれ以上ないくらい順調に完成する。準備は整った。


「みんな、そいつから距離をとるんだ!」


僕は退避を促すために大声を張り上げる。それを聞いた男たちが、攻撃の手を止めて後方へ距離を空けるために飛び退った。


僕はみんなが離れるのを確認してから、待機させていた魔法を発動しようとした。


狙いを定め、ダメ押しに魔力を注ぎ込んで力を解放する。


否、しようとした。


すんでのところで、僕の魔法が発動することはなかった。なぜなら僕が今まさに魔法を放そうとした途端、目の前に立ちはだかっていたドラゴンが砂が崩れるように足元から順にその輪郭を失っていったからだ。そしてそれは僕らの見ている前でそのまま地面へと染み込むようにして消えてしまった。


「えっ……?」


誰かが小さく呟く声がかすかに耳に届いた。


「どこへ行った」

「最初と同じだ!あいつは地面に同化したぞ!」

「いくらなんでも異常すぎる」

「次はどこからくる?」


幾人かが恐慌状態に陥る一歩手前のような、狼狽えた声をあげた。


「落ち着け!神経を尖らせろ!警戒を怠るな!」


そうエリックが怒鳴った時だ。再び地面が揺れた。その振動の大きさは立っているのが困難なほどだった。


あっと思ったときには、既に黒竜は再び地面から顕現していた。その真上に立っていた幾人かが、その出現に対応できずに下から突き上げられて宙に舞うのが見えた。そして驚くほどの高さまでかち上げられる。その中でも特に対処の遅れた三人は空中でもはや態勢を立て直すこともできず、そのまま地面に落下していくしかなかった。


僕は魔法が不発に終わった反動から動けない。


「レオ!」


月明りの中、僕の部下の一人が落下していくのが見えた。


「テリー!パブロ!」


エリックが叫ぶと空へ飛び上がってなんとか一人を回収するのが見えた。それと同時に、キースが魔法で氷の足場を生じさせてもう一人を空中で受け止める。


それを見た幾人かが、最後の一人の落下地点に先回りし協力して受け止めてくれた。


彼らの歓声を上げる様子からなんとか間に合ったらしいことがわかった。


僕はそれを見て一瞬ほっと胸を撫でおろしたが、気を緩めるべきではないと思い至る。優勢だと見えていた戦況が一気にひっくり返されたのだ。すぐにその動揺が隊員たちに伝播していく。


誰かが、あっと小さく声を上げた。


その言葉に僕は慌てて上を見上げると、知らぬ間にダークドラゴンがその大口を開けて僕らを見下ろしているのが目に入った。


僕がまずいと思った次の瞬間には、既にその口から勢いよく黒い濁流が吐き出されるところだった。僕は周囲に危険を知らせることもできないまま、とっさに自身の周りに防護壁を張り巡らせるので精いっぱいだった。


視界の片隅で、最後に味方を拾い上げた三人組が濁流に飲み込まれるのが見えた。僕はただそれを見ていることしかできなかった。それが最後だった。微かな驚きの悲鳴がこだまして、すぐに聞こえなくなった。


胸に今まで感じたことのない痛みが走る。僕の耳の奥では彼らの断末魔の叫びが繰り返し鳴っている。僕はそれらを確かに感じながら、ひたすら一刻も早くこのブレス攻撃が終わるのを待った。キースのことが心配だった。早く早く早くと、そればかりを願っていた。


長い時間が過ぎてもはやブレスの圧力が感じられなくなったころ、視界が晴れた。辺りを急いで見渡すと、そこには数を減らした味方が立っていた。キースやエリックは無事なようだった。そのことに安堵しながらも、幾人かの姿が見えないことに気付いた。


被害の大きさに愕然とする。事態は徐々に深刻になっていく。


どうすべきか。その問いが僕の中に生まれる。


それでも、胸に広がる苦い気持ちを押し殺して、僕は目の前にいる存在から注意を逸らさないよう意識しなければならなかった。今下手を打てば、全滅も有り得るからだ。後悔も謝罪も嘆きも悲しみも今は後回しにせねばならなかった。犠牲になった者たちのことを思えば、今はそんなことにかまけていることはできない。


それでも、緊張から鼓動が早鐘のように打つのだけはどうしようもなかった。


なんとかしなければと思う矢先、ドラゴンが次の攻撃を仕掛けるために動いた。お互いの無事を噛みしめる間も、流された仲間の安否を気遣う間もありはしなかった。


目の前にいるそれはこちらの様子を睥睨しながら、大きくその体を動かすと、突然その長い尾でもって辺り一面を横薙ぎに払った。その突然の動きに判断の遅れた幾人かが巻き込まれて弾き飛ばされるのが見えた。その衝撃は恐ろしいもので、大の男が軽々と宙を舞う。投げ出された体のままに、無抵抗に飛ばされている姿が視界をよぎった。


その時、僕は続けて目に入って来た光景の意味することに気付くと、心臓が大きく脈打つのを感じた。


僕の視界の端で弾き飛ばされた男たちの中に、キースが居たのだ。彼は助けた男を庇って諸共に空中へと払われたようだった。


そうと気付いた途端、時間の流れが異様なほどにゆっくりになったように思われた。キースは怪我人らしき男を抱きかかえたまま、宙を舞っている。彼の目が閉じられている。離れているのに、その表情までも見えた。そして、その両腕が抱きかかえているのは、逃げ遅れて上空に弾かれたテリーだった。


恐ろしくゆっくりと二人は木の陰に吸い込まれるように消えていった。それから、どさりと重たいものが地に落ちる音が鈍く小さく聞こえた。


「キース!」


頭が一瞬真っ白になって何も考えられなくなった。そして、その衝撃が通り過ぎるとすぐに、続けて絶望と恐怖とが足元から這い上がってくる。それは、あの牢獄で最後に感じた恐怖そのままだった。僕はすぐさま彼の元へ駆け寄ろうとした。


全てを考慮の外へと追いやって彼の元へと駆け寄ろうとして、しかしそれは僕とキースの間に居たエリックによって止められてしまった。


彼の力強い手が僕の腕を握っている。焦りのままに振りほどこうとしたがそれはびくともしなかった。僕は身動きを制限されてがむしゃらに暴れた。


「邪魔をするな、エリック!放せ!」

「落ち着け、アルベルト。今不用意に動くのはまずい」

「黙れ!キースが!今すぐ行かなければ!キース!」


彼の冷静な言葉にますます苛立ちが募る。すぐに行かなければいけないのに!


僕は再度彼の腕を全力で振り払おうとしたが、それでも彼の手は緩まない。これまでずっと体を鍛えてきたというのに、それでも彼には敵わなかった。そのことが僕をますます腹立たしくさせて、とうとう僕はエリックを殴った。


しかし、全力を込めて殴ったというのに、彼はびくともしなかった。


「落ち着け。アルベルト。お前が取り乱して部隊の秩序を乱すのか。それが本当に正しいことだというのか?立場を考えろ」


そう言って、彼は僕の頬をためらいなく打った。


その痛みに僕はやっと少し冷静になれる。それでも、不安が僕を一層苛むのは変わらなかった。


「お前ら無事か!返事をしろ!キース!聞こえるか!」


エリックが、ドラゴンの動きに警戒しながら声を上げた。


「大丈夫です」


遠くから彼の声がすぐに聞こえてきた。十分しっかりした声で、その声の調子からは大事無いように思われた。


「アルベルト。心配をかけてすみません!こちらは大丈夫です!」


その言葉にやっと僕は心が落ち着くのを感じた。急いで駆けつけなければいけないという焦燥感は、だいぶ大人しくなった。それと引き換えに、不安が完全に拭い去られたとは言い難かったけれど、自分が取り乱したことを恥ずかしく感じる程度には僕の頭が回り始める。


「すまない、エリック。ありがとう」

「構わないさ」


彼はほっとしたようにそう言った。


彼の優しさに感謝しながら、僕は頭を切り替えて状況を見ることに徹する。


目の前の惨状とほぼ無傷のドラゴンの存在があり、僕の前には逃げるか戦うかの選択肢があった。そのどちらを選択するかの判断が僕に委ねられていた。


どうするべきかを頭の中で瞬時に検討する。


一番良いのはとっとと逃げることだろう。このまま戦って勝つことは難しく、仮にその選択をすれば被害が拡大する公算は大きかった。しかし、だからと言って逃げることも難しいように僕には思われた。というのも、僕らはドラゴンが何故僕らの居る場所を補足することができたのか不明だったからだ。


もしこの暗闇の中であれば、どこにいても居場所を知ることができるのなら、逃げることはまず不可能だろう。夜明けまでまだ時間があるだろう。東の空はまだ暗い。


それに、仮にそうでなかったとしても、このまだ夜が明けない暗い森の中を走って逃げ続けるのは非常に困難だ。方角もあやふやなままで走り回るのは自殺行為でしかない。


視界の隅で、キースが警戒しながら光の下へ姿を現すのが見えた。テリーも一緒だ。しかし、二人の動きはぎこちない。恐らく二人とも怪我をしている。


僕は心を決めた。


「エリック、こんなことに巻き込んでしまってすまない」

「仕方ないさ。こっちこそお前の役に立てなくてすまない。それよりもここは俺たちでなんとかするから、とりあえず今はお前だけでも逃げろ」


険しい表情でエリックが僕にそう告げた。覚悟の籠った声音だった。


「それはもう考えた。でも、君を置いて逃げても助かる見込みはないだろうというのが正直なところだよ」

「そうか……」


エリックが残念そうに言った。


「だけどねエリック、諦めるのはまだ早い。勝つのは難しいけれど、僕たちにそれができないとは思わない」

「ほう?」

「僕には奥の手があるんだ。そのために準備をしてきた」

「まさか。本気で言っているのか?」

「あぁ、もちろんだ。実はもう既にそれを実行しようとしたんだ。二度も邪魔されてしまったけれどね」

「つまり、助かりたいなら俺たちに時間稼ぎをしろと?」

「そうなんだ。すまない」

「本当に勝算はあるんだな?」

「あぁ、ある。僕は嘘は言わない。でもそのためには君たちの助けが必要だ。君たちがあいつの注意を引き付けてくれたなら。特にあのブレスは駄目だ。集中を乱される。それさえなければいけるはずだ。信じてくれ」

「……面白い」


エリックが強がりでもなんでもなく、心から面白いと思っている風に片方の口の端を持ち上げて笑った。


やることは決まった。後は、動けない者たちを逃がせば準備は整う。


僕は声を張り上げる。


「戦える者はできるだけばらけるんだ!固まっていれば、逃げ切れない攻撃が来た時に被害が大きい」


続けてエリックも叫ぶ。


「攻撃に参加できない者は何人いる!」

「七人が流されました!生死は不明です!」


即座に返事が返ってくる。まだこの部隊の士気は高い。それが嬉しかった。


「テリーが怪我で動けません!」

「こっちのヴィクトルもです!」

「ジーンもです!」


怪我を負って動きが制限された者の名前が次々に挙げられる。


「十人が離脱か」

「キース、この暗闇でも君なら方角を知ることはできるか?」

「方角、ですか?」

「そうだ。監視塔のある方向だ」

「だいたいなら、分かります。月がありますが、星は見えますので」

「良し。君は、今から重傷の者たちを連れて監視塔へ戻るんだ。ドラゴンの注意はこちらで引き付ける!」

「何を言っているんですか!私も戦えます」


慌てたようにキースが声を張って反論した。


「怪我をした君では足手まといだ」


僕はキースに叫んだ。


「戦線を離脱しなければならない者たちの中で、暗闇でも方角を把握しなおかつ安全な道を選び取ることができるのは君だけだ。僕はこれ以上被害を拡大させたくない。君が彼らを森から連れ出してくれ。頼む!」


僕は彼の顔を見ないようにしてそれだけを言った。


「ですが、あのドラゴンを倒すにはみんなで協力しないと勝てません!人数が減った今ならなおさらです!」

「怪我人の君に何が出来ると言うんだ!」


食い下がるキースに僕は言葉を重ねる。


そんな言い合いをしている僕らを後目に、エリックは既にドラゴンに向けて走り出していた。それを見た者たちが後に続く。何も言わなくとも彼らは自分たちの役割を果たそうとしていた。


「俺からも頼むぞ、キース。怪我人どもを無事に塔まで送り届けて欲しい。こっちはこっちでなんとかする!」


エリックが巨体に切りかかりながら叫んだ。


「エリックもあぁ言っている。ドラゴンは必ず何とかする!僕らを信じてくれ!」

「……分かりました」


悔しさを滲ませて彼が承諾の声を上げた。ゆっくりと彼がテリーの肩を担いで立ち上がる。


「キースは怪我人を回収後、即座に離脱!監視塔へ援軍を求めろ!これは命令だ!」

「はい!」


覚悟を決めた彼が、ぎこちない動きながらも攻撃に参加できなくなった者たちのもとへと駆け寄る。


「戦える者は前へ。連携を途切れさせるな!」

「はい!」


威勢のいい男たちの声が森にこだました。


行動を開始したキースの様子を見ながら、僕もまた彼らが離脱するまでの時間稼ぎのための魔法を唱え始めた。


お盆休み中にできるだけ話を書き進めたい

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