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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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僕にとってキースがどんな人物かと問われると、実はすごく説明が難しい。デミアンにも似たようなことを問われたことがあった。


過去にデミアンがキースを評していったことには、彼が世間から認められ活躍することはないだろうということだった。彼が優秀なのは間違いないが、突出しているわけではないし、出自が孤児院で何の後ろ盾もなく、なんならそれが足かせにすらなりうる人物なために、彼が社会に出て何かをなすことはほとんどあり得ないだろうということだった。それは彼の能力の低さが原因ではなく、彼を取り巻く運命にも似たもののためだと、友人は評していた。


貴族社会では後ろ盾のない平民である彼の能力は花開くことはないだろう。また、体格故に軍でも大きな成果を上げることは難しいだろう。彼は優しすぎる。そして潔癖すぎた。他人を出し抜き利用して成りあがるような経済界においても、何かをなすことはないだろう、と。


僕自身もそれには同感だった。


しかし、それは一面的な物の見方である。デミアンもそう言っていた。


違う場面でなら、彼は力を発揮する。権力や暴力のない分野であるのならば、貴族とかかわりのない分野であるならば可能であるだろうからだ。


それでなお、彼の本質を言葉にするのならば、普通、そのただ一言だ。


この評価は僕ら二人の、キースに対する考え方の総意と言っても良い。


デミアンは僕と気が合う。そんな僕らが話し合い、最終的に出したキースに対する真の評価。それは、平凡であるということ。それに尽きた。


きっと彼は涙ぐましい努力をしているのだろう。僕らにはわかっている。家庭教師もつけずに、成績上位に食い込むなどやろうと思ってできることではない。どれほどの努力がその裏にあるのか。しかし、彼は天才ではない。得意なものをもっているわけではない。運動については、体格は標準だが線が細いために結果を残し続けるのは難しい。魔力量は平民にしては多いと言えるが、貴族と比較して突出して多いわけでもない。


しかしそのことを理由に僕らは彼が平凡だと言っているわけではなかった。


彼の本質は、不利な環境の中で平凡を保ち続けているという、その稀有さにあると思っている。


あの日。僕がキースを打ち負かした剣術大会の日、僕は初めてキースという人間を見出した。そしてその日の夜、デミアンとキースについて話し合っていて、そのことに僕らは気づいた。


それは貴重な能力だ。


人はみな逆境の中で何かに依存していく。それは力ある者だったり、犯罪だったり、友人だったり、愛する者だったり、金だったり、神だったり。そして、自らの考えを他者の色で染めて行く。人と交われば多かれ少なかれ影響を受けるのが普通ではあるけれど、弱った者はみな自分の本来の目標と自分らしさを失っていく。強く自分を持つことのできない者たちは、次第に他者の決定に身をゆだね、他者の色に染まり、最後には自分らしさを失ってしまう。


しかし、彼は、僕らから見れば、いつまでもまったくの純粋無垢だった。自分の足で立っていた。穢れのない精神を保ち続けていた。何故か僕に対しては対抗心があるけれど。


不正もせず、他者に媚びず、環境を恨まず、他者を憎まず、歩みを止めず。


そういう普通というものをどこまでも守り続ける人物だった。僕らと知り合いになったあとも、決して僕らとの距離を狭めず、適切な立ち位置を譲ろうとしなかった。自分の領分を守ろうとし続けた。僕らと付き合いを持つ者の多くは、そのうちに自分が偉くなったように錯覚し、尊大になり横柄になり狭量になる。


あの側近候補たちのように。


しかしキースはそんなことはなかった。


だから貴重だった。普通や平凡という評価は彼を貶めるものではない。むしろ彼を高く買っているが故の評価だった。


しかし、それだけが理由で僕は彼に固執しているわけではない。彼はもう一つ特別な力を持っていた。


それは、僕の目にとまるという運命の力。


キースはそれを持っていた。


それによって、彼は僕の特別となった。


僕を傲慢と言ってもらっても構わない。僕の尊大さの現れだと思ってもらってもかまわない。


しかし、彼は彼のその努力だけで、図らずも王族である僕を振り向かせた。僕の目に留まるということを為し遂げた。


それが運命の力。孤児で頑固、地味で平凡。しかしその力はそれら全てを完全に覆す。気高さと言い換えても良い。むしろそのほうが良い。


どんな困難の中にあっても、どんな不利な出自を背負っていても、貴族から蔑まれても、彼は道を見失わない。まっすぐに自分の求める未来へ向かって進んでいる。


自分の限界を知り、それでもなお自分に何ができるのかを模索する。それは難しいことだ。そして彼にはそれができる。だからこそ、後々の魔法大会でも、辺境軍の中にあっても平民の彼は結果を残すことができたのだろう。


キースが死の直前に、自分は未来を信じていないといったけれども、それは悲しいことだけれど、知ってか知らずか、彼の頑張る姿は確かに未来を目指していた。


彼の生き様を僕は愛した。


しかし、同時に彼はガラス細工のように繊細だった。僕は彼に強引に近づきすぎてしまった。彼は僕らから離れることを願った。だから、僕は彼に嫌われないよう、彼と距離をあけることにした。それなのに、気持ちが急いた僕は、三年の剣術大会で彼に失礼なことをしてしまった。彼の尊厳を傷つけてしまった。


彼の叫びが今なお僕の胸に突き刺さっている。彼の目を見たとき、彼の行いを見たとき、僕は僕の決定的な失敗を悟った……。


本当に僕は愚かだった。僕は彼に勝ちを譲りたかった。三年間の彼の頑張りがここで潰えてしまわないように。彼が、目標に向かって進めるように。そうすることで、彼が僕を許してくれたらと、そう思っていた。けれど、それは彼にとって余計なお世話でしかなかったのだ。


だから、彼から完全に距離を取ることに決めた。彼をこれ以上傷つけたくは無かった。


だから時を置いた。そして、卒業式の日に仲直りをしようと思っていた。当日僕は待った。彼の登場を。彼がやってきて、僕らは仲直りをする。そして、友人としてやっていく。そういう未来を夢想した。


しかし、とうとう彼は現れなかった。いつの間にか寮の部屋は空になっていたらしい。そして、デミアンが彼に贈ったタキシードが残されていた。


おかしいと思ったデミアンと僕で調べてみると、彼は社会福祉局に採用されていることがわかった。さすがキースだと言わざるを得ない。


しかし、卒業式の翌日キースについて問い合わせると、彼は入局を辞退していたことが分かった。


僕らはそれ以上彼の足取りを追うことはできなくなってしまった。僕は悔やんだ。もっと早く仲直りをしていたら、違った未来が訪れていたかもしれないと。今もなお、友人関係を続けていることができたかもしれないのにと。


それから、僕らは忙しくなり、彼を見つけるのをもうすっかり諦めていたころ、唐突に彼が現れた。


真っ黒な竜に乗って、僕の前に現れた。迷彩柄の戦闘服を着て、満身創痍の姿で僕の前に現れた。


僕には誰だか分かった。そして、彼もまた僕が誰か気づいたようだった。


視線が交錯する。


運命だと思った。心が震えた。


しかし、久しぶりに会った彼は酷い顔色で、僕からみてすぐにでも死んでしまいそうに見えた。助けなければと思った。


しかし、彼は何年たっても彼のままだった。気高いその心根は健在だった。


彼は僕が近づくことを決して許さなかった。


その目は、僕に為すべきことを成せと告げていた。不用意な行動をとろうとする僕をとがめるように睨みつけていた。


ともすれば、僕自身の役割を放棄して彼のもとへ駆け寄ろうとする僕を制止する。


彼は、美しかった。


最後の魔法技能演習大会でのキースの魔法を思い出した。彼の繊細で高い技術とよく訓練された正確さと芸術性は学生レベルとは言えないものだった。迫力はなかったが、見る者が見ればその完成度が伝わる、そういう演技だった。


そのときの魔法はしかし、それ以上だった。比べるべくもない。学園の時以上に高められたキースの魔法の神髄が、僕の目の前で繰り広げられていた。あっという間に成長する氷が、竜の巨体を迅速に包み込んだ。


キースは僕の目の前で、命を削って街の人を助けようとしていた。今まさに命を使おうとしているのが分かった。


僕は心臓が止まってしまいそうだった。目の前でキースが死んでしまうという恐怖のために。僕は今まであれほどの恐怖を感じたことは無い。


今でもキースの祈りの言葉が僕の耳について離れない。


魔法は祈り。


魔法を発動するとき、使用者は自らの気持ちを、祈りを、願いを呪文に編みこむ。


彼の独自の祈りは、あまりに透明だった。


最後の瞬間まで他者への慈しみに満ちていた。


僕は恋に落ちていた。


だからあの日、夜会の後で彼が僕の部屋へやってきたとき、僕がどれほど嬉しかったか、きっと誰にもわからないだろう。学園の頃よりも大人びた男の顔をしてキースはやってきた。誇らしそうだった。それが、とても愛おしかった。


彼自身は気付いていなかったが、僕が贈った今日のための正装に身を包み、キースは現れた。


キースを連れてきてくれたデミアンが僕にアドバイスをくれた。過去の話はしないほうが良いと。卒業してからの彼について、なぜ社会福祉局への入局を辞退したのかを聞いてはいけないと。


デミアンは勘が鋭いから、薄々僕のキースへの気持ちを察していたんだと思う。顔にも態度にも言葉にも、彼は出さなかったけど。それから彼はキースに余計なアドバイスをして去っていった。


僕らは食事を楽しんだ。キースはいつになく饒舌で、酒の力もあってはしゃいでいるようだった。そんな姿を初めてみて、僕は自身の欲望が大きくなるのを感じていた。


食事が終わり酒を飲みかわし、けれど僕は彼を何事もなく解放しようと思った。急ぐ必要はない。僕らは再び出会った。だからこれから時間をかけてゆっくりと彼に振り向いてもらおうと思っていた。


そう思っていたから、彼から僕を誘ってくれたとき、僕は天にも昇る心地だった。


逸る気持ちを抑え、ベッドに横になる彼のシャツを脱がせた。彼は恥ずかしがったが、強引に引き留めた。初めてなのだと囁く彼に、僕にはもう我慢ができそうになかった。


服を脱がせ露わになる体に僕は興奮した。彼が僕とのこれからしようとしていることに期待していることが、一目で分かったから。彼の体は正直だった。僕の体もいつになく正直だった。


キースと体を触れ合わせるごとに、僕は感動した。僕は完全に思春期の子供みたいに気持ちが急いて、ともすれば恥ずかしくも一人で達してしまいそうだった。


僕が彼の体に口づけ、それに反応して彼が押し殺して声を漏らせば、もっとその声を聞きたいと思わないではいられない。


彼が初めてのことに戸惑いを見せるごとに僕の気持ちは高揚していった。彼に僕自身のやりかたを教え込もうと思った。


初めての彼は何が普通なのかわからないのだろう、僕のやり方をすぐに覚えて行く。そうするのが当たり前だと思っているようだった。


僕が求めるごとに彼はやり方を覚えていく。そして、彼はそっと彼自身の欲望を僕に見せてくれた。だから応えた。もっと見せて欲しいと思った。


僕が彼を抱いた日の翌日、彼はいつも通りだった。彼は全く僕に媚びる姿を見せなかった。


そこが魅力だと思った。


そして、キースの言葉で、唐突に僕は自分の立場を思い出す。彼の問いに、僕は答えを用意できなかった。


先延ばしにし続けた結婚を彼が僕に指摘したとき、僕は狼狽えた。


僕もそろそろ身を固めなければいけない時期に来ているのは分かっていた。近く、内々に婚約者候補を紹介されるだろうとは思っている。


父も僕と同じぐらいのころに結婚していたから。


そろそろだろうという気はしていた。僕に否やは無かった。そういうものだと思っていたから。気の合う相手であればいいと、それだけを期待していた。


だけど。


僕は一晩考えた。


彼が僕の愛人となることを良しとしないだろうことは分かっていた。それが彼に対して失礼であることも分かっていた。


僕が一晩かけて出した結論を、次に会うときに話そうと心に決めた。僕らの未来について、彼に話そうと思っていた。


翌日キースは出かけて行った。彼の出身の孤児院へ向けて。戻ってくることを彼と約束した。僕は彼の帰りを待った。


しかし彼はやってこなかった。戻らなかった。約束は果たされなかった。


孤児院までは遠いと聞いていたので二週間待った。しかし、彼は現れなかった。


そして、一つの知らせが舞い込んでくる。


ドラム伯爵に対する暴行罪で平民が、キースが拘留されていると、デミアンが知らせてくれた。


極刑になると聞いた僕らが慌ててキースの元を訪れたとき、彼はもう以前の彼ではなかった。


僕が愛した美しい彼の精神は、完全に打ち砕かれていた。絶望に黒く塗りつぶされていた。


僕にはすぐに分かった。彼の空ろな瞳、緩慢な受け答え。キースはもはや僕らの声を聞くつもりは無いようだった。


面会時に衛兵から、魔力をずっと放出し続けているから気を付けるよう注意を受けていた。拘束されてからは大人しく暴れることは一切ないが、魔力を放出し続けている。だから地下牢は冷え切っているのだと教えてくれた。


その通り、牢内はあまりに寒かった。息が白くなるほどに。


それは危険な兆候だった。魔力の過放出は命に係わる。実際彼は辺境の地で一度死にかけていた。僕が彼に魔力を分け与えていなければ、すぐに死んでしまっていただろう。魔力を放出し続けている、そのことにキース自身は気づいていなかった。


僕らは彼を説得しようとし、結局無駄に終わってしまった。彼の心に僕の言葉は響かなかった。今ならその理由も分かる。


最後の瞬間、彼が涙を零した。


それは未来への絶望の涙。


悲痛な叫びが牢内に響き渡った。聞く者の胸を引き裂かんばかりの懊悩。


そして、彼は死んだ。


今、僕はあの涙を止めなければならない。


何故かこうして過去をやり直すことになった今、僕は彼が感じる全ての苦痛と孤独と絶望から、彼を救いたい。


図らずも彼はこの国を救ってくれたから。様々のことが後々分かり始めていた。もう少し時間がありさえすれば、彼はきっと……。


だから。


僕はそのためならば何を差し出しても構わない。あぁ、僕の持つものの中で、最も価値あるものを君に差し出そう……。


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