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何度も何度も書き直しました
経済の勉強なんてしたことないから、書かれていることは全てそれっぽいでたらめです信じてはいけません
疲れた~
「王立軍に入隊するそうだな」
僕の部屋の肘掛け椅子に落ち着くなりすぐに、エリックがそう切り出した。
僕らは二人、暖炉の向かいにある肘掛け椅子に並んで腰かけていた。間にはローテーブルが置かれ、いくつかの酒瓶とグラスとが置いてある。クリストフたちが仕事終わりに用意してくれていったものだった。
暖炉には赤々とした火がともっていて、真冬なのに部屋の中は十分に暖かい。キースが風邪をひいていないだろうかと、ふと思った。
それから僕は彼の言葉には応えず、卓にあらかじめ置かれていた酒瓶を指さしてみせた。
「何にする?」
「悪いな。ブランデーを頼む」
僕は小さいグラスを二つ取り上げてテーブルに置いた。それから用意された酒瓶の中から目的のものを取り上げると、それぞれに静かに注いだ。
そして瓶を卓の上に戻すと、グラスの片方を取り上げて友人の方へ差し出す。
「悪いな」
エリックがもう一度言って、差し出されたそれを丁寧に受け取った。
「いいよ」
そういって僕も自分のグラスを持ち上げる。
「デミアンのところで作ってるやつだよ。六年寝かせておいたものらしい」
「そいつはいい」
「乾杯」
「おう。乾杯」
僕らは香りを楽しんでから口を付けた。純度の高い酒精が鼻を抜けていく。
「うまいな」
「ほんとだね」
「それでだ。話を戻すがなんでまた王立軍に入隊することになったんだ?」
「もう知ってるなんて、耳が早いなぁ」
「まぁな。王立軍に在籍している知り合いが教えてくれた。みんなお前の入隊を噂し合ってるらしい。そのせいで嫌でも耳にも入ってくるとさ」
「そうなんだ。騎士っていうのも意外と噂好きなんだね。もしかして、親の七光りとか言われてない?」
「いや、概ね好意的らしいな。入団試験でウーゴ・ヴィエントロホに勝ったのが効いているようだ。さすが総帥の甥御だと感心しきりといった感じだったな」
「そう。なら良かったよ」
「なんなら辺境軍に入隊してくれても良かったんだがな。そしたら今年の入隊希望者がとんでもないことになっていただろうに」
「それは遠慮しておくよ」
「それで、アルベルト、何故なんだ?お前が自分から進んで軍に入るはずがないし、その必要性もない。何か理由があるんだろう?」
「まぁね」
僕は手元のグラスを持ち上げると、ブランデーを再度舐めるように飲んだ。喉を熱がゆっくりと落ちて行く。
隣国からの重要な客人を招いた盛大な夜会は夜中近くまで続いて、やっと解放された僕らは疲れきっていた。今夜僕はエリックと話をしようと、疲れている彼に無理を言って僕の自室まで来てもらっていた。
先ほどまで身に付けていた窮屈な夜会服を脱いで二人で身軽な恰好になる。お互いにジャケットやウエストコートや解いた蝶ネクタイなどといったものはソファの上に適当に脱ぎ捨てた。人に見せられる格好ではないが、友人同士だ。気にならなかった。
脱ぐのを手伝うために起きて待機していますと言っていたクリストフらの申し出を断ったというのに、この有様では申し開きもできないが、今日は許して欲しいと、散らばる衣服を見ながら思った。きっと明日の朝には従僕たちの盛大にため息を聞くことになるだろうけれど、今日はもう本当に疲れたのだ。
エリックがウィングカラーをシャツから取り外して卓の上に無造作に投げ捨てた。
「気になることがあるんだ」
「気になること?」
「そう。それを調べるために、僕の手足として動いてくれる人材が欲しかった。もちろんこの国のためだよ。権力の私的乱用じゃないことだけは誓って言うよ」
「へぇ」
エリックが僕を無言で見つめて来た。これは続きを話せという彼なりの意思表示だった。
「七部族連邦に少し気になる点があってね。調べているんだ」
「草原の七部族か?そこならば俺のところの諜報員が潜入して情報を集めてくれている。定期的に報告書を王家に届けさせているだろう」
「うん、そうだね。その報告書は僕も読んだよ」
「なら知っているはずだ。ここ何年も目立った動きは無いぞ」
エリックがおもむろにグラスに口をつけた。しかし、視線は僕をとらえたままだった。
「……この国とあの国との間には国交が無い。それ故、肝心な情報は入ってきにくい。君のところの諜報員が頑張ってくれてはいるけれどね」
「まぁ、そこは飲みこんでくれ。潜入させるだけでも一苦労なんだ。あの国の奴らは特徴的なせいで外国人はすぐに分かってしまう」
草原の人々の特徴的な外見を思い浮かべる。
「白髪はまだ良いけれど、赤目は僕らの国にはほとんどいないからね。どうしようもないよね」
「あぁ。だからどうしても潜入できるのは、タルバートルの街までだ。それより奥は……、難しい」
「だからね、別の観点で情報を洗い出してみようと思ったんだ」
「どういうことだ?」
「交易品だよ。それを調べているんだ。あの国とは現在直接の国交は無いが、それでも常時交易は行われている。帝国などの第三国を経由してだけれど」
「あぁ。いくつかの商会が関与しているな」
「そこから何か新しいことが分からないだろうかと思ったんだ」
「交易品についてはこちらでもある程度調べているが、特に変わったものはないはずだぞ」
「当たり前を疑うことも時には必要だと思うんだよね」
「まぁ……、そうだな」
考え考え友人は言ったが、僕の言葉に同意しかねるという響きがあった。
「君もどんな物品がやり取りされているかは把握しているんだろう?」
「もちろんだ」
「じゃあ、その知識と照らしながらこれを見てもらいたい」
僕は酒瓶やグラスが置かれた円卓に一つの資料を置くと、静かにエリックの方へ滑らせた。彼は無言でそれを受け取ると中を見始めた。
「帳簿か?どこのだ?」
「オルドリッチ商会と帝国のクラプトン商会、ガルドアルドのハインツ商会の帳簿をまとめたもので、連邦へ流れている物品の一覧とその内訳だよ。ほら、ここにアルタンシャラ商会とある。取引相手だ。君も知っての通り、連邦のタルバートルにある商会の名だね」
エリックが興味を惹かれたようでページを繰りながら中身を検めている。しばらくしてから面を上げると、首を傾げながら僕に問いかけて来た。
「これがどうした?どれも一般的なもので、特殊なものは無さそうだが」
「取引内容を読み上げてみて欲しいんだ」
「内容?木材、薬、家畜、布、皮革、小麦……。どれもごくありふれた物だ」
「そうだね。他の取引されている物も見て欲しい」
「岩塩、木炭、羊皮紙だろ。他には、魔法用インク、ペン、魔石だな」
「何か気付いたことは?」
「気付いたこと……?特にこれといって気付いたことはないが……。俺たちが報告しているものと大差ないように見える」
「魔石の種類はどういったものがやり取りされている?」
「魔石……?闇と光と……、やけに光の魔石の取引が多いな……」
エリックが考えるように目を細めて虚空を見つめた。
僕はそこで別にしておいたもう一つの資料を彼に差し出した。
「これがウェッジウッド辺境伯から定期で送られてくる報告書の写しだよ。タルバートルに潜入している君のところの諜報員が送ってくれた情報を君のところでまとめたものだから、良く知っているだろうけれど、一応中を見てほしい」
エリックが最初の資料を開いたまま卓の上に置くと、新たな一冊を受け取って中を開いた。
「両者を比較してみて」
素直に僕の指示に従って、彼が中身を比較検討し始める。
「数値が違うな……」
いつも落ち着いている友人の顔色がはっきりと変わる。にわかに彼の表情が真剣なものになるのが僕の目にも分かった。
「ちなみに最初の資料に記載されている値については、父上に頼んで帝国とガルドアルドの商会からそれぞれ去年秘密裏に入手してもらっていたものをまとめたものだよ」
「去年……」
「それからこっちが、過去二十年分の取引量の推移だ」
僕はさらに別の資料も取り出して彼に渡した。受け取るなりすぐに友人は目を通し始めた。
「気付いたことは?」
「五年前から俺のところの数値と、お前のところの数値に明確に差が出始めている。しかも、その五年前というのは、お前のほうでみれば大きく取引総額が増えた年だ。俺はこんな事実があったなど知らない……」
「僕もだよ。それじゃあ大きく伸びたものは?」
「木材や小麦や布、それに岩塩……、いやほとんどの物品で大きく増えてるな」
エリックの顔に獰猛な表情が浮かんだ。眉間に刻まれる皴が深い。
「数字の違いについては今は脇に置いておいてくれ。それよりなぜ取引量が増えたんだと思う?」
「好意的に考えれば、人口が増えたと捉えることもできる。一応おかしなことではない。国の情勢が安定していれば人口も増える。だから輸入量が増えること自体はおかしなことではないはずだが……」
彼は気持ちを落ち着けるために、深呼吸してからそう言った。
「伸び率で見ると、どれが一番多いかな」
「そんなことまでまとめているのか。すごいな」
「僕がまとめたわけじゃなんだけどね。お褒め頂きありがとう」
「光の魔石が、十倍……?他のはせいぜい二から三倍といった程度なのに」
「すごい変化だと思わないかい?これについては人口の増加では説明がつかない気がする」
「あぁ、これは見過ごすことはできないし、見過ごしようもない変化だ。なのに俺たちの得た情報にはこの変化が反映されていない。非常に緩やかな増加としてしか報告されていない。なぜだ?」
そう言って、再度彼は資料を比較している。数値を念入りに。
「こちらで用意した諜報員に問題があるらしい。早急にどういうことか調べないといけないようだ」
重々しい彼の言葉はしかし力がない。
「幸運だったのは、もっとも取引量が増加しているのが光の魔石だったというところだな。これが武器や鉱石、魔獣の素材だったら目も当てられなかった。もしそうだったら戦争の兆候を見落としていたことになっていた……」
エリックが震える声でそう呟いた。彼の言う通り、それは国の安全を受け持つが故に高い地位と名誉、莫大な報酬、そして軍を所有することを許された彼の家から考えれば、あってはならない事態だった。
「光の魔石は単体ではさほどの脅威にはならない。錬金術や魔法の触媒とするか魔物除けにするかといった程度の用途だ。まぁ、もちろん我々の知らない用途、新しい魔法だとか、危険な薬物の製造法だとかが見つからない限りは……」
「そうだね。そして今のところそういった情報は無い。でも魔石の単価はそれなりだ。金額でみればそれなりの額になる。しかも毎月取引があるから、年間で考えれば相手は相当額購入しているってことだ」
「確かにな……」
「しかも近年大きく取引額を増やしている」
「……神殿はこのことについて何か言っているか?これだけ大量に卸しているんだ。魔石の流れる先について知ろうとしないはずがない」
「それがね、彼らは、必要な者に神の恵みを届けるのは当たり前のことだとしか言っていないよ。どこに流れているのか知っていて黙っていたか、知る必要もないと無関心だったか。どちらにせよ、彼らは僕らを見くびっているんだよ。国さえ教会には手出しがしづらいから」
渋い顔をしたエリックのその表情が、僕の気持ちを的確に代弁してくれていた。
「彼らの財布事情を完璧に知るのは難しいが、この魔石需要のために近年は相当懐が温かいようだね。孤児院の運営や貧民への炊き出しにはお金を出し渋るのに」
「税金を取りたいもんだぜ」
「本当だよ。少しは国家予算の足しになるだろうし、教会の増長を抑えられる」
「だが、何故連邦は光の魔石を買い求めたんだろうか?まさか本当に新しい技術を生み出したのだろうか?それだったら大問題になるぞ」
「まぁ落ち着いて。ちなみに、今ここに帝国やガルドアルドから連邦に流れていった魔石の取引をまとめた資料もあるよ」
「……用意が良いな」
「帝国は火と氷、アルドガルドは土と水の神を信奉している。だからそれにちなんだ魔石の製造販売を行っているね」
「……見た感じここ数年の取引量はさほど増えていないな。いや、火の魔石の取引が増えている。それでも三倍程度だが」
「おかしな話だよね。草原では風と火の神が信奉されている。自国で作ることが可能な火の魔石を何のために輸入しているんだろうか」
「理由は分からないが、光の魔石の輸入が多いことには一応それらしい説明をつけることは可能だ。仮に新しい魔法や錬金術が開発されていなければ、という前提だが」
僕は視線で彼を促した。
「この国と違って、七部族連合には光の神を祀った神殿がないことが理由だ。もっと正確に言うなら、風と火の神殿以外存在しない。彼らの神話と民族としての信条に由来している。自分たちで用意できない光の魔石を何らかの理由から買い求めたとしてもおかしなところはないはずだ」
「そうだね。でも取引量が極端に増えたのは何故だろう?」
「そうだな……。基本魔石は魔法や錬金術の触媒として有用だ。その上、光の魔石は魔物除けの効果も高い。何かあの国で光の魔石、いや、それに加えて火の魔石を必要とする理由が生まれたということだ」
「魔物除けなら火の魔石でも代用はできるよ。光よりは効果が落ちるけれどね」
「……火なら武器防具の製造に関連している可能性が高いな」
エリックが一つの結論にたどり着いた。
「まさか、そんな」
焦ったような声がその口から零れ落ちた。
「まだそうと決まったわけじゃない。まだ何も起きていない。だから大丈夫だ。冷静になるんだ。それに光の魔石の用途が不明だ。これほどの伸び率だ。このことにもきっと何かがあると僕は思っている」
「さっきからずっと光の魔石に言及しているが、そんなに重要なのか?」
「重要なことのように僕には思われるよ」
「そうか……」
苦々し気な表情のエリックが下を向いた。
「それよりも問題なのは、うちの諜報員だ。間抜けにもほどがある。偽の情報を握らされあまつさえそれに気づかないとは!」
「まぁ、それはそうだね。普通これほど取引があれば変化に気付かないはずがないだろう。あの国に長くいるのなら、余計に空気感として違和感を感じるものなんじゃないだろうかと思う。もしかしたら……」
僕はその先の言葉を言わなかった。彼の誇りを傷つける気がしたから。
「買収されたのか……」
僕の視線を受けてぽつりと彼が言った。その姿は今まで見たこともないほど、そして彼の体格の大きさを感じさせないほど、小さく見えた。
エリックが僕の資料を並べてじっと見つめている。
「何年も前からあの国では何かが行われているんだ。僕らに隠れて、密かに、そして着々と。そしてその目的とする相手は、国境を接するこの国か帝国か。確証はない。しかし草原と帝国とは国交があって、お互いに協定を結んでいるからね。仕掛ける相手としては、僕らのほうが可能性はより高いだろう」
僕の言葉にエリックが顔を上げた。その顔には怒りと決意とが浮かんでいる。
「すまないが帰らせてもらう。今すぐこのことについて一族で話し合わねばならない。そして厳正な対処を。辺境伯家を騙した何者かに償いをさせてやる」
彼は勢いよく立ち上がると脱ぎ散らかした服を取りにソファへ歩み寄る。
「まぁ待ちなよ。まだ話は終わっていないんだ」
「しかし!」
僕の友人が珍しく声を荒げた。苛立ちや憤りをはっきりと露わにした彼らしくない声だった。
「急いでも変わらないよ。それよりももう少し話を聞いていってくれ」
「そんな時間はない!」
「大丈夫。まだ猶予はある。落ち着くんだ」
睨み合うこと数瞬。僕の友人は最初こそ全身で怒りを表していたが、少し時間がたって落ち着いてきたのか、いつも通りの様子になった。
それから椅子へと再度腰かけた。
「もう一杯飲んだほうがいい。落ち着くよ」
そういって僕は今度は別のグラスにワインを注いだ。甘くて飲みやすい白ワインだった。
彼はそれを一息に煽った。
「この情報はね、僕の手柄ではないんだ。気づかなかったという点では僕も君と同じさ。だから、君はそんなに自分を責めなくていいんだ」
「お前と俺とでは立場が違う。最も情報に近い位置に俺がいた」
「でも、その情報を管理しているのは君じゃない。君は聞いていただけだ。そうだろう?」
「しかし……」
「落ち着くんだ。どんな組織でも長くあれば色々と不具合が生じるものだ。大事なのは、問題が起きたときに冷静に対処することだよ。それにね、僕は君ならこの難局をうまく乗り越えられると信じている」
「……ありがとう」
「うん。それでね、話を戻すけれど、このことに気付いたのは実は学園の生徒なんだ」
僕はもう一杯彼のグラスに白ワインを注いでやった。それから自分の新しいグラスも用意して静かに注いだ。
「何?それは誰だ?」
一口飲むと、口の中に爽やかな味と香りが広がる。暗い気分が一掃された。
「ダヴィッド男爵家のギュンターと、ファーン子爵家のウィレーヌ譲だよ。彼らのことを覚えているかい?」
目の前の気の良い男が、あっけにとられた顔をした。全く予想外の言葉だったらしい。
「ギュンターとウィレーヌ?」
「そう。君も知っているあの二人だ。去年王宮であった夜会で、二人が話をしているのを聞いただろう?」
「……あぁ、思い出した。そういえばそうだった」
「彼らからの情報だよ。彼らがあの時話していたことが僕に天啓を与えてくれたんだ」
「まさかあの時から、連邦に不審の目を向けていたっていうのか?信じられん……。それに二人の会話の内容だと?すまん。俺は全く覚えていない」
「あの時二人は金の流れについて話をしていたね」
「そうだったか?」
エリックが思い出すような表情をした。
「僕は何もそんな前から連邦に目をつけていたわけではないんだ。因果関係が逆だよ。最初僕は教会の増長のことを考えていたんだ。そんなときに丁度良く魔石の取引量の増加という情報を彼らが気づかせてくれて、それでいろいろと調べてみたという経緯なんだ」
「そして連邦へと繋がったと……」
「そうだよ」
本当は、連邦で怪しい動きがあったことをこのやり直し起こる前に知っていただけだった。だから、僕はこのやり直し後の世界でもあの国の動きに気をつけていたにすぎない。その怪しい動きの兆候を探していて、二人に出くわしたのだ。
エリックにした話は単なる辻褄合わせだった。
「ギュンターはあの後実家に帰って、彼の家の所有する商会に就職するつもりだった。家族から言われていたらしい。だから彼は学園に入学してからずっと、王都にあるオルドリッチ商会で手伝いの仕事をしていたんだ。そして、彼はそこでの下働きを通じて、自然と過去の帳簿を見る機会があったんだ。そして彼は偶然この事実に気づいた」
「話が出来すぎている気もするが……。過去の帳簿をただの手伝いをしているだけのやつが、比較検討なんてするか?」
「その話は後でするよ。そしてね、彼は教会の収入が激増していることに気付いたんだ。僕らの調べによって商会の人間は教会から口止めされていたことが分かっている。賄賂のやり取りがあったかもしれない。証拠はないけれどね」
「なるほど」
「彼はこの事実はさほど気にしていなかったんだ。この発見は彼にとって副次的なものだったから」
「本命は別にあると?」
「そうだよ。二人はね、金の流れというものに興味があった。ギュンターもウィレーヌも貴族の端くれ。実家で色々と商売をしているのを見て、商売というものの本質を肌で感じていただろう。そして、自分たちが裕福ではないという事実にも。だからね、彼らはどうしたら大儲けができるかをずっと考えていたらしい。そして、学園に入り二人は出会った」
僕は彼らの若いころの姿を想像してみた。全く接点のない彼らのことを知ったのは去年。まだ一年しか付き合いがない。でも、なんとなく彼らの幼少期を想像できるような気がした。利発で好奇心旺盛で頭の回転の速い二人。
「これは運命だったんだ」
僕はそう言った。
「同じ目的を持ち、同じことに興味があり、同じような境遇で、そして時を同じくして学園に入学してきた。そんな二人が接近しないはずがない。そうして、彼らの研究は始まった」
不思議なものだ。人というのは。出会うべくして出会うのか。それともそれはただの偶然なのか。
「二人は考えた。人にも物にも金にも流れがあると。人は意志によって進む道を決めて行く。それならば、人が扱う物や金もまた、人の意志によってその流れを変えるだろうと。物や金の流れに聡いのは商人たちだ。彼らは需要を読んで商売をする。因果関係など分からなくとも、とりあえずそうと気づいたとき、それに乗る者もいれば、原因を見極めて冷静に行動する者もいる。どちらにせよ、彼らは自らの経験と勘と論理的思考に従って、金と物の流れを察知しそれに乗ってきた。その先に莫大な儲けがあると信じて」
「そういうものかもしれないな」
「でもそれは過去の話になりつつあるそうだ」
「どういうことだ?」
「人が流れを変えるという事態が起きているらしいんだ。意図的にね」
「意図的に?」
「そう。自分たちが売りたいと思う物を売るために、事前に色々な細工を施すんだそうだ。それは噂であったり、流通量を制限することであったり、付加価値をつけてみたり、そういったものだそうだよ。そして、今やそれが主流になりつつあるという。各地の商売人たちが、知ってか知らずかそういう行動をとり始めているらしい」
「漠然としていて良く分からないが、恐ろしい話だな」
「そうだね。僕も正確には分かっていないけれど、君と全く同じ感想だよ。ウィレーヌ嬢はこう言っていた。情報と繋がりだと。これからはそれが経済というものを形作っていくだろうと」
「情報と繋がりか。それならばなんとなくわかるような気がする。父上に以前聞かされたことに似ている」
「そうなのかい?」
「あぁ、あれは軍の指揮に関する話をしてくれたときだったが、確かに似たようなことを話していた」
「そうか……。人のすることや考えることは、洗練されれば洗練されるほどに似通ってくるのかもしれないね」
「かもしれないな」
「それでね、話を戻すよ。二人は、金の流れを分かりやすい形に置き換えることを研究していた。人為的に作られた金の流れは歪だ。それを可視化することができるなら、その裏にある人々の思惑にも気づける。そう彼らは考えたそうだ。そして、もしそれが可能になれば、ある程度以上の情報量が集まりさえすれば、国内の金の流れをおおよそながら把握できるのだそうだ」
「把握してどうする」
「それによって不審な金の動きが分かるということだ。動きが分かれば金儲けができる。金の集まるところ、出て行くところを抑えればいいのだから。そして、それによって犯罪を未然に防ぐことができるとも言っていた。金の多く集まる場所は組織の腐敗が起こりやすい。だから、事前に情報を掴むことで不健全な状態になるのを防ぐことができるようになるだろうと、彼らは言っていた。これがさっき僕が君への説明を飛ばした理由だよ。彼らが帳簿を調べた理由さ。資本家の懐を調べ上げて、自分たちの理論を完成させようと思ったのだそうだ。ただ、金の出て行くところと金の集まるところが分かれば、彼らは大儲けができるっていうことだったんだけれど、それについては個人や一商会では必要な分の情報を集めること自体がそもそも不可能だということで、結局金持ちになることは諦めたんだそうだ。それでも理論を自分たちで組み立ててしまうのだから、彼らは天才だよ。そして、二人はこの理論を国で役立ててほしいって言っていた。不健全な商売人が多くなると、小さい自分たちでは対抗できなくなって困るからってさ」
彼らの行動の原理が独善的すぎて僕は笑いたくなる。彼らはあまりに自分たちの気持ちに正直すぎる。でもそれは、ある意味で正しい人の生き方でもある。
「これはすごいことなんだ。将来的に貴族や商会の腐敗を防ぐことが可能になる。正確な取引量を把握できれば、税金を正確に取り立てることができるようになる。誤魔化しはできない」
「でもどうやって」
「納税の制度を変えるんだよ」
「変える?」
「今の納税制度は、言っては何だけれど、杜撰だ。徴税請負人によって個々に調査され、彼らの計算に基づいた分の税金が国へと納められる。けれど、その計算結果は彼ら徴税請負人の胸先三寸と言ってもいい。神への宣誓などさしたる足枷にはなっていない。そのために、過去に幾度と、彼らによる腐敗が起きてきた。彼らと彼らを利用しようとする者らによる犯罪が行われてきた。もし、この古い慣行を廃止し、新しい納税の仕組みを導入することができたら?この国はきっとよくなる」
「反乱が起こるぞ。徴税請負人を馘にするなんてできるわけがない」
「するんだよ。この機会を利用してね」
「何だと?」
「連邦が何か企んでいるだろうことは分かっている。それが何かまではまだ不明だが、きっと碌なことではない。それによって今後この国が甚大な被害を受けたら?そう。この古い仕組みを変えざるを得ない。なぜならそれによって、この国が危機に陥ったと主張できるからだ。もし国で帳簿を管理していれば、敵国へ過剰な物資の流出を阻止できた、と。そしてそれは、魔石の流通を牛耳っている教会も、無傷ではいられないことを意味する。魔石の流通量が爆発的に増えたことを黙っていた彼らが、罰されないはずはない。そうすれば、教会のやり口に僕らは介入できるようになる」
「そんなことを考えているのか?」
「僕一人の考えじゃないよ。二人の考えだ。僕には考え付きもしないし、一人では何も為すことは出来ない」
エリックが首を振った。
「そのためにね、強制的に貴族や商会から帳簿を毎年提出させようと考えている。国で一元的に取引の帳簿を管理するんだ」
「それは……、相当な手間がかかるぞ。金もかかる。それに反発が大きすぎるだろう」
「そうだね。でも一度に全てじゃなくていいんだ。少しずつでもそういう形へと移行させていく。もちろん納税する側にもメリットはある。徴税請負人に金を払う必要がなくなる。彼らに支払う費用は莫大だ。領地によっては相当に厳しかっただろう。商人たちにとってもだ。それを国が肩代わりして、かつ正確な税金の計算もしてくれる。さらに、その税金の情報はきっと将来的な事業や領地の運営の役に立つ」
「それでもだ。帳簿を国に提出するとなったら、色々と手を加えなければならない。貴族や商人によって書式が微妙に違うなどありうる」
「手間がかかるのは最初だけだよ。そして、それに対しては補助金を出す。この補助金は、今まで国庫から出していた徴税請負人に支払う費用の補助金だった分を流用するよ。彼らはもう必要ないからね。浮くことになる。そうすればある程度の反発は抑えられる」
「しかし、徴税の仕事を請け負っていた者たちはどうする。彼らもまた貴族の一員だぞ」
「彼らは国の役人になってもらうよ。国で雇うんだ。彼らの頭の良さと経験は無駄にはできない。そして、国に紐づけることで犯罪の芽になりうる人間を管理するんだ」
「そう上手くいくだろうか」
「上手くいくように調整すればいい。僕は何も全てを一度に変えようなどとは思っていない。ゆっくりと、現行の仕組みを新しいものへと変えて行くんだ。十年程度だろうか」
「気の長い話だ」
「そうだね。でもやはり変化にはそれくらいの時間が必要だろう。何せ、貴族や商人、商業組合や工業組合などの各種組合には毎年取引証文や帳簿などの課税の根拠となる書類を国へ直接提出してもらうように変更しなくてはならないからね。その集められた書類を精査すれば、ギュンターとウィレーヌの語る理論に則ると、金の流れを明確な形で知ることができる。それは将来的な問題、犯罪や反乱や他国の介入などといったことを推察することを可能にしてくれる。他国で戦争の準備がなされているかどうかさえも」
「まさか……、そんなことが本当に可能なのか?」
「完璧とはいかなくとも、ある程度信頼のおける精度で国内の金の流れを知ることが可能になるらしい。彼らの着眼点は本当に恐ろしいよ」
「しかし、やはり無理なように俺には思われる。痛くもない腹を探られたくない者は大勢いるぞ。そして、大貴族になればなるほど後ろ暗い部分が増えて行く。反発はどうあっても大きいままだ」
「だからね、この連邦での不審な動きを僕は利用するつもりだよ。教会の不正と合わせてね。相手の今後の動き方次第だけれど。もし本当に何か良くない動きがあの国にあったら、連邦を叩くと同時に、その事実を大義名分としてこの国の仕組みも変えてしまえるんだ」
「危険だ」
エリックはそう呟きながら、僕の発言を吟味する風な表情をした。
「実は二人には去年から僕に協力してもらっていてね。今もこのために色々と動いてくれている。きっとよりよい国政に彼らの考えは貢献してくれるだろう」
「でもやはり俺には信じられない。あの平凡なギュンターとウィレーヌがこんなことを考えていたなどとは……」
「エリック」
名を呼ばれて、はっとしたような顔で彼が顔を上げた。
「エリック。君の言いたいことも分かる。でもそれではだめだ。今後人の上に立つようになる君がそんなではだめだ」
僕は諭すように言う。
「ねぇ、教えてくれ、エリック。君が人をはかる尺度は何だい?人を見極めるその基準とは?」
「なんだ、突然。藪から棒に」
「考えてみて欲しい。大事なことだ。君がそうとは意識せずとも、人と接するときは常にその為人を見極めようとするだろう?」
「あぁ」
「僕らはみんなそうだ。だから、次期辺境伯の君にはあるはずだ。君だけの基準が。その尺度が。君は何をもって人を判断するんだい?」
エリックが考える仕草をする。
「あまり考えたことは無かったが、俺個人として、ならば、今思いつくことがある」
「何だろうか?」
「俺の思う価値ある人間とは、頭で考えられるやつだ。それが最も重要なように思われる。もちろん、剣術や魔術に長けたやつは貴重だ。そういった目に見えてわかる人材の確保は急務だ。しかし……」
考えるように言葉を紡ぐ。
「真に貴重な人間とは、生き残るやつだ」
「うん」
「途中で死んでしまっては何もならない。道を進むことも、その後ろ姿を自らに続く者へ見せることもできないからだ」
それは全く軍人の家に生まれた者らしい考え方だと僕は思った。
「では生き残ることができる者とはどんなやつなのか。それは、俺自身の経験が浅い故、今だ明確な答えは出せないのだが、今の俺に考え得る答えを挙げるとするならば、やはり自分の頭で考えられるやつだろうと思う。状況を正しく読み、攻め時と引き時とを弁えられるようなやつだ。それは戦場でも人間関係でも社交界でも同じだ。何も考えずにただ状況に流されるような奴は大成しない」
「それが、軍人として最も部下に求めるものだというわけだね。分かるよ」
「それがどうした。何故こんなことを聞く?」
彼がじっと僕を見つめている。その視線には明確な意思は込められていなかった。ただ純粋に疑問に思っているという感情以外、何もなかった。
「君の考えはある点において正しい。けれど、足りないとも言える」
「どういうことだ?」
「僕は人をはかる基準だと言った。価値のあるなしを問うてはいないんだ」
「意味が分からない」
「そうか。じゃあ、言葉を変えよう。そうだな……。うん。そうだ、君にとって、ギュンターやウィレーヌはどういった人物か教えてくれ」
「なぜここであの二人が出てくる?」
「いいから、考えて欲しい」
「……ぱっとしないやつらだ。そう、思っていた」
簡潔に彼は二人を評した。
「そう思っていた?つまり、判断が変わったんだね」
「お前の話を聞くまでは、そう思っていた。あいつらに、お前が言うような信念や考えや閃きがあるなどとは夢にも思っていなかった」
「うん」
「学園の勉強でいくつか得意な物があったけれど、それだけだと思っていた。そういう認識だった」
「うん。つまり君にとって、彼らは取るに足らない人物に見えていたというわけだね」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、君はどうして彼らのことを知っていたんだい?」
エリックが言葉に迷う。
「あの時、君は僕に二人のことを教えてくれた。僕は二人のことを全く知らなかった。けれど君は知っていて、僕に教えてくれた。学年も違うというのに。どうして覚えていたんだろうか?」
「それは」
「君の価値観に照らしたとき、彼らは君にとって有用な人材ではなかったはずだ。もちろん彼らが真に平凡な人間だと言うつもりはないよ。違う分野でなら活躍できるんだ。あくまでも、軍や政治や貴族社会という枠組みにおいては活躍の機会があまりないというだけだ」
僕は友人の顔をじっと見つめていた。エリックは戸惑いを隠せない。彼の中に逡巡が生まれていた。
「それで、何故君は彼らを知っていたんだい?次期辺境伯の君から見て、その名を覚えなければならないような人材だった?」
「いや……」
「僕はね、君の考えも正しいと思っている。でもそれは一面的だ。人は様々な面から評価されるべきだ。足の速い人物は、伝令として有用だろう。けれど、その足の速さは政治の世界では役に立たない。料理の上手さ、言葉の巧みさ、魔法の才能、力の強さ、記憶力の良さ、そういった色々な評価基準が世界には存在している。けれど、そういった物差しは全て、ある特定の分野から見たときの評価でしかないんだ」
「そうだな。しかし、そういった基準に頼らなければ人を見る時、あまりにもその人物の評価を下すまでに時間が掛かりすぎる。それは現実的ではない」
「そうだね。君の意見は正しい。僕にも異論はない。けれど、やはりそれだけでは足りないんだ。人はそんな単純ではない」
「じゃあ、何で判断したらいい?」
「実は僕にもその辺はよくわからないんだ。ただ感じていることはある。絶対的な基準はないけれど、一つ僕は考えていることがある。その人がどういう人物なのかではなくて、人を見極める基準だ」
「さっぱり分からないが、続けてくれ。その基準とはなんだ?」
「それはね、運命だよ」
「運命?」
「そう。そして、僕の考えに照らすなら、君は出会うべくして彼らに出会ったんだ」
ソファに脱ぎ散らかされた僕らの衣服の塊が視界に入った。互いに絡み合い、だらしなく床に垂れている。
「世界にはある人間が存在する。彼らは、まるで図ったかのように、その時その場所に居合わせる。わかるかい?そして、そのために彼らは世界の運命を変えてしまうんだ。意図している、していないに関わらず。きっと本人はそうと知らないかもしれない。ただそこにあるだけで、世界の命運を決する。そういう人間がいる。頭が良いとか王侯貴族だとか才能があるだとか、そういったものとは全く関係なく、ただそこに居合わせたという理由だけで、ね。君も知っているはずだ。過去幾多の英雄がこの国で生まれた。この国の歴史は英雄と共にあった。おとぎ話にもあるね。確かに彼らは世界を変えたんだ。けれど、名を知られない英雄もまたきっと存在しただろう」
キースの姿が僕の脳裏に浮かびあがった。
「もしかしたら、一人の女性が掛けた言葉のために、一つの危機に際して誰かが立ちあがったかもしれない。一人の男の為した些細なことで、深遠なる誰かの陰謀が食い止められたかもしれない。一人の少女が救った誰かの命が、未来へ繋がったかもしれない。一人の少年が蹴った石が、世界の方向を決めたかもしれない。僕らが今この時こうして話をしている間にも、誰かが世界を救っているかもしれない。誰しも、世界を動かしうる力を持っていると僕は思っている」
これは可能性の話だ。
「それは能力の高さ故ではない。その人がその人だからなんだ。だから、孤児も未亡人も傷病者も救われるべきなんだ。彼らが未来において何かを為すかもしれないから。わかるかい?」
エリックはただじっと僕の話に耳を傾けている。僕の言葉の意味を咀嚼し飲み込むために。
「何故君の記憶に二人の名前があったのか。取るに足らないと評した人物の名があったのか。それはね、彼らには君が名を覚えるに足る資質があったからだよ。そうと君は気づいていなかったけれど、嗅ぎ分けていたんだ。たくさんの学生の中からね。ただ、ここで言う資質とは、善性のもののみを指しているわけではない。良いか悪いかは後になってみないと分からないんだ。ただ、自分にとってその人が何かしらの意味を持っているということなんだ」
僕の部屋はしんと静まり返っている。沈黙が、まるでこの部屋があらゆるものから孤立しているような感覚を、僕に覚えさせた。それはきっとエリックにとってもそうだったかもしれない。
「でなければ説明がつかない。君が何故彼らを覚えていたのか、何故僕の目に留まったのか。それはね、そういう力を彼らが持っているからじゃないかと、僕は思っているよ」
「それは……」
「運命とは、世界かもしれない。あるいは、自分かもしれないし、自分とは全く関係のない人物かもしれない。それはこの国かもしれないし、他の国かもしれない。運命という言葉が何を指すのかもわからない。僕にもまだ判然としない。規模も影響の範囲も不明だ。けれど、確かに存在するように思う。彼らはその瞬間にその場所に立ち会うという運命を持っているんだ。僕はね、そういう規準で人をはかるようにしているんだ。でなければ、見も知らぬ人を見出しようがないだろう?世界にはたくさんの人がいて、けれど僕らが一生のうちに出会う人間はごくわずかだ。ごく短い時間で、僕らは人をはからねばならない。はかるという言い方は、本当は良くないんだけれどね。そして、僕たちもまた他者から常にはかられているんだ。だからね、要不要で人を見てはいけない。彼らが今後何を成すかなんて、誰にもわからないんだから」
エリックは無言だった。僕は言葉を続ける。
「君の言った自分で考えることのできる人物が有用だというのは否定しないよ。ある特定の分野に秀でた人物を、特定の集団から選び出す。効率的だ。でも、それによって取りこぼすこともあるだろう。そのほうが多いだろう。真に頭のいい人物は、学園や研究機関にしかいないのか?いいや。そんなはずはない。運悪く教育を受けられなかった人物の中にもいるんだ。魔法の才能があるかどうかは、学園に入学しなければわからない。けれど、学園に入れない者の中にも、魔法の才に長けた人物はいる。僕らはそういった人物も拾い上げる必要がある。しかし、初めからできる人物を探していては駄目なんだ。そして偶然とは、そういう出会いのためにあるんだと僕は考えるようになった」
「運悪く出会うことができなかったら?」
「それもまた運命なんだ」
「けど、それじゃあ運の悪い奴は誰からも見いだされないということになる。運の悪いやつこそが、全く不要な人物ということにならないか?」
「そうじゃない。そうではないんだ。じゃあ君は、誰かに見いだされない人間はみな不幸だと思うのかい?誰かが見ていなければ、その為すことに意味は生まれないのかい?違うはずだ。農民が日々土を耕し、作物を育て、収穫する。僕らがみていなくとも彼らは日々を営む。彼らの為すことは意味のないことなのか?名もなき一般兵は何もなしていないのか?そんなことはない。彼らの勇気故に、この国の安寧は守られる。見いだされるかどうかは重要じゃないんだ。僕は言ったよ。知らぬ間に誰かが何かを成していると。そしてそれが、世界を変えてしまうんだ」
これは僕が今まで生きてきて感じていることだった。みんながそれぞれに人生を生きているという不思議。相互に関わり合い、いつの間にか何かが変わっている。
「けれど勘違いしてはいけない。たしかに運の要素はあるんだ。でもそれもまた一面を切り取った考えに過ぎない。人の目にとまることが幸せとは限らないだろう。運命を変える才能とは、そういうところにはない。そしてね、そういった人物は自分がいつ才能を発揮するかを知らないんだ。生まれ落ちてすぐに死んだ赤子に意味は無かったか?そんなことはない。ただ、その子の死が世界に及ぼした影響が、僕らにはわからないだけなんだ。誰からも顧みられず、しかし死後名を知られる画家だっているだろう。そういうことだよ。彼らはね、君の目に留まったんだ。だから、二人のことを君は覚えていた」
僕がキースに気付いたように。
「そしてね、エリック。そのおかげで僕も二人に気付くことができた」
運命とはその人のこれまで生きて来た人生の全てを体現したものだ。真に努力し、誠実であり、思いやりを持ち、他者を慈しみ、未来を信じて歩んできたその先にあるものだ。
そう。彼らは結局、自分らしくある、ただそれだけなんだ。
「僕は思うんだ、エリック。僕はたまたま王子に生まれついたけれど、残念なことに僕にはさしたる才能はないんだ。君にもデミアンにも、あの二人にも敵わない。でもね、だからこそ僕は、あの二人のような、そして君たちのような才能ある人間に力を振るってもらいたい。僕は、君たちが存分にその才能を発揮できるよう手伝いたい。そしてできることなら、これはお願いなんだけれど、この国のために力を貸してほしい。きっと僕は、僕一人では何もなせない。君たちのような才能ある人たちの助言があって初めて何かを成せる、そういう人間だ。僕はそういう平凡な男なんだ」
僕はここで言葉を区切った。喉が渇いていた。
僕は先ほど自分でグラスに注いだワインを一口飲んだ。柔らかな香りが鼻を抜ける。
「話が逸れたね。もとに戻そう。今日僕が君を誘ったのは、僕も辺境軍の作戦に加えてほしいと伝えるためだったんだ。そのための前置きとして今まで長々と話をしてきた。連邦が本格的に行動するまでに時間がある。だから、それまでにもっと正確な情報を掴んでおきたい。光の魔石の行方も。だから、僕も君の成そうとしていることに参加させてほしいんだ。この国の未来のために」
僕の申し出に、じっと考えるふうだったエリックが、分かったと重々しく言った。
「ありがとう」
そう言った。




