54
六月の初め、初夏の爽やかな風が吹くよく晴れた日にエスメラルダとギュスターヴの結婚式があった。僕にとっては二度目の彼らの結婚式だった。
その二人の式当日には、僕やカインやデミアン、それからコンスタンタンなどといった幾人もの彼の友人らが勢ぞろいして二人の門出を祝った。ギュスターヴは僕が特に親しく付き合っている男連中の中では最年長だということもあり、僕らの中で一番に結婚式を挙げた男になった。それは年齢から見ても順当なことだった。
当日、僕らはみな当然のように挙式の最中は黙って大人らしく厳かな雰囲気を守ったけれど、一転して公爵邸で開かれた披露宴ではまるきりの馬鹿者と言っていいほどに騒いだ。
その騒ぎは夜まで続いて、僕らは平素は良識あるギュスターヴを前後不覚になるほどベロベロに酔わせてから初夜へと彼を送り出した。
これについてはどう申し開きをしたら良いのかもわからないほどのやらかしだったと思う。酔ったエリックやカインに引っ張られて僕自身も飲みすぎてしまい、気付けばみんなで一緒になってギュスターヴに正体をなくすほどに酒を勧めてしまっていた。
この僕たちの失態に一つ言い訳をさせてもらえるのなら、つまりこんなにも羽目を外して騒いでしまったことの釈明をさせてもらえるのなら、僕らは、みんながギュスターヴに対して一抹の寂しさというものを感じていたからだったろうと言いたい。
彼は僕らの仲間内で最初の既婚者になった。それは確かに喜ばしいことではあったし心から祝福する気持ちがあったけれど、本当のところ、それと同時にギュスターヴが自分たちの手から離れていってしまうという寂しさを感じずにはいられなかったのだ。
子供っぽい感傷と連帯感とが僕らにそうさせてしまったのは明らかだった。デミアンでさえも、いつものようではなかったのだから。
彼が心に決めた女性と、後戻りのできぬ道を進んでいくということが、みんなを無意識に感傷的にさせてしまっていた。
そして、それとは別に、僕の方は僕の方で、キースのことがあったゆえに、二人の幸せそうな顔を複雑な心境を押し隠して見つめるほかなかった。
もちろん僕としてもみんなと同じように純粋に二人を祝いたかった。だから、この場違いで全くの個人的な気持ちを誤魔化すためには、周りと同じようにあるいはそれ以上に馬鹿みたいに飲まずにはいられなかった。
こうした二つの理由からことが大きくなってしまったと思う。
今冷静になって思い返してみても花嫁に対して申し開きも出来ないような振る舞いだった。
だから、この醜態については全く釈明の余地もないし、もちろん謝って済むようなことでもないことは分かっていた。
それでも、だからこそ、ギュスターヴはともかくとして、特に花嫁であるエスメラルダには申し訳ない気持ちでいっぱいになった僕たちは、後日処刑台に上る罪人よろしく殊勝な気持ちでぞろぞろと雁首揃えて彼らの新居を訪れることとした。もちろん謝罪のためだ。
どんな罵詈雑言も甘んじて聞き入れるつもりで僕らは二人の元へ向かった。
ところが実際にエスメラルダに会ってみれば、当の本人は意外なことにも笑って僕らを許してくれた。全く怒るどころか、逆に丁寧な持て成しを受けることになってしまい、却って僕らは困惑しきりだった。その場で、今後他の人にはやらないよう釘を刺されたが、彼女の対応は肩透かしもいいところだった。
そんなふうだったので、僕たちはこっそりギュスターヴにエスメラルダが席を外した隙に話を聞いてみた。すると、実は彼女も当夜は新郎と似たような状態だったらしく、部屋に落ち着いてすぐに二人で仲良く朝まで寝落ちしてしまっていたことが判明した。
エスメラルダもなかなか素敵な友人を持っているということと、彼女が子供のころの彼女そのままだったということの両方が分かった印象深い出来事だった。
それから、その事実にほっとした僕らはその安堵のままにギュスターヴを連れ出すと、またもや彼に浴びるほど酒を飲ませて朝帰りをさせることになってしまった。
今度こそエスメラルダからお小言を頂いたのは言うまでもなかった。
こうした楽しい出来事があった一方で、僕の計画は静かに始まっていた。
辺境から出てきたエリックと、式のあった数日後には僕の部屋で連邦についての情報交換が再度行われた。
あの時と変わらず僕らは向かい合って座り、酒を飲みかわしながら話をした。
僕の手に入れられた情報は一つ。
それは、この国から武器や鉱石がアルドガルトを通じて他国へ流れているということだった。軍需物資の国外への流出を防ぐために輸出相手は厳しく制限されている。しかし、いくつかの領主が国外へ秘密裏に販売していたのだ。その行き着く先は連邦ではないかと僕は踏んでいた。
武器等の販売については、王家への報告が必要であるが、それがなされていないことから故意に情報を伏せていることは確実だった。
今後、この違反を隠している貴族に対して証拠を集め、反逆罪での告訴の準備が進められることが決定されている。
流れて行く先がどこなのかは、父が僕に代わって調査するとのことだった。
他方エリックからは、最近の連邦の動きと、潜入させていた諜報員たちが本当に買収されていた事実とが知らされた。
この事実を持って、諜報を一手に引き受けていた家を辺境伯は罰っすることに決定したらしい。結婚式を理由に王都へ上がると同時に、このことは僕の父に報告済みだという。
話を聞く限りかなり重い処分が内々に下されるようだったが、ウェッジウッドの家がこの時期に割れるのは対外的にも国内に対しても問題が大きすぎるということで、表面上は全く変わりないように見せかけることになっている。
今後は再発防止のために複数の家に任務を振り分けて行く予定だとも教えてくれた。
そして同時に、こちらの裏をかいていると信じ込んでいる連邦側を泳がせるために、元々の諜報員はそのままに、新たに密偵を送り込んで情報を収集することに決定され、間もなく実行に移すそうだ。
タルバートルの街に今すぐ溶け込むことは不可能なので、この国やアルドガルドの商会を装って幾度か足を運ぶというような地道な情報収集を行うという。
そして、その新たに送り込んだ人物が集めた情報と、買収された者たちからの偽の情報とを比較検討することで、相手が何を企んでいるのかを知る手掛かりにするつもりだという。転んでもただでは起きないとはこのことだろう。
最後に、彼からキースが計画通り辺境軍へ入隊したという話を聞くことができた。
甘えがでるからという理由で手紙のやりとりもできない僕にとって、エリックからの些細な情報は嬉しい驚きだった。きっとこの不愛想な友人は僕がキースのことを気にかけているということを知っていて、気を回してくれたのだと思うとありがたかった。
それから、また折を見て情報交換をしようと約束してその日は解散になった。
別れ際、エリックが先日の友人の結婚式のやらかしのことを口にした。彼は笑っていた。
「いつもは諫める側のお前やデミアンが、こっち側になっていたからな。もうあれはどうしようもなかった」
そうエリックが思い出すように言った。
「お前は変わったよ、アルベルト。少し前からだろうか」
「そうかな」
「あぁ。今のお前は、以前と比べてずっといい」
「ありがとう」
「でなければあんなに羽目を外すなんてことにはならなかっただろう。あんな姿のお前を初めて見た」
「そうかもしれないね」
「なんでだろうな」
そう言って意味ありげに僕をじっと見た彼はふっと息をついて帰っていった。
キースの新しい生活の何もかもがまだ始まったばかりの一方で、僕の方は王立軍に入隊後に基礎訓練が彼よりも二月早く始まっていた。
僕は自分の部隊に入ってくれる人物をある程度自分で決めたいと思っていたので、良好な関係を築くことは必須だった。だから積極的に訓練や任務に関わるようにしていったのだが、なかなか芳しい成果は得られなかった。
もちろん僕と関わることの多かった高位貴族の子息や学園の同級生たちは僕に声をかけてきたけれど、そうではない下級貴族ともなるとなかなか良い関係を築くことは難しかった。
彼らは僕が何のために王立軍に入隊してきたのかを訝しみ、遠巻きにするだけで距離はなかなか縮まらなかった。実際に始まった訓練では複数人で行動することも多かったので、そこから関係を築いていけると期待していたのだが、僕の目論見とは裏腹に、こちらから積極的に話しかけても身分差から戸惑ったような反応を返され、意識的に避けられる日々が続いた。
それでも、根気よくこちらからずっと声を掛け続けたり、備品の整理や警備哨戒などの当たり前の任務にせっせと取り組んだおかげもあって、一月もかかってやっと多くの隊員らと打ち解けることができるようになった。
伯父の計らいで、僕は一般兵と全く同じ訓練を受けている。まぁ、安全上の観点から一から十まで全て同じというわけにはいかないのだけれど、それでも僕が受ける訓練は、王族としてみなが想定するところのものからは逸脱していると思う。そのこともあって、僕がお遊びで軍に入隊したわけではないということが皆に次第に理解されていった。
ただ、一部の貴族からはどうやら恨まれてしまったかもしれないとも感じていた。というのも、一国の王太子が一般兵並みの訓練をしているという事実のために、高位貴族の子息たちはお気楽に過ごすということなどできようはずもないからだ。適当に軍に属して、適当に仕事をして、数年したら昇進し後方勤務になるという彼らの予定は様変わりしてしまった。
甘い考えで入隊してきただろうに、今では僕と一緒にひぃひぃ言いながら走り回っている。僕の知る限り、もうすでに数人が体調不良を言い訳に、休職しているという。軟弱者ここに極まれりだ。
それに比べて、下級貴族の子息たちは根性があった。やる気があるかどうかはわからないが、訓練も任務もつまらない雑用にもしっかりと励んでいた。
年の近い今まであまり関わりの無かった者たちと、同じ訓練や作業をして長い時間を共に過ごす。これは僕にとってとても刺激的な体験だった。
この経験については、いつかキースに聞かれたら笑い話として話してもいいかもしれない。僕がいかに狭い世界で安穏と暮らしてきていたかを如実に突きつける出来事だった。
入隊後一年に渡る基礎的な演習と実地訓練、さらには僻地での演習を経て、とうとう翌年の四月に伯父から中隊を預からせてもらえることになった。
この話は王立軍内ですぐに噂になったらしく、何人もの隊員が僕の部隊へと志願してきた。しかし、僕はそのほとんどを断った。そして、かわりにこの一年で気になると感じていた人物らを誘った。
それから、当たり前のことではあるが、僕に補佐官が二人つけられた。いくら僕の指揮する部隊とは言っても、経験の無い僕が好き勝手隊を動かせるはずもなく、それは当然のことだった。
すぐに二人の簡単な履歴経歴の書かれた覚書が届けられ、それに目を通している最中に件の人物らが僕の元へとやって来た。
中隊長に任命されてすぐのことで、僕は彼らと王立軍本部にある僕の部屋で会うこととなった。
部屋に入ってきた瞬間、僕は面白そうな人物が来たなと思った。
「本日より、殿下の補佐として着任いたします。どうぞ宜しくお願いいたします」
そう生真面目な顔で言ったのは、ガルディア子爵家の三男、エイブラム・ガルディアだった。
人よりも長い手足に軍人としては線の細いひょろりとした長身に黒髪黒目が特徴的だ。さらに、額の大きな傷があるせいで一度見たら忘れられない外見をしている。
しかし話をしてみればその特徴的な見た目に反して、言葉遣いも仕草も全くの普通であり、実に気さくで陽気な男だった。全く普通のどこにでもいる男という印象ではあったが、彼の視線が時折僕に意味ありげに注がれていることには気づいていた。
「殿下の下で働けること大変光栄に思います」
そう言って笑顔を浮かべたのは、なんとあの好色で有名なゼル・ナリスの従兄だった。彼の名はギル・ナリスという。鍛え上げられた筋肉が見事でその厚みにつりあうだけの十分な上背もある。そして、そのがっしりした体の上にはこれまたがっしりとした頭が乗っていて、意志の強そうな額や眉ときりりとした口元をしている。甘い顔立ちのゼルとは真逆の見た目故に、すぐにはそうと受け入れることが難しかった。
しかしこの後すぐに、彼がやはりあのゼルの縁者なのだと理解することになった。
「私のことはアルベルトでいい。二人とも、これからよろしく頼むよ。若輩者故、あなたたちから学ばせてもらうことも多いと期待している。もし私が間違ったことをするようなときには、遠慮なく言ってほしい。そういう機会はきっとたくさんあるはずだからね。これは社交辞令などではない。あなたたちが自由に発言できる雰囲気作りに努めていきたいと思っている」
「わかりました。誠心誠意努めさせていただきます」
「一つ質問がございます。よろしいでしょうか」
「もちろんさ、ギル。早速何だろうか」
僕は彼に頷いて見せた。隣に立つエイブラムが胡乱気な視線を彼に向けたのが印象的だった。
「はい。話は変わるのですが、こちらには女性の隊員はいらっしゃらないのですか?」
ギルが扉で繋がった隣室を窺うような顔をしながらそう言った。僕は彼の真意を測りかねた。ちなみに彼の見ている扉の先には、僕の休憩室や備品室へと繋がっている。
「いや、今のところいないが……。なぜそんなことを?」
「今のところ、ということは、今後女性の隊員や秘書官のような者が採用されることもあるということでしょうか?」
「まぁ、ないとは言わない。優秀な人物やこの部隊に入って成し遂げたいことがあるという人物がいるのなら、男女関係なく追加で採用していきたいとは思っているよ」
「そうですか。殿下、私は仕事場というものは快適さが第一だと思っています」
「うん。そうだね。私もあなたの意見に賛同するよ」
僕の言葉に、彼が我が意を得たりというように頷いた。
「そのためには何が必要かということです」
「うん」
ギルの言葉にエイブラムが焦ったような顔をした。
「意見を言いやすい雰囲気づくりだとか、清潔さだとか、そういうことなら、これから可能な限り努めて行くつもりではあるよ」
「そうですが、そうではありません」
ギルの表情は真剣だった。
「他に何か要望があるということかな?」
「はい。快適な職場、働きやすい雰囲気、素晴らしいことです。ですがまだ足りません。そういったものを実現するためには、女性の力が必要不可欠だと私は考えます」
「……そうだろうか」
「もちろんです、殿下。これは大事なことです」
「理由を聞いても?」
「女性は癒しです。世に人間は数あれど、全て半数が男で半数が女です。これは何故でしょうか」
「そういう風にできているからとしか言いようがないけれど」
「まさしく。まさしくその通り」
「うん」
「つまり、そのように人間は作られているのです」
「そうだね」
「つまり、男には女が必要なのです。どんなことがあろうと、男と女とは切っても切り離せません。これはどんな場所でもそうだと私は考えます。女性がいればこそ男は仕事に精を出し、励み、成果を上げることができます。何故ならそのように男は設計されているからです。ですから是非とも、是非とも我々の能率向上のために、女性隊員の採用をご検討ください」
「いや、うん。なかなか個性的な見解だね」
隣に立つギルが険しい表情をしている。
「そもそも、殿下の執務室なのに女っけが全くないのがおかしいのです。隣室で取次をした副官ですら男でした。若くとも、男です。普通こういう場合には女性が側仕えとして付けられて、細々とした手伝いをしたり色々な面で殿下の疲労を癒したり様々な世話をしたりなどするものだと……」
「おい、馬鹿やめろ」
なにやらあらぬ方向へ話が進んでいくことに気付いたエイブラムが、ひどく慌てた様子でギルを殴って黙らせた。
「すみません、殿下。平にご容赦を!こいつはこういうやつなんです。ですが、本当に頭の切れる男なんです。どうか殿下、今回ばかりはお目こぼしを!何卒!私の方からきつくきつく言い聞かせておきますので!」
お前も謝れと言って、無理やり隣の男の頭を下げさせながら謝罪した。
「いや。まぁ、これくらいではどうということもないよ。客人の前でもないしね」
僕はあっけにとられてしまい、怒るだとか不快に思うだとか、そういう感情を置き去りにしてしまっていた。
「さすが殿下。お心が広い」
そう言って顔を上げた男をエイブラムが再度殴りつけた。
「お前は死にたいのか。殿下がお優しい方だったから良いものの、そうでなかったら俺たちの首なんて一瞬で飛ぶんだぞ。馬鹿野郎」
「しかしエイブラム。俺たちは今まで男所帯にずっといたんだぞ。小汚いオッサンどもにへいこら頭を下げ、礼儀のなってないクソガキどものケツを叩いて、なんとかやってきた。その甲斐あってやっと肥溜めみたいな部隊から抜け出すことができたんだ。期待して然るべきだろう。こんな機会はもう二度と無いと言ってもいい。折角女と一緒の職場になれる可能性が目の前にある。エイブラム、よく考えろ。期待するなという方が酷と言うものだろう。殿下、どうか我々に夢を見せてください」
個性の強い男は生真面目な顔で深々と頭を下げた。その様子を、良識的な男がじっと見つめていた。
そんな二人のやりとりを見ながら、僕は先ほど目を通していた彼らの履歴書の内容を思い出す。二人とも三十代。エイブラムは独身だったがギルは既婚者だった。いやはやギルが既婚者とは……。
僕は目の前で繰り広げられる二人の、息の合ったやり取りを見ていた。言葉の端々に、些細な仕草の中に、付き合いの長さが見て取れた。腐れ縁というものなのかもしれない。
彼らが僕の下につけられたのには、お目付け役あるいは指南役ということ以外にも理由がある。それでも人選には疑問が残るが。
それは二人とももう良い年齢であるのに、その階級が少尉どまりと不遇な立場にあることに関係している。
伯父曰く二人とも優秀な人物で条件が揃っていたらもっと上の地位に付けるだけの能力を持ち合わせているのだそうだ。しかし残念なことに彼らの実家は子爵や男爵であり、その爵位の低さから重要な地位に就くことができないままに、軍の中で燻っていた人物であるそうだった。
日の目を見ることのなかった彼らに活躍の機会を与えるという意味でも、僕は丁度良いらしい。
なかなか個性の強い人間が入ってきたなぁと、二人のやり取りを眺めながら僕は思った。そして同時に、今後が楽しみだと思っていた。
軍だとか戦争だとか全く馴染みのない事柄なので、文章を考えるのにすごく時間が掛かっていますすみません




