表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔のない怨念  作者: 方舟
3/3

噂のサーカズム

「まず、道とトンネルを潰さない理由だけど——」


 向かいに腰を下ろした僕をチラリと見やって、さかえ義兄さんは言葉を紡いだ。「簡単に解決できそうな要素があってね」


「簡単に解決できる要素?」


 僕が鸚鵡返しに言うと、にこりと微笑んだ義兄はうんうん、と頷く。


「そこ私道なんじゃないかなぁ」


 僕は息を止めた。盲点だった。確かに、道の先に閉鎖した施設しかないのなら、間違いなくそこは私道だろう。


「だからね、地元の人は手出しできないんだよ。入り口を封鎖することも、トンネルを潰すことも、立て札さえ立てられない」


 確かに、手が出せないなら、あの迷惑そうな、それでいて無関心な地元民の反応にも納得がいく。


「じゃあ、施設が閉鎖する前、まだ普通に使える道だった昔から事故が多かったっていうのは」

「デマじゃない? もしくは施設に向かう関係者がもれなくみんなドジっ子だったか」


 そんなドジっ子属性あってたまるか。


「じゃあ……じゃあ、あれは」


 写真に写り込んだ人影を思い出して、不意に僕は震えた。あまりにも異様で、人には見えなかった、あの姿。

 さかえ義兄さんは困った顔で僕を見守りながら、言葉を継いだ。


「不思議だよねぇ。事故があったはずがない、人柱だって立ったことがないそんな場所で、どうしてあんなのが現れたのか」


 立ち上がった義兄はシステムキッチンに向かい、コーヒーを淹れ始めた。と言ってもインスタントの粉をカップに入れて、お湯とミルクと砂糖を手当たり次第投入した手抜きコーヒーだ。かちゃかちゃとスプーンで雑にかき混ぜた後、そのスプーンをカップに突っ込んだまま、僕に差し出してきた。


「あ、ありがとう」


 カップを受け取り、バカみたいに甘いコーヒーを口にする。それから、同じくコーヒーを淹れて向かいのソファに座るさかえ義兄さんをうかがった。


「……あの写真見たときねぇ、思ったんだ。

 ——ああ、きっと祓えないなコイツって」

「祓えない? 義兄さん、霊能力とか」

「俺? そんなもん持ってないよ」


 あっけらかんという義兄。思わずコーヒーを吹き出しかけて、必死に熱い液体を飲み込む。


「きっとどんな強力な霊能者とか、お坊さんとか、神主さんとか、あと……エクソシスト? とか、そういうのが出てきても、祓えないんじゃないかなぁって意味でね」

「どうして……」


 僕の問いかけに、さかえ義兄さんは困った顔をして苦笑する。


「だってあいつ、顔がないもの」


 かお。顔がない、幽霊。


 手足が異様に長く、背が異様に高いその人影を思い出して、僕は確かに唖然とした。それはどこまで行っても影。顔など、全く思い出せなかった。


「鬱蒼とした山道、薄暗いトンネル。向こうは薄暗い森。そりゃ、ここ怖い、なんかいわくあるんじゃないのって、思う人もいただろうね」

「いや、思ったって……」


 いいかけて、ふと、先ほどの義兄の言葉を思い出した。


 言葉は意味があり、力がある。

 たとえ嘘でも、言い続ければそれが真実になることもある。


「……噂」


 義兄の顔が、深く笑みを刻んだ。


「その通り。雑誌にも載るほどの怪奇スポット。そこにいわくがないわけがない。幽霊はいる。いなければならない。怪奇現象は起きる。起きなければならない。

 そういう思いや期待が、近くから浮遊霊を集め、それらが地元の人々やそこを訪れる人々の期待と噂を集めに集め——結果がアレなのさ」


 ありがちな噂。過激化する内容。撮れ高を期待して突撃する若者。


「地元の人もたまったものではないだろうね。だが彼らが何一つ悪くないというならそれは間違いだ。だって、彼らだって噂をしていた。あそこで『心霊現象は起きる』と口に出していた。誰も手出しできないレベルまで育った噂を、もう誰一人制御できていない。これはそういう話なのさ」


 ずず、と音を立てて、さかえ義兄さんはコーヒーを啜った。

 廃トンネルの怪異。もし義兄が言ったことが的を射ているのなら、確かにあれは祓うすべがない。なにしろ、祓うための縁など、どこにもないのだから。

 そこになぜいるのかも、何のためにいるのかも、全く答えがない、訳がわからない噂の集まり。もっともらしく人柱だの事故だの言っているが、そこに実態も真実もない。

 それはつまり、アレはずっと、あの場に残り続ける、ということだ。祓えないとは、そういうことだ。


「じゃあ、これからアレについては、どうすれば」

「どうもしなくていいでしょう」


 僕の言葉を、さかえ義兄さんはつまらなそうに遮った。カップに残ったコーヒーをクイっと一気に煽り、それからついと立ち上がってシンクへ。カップを洗う水音を立てながら続ける。


「はるちゃんが怖い思いをしてまで、どうにかしてあげる必要はないよ。あそこで肝試しだの動画撮影だの、しようとしたやつだって同じこと。起きるべくして、起きたのさ。怖い思いをしたかったんだろう? その方が撮れ高もあるし、盛り上がるって思ったんだろう? じゃあ誰に文句を言う筋合いもない」

「だけど」

「それより」


 反駁しかけた僕を遮って、さかえ義兄さんは僕の手から空になったカップを取り上げ、肩を強く叩いてきた。


「はるちゃん、はるちゃんは自分が怖い思いをせずに済む手段を選びなさい。君はもう、噂を知ってしまった。そこに『それ』がいると、認知もしている。

 ——次に行けば、出てくるよ」

「……——っ!」


 ぞくりと背筋が泡立って、僕は思わず身震いした。暗いトンネルの向こうにいる『それ』の気配。全身が震えて、急激に温度が下がったような気がした。

 僕の様子を見たさかえ義兄さんは、ぽんぽん、と僕の頭を撫で付け、あやすように肩を叩く。いつものひょうきんな義兄に戻って、僕の顔を覗き込む。


「だーかーら、約束。2度と行かないって」


 ごく、と喉を鳴らして、背中を伝う汗を感じながら、僕は何とか、搾り出した。


「——も——

 もう、行きません」

「よろしい。やっぱりはるちゃんはいいこいいこ」


 思い切り子ども扱いされても、今だけは怒りは湧かなかった。


 ◆ ◆ ◆


 ——その後。

 僕は写真データの入ったメモリカードを机の引き出しの奥に突っ込み、もう2度と見ないことに決めた。あの人影の写真を消すためにもう一度確認するのも憚られ、そういう、少しばかり情けない決断に至ったのは、僕としては不問にしてほしい、と言ったところだ。


 その後フォロワーから受け取った件のトンネルの噂だが、どうやら変質しつつあるようだ。

 トンネル手前の道路でも怪奇現象の噂が出回るようになったこと、今年の夏肝試しに向かった学生の一人が、まだ帰っていないらしいこと。


 僕はその情報に簡単に礼を言ったあと、ノートPCを閉じた。

 『アレ』の存在を認知してしまった僕としては、せめて電波や写真データを通じて、『アレ』がこちらに来ないことを、ただひたすら祈るばかりである。


《顔のない怨念 了》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ