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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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53

僕はすっかり言葉を失ってしまった。


気持ちの整理がつかない。僕はどうしたら良かったのか。


彼の言葉が僕の胸に響く。力が抜けて行く。


彼には彼の願いがあって、僕には僕の望みがあって。


あぁ、僕はどうすべきだったのか……。


彼を救いたいと思った。救えたと思った。


なのに彼は危険な場所へ赴くと言う。僕のせいで。


なのにキースは、僕のおかげで危険な場所へ行くことができると言う。ありがとうとまで言う。


僕は行って欲しくはなかった。


危険だから。


何故彼は自ら進んで危険な場所へ行こうと言うのか。


危険だから行ってほしくない?本当に?


一つの疑問が胸の奥で首をもたげる。


それは純粋な願いと言えるものだったろうか。


今までの自分を振り返る。あの日からの自分の振る舞いを振り返る。


僕は、キースに幸せになって欲しかった。そして、自分を好きになって欲しかった。そのために行動してきた。


それに間違いはない。胸を張って言える。でもそれは、真実彼のためだったと言えるだろうか。


それはキースを自分のそばに繋ぎとめる行いでは無かったか。


僕はただの自分勝手な人間だったのではないか。


そんな気持ちが湧き上がってきた。


そもそも彼を助けたいと思ったのも、自分の後悔からだった。それは、自分の罪を償いたかったからではないか?


そうか……。


「……僕は君に行って欲しくない」


言葉が勝手に口から零れ落ちた。


「そう思った。でも、この考えは僕のわがままなんだと、今気づいた。君の言葉を聞いて、今初めてそう考えた」


言葉は数珠つなぎになって流れ落ちた。


「ごめん」


それは嘘偽らざる謝罪。


君には、僕は必要ではなかった。そう思った。


沈黙が僕たちを支配した。


帰ろう。


そう思った。


僕は椅子から立ち上がる。


「ごめん。帰るよ」


一度帰って気持ちを整理しようと思った。自分の身勝手さが恥ずかしかった。僕は踵を返して扉を目指す。


「アルベルト」


すると、帰ろうとする僕を引き留めるようにキースが僕の手を掴んだ。


けれど、顔を上げられない。彼に申し訳なかった。


「アルベルト」


彼がもう一度僕を呼んだ。


「アルベルト。すみません」


僕は顔を上げて振り返った。そこには、まっすぐに見つめてくる真剣な顔があった。


「そんなにあなたを傷つけることになるとは思っていなくて、私は……」


彼が言葉を切った。


「ねぇ、アルベルト」


彼の瞳が揺れている。


「好きです」


彼がそう言った。


「あなたが私のことを好きだと言ってくれたとき、本当に嬉しかった。でも、あの日あなたの言葉に素直に返事をすることができませんでした。何故だかわかりますか?」


僕は首を振った。


「私には、その資格がないからです」


その瞬間、以前キースが僕に話してくれたことを思い出した。初めて通じ合ったあの晩に。


「私はまだ何も成してはいない。私は何者でもない。それではあなたの隣に立てない。あなたの側にはいられない。あなたは、優しいから、きっとそんなこと気にするなと言うでしょう。けれど、それではだめなんです」


彼はあの時と同じようなことを言った。生真面目なキース。


「私は、私のしたいことをします。けれど、それはあなたを必要としていないということではないんです。すみません。ただ、私にとってそれがやらなくてはいけないことだからです。それによって、私の何が変わるのかと問われたら、きっと対外的には何も変わらないでしょう。分かっています。でも違うんです。何かが変わります。私の中の何かが、私の世界が変わります。だから、行くんです。私の運命を変えるために行くのです。あなたを置いていこうだとか、あなたの気持ちが迷惑だとか、そういうことではないんです。すみません。言葉が足りませんでした」


彼が頭を下げた。キースの言葉が胸の奥まで響いた。


「……君が謝る必要はないよ」

「いいえ。アルベルト、あなたが待っていて欲しいと言った。そう言ってくれた。だから、私は待ちます。でも、ただ待っているだけでは駄目だと思うんです。私は私のやり方で、何かを為します。あなたに胸を張って好きだと言えるような人間になります。だからアルベルト。待っていて欲しいんです。私があなたに相応しい人間になるまで」


いつになるかは分からないんですけれどと、彼は小さく囁いた。


キースが僕の手を引く。


「座ってください」

「でも……」

「あなたに立たせたままでは話もできません。不敬罪になりますよ」

「そんなことにはならないよ」


彼が小さく笑った。


「さぁ、座って」


そう言って、キースが僕の手をもう一度引いたので、僕は彼の隣に腰かけた。ベッドが僕の体重に悲鳴を上げる。


「向こうへ行かなければという気持ちと、あなたのそばに居たいという気持ちの両方があるんです」


ぽつりぽつりとキースが話を始めた。


「あなたにうまく説明できません。すみません。でも行かなければいけないんです。そして、そのことが今あなたを傷つけてしまいました。無神経でした」

「いや……」

「顔を見れば分かります。今あなたはどう思っていますか?本心を話してください。私も正直に言いますから」


彼の視線は、励ますように僕に注がれている。


「君に、僕は必要ないと思ったんだ」

「どうしてそう思いましたか?」

「君は僕を置いて遠くへ行く。君は一人で何でもできる」

「そんなことはありません。それにあなたを置いていくつもりはないし、必要ないなんて、そんなことはあり得ません。断言します。あなたが必要ないなどと思ったことは一度もありません。むしろ私は何度もあなたに助けられてきました。あなたがいなければ、今の私はありません」

「そうだろうか」

「そうですよ。一つひとつ挙げていきましょうか?昨年の一月です。私が現実に打ちひしがれているときに、あなたが私を見つけてくれました。あなただけが私を、あの場所で見つけてくれました。看病までしてくれて、私を救ってくれました。命を救ってもらっただけではありません。私の魂も救われました。それから孤児院の問題も解決してくれました。大変だったでしょうに。私にはわかります。どれほど時間がかかったか。それから、あなたは私の友達になってくれました。その上、いろんな経験をさせてくれました。たくさんの思い出を作ることが出来ました。私の人生で、今までにないことでした」


彼が僕を見ている。


「だから。あなたは私にとって特別なんです。アルベルト。私はあなたのおかげでいろいろな経験をしました。あなたは私の初めての友達ですし、私が初めて好きになった人です」

「本当に?」


彼の告白に、落ち込んでいた気持ちが浮上するのがわかる。我ながらなんて単純なんだろうと思った。


「ええ、本当です。できたらもっとたくさんの初めてをあなたと経験したいと思いました。だから……」

「もう一度言って」

「え?何をですか?」


彼が首を傾げた。


「僕のことが好きだって。もう一度言ってほしい」

「えぇ……」

「ね?早く」


僕はキースを期待を込めて見つめた。視線の先で、彼が恥ずかしそうにする。かわいい。


「あなたのことが好きです。アルベルト」


長い時間の後で、彼がやっとそれだけ言った。


僕はキースにキスをした。


「ここへは、私を心配してきてくれたんですか?」


唐突に話題を変える恥ずかしがりなキースが愛しかった。


「心配というか、君を説得というか。僕は君に裏切られたと思ったんだ。僕に内緒でこんな大事なことを決めて、僕なんて必要ないという意思表示だと思えたんだ」

「そうですか……。すみません。軽はずみでした」

「いや、君は一人の人間なんだから。だからいいんだ」

「本当ですか?」

「君の本心が聞けたからね」

「もう、気になることはありませんか?」

「向こうで辺境軍に入るんだよね?」

「はい、そのつもりです」

「危険だよ」

「承知の上です」

「そう……」

「大丈夫ですよ。なんとかなります」

「僕は心配だ」

「心配してくれるのはあなただけです。ありがとうございます。頑張ります」


彼は力強くそう言った。


そうして、僕の手をそっととった。彼が優しく握り込む。


「私を信じてください」

「難しい頼みだなぁ、それは」

「ええ、そうですよね」


そう言いながらも、彼は自分の考えを変えるつもりはないようだった。


息を吸い込む。


「卒業式は出るんだよね?」

「はい」

「いつ向こうへ行くつもりだい?」

「あっちは雪が積もっているので、四月になってから行くつもりでした。片道三週間くらいを見ています。馬車を乗り継いで、最短で二週間くらいと聞いているので、天候や街道の状態を考慮して、長めに見ています。辺境軍は月に一度くらいの頻度で採用試験を行っていると聞いたので、五月採用に間に合えばいいかなと思っています」

「一人で行くのかい?」

「はい」

「一人では行かせられない」

「大丈夫です」

「そうだ、僕が馬車を手配しよう」

「馬車を……?それはちょっと」

「どうかそれくらいさせて欲しい」

「駄目ですよ。大げさすぎて、ドラケンヴァルトの人々に、誰が来たのかと思われます」

「いいじゃないか」

「良いわけないですよ。奇異の目で見られますし、平民の私が王子の手配した馬車で行こうものなら、同期となる人たちと最初から溝が生まれてしまいます。そんなことになったらうまくやっていけませんよ。それは困ります」

「そうか……。でも何か……。そうだ、エリックに頼もう」

「エリック様?」

「そう。彼も卒業後は向こうへ戻るんだ。彼に同道させてもらえるよう僕から頼もうか」

「ご迷惑になります。大して親しくもありませんし、それに、これから辺境軍に入ろうっていう平民が、そのトップと一緒にやってきたらどうなりますか。それはそれで問題がありますよ」

「君は本当に……」


頑固だなという言葉が零れそうになって、僕は言葉を濁してごまかした。けれど、僕の言いたいことは正しく彼に伝わってしまった。


「そういう性格なんです。諦めてください」


そう笑い含みに言われてしまう。


「じゃあ、代わりに一つ頼みごとをしてもいいですか?」


キースが考え考えそう言った。僕は彼の言葉に興味を引かれる。


「何だい?僕にできることならなんだって」


僕は自然彼の方へ身を乗り出す形になった。


「その前に確認なんですけれど、アルベルト。あなたの忙しさが一段落するのはいつ頃になりますか?」

「僕?それなら今週いっぱいかな、差し当たっては。三月にはまた外国から賓客を招いての晩餐や舞踏会があるから、そのあたりはまた少し忙しくなるけれど、これまでほどではないはずだよ」

「そうなんですね。一か月も学園に来れないほどでしたのに、また次があるなんて本当にお疲れ様です」

「うん、ありがとう」

「公務はそんなに大変なんですか?」

「まぁ、そうだね。腹の探り合いみたいなところがあるし、好きでもない相手に笑顔で会話をしないといけないというのは結構精神的にくるものがあるんだ。ミスが許されないような場面もある。まぁ、王族だから仕方ないけれどね」

「そうなんですね。私には経験がありませんが、でも少しなら分かる気がします」


キースが虚空を見つめてその場面を想像する風にした。


「あなたは、あなたにしかできないことをしている。本当にすごいことです」

「そんなことはないよ」

「いいえ。私にはできないことです」


キースが言葉を切った。僕は彼の横顔をじっと見つめていた。すごいことです、と再度囁く声が耳に届いた。


「それで、話を戻しますが、来週一緒にどこかへ行きませんか?」

「それがさっき言ってた君の頼み事?」

「はい、そうです。もしお嫌でなければなんですが」

「少しも嫌なことなんてないよ!」

「良かったです」

「行こう。一度と言わず、何度だって。キースはどこに行きたい?」

「うーん。そうですね……」


僕の隣で彼が真剣に悩み始めた。その姿は僕の勝手に傷ついた心を癒した。


彼が初めて自分の行きたい場所を考えてくれているから。それは彼が僕との未来を本当に考えてくれているのだと、僕に信じさせてくれた。


「じゃあ、バレエはどうですか?」

「バレエ?興味があるんだ?」

「はい。最近仕事で街に出たときに、あちこちで話題になっているので気になって」


僕の頭の中では、瞬時に今後の予定が思い出される。


「なるほど。いいよ。決まりだ」

「良かった。実はどういうものなのかほとんど知らないんですけれど……」

「そうなのかい?」

「はい。なんか曲に合わせて女の子が躍るみたいなふわっとしたことしか知りません。しかも脚本があってそれが感動するとかなんとか。踊りに物語があるというのが今一つ想像できません」

「あぁ、そうか。じゃあ、実際の舞台を見たら君は驚くね」

「そんなにですか」


彼の純粋な反応に自然と笑いが零れた。


「良かった。少し元気になりましたね」


キースが僕を見て言った。


「まだ立ち直ったとは言い難いかな」


僕はそう言ってみた。


「そうですか……」


彼が視線を落として、僕の手を見ている。僕から、彼の長いまつげが憂いを含んで伏せられるのが見えた。


「冗談だよ。ごめん。君を少し困らせたくなっただけなんだ。許して欲しい」

「いえ、全然。私のせいなので」

「暗い話はこれで止めにしよう。最近学園に行っていないけようだけどお金は大丈夫かい?なんなら少し援助しようか?」

「いえ、大丈夫です。お気持ちだけで。それよりも――」


それから僕らは隣同士に腰かけてだらだらと他愛のない話をして時間を過ごした。一月も会っていなかったので、お互いに話したいことはたくさんあったから、会話は一向に途切れることは無かった。


そのため、時間はあっという間に過ぎて、気づくと窓の外から夜九時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


「あぁ、もうこんな時間だ」

「明日も仕事?」

「そうなんです」

「じゃあ、これ以上は迷惑になるよね。そろそろ退散するよ」

「はい。わかりました」


キースが僕と一緒に立ち上がる。


「頑張って」


僕はそう言って彼にキスをした。


名残惜しくてもう一度。今度は少し長く。


わざと音を立てて唇を離すと、キースの口から吐息が漏れた。少し濡れた唇が妖しく輝く。


我慢できずにもう一度。今度は、唇の隙間から舌を差し込む。キースは最初戸惑った様子だったけれど、すぐに僕を受け入れた。僕の舌に彼の舌が絡まる。


もっと。


僕は口づけの角度を変えて、もっと深くキスをしたかったけれど、当の相手から待ったがかかった。


途中で止められて僕は不満を覚える。


「これ以上は駄目です」

「どうして?」

「どうしてもです」

「キスだけだよ?」


僕はキースの体を抱き寄せた。お互いが密着する。


「駄目です。これだけで終わるとは思えません」

「いいじゃないか」

「良くないです。隣に人がいます。向かいの部屋にも」


僕の視線に不満を見たのかもしれない。取り繕うように言葉を紡ぐ。


「アルベルトにだって明日仕事があるでしょう。帰った方がいいです」


甘い空気をかき消すようにキースが現実的なことを言った。


「それに、これ以上は我慢できなくなるので……」


彼が小さくそんな可愛いことを言ったせいで、僕の欲望がぴくりと反応した。


本当はこれ以上のこともしたかったけれど、さすがにそれは彼に迷惑を掛けてしまうというのも分かっていた。だから僕は自分の膨れ上がる欲望を無理やり抑え込んでいつも通りを装う。


「じゃあ、来週。二人でいっぱい遊びに出かけよう」

「わかりました」


ほっとしたような顔をキースが見せた。


「できるだけ予定を開けておいて。使いを出すから、都合のいい日を教えてくれ」

「わかりました」

「そうしたら、今日の続きをしよう。約束だよ」

「えぇ……。バレエを観るのではないんですか」

「もちろん。バレエも楽しみだね」


本音が漏れてしまっていた。


苦笑する彼に、僕は再度キスをしてから別れた。


翌週は約束通り、二人でバレエの舞台を見に行って、食事をして、一緒に眠った。


その日以降も、二人であちこち出歩いて時を過ごした。僕はそれとなく彼に翻意を促したけれど、効果は無かった。


「大丈夫です。信じてください」


キースはそのたびにそう繰り返す。


時間はあっという間に過ぎていった。


そうして、学園の卒業式があった。それが終わって、四月になってから彼は辺境へ一人旅立っていった。


アルベルトは男同士と男女関係で対応を変えて、男同士だと割りと素の自分を出していきますが、女の子と付き合うときは王子様をしっかり演じるタイプです。キース相手には男同士かつ惚れた相手なのでただ正直に自分の本心というかスケベな部分とかを何の気兼ねも無く出してしまう感じです。

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