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(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


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24/77

24

酷く疲れた日の夜に気を失うようにして眠った日の翌朝は、全く夢を見ることがなくて突然朝が来たかのように目覚めることがある。


この時も、俺はそんな風にして、気づくと目が覚めていた。


目が覚めて、ぼんやりとした頭がはっきりしてきた頃、俺は記憶との整合性が取れずにわずかに混乱する。


なぜなら自分のいる場所が街の広場ではなく、個室だったからだ。見慣れない部屋。俺の寮の部屋よりも広く清潔だ。


真っ白なシーツ、厚みのある布団、ぎしぎし言わず狭くもなくぼろくもないベッド。その上に俺は横たわっていた。


上半身を持ち上げてみる。痛い。骨折の痛みが俺に、これが現実だと告げている。


俺はベッドに横たわりながら自分の両手を顔の前に持ち上げて、開いて閉じてを繰り返した。次に顔を動かして部屋の中を見回す。何が起きて、ここがどこで、俺はどうしてしまったのか、そういうことが分かるような手掛かりを求めて。


でも部屋には変わった物は何もなく、ベッド脇に椅子が一脚とサイドテーブルが一台あるだけだ。それらは俺の疑問の答えの手がかりとはなりえなかった。


俺の右側に窓があり、その窓の外には曇り空が広がっている。色づいていた美しい葉はほとんど散っていた。細い枝ばかりになった物寂しい木々が目についた。


ついこの間まで紅葉した葉が木々の枝に茂っていたのに、これはどういうことだろうか。


嵐があったのか?それとも俺が長く眠り込んでいた?だとしたらどれくらいだろうか。いや、それよりも、俺は死んだのでは?


答えのない疑問が俺の頭の中をぐるぐると巡っている。


すると腹がぐうと鳴るのが聞こえた。腹が鳴ると途端に空腹が意識され始めた。そして、一度空腹を意識してしまうと俺は何か食べたくてたまらなくなった。どうしたらいいのか。このままここにいれば飯が運ばれてくるのか。


とりあえず俺はベッドから降りようとした。部屋の外を確かめなければ。


俺は自分の体を確かめるために、痛みをこらえて起き上がるとゆっくりベッドから両足を下ろした。少し頭がふらつく。それから床につけた足裏の感触を確かめる。靴はないから素足で触れることになったが仕方ない。


自分の両足がなんとなく細いような気がした。よく見れば腕も。腹筋が萎れている?まさか。


自分の腹をなでながら、白い寝間着を着せられていることに遅まきながら気付いた。いつの間にか着替えさせられていたようだ。自分のいる場所が病院なのだと当たりをつける。


だったら、この部屋の外に誰かいるだろう。


そう思いいたると俺はすぐに行動に移すことにした。部屋から出て人を探そう。腹が減っているし喉も乾いている。


俺はベッドから立ち上がろうとした瞬間、眩暈にも似た浮遊感と、全身に満ちる妙な倦怠感で体がふらつくことに気付いた。あっと思った時にはバランスを崩して、盛大に床に倒れ込んでしまった。


自分の体の変わりように俺は驚くと同時に不安になった。俺はちゃんと回復して軍に復帰できるんだろうか。


そんなことをぼんやり考えていたが、頭を振って良くない想像を追い払う。俺は大丈夫だと自分に言い聞かせながら、気合いをいれて再度立ち上がった。よし。立てた。


近くに掴めそうなものがないので少し不安だったが、俺は意を決して左足で一歩を踏み出す。ぐらつく体。俺は慌てて右足を動かしてもう一歩。さらにもう一歩。良し、感覚が戻って来たぞ。


調子に乗った俺はさらにもう一歩を踏み出そうとして足がもつれ、再度無様に床の上に倒れ込んでしまった。痛い。


これは俺が思った以上にまずい状況だ。復職どうこう以前に日常生活からあやしいかもしれない。


俺が床に座り込んだままどうしようかと考えていると、部屋の扉が勢いよく開けられて見知った顔が部屋に入ってきた。


床にへたり込んでいる俺をみて、その顔は驚愕の表情を浮かべ、それから泣きそうな顔になった。


「隊長!」


マーカスだった。


「おはよう……」


俺は今が何時なのかわからなかったが、とりあえず挨拶をした。色々な感情や記憶がごっちゃになって上手く言葉にならなかったのだ。それでも何か言わねばと思って口から飛び出したのがその言葉だった。彼の普段みたことのない取り乱した顔に、酷く動揺してしまったせいもあった。心配をかけてしまったかもしれない。


「隊長~」


そう言ってマーカスが掛けてきて俺に抱き着く。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。いや痛い痛い。それに苦しい。


それでもマーカスが無事だったという事実に、俺の胸の中に安堵と嬉しさが広がっていく。良かった。生きていた。


「ジャンは?」

「あいつは任務中です。俺が今日は隊長の世話係だったんで、今来たところっす。毎日隊員が交代で来てるんすよ。今日は俺の番で、そんで、廊下を歩いてたら部屋の中から音がしたんで、もしやって思って」

「そうか。手間をかけさせたな」

「そんなのいいんすよ~!俺ら隊長のおかげで無事だったっす。俺たちと別の班になったライリーたちはみんな死んじまって……」

「あぁ……、そうだな。申し訳ないことをした」

「仕方ないっす。俺らみんな死ぬのを織り込み済みで軍に入るんすから」

「あぁ、そうだな……。ところで、ドラゴンはどうなった?」

「そう、それっすよ!隊長が氷漬けにしたドラゴン!あいつはまだ氷漬けのままっす。今教会の連中が封印を施して、ずっと管理してるっす」

「封印?倒さないのか?」

「最初は一斉に攻撃してぶっ殺そうって話が上がったみたいなんすけど、もし無理だった場合取り返しがつかなくなるってことで、氷漬けのまま魔法で封印しようってことに決まったみたいです」

「なるほど」

「隊長のおかげっす!すげぇってみんな言ってて、他の隊のやつらも騒いでて!俺たちみんな鼻が高いっすよ」

「いや、あれはたまたまで」

「またまたぁ、謙遜してぇ!隊長はそういうところあるっすよね。あ、そうだ」


突然耳元でマーカスが叫ぶ。


「目が覚めたら報告しないといけないんだった。すんません」


どこへ?という俺の疑問は解決されないまま、俺はマーカスによってベッドに戻される。俺が布団におとなしく入ったのを確認して、ちょっと行ってきますと足早に部屋から出ていくのを見ていた。


俺は自分が今生きているのだと言うことを噛みしめていた。


そうか、死ななかったのか……。


俺は自分の胸に手を当てる。


あの痛み。


自分の中が空っぽになった感覚。


冷たくなっていく体。


心臓が止まる感覚。


駆け寄ってくるアルベルト。


全て覚えている。


なのに俺は今こうして生きている。


その意味するところのものを俺はじっと考えていた。


マーカスが出て行ってしばらくすると、軍医と看護師が足早にやってきて俺を診察した。


俺の体調がまだ万全でないのは魔力を消費しすぎたせいだという。なんと、俺は二週間も眠っていたらしい。それでもまだ、命を削って魔法を唱えた後遺症から完全には回復できていないために、体が言うことを聞かないのだろうと、説明を受けた。


応急処置が早く行われ、枯渇した魔力の補充があったおかげでこの程度で済んだのだと言われた。ありがたいことだ。


それから、俺の食事の手配やら、今後の治療方針と入院期間の説明やらがあって、彼らは帰って行った。


しばらくして俺の昼飯が運ばれてきた。もう昼は過ぎていたらしいが、わざわざ持ってきてくれたらしい。ありがたくて涙が出そうだ。


俺は運ばれてきた食事をじっと見る。匂いはうまそうだと思ったが、薄いほぼお湯みたいな粥と具のないスープと水があるだけだった。二週間ぶりの食事がこれかと思うと、なんとも味気ないが、絶食状態から急に固形物は食べられないのだと言われては仕方がない。


おれはそのつまらない食事をさっさと終わらせ、トイレにいったり、体をふいたりして、やっと人心地がついた。


それからしばらく静かな時間が流れた。


マーカスはまだ戻らない。きっと医者を呼んだあとそのまま中隊長へ報告にでも行ったのだろう。


窓の外をぼんやり眺めていると、にわかに廊下が騒がしくなった。


そのざわめきは俺の部屋の前までくると収まった。


ノックの音が部屋に響いた。


どうぞ、と入室を促すと、がちゃりと扉が開かれた。


俺の部下たちだった。みんなわざわざやって来てくれたらしい。ジャンも居た。


俺は煩いクソガキどもに囲まれて、この二週間の間のことやドラゴンのことなどを聞かされたり、ドラゴンとの戦闘についてせがまれて話してやったりした。


だれもかれも、仲間が死んだことを悲しんでいたけれど、表面上はそれを引き摺ってはいないようだった。


後で、ライリーたちの埋葬された墓地へ案内してもらう約束をして、その日はみな帰っていった。


数日後思いがけない人物を伴ってマティウス中隊長がやってきた。


朝食が終わり朝の診察が済み、何もすることのなくなった中途半端な時間。


俺が、ノックされた扉に声をかけると、二人が部屋に入ってきた。


マティウス隊長が連れてきた男は、この辺境伯の息子のエリック・ウェッジウッドだった。学園以来久しぶりの邂逅だったけれど、俺にはすぐに分かった。時々軍の演習のときには遠目にではあるが見かけていた。


彼は、アルベルトの側近の中ではデミアンと同じくまともな方の貴族だった。まぁほとんど会話をしたことがないだけだが、俺に無理やり絡んでこなかっただけでまともだと思っている。


そして学園を卒業後は、ここ自分の故郷で軍の司令官補佐をしていた。ゆくゆくは軍を動かす人間になるのだ。


「キース。久しぶりだな」


エリックが口を開いた。


「はい。お久しぶりです。エリック卿。体調が万全ではなく起き上がるのもままなりません故、このような恰好で失礼いたします」

「いや、構わない。そのまま楽にしていてくれ」

「ありがとうございます」

「今日はお前に話があって、無理をいってマティウス殿に頼んでここへ連れて来てもらった。本来ならばお前の体調が万全な時を見計らうべきなのだが、どうか許して欲しい」

「いえ、ご考慮いただき感謝いたします。どうぞ何でもおっしゃってください」

「ありがとう。それでキース。全く学園以来だな。よもやお前ほどの優秀な男が我が辺境軍に入隊しているなどとは夢にも思わなかった。どういった心境の変化だ?俺の記憶によればお前はどこかの省庁への入省を目指していたと思ったのだが、記憶違いだったかな」

「はい。私にも色々ありまして、こうして辺境軍入隊という縁を頂きました」

「そうか。お前に何があったのかは深くは問うまい。それよりも、入隊するのなら入隊時に俺に一声かけてくれればよかったのだ。そうしたら適当な地位をお前に確保していただろうに。もったいないことをしてしまった。入隊審査の担当者をあとで締めあげておこう」

「とんでもありません。私自身それほど戦闘が得意ではありません。過分な地位を頂いてしまっては、きっと私には期待に沿える働きはできなかったはずです。私にはこれで十分でした」

「しかし、お前は平民でありながら入隊後数年で小隊長にまで昇進したと聞いている。また、ここにいるマティウスからも特異な働きでもって軍に貢献していると聞き及んでいるぞ。謙遜はよせ」

「いえ、それはマティウス隊長のご配慮とお引き立てがあったからです。私一人の力ではありません」

「相変わらずお前は名誉欲のない男だ。そういうところがもったいないところであり、お前の美点でもあるのだがな」


エリックが感慨深い目で俺を見ている。なんだか居心地の悪さ、尻のすわりの悪さを感じて俺は身じろぎした。


「マティウス」


言いたいことを言ったのだろう。エリックがマティウスに声を掛けた。


「はい。キース、昨日目覚めたと聞いているが体調はどうだ?」

「マティウス中隊長、気にかけて頂き誠にありがとうございます。見ての通りまだ万全とは言い切れませんが、受け答えだけは問題ありません」

「そうか。良かった。君のことは、隊員や討伐隊からの聞き取りで概ね把握しているつもりだ。君がドラゴンに乗って街へ飛来したこともおそらく偶然だろうと思っている」

「はい。私は一人私の部下二名を伝令として走らせるにあたり、時間稼ぎのためにあの場に残りました。その際、かのドラゴンによって連れ去られ、街へと運ばれるに至りました」

「そうだろうと思っていた。今日私がウェッジウッド辺境伯ご子息のエリック卿をここへご案内したのは君への事情聴取をするためではない」

「はい」

「君に感謝を伝えるためだ。君は勇敢にも一人でドラゴンへと挑み、結果として甚大な被害を出すことを未然に防ぎまた、かの黒竜を封印せしめるという快挙を成し遂げた。常人には為せぬ技だ。我々はそのことに深く感謝し、君のこのドラケンヴァルト、ひいては国への貢献を評価し、君へ褒章を授けることが決まったということを伝えるために来た」

「いえ、そんな……。本当ですか?」


なんだかすごい話になってきたと思った。


「本当だ。かの竜が最後に目撃されたのは百年も前のことだ。当時あれに対抗することは難しく、時の辺境軍が総力をあげてなんとか追い払ったにすぎない。それなのに、君はこの度一人であれを無力化することに成功したのだ。まったく奇跡と言っても過言ではない」

「いえ、そんな大層なものでは……。それに、あれは私一人の成果というわけではありません。あの森で戦った討伐隊や仲間たちのおかげでもあります」


大きくマティウスが頷いた。


「もちろんその通りだ。しかし、最も封印に貢献した者が誰かと問われれば、私はキース、君以外の者をあげることはできないと思う。そして、そのことは国王陛下も同意見だ。国王は大変感激しておられる。そして君を救国の英雄として、そして賓客として、王宮へ招待したいとおっしゃられた。そして実際にその申し出が、辺境伯閣下を通じてなされている」

「国王陛下……そんな」


俺が英雄??


「それからアルベルト殿下の強い後押しもあった」

「殿下が……。そうですか」

「殿下は瀕死の君に魔力供給を施してくれた、君の命の恩人でもある」


俺は驚いて言葉が出ない。


「その様子では知らなかったようだな」

「ええ、はい」

「君があの氷結魔法でドラゴンを凍らせた直後に意識を失い倒れた姿を見て、魔力切れであることを即座に看破し応急処置を施してくれたのだ。それに、君が眠っている間ずっと側についておられた。公務のために王都へ戻らなければならないその日まで毎日ここへ顔を出しておられたそうだぞ。君は果報者だな」


心臓が一つ鳴った。


「そうですね……ありがたいことです」


俺はなんとかそれだけ言った。


「その王子殿下が、君にぜひ王宮へ来て欲しいと仰っている。君はきっと断るだろうからと」

「はい」

「これは大変名誉なことだ」

「わかりました。謹んでお受け致します」

「あぁ、そういってくれて助かる。君が人前に出たがらない男だというのは知っている。この度はどうか国王陛下と王子殿下の顔を立ててくれ。何、その時には私も同行する。安心してくれ」

「はい。大変心強いです。何分作法など一切分からない身ですので……」

「予定は来年の二月だ。まだ三か月もある。医官に聞いたが、一月にはほぼ完治するだろうと聞いているから、体の方は問題ないだろう。それまで安静にして、十分休養を取ることだ」

「はい。ありがとうございます」

「それから、国王陛下とは別に辺境伯閣下からも、お前を表彰する旨の言伝を受けている」

「そうなんですか……」


もう何が何やら……。俺は考えることを放棄してしまった。


「王宮で執り行われる式典に先立って、辺境伯閣下の屋敷で褒章の授与がある。追って通達を待つように」

「わかりました」


その後、忙しい二人は慌ただしく俺の部屋を後にした。再び部屋に静寂が訪れた。


俺はいつにない逸る心を持て余していた。学園に合格したあの日と同じだった。

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