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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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僕が恒例の簡単な挨拶を終え、拍手を浴びながら壇上から降りると、エリックが側にやってきた。


「アルベルト、ありがとう」

「どういたしまして。こういうのも僕の務めだからね」

「やはり王子が来るとなると、人の入りが全然違う。去年に引き続き今年も来てくれて助かる」

「そうかい?それならよかったよ。君にはいつも世話になっているからね。これくらいお安い御用さ。それで、どうだった?去年と比べると、僕のスピーチもだいぶ様になってただろう?」

「ああ、完璧だった。周りを見てみろ。お前のご高説に感銘を受けたって顔したやつらばっかりだ」


僕は言われて周囲に視線をやると、確かにそのようだった。僕を何やら熱心に見つめている。うん。こういうのは悪くない。王宮での舞踏会のことを思い出しながら、そう思った。


「この後はどうする。もう帰るのか?」

「いや、しばらくいるよ。引き抜けそうなら引き抜きたいし」

「いや、それは勘弁してくれ」

「冗談だ」


僕は眉を八の字にしているエリックを見ながら笑った。そこに丁度よく、飲み物をもった給仕係がきたので、グラスを受け取る。


渡されたマティーニは上品な香りと爽やかな口当たりでおいしかった。こんな質の良いものを全員に出しているのか、それともこれは僕らだけで、ほかの者たちには違うものを出しているのか。


僕がさらに一口飲んでいると、僕のために用意された席へ移動するよう促されるが、それは断って会場を歩き回ることにした。一か所に留まっては何も起こらない。出会いは自分から見つけに行くものだろう。


シダーウッド辺境伯のタウンハウスは、その家柄と歴史、そして潤沢な財産に比例して、王都の一等地にあって他家を圧倒する広さを有している。


今日彼の家で催されている夜会は、辺境軍の人材確保のために毎年開かれているものだった。それは有望な若者を雇用するための顔つなぎの意味を持っている。


ざっと見渡しただけでも、高位貴族の家の者はいない。ほとんどが、下位貴族の家の者と、平民たちだ。貴族の家の者なら王立軍を目指したがるから、ここに中位以上の貴族がいないのも納得だ。


飲みかけのグラスを持ったまま周りを観察していると、少し離れたところから男たちの少し下品な談笑する声が響いている。もうすでに出来上がっているようだ。言葉遣いも話の内容も、まぁ、普通の夜会であれば鼻つまみ者とみられるようなものだったが、この場ではごく当たり前のことだった。


会場には少ないながらも女性もいて、彼女らの視線が僕に注がれていたけれど不快ではなかった。本物なの、というセリフがちらほら聞こえてきて、ちょっと、珍獣にでもなってしまったような気になったけれど。


周囲の会話を聞きとがめたエリックが教育の受けていない奴らばかりで済まないと言ったが、僕は気にしていなかった。さすがに平民にまで貴族のルールを押し付けるのもおかしなことだろう。


美味い酒と美味い食事に気分が良くなっているらしい彼らの、その陽気さは、僕にとっては新鮮だ。ここはちっぽけな謀や足の引っ張り合いや腹の探り合いなどといったものとは無縁だった。


「機嫌が良さそうで良かった」


僕を貴族用の食事のできる一角へ案内しながらエリックが言った。


「そうかな?」

「あぁ」

「まぁ、そうかもね。うん。こうして眺めているだけでも十分楽しい」

「俺には普通の光景にしか見えないが」

「もちろん君にとってはそうだろうね。それにしても、すごいよ。こんなに大々的に夜会を開いてさ。彼らの参加費は無料なんだろう?このために人を雇ったり食事や酒の準備をしたりでかなり出費が嵩むと思うけれど、それを差し引いてもなおやるだけの価値があるんだね」

「どうしたんだ?費用の心配なんて、王子の発言とは思えないな。そんなのお前が気にすることじゃないだろう?」

「確かに。けど、僕は別に君のところの家計を心配してるわけではないよ。辺境伯家だからね。資金は潤沢にあるだろうし。心配というか、ただ気になっただけだよ。採算がとれないだろうなって」

「まぁ、率直に言えば赤字だな。でも、それに見合うだけの価値がある」

「ふむ」

「辺境は遠い」

「そうだね」

「俺のところは常に人手不足だ。だから、いつだって入隊希望者は大歓迎さ。そのために入隊希望者に対しては、定期的に筆記試験と体力テストと健康診断は実施しているが、重視してるのは健康診断結果。体力テストは人並みであれば通過できるし、筆記試験なんて文字の読み書きが最低限できるかしか見ていない。王立軍の入隊試験に比べれば、試験とは名ばかりの破格の待遇だ。軍に入りたいと思ってるやつらは頭の中まで筋肉の奴らが多い。彼らにしてみればこの緩さは願ったり叶ったりだろう」


会場の隅からどよめきが起きる。見てみると、辺境軍の若手軍人が、男どもに持ち前の筋肉を披露しているところだった。それに触発された参加者たちが一斉に脱ぎ始める。


その騒ぎに、別の軍人たちが駆け寄り、止めに入るのかと思ってみていると、その彼らもまた脱ぎだして、一列に並び、何やらおかしなことをし始めた。それぞれが全身の筋肉を見せびらかすようにポーズをとり始めたのだ。ズボンまで脱いで太ももの筋肉を誇示する男もいた。


彼らは仲間の合いの手に合わせて一糸乱れぬ統率のとれた動きを見せる。その慣れた雰囲気から、こういうことはいろんな場面で恒例となっているのかもしれない。もしかしたら、そのための練習もしているのだろうか。


次々に掛け声に合わせてポーズを組み替え、それぞれに自らの自慢の肉体をアピールしている。終始笑顔だ。おかしな掛け声が気になる。メロン?それを見た周りの男たちが興奮しだしたのか、手を叩き一層声を大にしてはしゃいで、ますます騒ぎを大きくしている。汚い歓声と笑い声が会場に響いている。


僕の知らない文化がそこにあった。


男たちの大声に、さすがに危機感を持ったのだろう会場を取り仕切っている者たちが慌ててそっちへ駆け寄っていく姿が見えた。おそらくあとで説教が待っているはずだ。無理やり引き摺るようにして軍人を連れ去って行く。


それを見てエリックがため息とともにかぶりを振るような仕草をした。


「全く。あいつらはすぐ調子に乗る……。まぁいい」


エリックが僕に向き直ると、彼は何事もなかったかのように会話を再開した。


「話を戻そう。そんな風にして試験を緩くし、国のあちこちにビラをばらまいて、俺らが入隊希望者を歓迎していると喧伝したところで、わざわざ辺境軍に入隊しようと遠路遥々やってくる者がいるはずがないんだ。この国は広い。国の端から端へ、いやそれどころか、中央からですらわざわざやって来てくれるかも怪しい」

「そんなわけないだろう?勇名とどろく、王立軍に比肩する誉れ高い辺境軍なんだから。給金もそれなりに良いと聞くし、危険地帯故に個人の手柄も立てやすい。英雄に憧れる男どもなら王立軍よりも魅力的だ」

「確かにいないとは言わない。けど、その内情も知らず、出世できるのかも不確かで、危険さもわからずにわざわざ金をかけて僻地へ来る奴はいない。そんなやつは稀だし、ただの馬鹿だ」


切って捨てるように言う。


「普通の知能を持ち合わせてるやつなら、どんなところかの確証もない場所へ思い付きだけで飛び込んでは来ない」

「うん」

「移動に要する金のことを考えるだけでも、平民や貧乏貴族にしてみれば、人生を賭けた決断になるだろう」

「そうだね」

「辺境だけで人材が全て賄えるのなら、それでも全然いいんだ。しかし、現状はそうではない。各地から人を集めなければ、辺境軍は成り立たない」

「確かにね」

「わざわざ時間と金をかけて来てくれるような情熱のある者だけを集めることに意味はない。情熱があるからといって、頭があるとは限らない。それに、いずれほとんどが死ぬか辞めて行くかだからだ。最後まで残るヤツは一握り。だからこそ、優秀な者も優秀でない者も等しく確保しやすい状況を作らなければいけない。俺の家に従う貴族の家はたくさんがあるが、優秀なヤツがどの世代にも生まれるわけではない。優秀じゃなくても、貴族というだけである程度の地位になってしまうのも問題だ。これはもう避けようもない。だから、たくさん人を集めて優秀な人材を確保し、そいつらを重用したい。貴族主義と実力主義をうまい具合に採用したいと考えている。なかなか難しいが……。すまない。話が逸れたな。それで、この夜会は、手当たり次第に人を集めるのにぴったりなんだ。どういうところかっていうのを、入隊試験前に見せることができる。どういう風に働いて、どういう風に昇進していくのか、昇進した人物がどういう待遇を受けているのか、自分の目で見られる。本物の軍人から話が聞ける。それが、若い奴らには必要なんだ。まぁ、これは親父とか親戚連中から耳がたこになるくらい聞かされた受け売りなんだけどな」

「金言だね。だから、今日の昼間は訓練を体験させたり佐官軍人たちとの交流会みたいなものもやってるわけか」

「そうだ。実際に入隊後にどういう風に働くのかを実感し、自分の上に付くかもしれない人間がどんなか知っておいたほうがいい。やっていけるかの目安になるし、将来の目標にもなるからな」

「面白い」

「根性のないヤツを振るい落とすのにも丁度いい。下手に根性無しが全財産をはたいて辺境やってきて、軍に馴染めずに破落戸として居座られても困るっていうのもある。孤児の多さが辺境では問題になってるから余計にそういうところにも気を付けないといけない」

「そうか」


二人でそんな話をしていると、壁際に待機してじっとエリックを見つめている者がいることに気付いた。


先ほど騒いでいた隊員たちを力づくでどこかへ連れて行った軍人のうちの二人だった。それに気づいたエリックが彼らに声をかけるときびきびとした動きでこちらへとやってくる。


若い男女で、女のほうは軍服の上からも分かる引き締まった体躯と綺麗だが甘さのない顔付きをしていて、それが彼女の為人を示しているようだった。対照的に男のほうは、甘い顔付きに軽薄そうな表情をしている。ただ、その体躯はとてもがっしりしていて、自分の仕事には誠実に取り組んでいるだろうことが予想できた。


「マティウスはどうした?」

「は。マティウス卿は騒いだ隊員たちと別室で面談中です。その間、我々がここの責任者代理の任に与りました」

「なるほど」

「二人は?」


僕の質問にエリックが頷く。


「二人ともここへ」


エリックが声を掛けると、彼らはエリックの隣に立ち静かに控えた。


「アルベルト、俺の家に連なる者たちを紹介したいのだがいいだろうか」

「あぁ、構わないよ」

「今日のために辺境から呼び寄せた。新人獲得には若いヤツの話を直接聞くのが、入隊を考える奴らにはいいだろうと思ってな。彼女は、俺の分家筋にあたるロンベルク男爵家のヴィオラだ。それと、こっちのチャラいのが、シャウマン男爵家のラズマになる。お前たち、殿下に失礼の無いように挨拶しろ」

「やぁ、初めまして。ヴィオラと、それにラズマ」


僕が声をかけると二人が敬礼する。それは実に洗練された所作だった。辺境軍の教育が行き届いていることの証左でもある。


「恐れ多くもお目通り叶い誠に光栄に存じます、殿下。シダーウッド辺境伯が麾下、ロンベルク男爵家長女ヴィオラ・ロンベルクです。謹んでご挨拶申し上げます」

「僭越ながら、このように拝顔叶い身に余る光栄にございます。右に同じく辺境伯が麾下、シャウマン男爵家の次子、ラズマ・シャウマンと申します。領地に戻りましたら、家族に自慢してやろうと思います」


彼の言いぐさに僕は笑ってしまった。そして、そういえば前回のときも彼は僕を笑わせてくれたなと思い出した。


ヴィオラがラズマのほうを向いて睨み上げている。


「彼女は魔法戦を得意としていて、戦術魔法の使い手でもあるんだ。ラズマなんぞよりもよほど優秀だ」

「その若さで……。すばらしい。優秀な人材に恵まれ辺境も安泰だな、エリック。ヴィオラ、ラズマ、どうかこれからもエリックを支えてやって欲しい」

「はっ」


二人が深々と礼をした。


「楽にしていい。口調も普通で良い」

「ありがとうございます」


二人が息ぴったりと言う風に返してきた。彼らの付き合いは長そうだ。


「今日集まった人の中に、良さそうな人物はいたかな?」


僕は会話の糸口となる話題を適当に振ってみた。


「何人か、良さそうなのがいました。貴族にニ三人と平民にそこそこ。全員に一応唾は付けときました」


ラズマが砕けた調子で言った。


「へぇ」

「貴族の優秀な奴はたいてい王立軍に引き抜かれるから、平民のほうが優秀だったりはあり得ることなんだ。この場に参加している人数も平民のほうが断然多いから自然と数も多くなる」

「なるほどね」


エリックの説明に僕は納得する。


「それでラズマ、誰だ?その使えそうな平民とやらは」

「えっと」


そう言って彼は会場を見渡し、一か所に視線を止めた。男たちが数人固まって談笑しているグループの内の一つだった。


「あそこにいます。名前はヒースとライオット。それと、向こうにいるニールですね。あとあっち側にいるリースに、ポール、クラッドです」

「そうか。やはりキースは来ていないか」


エリックが言った。思いがけない名前に僕は驚く。


「キース?」

「あぁ、学園でもキースはかなり優秀だからな。本人はあまり荒事が好きじゃない様子だったが、もしかしたら来るんじゃないかと思って今日は期待していたんだ。できれば確保したいのだが、ラズマの目についていないとなれば来ていないということだろう。残念だ」

「彼は役人志望だろう」

「だろうな。でもひょっとしたらってことも有りうると思ったんだ」

「そうか」


会場のあちらこちらで上がる男たちの歓声と談笑の声が会場にずっと響いていた。


僕はその後三人を連れて少し会場をうろついて、参加者に適当に声をかけていたら、唐突に腕相撲大会を始めようとしている一団に出くわしてしまった。


僕にも参加しないかと笑いながら言われて、意味が分からなかったけれど面白そうだったので言われるがままに参加を表明してみた。すると、その場にいた全員が僕の方を目を見開いて見つめている。みんなで顔を見合わせて戸惑っていた。


僕は冗談ではないことを示すために上着を脱いでシャツの袖をめくる。


「誰からくる?」


僕が問うと男たちが目配せしあって、最初に声をかけてきた男が、一人目として恐々と前に進み出て来た。


「本気で来ていいよ」


僕はそう言ってみたけれど、なかなかそんなことはできないだろうと分かっていた。へっぴりごしの一人目の手を握って、掛け声と同時にその腕をねじ伏せる。まずは一勝。こういう場合は言葉でいうよりも実際に見せたほうが早い。忖度する必要ないのだと実力で分からせるのが良い。


対戦相手が驚愕の目で僕を見ている。


次の男も恐る恐るという風に前に進み出てきて、同じように下した。三人目も同様。勝負は一瞬でついた。僕だって今まで生半可な鍛え方はしてこなかったつもりだ。本気でもない相手など倒すのは容易い。


そして、この辺りで周りの空気が変わったのを感じる。僕がそれなりにできるのだと分かったのだ。


四人目が進み出て来た。その目が真剣な輝きを帯びているのを見て、僕は満足する。大きな男だった。息をのむ音、はやし立てる声、感嘆の囁き、不安そうな視線など、僕に向けられる反応は様々だった。


ヴィオラが割って入ろうとするのをエリックが止めた。


「本気で来ていいよ。何があっても不問にするから」


僕がそう言うと、目の前の体格の良い男がにやりと笑って僕の手を握った。良い。さすがに三人を下した僕を見て、自分から進み出て来ただけはある。腕の太さも手の大きさも、握りの力強さも最初の三人とは段違いだ。それに彼らのような動揺も躊躇いもない。


呼吸を緩やかにしながら集中する。人々の視線が僕らに注がれる中、開始の合図が告げられた。


その掛け声と同時に僕は呼吸を止めると、全身と握る手に力を籠めた。相手の腕にも力が籠るのが分かった。強い。


先ほどまでのように一瞬で勝負が決まるということはなく、数秒膠着したけれど、僕はそこからさらに力を込めて一気に相手の拳を卓の上に叩きつけた。


四人目が、呆然としている。何が起きたのかといった顔だ。周囲が静まり返った。


それから少しの間があって、周囲から耳を覆いたくなるほどの歓声が上がる。明らかに、僕の実力を認めた瞬間だった。


それから五人目、六人目ときて、ついに七人目で僕は負けた。腕が痛い。


とうとう負けてしまった僕に、しかし温かい歓声が降り注ぐ。興奮した様子で誰も彼もが僕を褒めたたえた。その歓声は会場中に広がって行き、パーティ会場が揺れるかと思われるほどだった。


騒ぎを聞きつけた会場の責任者らしき男たちが、会場に慌てて駆けつけるのが見えた。今だ冷めやらぬ騒ぎを目の当たりにした彼らがバカ騒ぎをしている者たちを怒鳴りつけようとして、しかしその度が過ぎた騒ぎの中心に僕がいるのを見て目を丸くして言葉を失った。


僕はそんな彼らを宥めすかすと、その後、僕の護衛のために来ていた近衛たちと、エリックとラムザ率いる辺境の軍人たちとで腕相撲大会が始まった。五対五の試合は白熱し、両者一歩も譲らない。意地と誇りを掛けた負けられぬ戦いに観客が沸く。そしてとうとう、大歓声の中、三対ニで辺境軍側が勝った。大将戦を務めたエリックが強すぎた。


悔しそうな近衛たちを宥めながら、さて帰ろうかと思った矢先、今度は酒飲み競争をしようと誰かが提案してきた。


その場に留まっていた僕も、なし崩しに参加することになった。なんというか、誰もが期待を込めて僕を見てくるので、やらないとはいえない状況だった。一人のはやし立てる声があって、それに同調してさらに周囲から一斉に声が上がり、もはや完全に辞退出来るような雰囲気ではなかった。僕は少し考える風をしてから、参加を表明するとまたもや歓声があがった。


やるからには手を抜くわけにはいかない。


エリックが僕が乗り気なのを見て、屋敷にあるビール樽をいくつも会場へ持ってこさせた。会場に似つかわしくないビール樽がどんどん運び込まれ、大酒飲みを決める大会が始まった。


近衛や会場の責任者たちは青い顔をして僕を止めようとしたけれど、勢いは止められない。僕はこの盛り上がりに水を差したくは無かった。


それにそこそこ酒は強い方だ。


数十人の参加者みんなで、マグに注がれたビールを浴びるように飲む。酒に自信のある女の子たちも加わってさらに盛り上る。二杯三杯と杯を重ねるごとに、大口を叩いていた男たちが次から次へとダウンしていく。


ラズマも途中でリタイアだ。というか、彼はこれに参加しても問題ないのだろうか。ヴィオラの人を殺しかねない視線が、彼のこのあとの惨状を予感させた。


僕は調子よく飲み進めていたが、十杯目に差し掛かったあたりでこれ以上はと近衛たちに懇願されてしまった。僕としてはまだまだ余裕はあったけれど、青い顔をした彼らの悲鳴にも似たお願いに仕方なく飲むのをやめて成り行きを見守ることにした。


それからさらに人数は減り続け、間もなく勝者が決まった。なんと最後に残ったのは、平民の女の子だった。


彼女は赤い顔で最後の一杯を飲み干した。持ち込んだ樽のほとんどが空になってしまっていた。


会場中から拍手喝采を浴びて、彼女は照れながらも嬉しそうにしている。僕とエリックから一位になった彼女にとりあえずの賞品として手持ちのものを見繕って手渡した。それからあとで彼女の家に何か賞品となるものを届けさせるよう手配する。


あちこちにグラスやマグが散乱し、男たちは半裸になり、腕相撲大会や酒のみ大会の場の設営のために動かされたテーブルや椅子、食べかけの料理などで、会場は酷い有様だった。その見る影もなくなってしまった侯爵家の立派な会場を見渡して、最後にエリックが大いに笑った。


この短期間で打ち解けたのだろう、貴族も平民もなく肩を組んでいる。僕はそれを見て胸がいっぱいになった。


それから彼が今日の集まりの解散を宣言して、やっとめちゃくちゃな夜会は終わった。


僕は終わりの言葉を見届けると、程よい疲労感と心地よい酩酊感とともに、楽しい気持ちで会場を後にした。


「お前たちも飲めば良かったのに」

「俺はそうもいかん」

「まさか、そんなことはできません」


僕の言葉にエリックと近衛たちが首を振る。へべれけに酔っぱらったラズマはヴィオラに殴りつけられて無理やり起こされて、今は大人しく僕らについてきている。


さぁ、帰ろうと部屋を出るとき、なんでか、僕の名前が会場全体からコールされるような事態になって、非常に恥ずかしかった。エリックが嬉しそうに笑った。


それから、それなりに毎日を忙しく過ごし、エリックのところの夜会から二週間たったある春の日の夕べ、王宮では再び大きな夜会が開かれた。


それは貴族子女の社交界への参入の儀式、デビュタントだった。毎年三月の終わり頃に、学園の入学式に先んじて行われており、僕も一王族として彼らの成人を言祝ぐ役割を果たした。


デミアンの弟が丁度今年それにあたっていた。デミアンに連れられて現れた彼に僕が声をかけると、非常によく似た顔であどけなく笑った。彼は兄とは全然違い、とてもおしゃべりな気質で会うたびに洪水のような勢いで話しかけられるのだが、その性質はここでも健在だったようで、物おじしない彼のおかげで会話は非常に盛り上がった。


無事デビュタントを見届けると、僕は相変わらずあちこちの夜会やサロンや観劇に呼ばれて、それに顔を出したりしていると、あっという間に学園の春休みが終わった。


僕は再び学園の三年になった。

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