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その後、俺とヴィオラ小隊長がマティウス隊長に呼ばれて部屋に残ることになった。彼女は男爵家の次女で魔法の扱いに長けた才媛だ。なぜ彼女と二人なのかはわからないが、さっき見つめられたのは個人的に話があったからなのだと今更に理解する。


相手は座ったまま、俺たちは立ったままで向かい合う。


「呼び止めてすまない」


重々しく隊長がいう。彼はいつだって重々しい雰囲気をまとっているので、声を掛けられたときはいつでも自分が何かしてしまったのではないかと緊張させられる。


「問題ありません。用事とはどのような……」

「いいえ、お気遣いは不要です。なんでも仰ってください」


俺とヴィオラの二人同時に口を開いた。気まずい。ヴィオラの言葉が聞こえてつい途中で喋るのを止めてしまった。


「ありがとう。それで、話と言うのはキース、君の隊についてだ」


マティウス隊長がこっちをみる。


「はい」

「まずは一言礼を述べさせてくれ。君は都合、なかなか扱いづらい新人の教育という点において、素晴らしい功績を上げている。エヴァンスから提案を受けたときはどうしたものかと思ったものだが、こうして君が結果を残しているのを目の当たりにすると、あの時の逡巡が杞憂だったことがわかる。この調子で励んで欲しいと思っている」

「ありがとうございます」


俺は頭をさげながらしかし、内心は穏やかではない。というのも、こういう褒めるところから入る話は、決まって後から良くない話題が続くものだからだ。俺は知っている。


「新人研修の実験的側面を鑑みて、さらに私から君への期待を込めて、優秀な君ならば気づいているだろうが、今までは君の隊に対して比較的難しい任務は与えないように調整してきていた。というのも、この辺境軍での新人の死亡率や軍隊からの離脱率は高く、それはずっと問題として軍の上層部では取り上げられてきていたことが理由にある。君にはその問題の解決の一つの糸口として、そして一つのテストケースとなってもらおうと私は考えた。そしてまた、君たちを観察し必要ならば適切な援助を、とも考えていた。他の部隊と比較して君の隊が今まで街や近隣の警備任務が多かったのも、君の受け持つ新人たちの特殊性故だ。言ってしまえば、なかなか、やんちゃな人材の集まりを君が一人で捌くのは骨が折れるだろうということに対する配慮だ」

「はい。存じております。今までご配慮とご厚意いただき感謝いたします」

「あぁ」


隊長が言葉を切る。来るぞ。


「しかし、先にも伝えたように今回、上の方から通達が来ている任務にはどの部隊も例外なく厳戒態勢で任務に当たらなければならない。しかし君の隊の特殊性を鑑みるとなかなか難しいことだとは思っている。そこで、この数日私自身も色々と考えてみた。君の隊を分割して他の者の下につけるか、あるいは君の隊員を他の隊の人員と、負担が無い程度に入れ替えるか、などだ」

「はい」

「だが、結局私はこう考えるに至った。誇り高く優秀な辺境伯軍に所属する軍人が、その一部隊がことあるごとにその構成を変えるのはいかがなものなのかと。私は違うと考える。どんな状況にも対応できるのが優秀な軍であり、指揮官は刻々と変わっていく状況に対応できなければ、自身の預かる隊員を守り導くことなどできはしないと。言いたいことは分かるだろうか」

「はい。問題ありません。この任務で必ず期待される仕事をこなしてみせます」

「よろしい。優秀な君だ。この厳しい任務にも対応して、曲者ぞろいの隊員たちを上手くまとめ上げてくれるものと期待している」

「お任せください。小隊長の任を受けたときよりそのつもりでした」

「ありがとう、キース。その言葉が聞きたかった。今の言葉を信じ、君らにもまたガスコインやラズマ部隊と同様に魔の森への任務を言い渡す」

「承りました」


そんな威勢のいい返事を言いながら、一人頭の中で色々なことを勘案しようと試みる。


自分たちで魔の森周囲あるいは内部の任務に就く姿を想像してみた。隊長にはあぁ言っては見たが、順調に任務が進む未来が想像できなかった。絶対にまだ教育の行き届かない新人が何かをやらかす未来しか見えてこない。マーカスなんかも調子になりそうだし。


どうしたら、犠牲がでないように彼らをまとめあげられるかを考える。被害を無くすのは無理でも最小限にはしたい。しかし新人小隊長である俺には経験が圧倒的に足りなかった。


魔の森の駐屯地に半年近くも詰めなければならないというのはなかなか大変だ。肉体的にも精神的にも。


あとで、ガスあたりに話を聞いてみようか。ラズマは……うーん。


「それでも少々難しい命令だとは思っている。そこでだ。ヴィオラ」

「はい」


ヴィオラが重々しく返事をする。俺はここでやっとヴィオラが俺と共に部屋に残された理由を知るに至った。


「キースに魔法の手ほどきをしてやってほしい」

「魔法、ですか」

「そうだ。彼は魔法がある程度使える。しかし、あまり攻撃魔法は知らないようなので、彼のためにいくつか教えてやって欲しい。魔の森である程度の危機に対応できるような魔法だ」


ヴィオラが隣に立つ俺をちらりと見た。すぐに視線がそらされる。


「承りました」

「ありがとう。指導方法や指導内容、伝授する魔法の種類はヴィオラ小隊長に一任する。指導時間については、双方で調整して通常業務時間内で都合をつけて訓練を行って欲しい。一応こちらでも実態の把握は行っておきたいので、訓練についての詳細は双方個別に私まで定期的に報告を上げるように」

「はい」

「了解いたしました」


これで話は終わりだと言う風に中隊長が頷く。それを見て、俺たちは回れ右して退室することになった。


ヴィオラ小隊長とはほとんど関わりが無いから、緊張するなぁ。


そんなことを考えながら中隊長室を出ると、すぐにヴィオラが打ち合わせの日時の候補を挙げてきた。低く落ち着いた彼女の声と無駄なことを一切話さないその姿勢は、彼女の有能さの証みたいなものだった。


歩きながら俺は頭の中の予定表を確認すると、都合のよさそうな日時をいくつか伝えた。さすが優秀な女性指揮官であるヴィオラは、てきぱきと予定組をし、その時はそのまま解散となった。


これだけ無駄のない人だと、魔法の指導もさぞかし有能なのだろう。同僚として恥ずかしいところを見せるわけにはいかない。俺は、期待半分不安半分で、これから始まる魔法の指導に向け気持ちを引き締めた。





数日後、軍の訓練場で俺はヴィオラ小隊長と魔法の訓練と相成った。


俺の部下たちの訓練の時間に、ヴィオラ隊長がわざわざこちらへ来てくれた形だった。本来なら、地位も階級も上で、しかも俺の方が教わる側なのだから、こちらから時間前に会いに行って挨拶方々お願いしてから訓練場までご足労願ってしかるべきだったのだが、隊舎に詰めていた彼女のほうからわざわざ足を運んでくれた。


実務的な彼女らしく、意味のない無駄を嫌ったやり方だと思う。


俺の部下たちが訓練している横で、俺も久しぶりの指導を受けるということに、少しわくわくする。遠慮会釈のないマーカスたちの視線が少しこそばゆい気がしたが、教えを乞う立場であることを思い出して、すぐに気を引き締める。


「私もあまり時間に猶予はない。面倒なやりとりは抜きにしよう。早速今から、中隊長殿に頼まれた件で君に魔法を伝授していく。おい、お前ら!これからキースと私で魔法の訓練を行う。魔法の誤発射によって重篤な怪我を負いたくなければ、今すぐ我々から最低五十メートルは距離を取れ!この警告に従わずに、魔法の流れ弾に当たっても我々は関知しない!そのつもりで訓練を続けろ!」


彼女の張り上げた声に、訓練中のやつらが三々五々距離を取る。それを確認して小さく頷いたヴィオラがさくさく話を進めていく。


「まず最初は範囲魔法よりも、確実に目の前の一体を処理できる魔法を――」

「あの、すみません」


俺はすぐにでも魔法の指導に入りそうな彼女に、慌てて彼女の言葉を遮って声を掛けた。


「私の魔法の実力の程度などは、確認なさらなくてもよいのでしょうか?」


彼女は俺の魔法の実力がどの程度かをほとんど知らないはずだ。俺がどの程度できるのかもわからないのに、いきなり難度の高い魔法を使えるようになれと言われても困ってしまう。それに、俺の実力が足りずに彼女の貴重な時間を無駄にしてしまっては申し訳が立たない。


まずは俺の魔法の実力を見極めてもらう。その後で、魔法が得意な彼女の目から見て、俺に適した魔法を教えてもらうほうが、双方にとって良いと思ったから彼女の言葉に口を挟むなどという無遠慮を働いた。


「あの、私は確かに魔法をいくつか使えますが、どれも簡単な魔法ばかりで、大規模な魔法を習った経験はありません。もしかしたらあなたの期待するような実力は持ち合わせてはいないかもしれません。もちろん、期待に沿えるよう全力を尽くすつもりではあります。しかし、まずは私の適正などを一度見て今後の指導方針などをご判断いただきたいと思います」


俺がそう言うと、彼女は不思議そうな表情で小首を傾げた。良く分かっていない風の彼女に俺はさらに言葉を継ぐ。彼女に無駄骨を折らせるつもりはなかった。


「私は、えっと、この軍に入隊してから特に魔法の訓練に力を注いできたわけでも、魔法を使って功績を挙げたわけでもありません。何故中隊長から名指しで魔法の訓練を受けるように言われたのか、私自身実はよく分かっていないという状況です。あの時は、命令なのでそのまま受け入れましたが、こうして魔法を実際に教えていただく段になって、不安になりました。今この場でこのようなことを言うのは大変失礼であるとは分かっております。ですが、あなたのご期待に沿えない可能性があるままで、あなたの貴重な時間をいただいてまで、魔法のご指導を賜るのはより礼を失した態度であると考えます。ですので、どうか私の魔法の実力をひとまずご覧いただいて、その上で指導していただくようお願いしたいと思うのですが、いかがでしょうか」


俺はヴィオラの紫色の瞳を見ながらそれだけを言ってのける。なんとも心苦しいが、何も知らない彼女の指導をこのまま受けることはさらに心苦しい。


しかし、彼女は全く気にした風もなく、なんだそんなことかと言わんばかりの態度で俺の言葉に答えた。たった一言。


「いや、問題ない」

「問題ないとは……?」


今度は俺が首を傾げてしまう。


「私は君の実力をある程度知っている」

「そうなのですか?ですが、ほとんど魔法を披露したことはないと思うのですが……」

「まぁ、君の最近の魔法の実力がどの程度かは私は正直に言えば知らない。だがしかし、数年前の君の実力ならば知っているつもりだ」

「数年前、ですか」

「そうだ」


まだピンとこない。


「あの氷の魔法は実に素晴らしかった。繊細でドラマティックでそして優雅な魔法だった」


思っても見ない言葉が彼女の口から零れ出た。


「あれほど繊細な魔法を安定して出力することができるのだ。魔法の技術については申し分ないだろう。今の君が訓練をサボって腕が鈍ったという事態にでもならない限りな。それに、空間魔法と氷結魔法と風の魔法を同時に展開するほどの実力だ。魔力量も申し分ない」


まさか、彼女が俺の魔法技能演習大会での演目を見ていたとは思わなかった。しかし、彼女の言葉は確実にあの時あの場にいたということの証明だった。


俺は驚きすぎて何も言えなかった。きっと馬鹿みたいな表情を晒しているに違いない。


「私の弟も君と学年は違うが、あの時大会に出場していてね。そして、私も応援のためにその場にいたのだ。だから知っている。まぁ、君があの時の男だということにしばらくは気づいていなかったが。あの時私が見たものについて言えば、相当な訓練と才能が無ければ、あれほど細やかな魔法の同時展開などできようはずもない。何故優秀だった君がこの軍に入隊したのかまでは分からない。しかし、そんなことは些事だ。今君が私たちと同じ軍に所属していることが全てだ。そして、だからこそ私は君への魔法指導を受けたし、中隊長殿も君へ魔法を教えるよう私を指名したのだ。誇りたまえ」


ヴィオラの目は真剣そのもので、こちらを揶揄うと言ったような意図は全く読み取れなかい。


「え、あ、はい。ありがとうございます」


なんて、馬鹿みたいなことしか言えなかった。


「学園では教えない人の命を容易く奪う魔法だ。心して学べ」


彼女の言葉は、人に命令を下すことに慣れた者の響きを持っていた。経験から来る自信と誇りに裏打ちされた、確かな力強さを持っていた。


「はい!」


俺がそう言うと、彼女は満足したように頷いて、指導内容に移った。マーカスやジャンが俺たちのやり取りを興味深そうに見ていた。


なんだか学園生活に戻ったような気がして、俺は少しだけわくわくした。


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