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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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その後の僕は全く授業に身が入らなかった。それでも時間は変わらず過ぎて行く。全ての課業が終わった放課後、僕は帰ろうとする彼を図書室の談話室へと引っ張り込んだ。


そうしたのはもちろん、今後の僕らの人生について、いや違う、僕らの交際について、違う、ええと、そうだ、今後の友人としての関係について詳細を話し合うためだ。


それと、なんとか彼の気が変わる前に話を固めておかねばならないと思ったのも、理由の一つだった。こういう勢いに任せた決断は、その決断をした本人が冷静になる前に出来る限り先へ話を進めておく必要がある。


僕はこれから彼との距離を詰めていくために、なんとしても上手く話を運ぼうと気持ちを引き締めて談話室へ向かったけれど、拍子抜けなほどキースとの約束を簡単に取り付けることができた。もちろん彼に無理強いをさせてはいない。


とんとん拍子に話が進んで、その週の安息日に僕らは午後王立図書館で落ち合った。そこから、僕が図書館へ来る図書館脇の小道を通って王宮にある庭園の一角へと移動する。


移動した先は、王宮の東端、芝生が広がるだけの場所だった。他の庭園と比べればめぼしいものもない場所だったけれど、それ故に眺めがよく僕のお気に入りの場所だった。


「いい天気ですね」

「あぁ。折角の友人第一日目なのだから、天候に恵まれて良かったよ」

「友人第一日目ですか」


くすくすと聞きなれない単語にキースが笑う。


「初めて聞きました」

「今作った言葉だから」

「あぁ、ですよね」

「それにしても今年の夏は暑いね」


二人で大きな木の陰用意した円卓に腰かけて向かい合う。ちらちらと木漏れ日が揺れている。


「本当にそうですね。もう九月の半ばに差し掛かるのに……。暑いと言えば、避暑地ではどのようにして過ごされたのですか?」

「水遊びをしたよ。近くに湖があるんだ。小さいけど綺麗でなかなか見ごたえがあるんだよ。海は独特な匂いがあるけれど、湖はそんなことはないからね。気軽に遊ぶのには丁度いいんだ」

「そうなんですね。私は湖も海もみたことがありません」

「じゃあ、いつか招待しようか。それから海にも」

「それは楽しみですね」

「ほんとに?そんなことを軽々しく言うと、本当に誘ってしまうけどいいのかな」

「冗談でしたか?私はどうも冗談というものに通じていなくて」

「まさか。僕に二言はないよ。決まりだ」

「決断が早い」

「男は早さが大事だよ」

「なるほど」

「キースは孤児院へ戻ったって話だったけれど、どうだった?君の先生は、体調の方は大丈夫だったかい?」

「はい。おかげさまで、一度も体調を崩すことがありませんでした。子供たちもすごく元気で、四六時中、あれやってこれやってとせがまれて大変でした」

「君のことだからきっと、それにいちいち応えてあげていたんだろう」

「そう思いますよね」

「違うのかい?」

「私はこう見えて子供をあしらうのは得意なんですよ。コツを心得ていますから」


そう言ってキースが今までに見せたことも無いにやり顔をしてみせてくれた。可愛い。


「優しそうな顔をしてなかなかやり手なんだね」

「ええ。じゃないと孤児院ではやっていけませんからね。ありあまる仕事をどんどん進めるために培った経験に裏打ちされた技術と言ってもいいでしょう」

「なんだいそれは」


僕が笑うと、キースも笑った。


「今度僕にも教えてくれないかな。弟をあしらうのが年々大変になってきているんだ」

「おや、殿下も手こずる弟君となると、将来が楽しみですね」

「うーん。楽しみという言葉の意味にもよるかな」

「殿下の弟ですから、きっと立派な王子になられますよ」

「今のところ、とんでもない甘えん坊なんだけどね」

「そうなんですね」


木陰の下に腰かけて、二人でただただ他愛もないお喋りをした。それはきっと見ている人にしてみれば退屈の一言であっただろうけれど、僕にとっては、僕らにとっては充実した時間だった。意味の無い会話が、キースと二人であると、全く無意味なものには思われなかった。


キースは僕のくだらない話に笑ったり首を傾げたりしながら、時折自分の過去の経験だったり、思ったことだったりを相槌とともに語ってくれた。


高揚感が僕を満たした。それは、どのような絵を描くのかもわからないジグソーパズルを床に広げ、その途方もない数のピースの散らばりを前にして、わくわくとした気持ちで一つずつつまみ上げて眺めるのに似ていた。


そうこうしている内に、突然空が曇り始めた。あっという間に青空は灰色の雲に覆われてしまう。さらにはいつしか遠くから雷の不穏な響きが近づいてきて、僕らは雨の気配に屋根のある東屋の中へ避難した。僕らが涼んでいた高い木の下では危険だった。


ぽつぽつと雨が降り始め、徐々に雨脚は強まっていく。辺りはあっという間にけぶる驟雨に包まれた。


僕らは屋根の下で、この夕立が過ぎ去るのを待った。暑さはあっという間に洗い流され、涼しさを感じる。さらには、時折、目の前が真っ白な閃光で塗りつぶされ、遅れて轟音が耳に届いた。


ざぁと降る強い雨をキースはじっと見ていた。


「怖くない?」

「雷は好きなんです」

「そうなんだ」

「わくわくするので」

「へぇ」

「子供の頃、嵐が来ると、先生が僕たちを一か所に集めたんです」

「うん」

「怖がる子供がいるので」

「なるほど」

「僕はそのときの何とも言えない、部屋に満ちる雰囲気が好きでした。先生は優しいし、普段強がりを言う男の子や女の子たちもこの時ばかりは静かに嵐が通り過ぎるのを待っていました。僕も小さい子を抱いてじっとしていました。誰もが息をひそめて、無事に嵐が収まるのを待っていました。僕は、あの不思議な一体感が好きでした。雷と強い風で、孤児院の建物が飛んでいくんじゃないかって、みんな怖がっていましたが」

「うん」


キースは、自分の一人称が僕になっていることに気付いていない。


「僕は逆に、ああしてみんなで肩を寄せ合って過ごす時間がずっと続けばいいのにと思っていました」

「君にとっては良い思い出になったわけだね」

「ええ。そうですね。きっと……」

「きっと?」

「その時だけは、きっと僕たちは……」


キースは最後まで言葉にしなかった。僕も彼に言葉にするよう言わなかった。彼が言おうとしたことが何なのか、僕には分かった。


もう一度稲光が空に走って、僕は視界を奪われた。それから、ひときわ大きな音がしたかと思うと、地を揺るがすような轟音がした。振動が伝わってくる。どこかに雷が落ちたらしい。


僕は隣に視線をやる。キースは言っていた通り少しも怖がった様子は無くて、ただじっと空を見上げていた。


雨が止むまでと思っていたけれど、少し風が吹いているせいで、雨は東屋の屋根など無意味というように僕らの体を濡らしていく。壁などない、柱と屋根だけの簡素な作りだ。仕方のないことだった。


キースが風邪をひかないか、それが心配になった。


それから、僕は突然思いついて、キースの手を取る。


「え、何ですか?」


戸惑った声が上がる。


僕はそれには答えずに彼の手を引いて、雨の中を走り出した。僕に引かれてキースも雨の中に躍り出る。


「このままじゃ濡れ鼠になるよ。走って!建物に入ろう」

「ええ!?」


そう言って、僕は戸惑うキースを連れて走った。


あっという間にずぶ濡れになる。シャツもズボンもぐっしょりと水を吸って重くなる。衣服が体に張り付いて、僕らの体の線が露わになる。


遠くでまた雷の音がした。


「芝生は濡れると滑るから気を付けて」

「だったら、走らないほうがいいのでは?」

「どっちが勝つか競走だよ。ほら、あそこに扉があるのが見えるだろう?」

「ええ、はい」

「遅れて着いた方が、一番に着いた方の言うことを聞くんだよ」

「ええ?」

「テオドール、僕の弟がよくする遊びなんだ」


そう言って僕が走る速度を速めると、キースも速度を上げる。


雨のせいで視界が悪い中を、ぎゃーぎゃー騒ぎながら僕らは走った。


ずぶ濡れの僕らを見て、従僕たちが顔を真っ青にしていた。


勝ったのは僕だった。キースは苦笑して言った。不正があったと。それでも勝ちは勝ちだ。だから、僕は来週もここで会おうとキースに約束させた。


彼は僕の無理やりな約束に笑ってた。


翌週も天気に恵まれ、僕らはのんびりお茶をしながらおしゃべりに興じた。楽しい時間はあっという間に過ぎた。また、会う約束を僕は取り付けた。そしてその翌週も。それなら、毎週来ますと彼は笑いながら言った。


その数日後、魔法演習大会があった。


例年通り、郊外の森の中にある会場へと向かった。今年もたくさんの貴族が会場に詰め掛けていた。


三年は最後の大会ということもあって、僕らの学年は熱が入っている。


一年、二年と実技披露が終わり、僕らの学年の番になった。下の順位から一人ずつ演技を披露していく。


キースの番がやってきた。


僕は彼の演技を見逃すまいと、目を凝らして見つめる。


僕らの前で壇上に立つキースが魔法を行使した。すると空中に無数氷の粒が現れる。それは幻想的な眺めだった。その生み出された氷の粒が夏の日を受けてきらきらと輝く。それだけでもとても美しかったが、彼はそのさらに先をいった。なんと、その氷の中に彼は魔法で光を灯したのだ。無数に浮かぶ氷の一つ一つが、ランプの明かりを内に宿したようになった。しかも、それらは最初空中に静止していたが、彼が腕を振ると、氷とその内に灯る光とが一緒になって螺旋を描き出した。あちらこちらに浮かんでは消える光の粒が、音楽のように明滅し見る者の目を奪った。


素晴らしい制御と集中力だった。僕にはできない芸当だった。


彼の演技が終わると同時に、会場は大きな拍手に満たされた。ステージから降りて観客席へ戻った彼にねぎらいの言葉を掛けると、彼ははにかんだ笑みをくれる。


彼の応援を背に、僕は自分の番に備えて選手の控え室へ向かう。


自分の番が来てステージに立つ。晩夏の日差しはいまだ勢いを失わず、僕の首筋をちりちりと焼いた。


この時期はまだ夏の名残が強い故に、毎年光の魔法を披露する者はほとんどいない。工夫しないと、天然の陽光に負けてしまうからだ。


ステージから観客席を見渡すと、僕の視線の先にキースが座っていた。彼が僕を熱っぽい目で見つめているような気がした。


俄然やる気が湧いてくる。


進行役が合図を出した。


それを確認して僕は魔力を調整しながら、ステージ上に闇を生み出す。僕はこの闇魔法が得意だった。九月の晩夏の白い日差しを遮るように、できるだけ広く展開する。


そして、その暗闇の空間内に、僕は星を生む。小さな炎の欠片を無数に中空に浮かべる。いつか見た星空のように。それから、特訓して使えるようになった光魔法をその上に展開する。青白い光、オーロラを発生させる。カーテンがはためくように揺らすのがほんとうに難しく、かなり集中しないとそれらしく見えない。


奇しくも僕とキースは、打ち合わせもなしに、今年の演目に光輝魔法を採用していた。


ただ、その方向性は全くの別物だった。


オーロラの色を青から紫や緑へと変えながら星を操り、最後にそれらを流れ星のように落とすと、僕の演技は終わった。


退場した僕にキースが興奮した顔でやってきて賞賛の声をかけてくれた。僕は誇らしい気持ちでいっぱいだった。


最後の演者であるデミアンが魔法を披露して、全ての演目が終了した。


最終的に発表された結果はデミアンが一位で僕が二位。キースは制限時間を超えてしまっていたことと、陽光によって光魔法が目立たなかったために、審査員からの評価が伸びずに八位入賞どまりだった。しかし、彼はそんなことは気にした風もなく、自分の結果に満足しているようだった。


「おめでとうございます、殿下」

「ありがとう。君も素晴らしい演技だった。もっと上位に食い込めると思ったのだけれど」

「誰の演技も素晴らしいものでしたので、仕方のないことです」


そう、彼は言った。


それから数週間が経ち、十月終わりの安息日。


採用のための面接試験が無事に終わったということで、僕はいつものように庭の一角で、キースと二人きりの茶会を開いていた。慰労会をしようということで、彼をいつものように王宮の庭へ招待していた。


まぁ、慰労会といっても結果が出るのはずっと先であったし、あまり派手にやってしまうとキースが委縮してしまうだろうから、普段の茶会と全く変わらない実に質素な会だったが、彼は喜んでくれた。


お茶に口をつけながら、辺りを見渡す。あの暑かった日々はすでに去った。秋は深まり、王宮の庭はどこもかしこも赤や黄に色づいている。ときおり冷たい風が吹いてきて、そろそろ庭での逢瀬もお終いだなと僕は考えていた。


キースとの仲は順調に深まっている。


もしかしたら、もう僕の部屋へ呼んでも良い頃合いなのではと、僕は考え始めていた。もちろんまだそこまで一足飛びに行くつもりはない。ただ僕の部屋に読んでお茶をするという意味で、だ。


そんな不埒なことを考えながら、王宮の南側にある東屋で向かい合っていつものようにお喋りに興じていると、視界の端遠くに、こちらへ向かって真っすぐに歩いてくる人影があることに気付いた。


誰も立ち寄らせないように指示を出しているので不審に思いよくよく見てみると、それは必死に止めようとしている僕の従僕のベルナールとロベルトで、その奥にさらに三人の人物が居るのが見て取れた。


僕はそれが誰であるのかを見極めて、この幸福で穏やかな時間の終わりを悟った。


三人は、カインとエスメラルダ、そしてエスメラルダの婚約者のギュスターヴだった。


彼らは僕の従僕たちの懸命な懇願にも似た制止を振り切って、優雅にこちらへ歩いてくる。


僕の視線に気づいたキースがそちらを振り返って、動きを止めてしまった。


それはそうだろう。いかにも高位貴族といった衣装を見に纏って僕に手を振っている彼らは、一方ならぬ雰囲気を放っている。


誰かわかっていない風だったが、察しの良いキースは即座に立ち上がると、そのままその場に片膝を着いて控える格好をしてしまった。


すぐそばまで友人たちがやってきた。


台無しだ……。僕はキースを見下ろしながら頭を抱えたくなった。


そして同時に、友人である彼らに対して理不尽な怒りにも似た感情を抱く。もっとも、これは完全に八つ当たりではあるけれど。やっとのことでキースが心を許し始めたというのに、振り出しに戻りかねない事態に僕は苛立ちを覚えた。


その三人の後で、顔を真っ青にした僕の従僕たちが頭を下げている。彼らに非はないので、僕は気にしないよう、身振りで表した。


「よぉ、アルベルト。お前がここでお茶を飲んでいると聞いてな、ご相伴に与ろうとやってきたってわけだ」


にやにやした表情のカインが何か含みを持たせたような言い方をしている。そこに畳みかけるようにエスメラルダも口を開く。


「アルベルト、あなたなんて恰好をしているの。王太子ともあろうあなたがそんな地味な恰好で、いくら自分の王宮だからといって、それは少し酷すぎるわ。何故そんなどこかの平民みたいな恰好をしているの?」

「僕の格好のことは放っておいてくれ」


三人が僕の服装をじろじろ見ている。確かに彼らの常識からしたらだいぶ地味だというのは自覚している。


「あら……」


僕の言葉にエスメラルダが一瞬言葉を途切れさせる。しかし、すぐに立ち直っていつものように穏やかな笑みを浮かべて話し続けた。


「私たち、今日は叔母様に呼ばれて来ていたの。ちょっと今後の予定のことでお話があって。それで、お喋りが長引いちゃって。丁度今帰ろうとしていたところなの。そうしたら、テオがやって来たのよ。彼、ますます叔父様に似て来たわね。あぁ、それで、可愛いテオが言うの。最近あなたが自分と遊んでくれないって。いじらしいわね。私もあんな弟が欲しかったわ。こんな兄じゃなくて」


そう言って彼女は兄を見上げている。カインがやれやれと言う風に頭を振った。


「それで、誰がいらしているのかしら?私に紹介してくださらないかしら」


彼女の、悪戯を企む子供のその現場をまさに押さえたという風に勝ち誇る顔に、僕は全てを察したと思った。何故彼女たちが、いや、彼女がいそいそとやってきたのか、その理由が分かった。


「アルベルト。突然申し訳ない。エスメラルダとカインがどうしてもと言って聞かなくて。僕では止められなかったんだ」


そう申し訳なさそうに言うのはギュスターヴ。彼だけは事態がよく呑み込めないといった風情だった。完全に巻き込まれただけだろう。


「ギュスターヴ。久しぶり。構わないよ。僕でもその二人を止めるのは困難だからね」


僕がため息を堪えてそう言うと、人の好いギュスターヴはほっとしたような顔をして苦笑した。


「ギュスターヴ、そんなこと今はどうでも良いのよ。それよりもアルベルトよ。ねぇ、あなた。なんでもテオが言うには、最近全然彼に構ってあげていないみたいじゃない。彼、可哀そうに、私たちに泣きそうな顔で訴えてきたのよ。もっと遊びたいのに、兄が忙しいみたいで遊べないって」


絶対嘘だな。テオがその程度で泣くわけがないのだ。


「それで、私彼に尋ねたの。お兄さんは今どうしてるの?って」

「俺はどうせいつもの観劇だろうって思ってたんだけどな、違うってテオが言うんだよ。聞けば最近はずっと観劇にも音楽鑑賞にも出かけていないって言うじゃないか。これはおかしいって俺らは思ったわけだ」

「兄さんは黙ってて。今は私が話しているのよ。それで、かわいそうなテオったら、目に涙をいっぱいに浮かべて言うのよ。庭にいるって。庭にいるなら、遊べば良いじゃないって言ったら、お茶会の最中だって言うでしょ。誰かお客様がいらしているのか聞いたら、分からないって」

「エスメラルダ。どうしてそんな回りくどい言い方をするんだ。もっとはっきり言ってくれ」


僕はキースがずっと片膝を着いて頭を下げているこの状態をなんとかしたかったが、彼の顔と名前を知られるのもまずいと思って、どうしようもできなかった。


「テオが言うには、このところ毎週のようにあなたが安息日にお茶会を庭の片隅で開いているみたいじゃない。毎週ですって。しかも同じ人と?あんなに他人に興味無かったあなたが?オペラや劇にも出かけずに?だからもうこれは確かめなきゃって思って、こうしてやってきたのよ。ねぇ兄さん?」

「おうよ。お前が懇意にしている相手なんだ。一度は会っておかないといけないだろう。ってか、その客人ってのはどこにいる?」


三人がきょろきょろと東屋の周囲に視線をさ迷わせる。


しかし、ここには今僕と膝を着いているキースしかいない。


僕は仕方なくキースに立つよう促すと、キースは下に視線を向けたまま立ち上がった。


「そいつが客人か?これまたやけに地味な恰好してるな。本当に平民の集まりみたいだ」

「そうだね……」

「顔を上げていいぞ」


カインの言葉にキースが恐る恐るという風に視線を上に向かせる。


「誰?」


怪訝そうな顔つきでエスメラルダが言った。


「うーん。誰だ。見たこと無いな。ギュスターヴは分かるか?」

「いや、大変失礼なことに、僕も……。君の名前を伺っても?」


三人ともが戸惑ったような顔つきでキースを見つめている。


「キース。彼らは僕の従兄妹たちだ」

「従兄妹……」


キースの口から小さく言葉が漏れた。


「あら、私たちのこと知らないの?本当に?まさか、信じられない。ねぇ、あなたどこの家の者なの?私たちのことを知らないなんて、よっぽど田舎から出て来たとかなの?」

「キースに失礼なことはやめてくれ。エスメラルダ」

「まぁ、失礼なことなんてしてないわ。本当に気になっただけよ。ごめんなさいね。あぁ、お互い初対面ですものね。まずは自己紹介いたしましょう。私はエンデローサ公爵家の長女、エスメラルダ・ド・エンデローサよ。こっちが」

「兄のカイン・ド・エンデローサだ」

「僕は、カストランサス公爵家三男、ギュスターヴ・ド・カストランサスだ」

「あなたのお名前をお聞かせくださいます?」


淑女らしく彼女が問う。しかしその視線は片時もキースから離れない。


キースがちらりと僕を見たので、頷いて見せる。


「名乗る栄誉に与り誠に幸運に存じます。私はキースと申します。高貴な方々。平民故に家名はございません。どこの貴族家とも関係はございません。本来であればこのようにお目通り叶うはずもない身分でありますれば、こうして皆様に拝謁叶い望外の喜びでございます。どうか御前に控える無礼をご容赦のほど」

「そこまでへりくだらなくてもいいんだよ、キース」


僕はそう言ったが、キースは僕には答えず三人に向かって深々とお辞儀して見せた。


「なるほど、平民だったんだね。だから知らなかったのか」

「まぁ、一応礼儀は弁えているみたいだな」

「アルベルト、もしかしてあなた、彼に合わせてそんな貧相な服装をしているというんじゃないでしょうね?」


彼らは口々に思ったままを言う。


「貧相は余計だよ。それに僕はこれが気に入っているから着ているんだ。君にどうこう言われたくない」

「そうなの。ふぅん。王子が平民の真似事をしている。いえ、違うわね。気を使ったのかしら」


察しの良い従姉は、もう全てを理解したと言わんばかりに笑みを深めて言う。


「ねぇ、アルベルト。どうせ、彼に合わせてそんな恰好をしているのでしょうけれど、それは駄目よ。例えそうじゃないとしてもよ。他の口さがない貴族連中があなたたちを見たらなんて思うか考えてみたの?彼に落ち度が無いとしても、彼が馬鹿にされてしまうのよ。それに、あなたがそんな恰好をしているせいで王子であるあなたが誰かから悪く言われているのを見たら、その子がなんて思うか少しでも考えた?」


彼女の言葉は一理ある。


「僕には僕の考えがあるんだ。エスメラルダ。例えそうだとしても、君に口を出される筋合いはない」

「いいえ、だからこそ敢えて言わせてもらうわ。あなたが為すべきなのは、彼にはこの場に相応しい衣装を用意してあげること。それが道理というものでしょう?」

「エスメラルダ。アルベルトにも色々と考えるところがあるんだと思うよ」


ギュスターヴが僕らを執成すように言ったが、彼女はそれを無視した。


「キース、あなたもそう思うでしょう?」


キースは口を開かない。口を開いて良いのか迷っている風だった。


「構わないわ。この場では、私たち三人への直答を許します。それとあなたはアルベルトが認めた人なのだから、もう少し砕けた言い方で構いません。さすがに修飾をいくつも重ねられてはいつまでたっても会話が進まないもの」

「ありがとうございます。あの、畏れながら申し上げます。どうか、殿下を悪く言わないでいただきたいのです。殿下は、私のことを気遣ってこのような恰好をしていらっしゃるのです。お恥ずかしながら、皆様の会話をお側で拝聴していて、今そのことにやっと気づきました。このようなことになったのは、完全に私の落ち度です。どうか、殿下のことは悪くおっしゃらないようお願い申し上げます」


僕の方に彼が向き直る。


「殿下、すみませんでした。私のためにお心を砕いていただき、誠にありがとうございます。私のことはどうぞお気になさらず、皆様のおっしゃるように、相応しい恰好をなさってください。私は殿下が悪く言われるような事態を望みません。今まで気付かず大変申し訳ありませんでした」

「キース。君はそんなことを気にする必要は無いんだ。これは僕が着たくて着ているにすぎないのだから。それにどうか気を悪くしないでほしい。まさか、もうここへは来ないなんて、君は言い出さないだろう?」


絶望的な気持ちになってしまう。僕はなんとかこの週に一度の楽しみが雲散霧消してしまわないよう、懇願するように彼に言う。


僕らのそんなやりとりを目を白黒させて三人が見つめている。しかし今の僕にはそんな彼らに構っていられるような状態ではない。僕の頭にはキースのことしかなかった。せっかく打ち解けたと言うのに、今はそれが元の木阿弥になるかどうかの瀬戸際と言っても良かった。


「なぁ、なんでお前が平民にそんなに気を遣うんだ……?」


カインがさっぱりわからないと言う風に言うと、同意するようにギュスターヴが首を傾げる。


「まさか……」


カインが小さく言葉を零した。


「なぁ、アルベルト。そいつって……」


そう言いかけた従兄をエスメラルダが肘でつつくのが見えた。顔をしかめた兄に向って黙るよう合図した彼女は、さらに笑みを深めるとこういった。


「私喉が渇きました。立ちっぱなしで足も疲れましたし。ねぇ、アルベルト。私たちもお茶をご一緒してもよろしいかしら?」

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