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剣術大会の組み合わせが発表される日になった。
この大会は同学年によるトーナメント形式だから、三年と戦う心配がないのだけが唯一喜べる点だろうか。
出場枠は三十人。剣術の実技試験の結果から上位三十人がそのまま登録される。もちろん出場を辞退することもできる。その場合は、三十一位の成績の者が繰り上がりで出場することとなるが、実際には怪我や病気以外で辞退する者はほとんどいないという。
そりゃそうだ。自分の将来に直結する大事な大会だからな。男爵家や子爵家のような下級貴族の子弟たちは、ここで一気に名を上げようと張り切っている者が多い。剣術が得意な彼らは、軍部の幹部候補狙ってこの学園に入学しているそうだ。そのためだけに日々鍛錬しているヤツもいると聞く。
つまり、剣術の実技で上位に入るような奴らはみな己の身一つで立つことを目標に学園へと入学してきた猛者ばかりなのだ。
そしてそれは上級貴族でも同じ。辺境伯の関係者や貴族家嫡男などは卒業後領地に戻るので軍部にアピールする必要はあまりないが、出場することで自分の経歴に箔をつけられる。大会に出ない理由はほぼないと言っていい。
もちろん、私設軍を持つ辺境伯の係累や軍幹部の地位にある父を持つ者がみな、必ずしも剣技が得意であったり、格闘技が得意であるというわけではないみたいだった。実際俺よりも弱い有名貴族は何人もいる。
これは、一緒に授業を受ける中で少しずつ分かってきたことだが、そいつらが特段不真面目だというわけではないようだ。どうもそういう泥臭い戦いなんてものは、俺みたいな下々の者の役割で、貴族のぼんぼんたちがそこまで頑張る必要がないからのようらしかった。彼らには、俺たちみたいな下っ端を上手く使う能力を持つことこそが重要なんだろう。
まぁ、それでも、家訓で一芸に秀でていなければならないとか、親からそういうことに邁進するよう言い含められて訓練に励み、実際恐ろしいほどの実力を身に付けた者もいるわけで。
その実力者の中には、やっかいなことに王子の取り巻きの内の二人がいる。ウェッジウッド辺境伯の嫡子エリックと、ウェストランド子爵家のドラード。こいつらはまじで強い。できるなら、決勝以外では当たりたくない。
こんな魔境みたいなトーナメント出場枠の中に平民出身の参加者は俺を含めて四人だった。きっとほとんどが一回戦で敗退するだろう。俺たち平民は圧倒的に練習量が足りていないから上位三十人に入れるのは一握りなわけで、俺が入れたことも奇跡と言って良い。一回戦を突破できたとしたら、それも奇跡みたいなものだ。
それなのに。
何故か、その猛者の中にあって、第一王子なんていう本来であれば最も戦いから縁遠いはずの人物が、俺よりも上の順位に入っている。勘弁してほしい。王子様が危ないことに心血注ぐなって話だよな。どうせ一生剣を持って戦う機会なんてありはしないくせに。
いや、違った。
王子も俺の嫌いな天才のうちの一人なんだ。
俺は思い出した。先日の廊下での諍いのときに、俺は見た。俺に差し伸べられた彼の手は、俺や他の剣術に秀でた者たちと比べても、ずっと綺麗だったのを。それは、練習量が少ないことの証左だ。なのに、彼は確かに俺よりも強い男だった。
頭が良い。運動もできる。魔法も得意。人からの信頼が篤い。風格と品位もあって顔も良い。何故だ。天はあいつになんでもかんでも与えすぎなんじゃないのか。
そして体格が良い。ぎりぎり平均的な体格の俺と比べれば、王子殿下は俺よりも頭一つ分背が高い。その上、筋肉の付きも良い。うらやましい限りだ。どんなに運動をしてもほどほどにしか筋肉がつかない俺の体と取り替えたいくらいだった。
考えれば考えるほど、むしゃくしゃしてくる。
自分とは何もかもが違いすぎる男。生まれも育ちも才能も地位も身体能力も。幸せにどっぷりと浸かって、何の苦労もなくここまで来た男。人生というのは本当に不公平だ。俺には努力しかないというのに、努力した俺をやすやすと超えていくのだから。
完璧な人間が存在するのだと、入学から一年以上も経つのに、いまだに信じられない気持ちになる。
なんでもいい。勉強でも実技でも。いつか、彼に何か一つでも勝つことが出来たなら。
その気持ちが、俺を奮い立たせている。頑張る原動力になっている。どれだけ、悪意を向けられようとも、侮辱されようとも、頑張れる。
男には負けられない戦いがある。
王族でしかもなんでもできる?全てを手に入れてなお、完璧であり続けるなんて、馬鹿げている。きっとあいつにだって苦手なことがあるはずだ。そう思って、いろいろと戦略を立てて今まで勉強してきた。が、いまだ実技座学問わず一つも超えられたことがない。
口惜しい。
正直に言えば、俺はひどく彼が羨ましかった。持たざる者には、王侯貴族らはひどく眩しい存在に見えた。
だから、何か一つでも、せめて勝ちたかった。負けっぱなしは嫌だった。平民に生まれて、孤児として育って、何一つ誇れるものがない俺でも、何か一つ、人より優れたものがあるのだと、そういう証が欲しかった。
校舎裏の芝生に腰かけて、そんなことをつらつら考えていると、風に乗って遠くから歓声が小さく響いてきた。講堂のある方角だった。
今頃講堂では大会のトーナメントの組み合わせが発表されている。俺は見には行かない。ぴりぴりした空気の中に平民の俺が足を運んで、誰にも絡まれずにいられるわけがないし、どうせ後で結果は張り出されるんだから、わざわざ人混みの中にまぎれてまで知りたいとは思わなかった。
夏の眩しい日差しに目をしかめる。風が心地よく吹いているが、俺の心は騒めいていた。
俺としては勝ちたいのはやまやまだが、現実問題として、今は最悪あの嫌味な王子様と王子の側近二人に決勝以外で当たらなければそれでいいと思ってる。誰に当たっても苦戦するのは分かっていたが、あの三人には関わりたくない。最も勝てる見込みの少ない相手だったからだ。
それからしばらくして、講堂のほうから聞こえてきていたどよめきが消え去り、辺りが静かになった。すると、時間を置いて今度は学園の玄関ホールのほうに人が集まっている気配がしている。トーナメント表が張り出されたのだろう。
そこからさらに十分な時間をとってから、ゆっくりと、人が捌けた頃合いを見計らって校舎の玄関ホールへと向かう。
普段はない木で組まれた掲示板が設置されていて、そこに巨大な白い紙が三枚、並べて張り出されていた。一年から三年までの各学年のトーナメント表だ。
俺は右端の紙の前に立つ。二学年のものの前に。
それから、逸る気持ちを抑えながら自分の名前を探す。祈るような気持ちで。俺の名前は……。
あった。体温が下がったような感覚を覚えた。
最初に気付いたのは、俺の一回戦目の相手がケヴィン・マクマレイだということ。運が良いと思った。この組み合わせは望んだとおりだ。なぜなら、彼は俺よりも明確に実力が劣る。練習では、俺が勝ち越している。もちろん油断するつもりはないが、落ち着いて臨めば一回戦は突破できそうだと思った。
けれど、安心したのもつかの間、問題なのは二回戦目だ。一回戦突破後の対戦相手に気付いたとき、これは運命なのかと思った。神はどうやら俺に嫌がらせをするのが特に好きらしいと感じた。
対戦相手は、シード枠だった。そして、そのシード枠にある名前は、なんとあの王子様だった。
混乱した。最初、何故かと思った。本来のシード権は剣術の序列が一位と二位の二人に与えられるものだと聞いていたから。本来の王子は序列五位。つまり、シード枠での参加になんてなるはずがないのだが、今俺の目の前にあるトーナメント表には、しっかりとシード枠にアルベルトの名前がある。そして気付く。序列一位か二位のどっちかが、王子にシード権を譲ったのだ。慌てて参加者の残りの名前を確認してみると、序列一位のエリックが一般枠の方にいることに気付いた。
全く、腰巾着め。余計なことをしてくれた……。そう思った。
しかし、その考えを俺はすぐに打ち消す。エリックが譲ったシード権のせいで、いや、おかげでと言ったほうが良いか。最も戦いたくない相手は、最も倒したい相手でもあることに気付いた。そう考えれば、俺は早くも二回戦目で王子殿下と当たることができるということもできる。
俺の努力を軽々と踏み越えていく男。その男に、衆人環視の中勝つことができたなら……。
あの澄ました顔で何の感慨もなく剣を振るう姿が頭の中に浮かび上がる。俺は授業内の練習で何度も手合わせしたことがある。本気で挑んで、俺は一度も勝てたことがない。圧倒的に少ない練習量で俺の上に君臨する男。
そこまで考えたとき、突然、自分の心の奥底に静かに火が灯るのが分かった。
運が良い。
気づくと、そう思っていた。いつか、じゃなくて、今、王子様を超えてやろう。そう思った。
勝ちたいといいながら、無意識に王子と戦うことを避けていた自分は、そうと知らぬ間に消え去っていた。
そして、一度その考えがはっきりとした形を持つと、かえって二戦目でのこの対戦は幸運だと思えた。他の上位勢を搔い潜って王子と対戦できる保証はどこにもない。なら、この組み合わせはこちらとしては好都合なのだ。勝って彼の鼻を明かしてやる。
――やってやる。
もはや、上位に食い込むという当初の目論見は俺の頭の中から消え去ってしまっていた。
彼に勝つことができたら、何かが変わるような気がした。何かが手に入る気がした。運命に立ち向かわねば、幸せは手に入れられない。
この王子に勝つという考えは、この先の人生、ずっと俺の頭の中にあり続けた。
幸せしかしらない男に、俺は負けるわけにはいかない。この人生全てどん底で這いまわってるだけの俺が、苦労を重ねてきた俺が、やわなボンボンに負けるわけにはいかない。そう強く思った。
そして、踵を返すと俺は、一人練習場へ足を向けた。勝つためには練習が必要だった。そして、俺にも勝ち筋はきっとあるはずなんだ。
普段あまり感じることのない高揚感を抱えて俺は練習に没頭した。
あっという間に一週間たった。やれることはやった。図書館に籠る時間と魔法の練習時間の全てを剣術の練習に充てた。
必勝法などという虫のいい閃きは得られなかったが、いくつかの手は用意してきた。どこまで通じるかは未知数でしかないが、無いよりはずっとましだった。
二年目の大会当日は雲一つない快晴だった。気温の高さと強い日射を気にしなければ、これ以上ないほど素晴らしい一日。
熱い風がさわさわと吹いて、俺の汗で湿った首筋を通り過ぎていく。
心地よい緊張感が俺の体にわだかまっている。去年の大会には出ていないから、俺にとっては初めての経験となる。
学園の北側にある石造りの立派な決闘場は、普段は使用されず、この日のためだけに存在していると言っても過言ではない。
魔法技術を競う魔法技能演習大会のための会場もあるが、あちらは、魔法によって会場が破壊される可能性もあるので、学園内には無い。
今、俺はその決闘場の中央ステージに立って、第一試合に臨もうとしていた。目の前には、予定通りケヴィン・マクマレイが立っている。お互いに刃の無い練習用の模造刀を腰に佩いて向かい合い、審判が開始の宣言をするのを待っている状態だ。
ステージの周囲には丸く囲うように観覧席が設けられている。今は人でいっぱいだ。
高位貴族の特別席と王族の特別席にも、人が座っているのが見えた。
学園の生徒も詰めかけて、辺りは熱気に包まれている。たくさんの人間が、誰かの応援のために駆けつけていた。家族が、親類が、友人が、出場する選手を応援するために集まっている。貴族が引き抜きのために試合に集まってきている。
俺には応援してくれる人は一人もいない。期待している人間もいない。だから、逆に気が楽だった。あぁ、院長先生に手紙を書こう。そう思った。
前を見ると、ケヴィンも俺と同じように周囲をぐるりと見まわしていた。人の多さに、貴族の厳しい視線に、王族の臨席に、色を失っているのが分かる。落ち着きなく周囲を見ている。こいつも初出場なのかもしれない。
それから、やっと、青ざめた顔で俺の方を見た。
審判が試合のルールを叫んでいる。禁止事項。勝利の判定基準。分かり切ったことを、観客たちに説明するために叫んでいる。
緊張が高まる。呼吸を整える。全身の関節と筋肉と血の巡りを意識する。大丈夫。
同程度の体格。技術も同程度。
しかし、向こうには余計な気負いがある。貴族として出場するからにはどうしても一回戦は勝ちたいという気負い。平民には負けられないという気負い。
それらが、ケヴィンの動きを制限してくれるはず。
こっちだって、初戦は勝ちたい。そして、気負う必要の少ない俺と緊張に我を失っているように見える相手とを比較したとき、平素と変わらぬ精神状態なのは俺の方だ。
いける。
そう思った。
ちらりと審判の男を見る。
腕が高く掲げられている。
風が吹いた。ケヴィンの柔らかな赤毛を揺らして風が通り過ぎた。周囲のざわめきが遠くなる。呼吸を一つ。止める。
――はじめ!
掛け声とともに俺は剣を鞘から抜き去り構える。
思った通り、ケヴィンは一歩出遅れた。初歩的な、しかし致命的な過ち。普段のケヴィンなら絶対にやらない。会場の空気に完全に呑まれている。
俺はケヴィンが遅れて剣の柄に手を掛けているのを見て相手の間合いへ飛び込む。一足飛びに詰め寄って、回避行動も攻撃動作もさせない。
焦るケヴィンがやっと剣を鞘から抜き去って正面にそれを構えたときには、もう俺の間合いだ。
木刀に鉄板を貼り付けた模造刀を一閃。渾身の力を込めて振った俺の剣が、曖昧に防御のために構えたケヴィンの剣ごと打ち払う。彼の手から剣が零れ落ちて、彼が驚愕に目を見開くのが見えた。
回転する模造刀がステージの石畳に落ちて跳ね、それが立てた硬質な音とともに、ぴたりと彼の首筋に剣の刃を当てる。
ケヴィンは呆然として何も言わなかった。
しばらくあって、審判が終了の宣言を叫ぶ声が響いた。
運が良い。
あっという間に一戦目を終えることができた。体に疲労はない。
俺は、ケヴィンに一礼して、ステージを後にした。観客の声と拍手がぱらぱらと俺の耳に届いた。




