寝言で愛していると言ったらしい。
愛のない政略結婚。家のために結婚しただけだ。
隣で眠る夫クリードをこっそり盗み見る。起きている時と変わらず、隙一つない整った顔立ちだ。
寝ている時にも身じろぎ一つしないとは。
(結婚すれば、少しは関係が変わるかもと思ってましたのに)
布団に顔半分を埋もれさせながら眉を寄せた。
(分かってはいましたけれど、好きなのは私ばかり)
王太子であるクリードは妻を伴って出かけなければならない時がある。その時にだけシンシアは駆り出された。クリードのエスコートによって優雅に存在を見せつけるのだ。
お飾りの妻は今日もまた、ただ隣で眠るだけ。
しかし変わらない日常は唐突に終わりを告げた。
「……シンシア。お前、寝言で言っていたことは本当か?」
「え?」
「俺を愛していると言っていたが」
「はい?」
まさか、そんなことあるわけない。
(とは、言い切れない!)
クリードを愛しているのは事実で、口走ってもおかしくない程に悶々とした日々だった。
「何を馬鹿げたことを。聞き間違いでは?」
焦る心を悟られないように顔を引き締めた。
しかしクリードはさらに突っ込んでくる。
「いや、何度も言っていたから間違いないと思うんだ」
「なんですって」
プライドもあり、認める訳にはいかなかった。
「いいえ。私、寝言など口にしたことはございませんのよ。結婚前にもそのようなお話、聞いたことはございません」
クリードほどではないが、寝相だって良い。褒められこそすれ窘められたことはない。
「そういえば、クリード様だって、愛していると言っておりましたわ!」
苦し紛れに言ってしまって後悔した。
後ろめたいシンシアとは違い、クリードにとっては痛くも痒くもなく——。
急に黙り込んだクリードは片手で口を押さえていた。
「本当、か……?」
「え?」
「俺が愛していると言っていたか?」
「はい?」
まさか、そんなことあるわけない。
(でもこの表情、この反応。どうしても都合よく考えてしまって)
真顔に戻ったクリードはシンシアの手をそっと握った。
「いや、バレてしまったのなら仕方ない。実は、俺はお前のことを愛していて」
「へぁ!?」
「政略婚なのはわかっている。が、もうずっとそばに置いておきたいほどで」
思いもよらない愛の言葉に、シンシアの顔は真っ赤に染まった。
そんな様子を見ていたメイドと家令は。
「いつもお部屋、静かですよねえ? 旦那様の最初のあれってまさか、嘘……」
「しっ!」
メイドの口は慌てて押さえられたとか。