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具合の悪さを抱えながら、退場する。


魔力切れを起こしていることを気取られたくなくて、全く健康であるかのように振る舞いながらステージを下りると、観客席へ急いで移動した。


会場隅の席に座って一息つく。


さっき自分の身に起こったことを思い返す。初めての経験だった。あんなに誰かに称賛されたことはなかった。少しだけ、自分が確かにここにいるのだという実感が生まれた。


冷めやらぬ興奮を抑えて、俺は目の前の会場を見る。


俺よりも成績が上の同級生たちが、一人また一人と準備してきた魔法を披露していく。それを眺めながら、俺は今までにないほど穏やかな気持ちで座っていた。


今また一人の演技が終わり、会場全体が熱気に包まれている。


司会進行人が次の出場者の名前を読み上げる。


一人の男がステージに向かって進み出る。この国の第一王子アルベルト殿下その人だ。


彼は夏の日差しを浴びて金色に輝く髪の毛を風に揺らしながらゆったりとステージへ上っていく。周囲で感嘆の吐息が漏らすのは女性たち。


俺はただ静かにその時を待つ。彼の魔法を見るために。


司会進行が宣言して、彼の魔法演技が始まった。


それは圧倒的だった。去年見た三年生の演技で、アルベルトに及ぶ演技をした者はいなかったと思う。


炎がステージ中をほとばしり、完璧に操られたそれはまるで生きているかのようにうねり跳ねまわった。


それは見る者の目を奪い、あっという間に彼の世界へと引き込んだ。


暗闇の魔法が展開され、ステージ中央に闇が生まれる。その中で、まるで数多の星のように火の粉が舞い、流星のように炎が流れた。


これほどの精密な動きと、大規模な魔法の展開は魔力量と魔法の素質の両方が備わっていなければ不可能だ。


その完成度は、彼の後で披露された昨年一位のデミアンの演技と全く遜色なく、双璧を成すものだった。


これが、彼の本気なのだと、言葉でなくとも理解できた。俺のこじんまりとした魔法なんか、及ぶべくもなかった。


ステージを見つめながらただ思ったことは、やっぱり、アルベルトはすごいなと、そういう馬鹿みたいな感想だった。


俺のときなんかとは比べ物にならないほどの拍手が巻き起こる。俺も自然、手を叩いていた。


彼が退場していく。全く疲れたそぶりも見せない彼は、優雅に歩き去った。


ただ、俺は夢を見ていたかのように、それを眺めていただけだった。






それから、全ての演技が終了した。審査員が壇上から去り、成績発表のための舞台を整えるために短い休憩時間が挟まれた。出場した生徒はみな、ステージ脇に並び、自分の名前が呼ばれるのを待つ。俺は、一言もしゃべらずただ静かにその場に立っていた。


時間は夕方に差し掛かっていた。


それから、結果発表を今か今かと待ちわびる観衆の忍耐が限界を迎えるころ、やっと順位発表が始まった。司会者によって一年生から順繰りに上位八人の名前が呼ばれ、その内三位までの三人がステージ上へ上がっていく。


一年、二年と終わり、三学年の発表へと移った。


出場した三十人が横一列に並んで、その名が呼ばれるのを待っている。自分の名前が呼ばれるかもしれない可能性に、しかし俺の心は凪いだままだった。何の感慨も焦りも期待もなかった。ただ、静かに結果が発表されるのを待った。


八位からゆっくりと名前が呼ばれ、得点の内訳と講評が述べられる。呼ばれた人は嬉しそうに一歩前へ進み出て観客と審査員へ一礼する。それが一連の流れ。


そしてついに、俺の三年間の学園生活の中で初めて、公式の場で俺の名前が呼ばれた。


五位。


嬉しかった。純粋に。八位入賞が果たせただけでもう十分だった。強がりではなかった。アルベルトのあの演技を見てしまっては、勝てるとは到底思えなかった。それに、俺は少し制限時間を超えてしまっていたらしい。その減点が響いた結果になった。なかったら三位入賞もあっただろうという講評を戴くことができた。


それで満足だった。


自分は精一杯やり遂げたし、彼の演技は俺のはるか上を行くものだった。


それが俺はただ嬉しかった。本気をだした王子が最大限その才能を発揮したという事実が嬉しかった。天才はどこにでもいる。しかし、俺は天才ではなかった、ただそれだけのことで、俺にはそれだけでもう十分だった。初めてアルベルトと真剣勝負をしたという事実だけで、十分だった。


もう、この学園でやるべきことは終わったと思う。後はもう、俺は、俺にできることで彼を超えて行けばいいと、そう思った。それが何かはまだ分からなかったけれど、ゆっくり見つけて行けばいいと思えた。





その後のことを話そう。


夏学期も無事に終わり冬休みになった。


俺は無事に社会福祉局に採用が決まった。真冬の雪がちらつく日だった。分厚い立派な封筒が寮へ届けられた。中を開く時、柄にもなく緊張で指が震えるのが分かった。採用の文字が見えたとき、俺は本当に嬉しかった。


これが、俺の人生で二回目の成功体験となった。


すぐに院長先生に手紙を書いた。年明けすぐに喜びに満ちた返信が来た。これから、孤児院のために頑張っていこうと俺は思った。そのために、身を粉にして働く覚悟はできていた。


あっという間に冬休みが明けて、学園に戻って来たマルコやリヴィをはじめとした平民仲間が、こっそりお祝いをしてくれた。小さな居酒屋でみんなで酒を飲んだ。ささやかなお祝いだった。


そして……。


冬の終わりの三月に卒業式があった。


その後のことを話そう。

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