表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(完結)男二人、ヤマアラシのジレンマ故に  作者: たろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/77

16*

「よう、キース。調子はどうよ」


俺が宿舎に向かって歩いているときに、同じ中隊に所属している小隊長仲間のガスが声を掛けてきた。小隊長同士といっても階級は彼の方が上だ。とんでもない巨漢で、太ももなんて、分厚い筋肉のせいで俺の腰くらいも太さがある。黒髪短髪に黒ひげの上背もあって厳つい見た目の男だが、これでなかなかに愛想が良いし思慮深いので、周囲からの信頼も厚い。


ここドラケンヴァルトの男爵位を持つ家の次男坊で、本名はガスコイン-セシル・エヴァンス。略してガス。貴族でありながら平民とも分け隔てなく接する男だ。そして、平民の俺に役職が同じということで、敬語を要求しない度量の大きい男でもある。


そして、彼は俺に手の付けられない奴らを任せたらどうかと最初に言い出した男でもある。当時の彼は分隊長でその後すぐに出世し小隊長になった。指揮官としての素質も、戦闘面での成績も申し分なく、後一二年で中隊長に昇格するのではないかともっぱらの噂だった。


そんな有望株の男は、意外と平民の俺を気にかけてくれる。


「はい。今年入ってきた新人たちはだいぶ隊に馴染んできました。力量差にようやく気付いたようで、今までのように高圧的に振る舞うだけでは駄目だと学習し始めたようです。去年からいる隊員たちも新人たちの挑発を適当に躱してくれているようで、大きな問題にはなっていません。まだまだ問題は山積みですが、彼らがだいぶ精神的に落ち着いてきてることが分かります。しかも、二年目三年目の隊員たちが新人の世話を嫌がらずやってくれるようになってきて嬉しい限りです。やはり、下に人が付くと意識が変わるみたいですね。自分の方でも、調子に乗って先輩風を吹かせる輩がでないように注意してはいますが、その必要が無さそうで嬉しい誤算でした。うまく班長や分隊長らが教育してくれているみたいです。今いる隊員の中で、もう何人かは他の部隊に移動させても、きっと上手くやっていってくれるだろうと考えています。あとで、彼らの特性性格興味などの一覧をお届けします」

「いや、違う違う」


大男が手を顔の前でひらひらと振る仕草をした。


「お前自身のことだよ。あいつらしょっちゅうお前に集ってるだろう?いつまでたってもそんなにひょろひょろで、十分食えてないんじゃないか、ぶったおれるんじゃねぇかと心配だって話を俺はしたかったんだ。先日もまた小隊全員で飲み会を開かされたらしいじゃないか」

「あぁ、そのことですか。大丈夫です。それに俺が細いのは筋肉が付きにくい体質だからというだけなんでお気になさらず。てか、このやりとり年に一回くらいしてますよね?」


俺の言葉にガスが苦笑しながら言う。


「まぁ、体調にだけはほんと気を付けてくれよな。お前の働きは唯一無二だからよ」

「はい、ええと、気をつけます」


面と向かって褒められるのはなかなか慣れなくて、口ごもってしまう。


「いやほんとだって。あの手のつけられないクソガキどもを上手い具合に前線投入できるくらい教育し直せるのはお前くらいだってもっぱらの評判だ。お前んとこで一年二年過ごすだけで、普通の人間と同じくらいの理性を取り戻してかつ、自主的に動けるくらい頭が働くようになる。その上生存能力も身に付くっておまけつき。なんだかんだで、別動隊からお前が引き抜かれそうだって噂もあるんだぜ」

「あぁ、そう言えば先日声を掛けられました」

「まじか!誰だ?」

「えぇと、ガレリオ中隊長ですね。断りましたが」

「あー……。少し前に部下が死んだところか」

「魔獣に襲われたって言ってました。新人ばかりの隊だったために、昼の見回りだったのに急襲に上手く対処できずに分隊が一つまるごと犠牲になったらしく」

「まぁ同情の余地はあるかもしれんが、それはそれ、これはこれ。普段からしっかり新人と班長や小隊長の教育に力を入れていれば被害は最小限に抑えられただろうし、そういうことをきっちりできてこその中隊長職だ。出来の悪い人間を部隊の隊長選んだ自分の落ち度でもある。つまり、自分とこの問題は自分とこでなんとかしろって話だよな」


辛辣な意見ではあるが、尤もな意見でもある。


「まぁお前に頼ってる俺が言えた義理ではないんだが。それよりもだ。いいか。今度誰かから引き抜かれそうになったら言ってくれよ。そいつを俺らがぼこしにいくからよ」

「えぇ……。相手が中隊長でもですか?」

「おうよ。ま、その前にマティウス隊長に報告してからにはなるが」

「ですよね」

「軍としては仲間だけれど、有能人材を勝手に引き抜こうとするのはご法度。これ常識な」

「心配されなくても、上から移動の命令が無い限りはどこへも行きませんし、そもそも個人の意思で勝手に移動はできませんよ」


自分としては軍のために彼らを預かっているというよりも、死んでほしくないから世話しているだけなので、評判がどうとか有能がどうとかいう評価はあまりぴんとこない。戦闘面では俺は何も成績をのこしていないし。


だから、引き抜きがどうだとかの話も、面倒で地味な仕事を誰かに押し付けたいと思っているだけじゃないかと俺は考えている。


ガスやマティウス中隊長はそうではないけれど、俺に声を掛けてくる他の隊の人間は、おそらくそう思っている。都合が良い人間が欲しいだけだ。だからもし移動が可能だとしても、今の環境を捨てて他へ移動するつもりはさらさらなかった。


「ところで、お前も中隊長殿の呼び出しだろ?一緒に行こうぜ」


そう言われて、立ち話をしていた俺たちは駐屯地内の敷地を一緒に歩きだす。体格差に身長差も相まってなんとも恰好がつかない。


他愛のない話をしながら間もなく隊本部へ到着した。


そのまま中隊長室へ向かい入室すると、すでに俺の同僚であるほかの小隊長たちが詰めていた。その奥に大きな机を前に椅子に腰かけた中隊長が構えている。厳しい顔付きは普段からで、そのために機嫌がいいのか悪いのかはぱっと見では判断がつかないと大勢が言う。今日は何か悩まし気な様子だ。何が起こったのだろう。


マティウス・グレイホルン中尉。グレイホルン子爵家の長男。れっきとした貴族位を持ち、自分にも他人にも厳しいが、柔軟性のある考え方をする男だ。年のころは三十代半ばだろうか。年齢を聞いた記憶はない。まだまだ衰えを感じさせない若々しさと、勇壮なその顔付き上に立つ者の貫禄を感じさせる。そして、その優秀さ故に部下からの信頼も厚い。平民でかつまだ若造の俺を小隊長に昇格したのも、ガスの進言があったとはいえ彼の個人的判断によるものだった。


先にきていた二人の隣に俺とガスは並んで立った。俺を含めた小隊長四人が部屋に詰めかけると、それなりの広さを持つ中隊長室も狭く感じる。


「遅参いたしました」


招集時間よりもまだ五分ほど早かったけれど、俺たちが最後だったのでそう言って詫びると問題ないとの返事が返ってきた。


マティウス中隊長は全くそんなことはないのだが、ほかのお貴族様だったら、時間通りであったとしても一番最後に来た者へ叱責の一つも飛ばしてくる場合がある。自分の機嫌一つで部下をなじったりする面倒くさい輩もいるので、そういう意味では俺はこの理性的な人物の下につけて運が良かったと言える。


「楽にしてくれ」


中隊長の太く低い言葉に四人がそろって楽な体勢を取る。あくまでも軍の規律内においての楽な姿勢ではあるが。


「早速だが本題に入りたい。この後また会議に招集されているのでな。さて、今日こうして貴官らに集まってもらったのは、既に承知しているだろうが、北の森の魔物たちが最近とみに活発に活動していることに関係している。昨日のことだが上から指示が降りてきた」


重々しく響く彼の言葉に、俺は嫌な予感がする。隣に立つラズマが身じろぎした。


「ここ数年、軍だけでなく民間人も含めた魔獣による被害件数が右肩上がりに増え続けている。今現在の年間の被害者数は十年前の三倍を優に超えている。そのために町や村、そしてそれらを繋ぐ街道、魔の森近辺の警備体制を年々強化してきた。しかし、その被害者数は一向に減ることがない。つい先日も、森から魔獣の群れが姿を現し、巡回中の警備兵を襲ったことは記憶に新しいだろう。あの事故では、ガレリオ中隊長配下の者が二十一名死亡している。怪我を負った者も数人が軍に復帰できずに除隊となった。現れたのは魔狼の一群だ。襲われたのが新人ばかりの班だったせいで対応ができなかったようだ。さらにその新人たちを助けるために向かった連中も被害を拡大させる要因となってしまった。それだけではない。さらにその前には、コカトリスによる駐屯地の襲撃が起きており、また近隣の町村でのゴブリンによる被害なども報告されており、枚挙に暇がないほどだ」


マティウス中隊長の話はどれも耳にしたことのある話だった。


「ここ最近の魔物の出現数は過去に類を見ない。一言で言って異常だ。ここに至ってとみに増え続ける問題の発生件数に、辺境伯を始め軍総司令部のお偉方は頭を痛めていらっしゃる。そこで、一つの決定が為された」


その言葉にこの部屋に集まった小隊長が四者四様の表情を浮かべる。中隊長がこの場で話すということは、もう上層部では今後の方針は決定事項なのだろう。上部下達。俺らに拒否権はない。できるだけマシな指示が降りてくることを祈るばかりだ。


国内にある軍の中で、王家が擁立する国軍と比しても遜色ないほどの規模を持つ辺境軍の仕事は大きく分けて四つある。


一つに領地の発展に尽力し、かつ住民と領地の防衛である。辺境の地の開拓と都市の建設、隣国からの異民族の侵入の防ぎ戦うことも基本的な役割であるが、さらには北西の森や南西の山からやってくる魔物の襲撃から人々と領地を守ることまで求められる。


隣国については、建国当初から互いにちょっかいをかけたりかけられたりの関係が今なお続いている。長い歴史の中で、他国からの支配をはねのけ続けてきた遊牧民族の巨大国家。しかし、昨今では部族国家である隣国の盟主部族で後継者争いが起こり、それに乗じた多数の部族間で抗争が恒常化し、その国力は低下してしまっている。そのいざこざは一向に解決する様子がみられず、こちらにまでかまけている余裕がないようで、最近では彼の国との衝突は下火になっている。しかしそれでも隣国からの攻撃に対する防衛任務の重要度は高い。


魔物に対する備えもまた、重要である。魔物と一口にいっても数多くの種類の魔物がここ辺境には生息している。一般的な魔物である魔狼やゴブリンなどの魔獣も多く生息しているが、さらにはここ辺境に特有のトレントやエルダージャイアントなど大型で凶暴なものも存在している。過去にはドラゴンを討伐したという記録が残されている。彼らは時折大群をなして人界へ攻め入ってくることがある。それに対応することもこの辺境軍の平時からの任務となっていた。


二つ目に、魔物の生態調査である。将来の脅威となりうる存在を早期に発見しその危険の芽を刈り取ることは領地防衛にとって肝要である。特に甚大な被害をもたらす可能性のある魔物が、その個体数を増やしはじめたかどうかの見極めは重要事項とされる。それ以外にも、魔物の生態を研究者と協同して詳しく調査研究することで、魔物との戦闘を有利に進めたり魔獣狩りの効率を上げたり、あるいは新たな対抗策を打ち出すのに役立てたりしている。


また、多数生息するやっかいで甚大な被害をもたらしうる魔物たちは、その遺骸が様々な用途に利用され重宝されているという側面を持っている。森の奥にいるまだ見ぬ未知の魔物が、今後全く予期せぬ未来を切り開く鍵となる可能性を秘めているかもしれない。


三つ目に、定期的な魔物の討伐がある。魔物には繁殖期があり、その前後には近隣一帯の危険度が上がる。また、幼獣を育てるために獲物を求めて魔物が森を抜けだしたり森を移動したり、あるいは山から下りてきたりもする。そのため、定期的に魔物の生息地へと分け入って数を減らさなければならない。つまり、魔物の間引きを行うのだ。また、特に危険度の高いドラゴンや巨人族などが現れたときには、場合によってはその討伐あるいは撃退も行う。


ただし、魔物の討伐や撃退を行うのは俺たちのような一般兵ではなくて、専門の討伐隊が行うことになっている。人知を超えた存在であるドラゴンなどの魔物の上位種に対応するための訓練を積んでいる彼らは、少数精鋭の辺境軍人のエリートであり、軍へ入隊してくる者たちの憧れの的でもある。貴族でもおいそれと彼らに命令を下したり、彼らを侮ったりはできない。辺境伯直属の部隊である彼らを軽んずることはすなわち辺境伯を軽んずることと同意だからだ。


そしてそのエリート部隊は常に人手不足故いつでもその門戸を開放してはいるが、その訓練は熾烈を極め、教官の指導は苛烈を極め、多くの者が志半ばでその道を諦めるという。


四つ目は辺境の地の調査である。魔物が多くはびこるがゆえに、人跡未踏の地が広く存在しているこのドラケンヴァルト領には、まだ見つかっていない潜在的脅威がうようよいると目されている。それをいち早く発見調査して今後の対応に役立てようというものである。そのための地図の作成が検討されている。


一方で森そのものの開発は国によって禁じられている。魔物や動物植物の利用は認められているが、狩猟採集の類については、辺境伯の管理下にあった。森にはまだ見つかっていない地下資源や魔法資源も眠っていると噂されているが、それが実行に移されたことは過去に一度もない。


そも、森の開発が禁じられている理由については建国時以前からあるこの国の決まり、神話や伝説とも見なされている神よりの警句のためだった。そしてそれは草原でも同じような逸話があるらしく、それによって大昔に森には手を出さないという協定が互いに結ばれていた。両国はそれを律儀に守り続けて今日に至っている。


このようないくつかの理由のために、多くの人間がこの辺境の地へ集まってくる。ここドラケンヴァルトは辺境にありながら非常に栄えた街を擁している。


このようにこの辺境軍には多種多様な任務があり、またここで挙げていない任務もまだまだ存在している。


まぁしかし、俺は特別な才能などない普通の兵士でしかないので、上から降りてくる指示に否やは唱えられない。どんな理不尽で危険な仕事であっても。そして、それは俺の直属の上司である中隊長であっても同様である。


ということは、だ。


こうして、俺たちが中隊長にわざわざ集められたという事実と彼の話ぶりから、今この場で彼の言わんとしている今後の任務内容はだいたい察しが付いていた。


マティウス中隊長の言葉を待つ間、となりのラズマがまた身じろぎした。面倒くさいと思っているんだろうな。まぁ気持ちはわかる。まだまだ指示に従順に従うということができない俺配下の新人たちのことを思うと俺だって頭が痛かった。


「森に配備される部隊の増強が決定された。数日後には全軍に上から正式な通達が来る。諸君にはそれに対する備えを今から始めて置いて欲しい。今後、予定の変更が度々なされる。それに柔軟に対応して行って欲しいと思っている。恐らく、通常の森周辺と近隣の町村の巡回警備の任務に加えて、君たちには森の巡回警備の任が割り振られる。通常はその過酷さ故に森の監視任務は各部隊三か月の短期の任務であったが、その期間が半年へと延長される。その間、それぞれの舞台には魔獣の間引きを行ってもらう。また、森の異変を調査する部隊に対する警護と随行も新たに求められるはずだ」

「人手が足りません」


ラズマが口を開いた。その言葉に中隊長が大きく頷いた。


「分かっている。それに合わせて部隊の人数も増強される。順次新人を回していくので、その教育を貴官らには頼みたい。新たな任務で忙しくなる上、今後ますます柔軟な対応が求められ、かつ、新人の教育もこなさねばならない。今でも十分忙しい諸君らにこれ以上の負担を強いるのは忍びないが、これは各中隊以下の全ての者たちに課せられた辺境伯からの指示である。軍は体が資本。みな十分な注意をもってことにあたり、怪我の無いように励むことを私は期待する。もちろん出来る限り貴官らの負担が軽くなるよう配慮していくつもりだ。不満もあるだろう。だがそこは堪えて欲しい」


マティウス中隊長の視線が一際厳しいものになった。


「これは、領民ひいては国民の命を守る重要な任務であると心得よ。また、秋には慰霊祭も控えている。それに合わせて、例年通り王族のどなたかがこの地へ日々任務に従事する我々の慰安と死んでいった兵たちに対する慰霊を目的として来訪なされる。まだ現段階ではどなたがいらっしゃるかは、安全上の理由から伝えることはできない。国王陛下かもしれないし、あるいは公爵家のどなたかかもしれない。が、どなたがいらっしゃるかにかかわらず我々は、この地の安全を確保しなければならない。辺境軍の威信にかけてこの任務を遂行し、安全に王家の方々が来訪なされるようにしなければならない。心得よ。この任務によってどれだけ魔獣の数を減らせるかが重要だということを。国王陛下も心を痛めていらっしゃる。私は貴殿らにこれまで以上にその任務に尽力することを期待している。励め!」


力強い声に俺たちは揃って返事をする。


マティウス隊長が言葉を区切ると、俺たちを順々に見回した。そして、最後に再び俺の方をじっと見つめてきた。


「この通達を持って任務着任とする。これは命令である。優秀な貴官らならば、期待以上の働きをこなせると私は期待している。私も今まで以上に励もう。そして、この辺境に再び安寧と秩序を取り戻そう。辺境伯閣下の名の元に!国王陛下の名の元に!」

「辺境伯閣下の名の元に!国王陛下の名の元に!」


俺は今後のことを思うと頭が痛かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ