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第漆拾伍話 クリフォード

 




「ギャアアアアアッ!?」


「ふん、肩慣らしにもならんな」



 悪魔の断末魔が木霊こだまする。

 つまらなそうに鼻を鳴らしたクリフォードは、愛刀に付着した悪魔の血を振り払った。


 彼が携えている大剣の名は『ゼラシオン』。ゼーラ帝国が誇る“帝具ていぐ”の一つだ。


 帝具とは、いにしえの時代にゼーラ帝国を築いた初代皇帝が造ったとされる百の兵器である。


 さらに帝具には意志があり、使い手を選ぶ。

(ナンバーズ)』とも呼ばれ、1~100までの数の位が小さい方がより強力な兵器となっている。


 初代皇帝は帝具によって軍事力を増強し、瞬く間に領土を拡大して人界の半分を手中に入れ、その名を大陸中に轟かせたのだった。


 そんな帝具の一つである『ゼラシオン』は、№11と位が高い。帝国でも随一の剣技を有するクリフォードにとって『ゼラシオン』は正に鬼に金棒といったところだろう。



「調子に乗るなよ、ニンゲン」


「ほう、少しは骨のある奴が出てきたか」


「殿下、舐めてかかっては駄目ですよ」


「わかっている。一々口出しするな、ゴルドー」



 ばっさばっさと下級悪魔レッサーデーモンを斬り伏せていた皇子の前に、上級悪魔グレーターデーモンが現れる。


 グレーターデーモンは悪魔の中でも強く、冒険者ギルドの討伐ランクでいえばB~Aあたりで下級の竜種と同等の力を持っている。


 それでも、【死霊王】ファウストとアンデット軍団と長年に渡って戦い続けたクリフォードにとって、グレーターデーモンが相手だろうと問題はなかった。


「【豪炎を放つ魔法(メガファボル)】」


「ふん!」


「ナニ、ワタシの魔法を斬りさいたダト!?」


「これぐらいでイキがるな」


「ギャアアアアッ!!」



 グレーターデーモンが放った豪炎を豪快に斬り払うと、瞬く間に距離を詰めて悪魔の身体を真っ二つに斬り裂いた。



「お見事です、殿下!」


「ファウストに比べたら口ほどにもない」


「それはそうでしょう。あんなのが居たらたまったものではありません」



 退屈そうに告げる皇子に、ゴルドーは勘弁して欲しいとため息を吐いた。ファウストがどれだけ厄介で強い敵だったかは、直接戦ったこともあるクリフォードはよく知っている。【死霊王】と比べたら、グレーターデーモンなんて取るに足らない相手だ。


 できれば己の手で宿敵を倒したかったが、ファウストは他の魔王に攻め入って返り討ちに遭ったそうだ。決着をつけられなかったのは残念だったが、ファウストがいなくなったお蔭で魔族の領土を手に入れられた。



「倒しても倒しても数が減りませんね」


「そうだな……あの空にある召喚魔法陣が存在し続ける限り悪魔は出続けるだろう。だがあんな巨大な召喚魔法陣を維持し続けるのは魔力がもたない。俺の見立てでは、あと数十分だな」


「その間、魔物を倒せばよいのですね」


「ああ。軍隊も動き出しているし、俺達の出番はそろそろ終わりだろう。俺はこの国を舐めていたが、中々良い動きをしている」


「それに関しては私も驚いておりました」



 クリフォードは感心を抱いていた。

 ドラゴニス王国は戦争のない平和な国だ。なのでこういった不測の事態が起きたら、対応が遅れるだろうと馬鹿にしていた。


 しかし蓋を開けてみれば、国王軍の兵士達は迅速に市民を避難させており、竜王騎士団は飛竜ワイバーンと共に空で悪魔を駆除している。


 正直ドラゴニス王国はドラゴン頼みの大国だと馬鹿にしていたが、考えを改めなければならない。国王軍の行動力と練度は帝国にも劣らない。それはつまり、常日頃から軍の強化に力を入れているということだろう。


 それを知れただけでも、面倒な戴冠祭に来た甲斐があったというものだ。



(が、それにしてはいくつか不可解な点がある。対応が早かったとはいえ“被害が少なすぎるぞ”)



 もぬけの殻となった戴冠祭中の風景を見渡しながら、皇子は疑問を抱いていた。

 死体が全くないこと、多少荒れてはいるが町が崩壊していないこと、魔物の数が思っていたよりも少ないことだ。


 初動が早かったとはいえ、不意を突かれているのだ。それなりの被害が出ていてもおかしくはない筈だ。


 なのに死体は転がっておらず、町は無事で、魔物の数も少ない。強襲されたのにも関わらずほぼ無傷というのはどう考えてもあり得なかった。


 クリフォードが戸惑うのも無理はないだろう。

 市民の死体が無いのはどこかのメイドエルフの仕業で、町が無事で魔物の数が少ないのは一人の少年が閃光の如く魔物を屠っているからだとは気付けるはずがない。



「まぁいい、今は魔物共を蹴散らすだけ――ッ!? ゴルドー!」


「殿下!?」



 何かに気付いたクリフォードは、側にいるゴルドーを抱えてその場から離れる。刹那、二人がいた場所に爆撃のような攻撃が着弾した。


 奇襲から回避したクリフォードは険しい顔を浮かべる。

 巻き起こった粉塵が収まると、煙の中から出てきたのは怪し気な格好をした二人の男だった。


 人間か亜人か、それとも魔族なのかは判断できない。

 二人共黒い外套を纏っており、赤い傘を差していた。不気味な外見もさることながら、注視すべきは圧倒的な存在感だ。


 近くにいるだけで鳥肌が立ち、冷や汗が背筋を伝う。【死霊王】ファウストにも劣らぬ重厚な威圧感プレッシャーを放つ二人に、クリフォードは強く警戒した。



「今の攻撃、よく避けられましたね。流石は帝国の英雄と呼ばれるお人だ」


「どうやら俺を知っているようだな。誰だ貴様ら」


「バ~カ、教える訳ないでしょ」


「オレ達は【ゴエティア】」


「えっ、何で教えちゃうんですか!?」


「どうせ死ぬだろ」


(ゴエティア?)



 恐らく組織名なのだろうが、その名に聞き覚えはなかった。

 もっと情報を集めようと、クリフォードは傘の男に問いかける。



「ゴエティアとは何だ。貴様等が黒幕か」


「あんたはどうせ死ぬんだから知る必要はないよ」


(まさか……こいつらの目的は俺なのか?)



 こちらの情報を知っていることといい、明らかにクリフォードを狙っている。だとすると、この騒ぎはただの陽動に過ぎないのかもしれない。


 本命は皇子の命。どこの組織かは分からないが、話せないのなら強引に話をさせるまで。



「ゴルドー、お前は下がっていろ」


「ですが殿下っ!」


「お前が敵う相手ではない。逆に気が散って戦いの邪魔になる」


「っ……承知いたしました」



 配下として皇子一人に戦わせたくなかったが、ゴルドーは口おしそうに下がった。赤い傘の男達がとんでもなく強いことは彼も本能で察知した。戦いに参加したとしても、クリフォードの邪魔になってしまうだろう。



「サレオスさ~ん、言っておきますけどオレも手は出せませんよ。魔法陣の維持とか、邪魔されないように人払いの魔法も使ってるんでね」


「オレ一人で十分だ」


「でしょうね。でも気を付けてくださいよ、やっこさんには“左腕”があるんですから」


(出し惜しみしている場合ではなさそうだな……)



 傘の男相手に様子見はいらないだろう。最初から全力で戦う覚悟を決めたクリフォードは、愛刀を掲げてその名を叫んだ。



「王前に跪け――『ゼラシオン』!!」



 刹那、『ゼラシオン』が変形する。大剣が分解され、クリフォードの身体に纏わりつき、白銀の全身鎧フルアーマーに変貌した。


 №11『ゼラシオン』は、攻撃と防御を兼ね備えた最強兵器。頑強な鎧は魔法を弾き、身体能力を大幅に向上させ、長剣は竜の鱗を斬り裂く切れ味を誇っている。

 この力によって魔王の領土を奪い、クリフォードは英雄となって【剣王】の名を授かったのだ。



「へぇ、あれが噂の帝具ってやつですかい」


「ただの見掛け倒しだ」


「ふん、見掛け倒しかどうかその身でとくと味わうがいい!」



 先制したのはクリフォードだった。

 ダンッと地面を強く蹴り、瞬く間に肉薄すると鋭い斬撃を繰り出した。しかし閉じられた傘によってガードされてしまう。


 構わず高速の連打を放つも、致命打を与えられず全て対応されてしまった。



(ゼラシオンを纏った俺のパワーとスピードについてきているだと!?)


「この程度か。英雄も大したことないな」


「舐めるなよ! ジアセプタ!」



 高速の七連撃を繰り出したクリフォードだったが、やはり一度も剣先が届かず不発に終わってしまう。

 出だしから攻め入っていたのだが、ここで初めて反撃を喰らってしまう。体勢を崩されてから、胸に蹴撃を喰らってしまった。



「ごはっ!」


「殿下!」


「問題ない……みっともなく慌てるな」



 蹴り飛ばされたクリフォードだったが、体勢を整えて足から着地する。頑強な防御力を誇る『ゼラシオン』のお蔭でダメージは軽微だが、問題なのは攻撃が通らないことだ。


 鎧を纏ってパワーが格段に上昇しているのに、難なく対応されてしまっている。パワーで駄目なら技術で押そうともしたが、帝国でも上位に入る剣技も通用しなかった。



(どうする……)



 攻撃を悉く防がれて戸惑う皇子。

 初見で生半可な相手ではないと見抜いてはいたが、まさかここまでやるとは思っていなかった。

 それに相手はまだ全く手の内を見せておらず、どんな攻撃をしてくるかも分からない。


 不気味な存在に警戒していると、仲間からサレオスと呼ばれている大男は挑発するように告げた。



「どうした。“左腕”は使わないのか?」


「何故貴様がこの力を知っている」


「お前が知る必要はない」


(奴が“この力”を知っていてもおかしくはないだろう。だが、明らかに使わせようとしているのが気になる)



 クリフォードは左腕に宿る力について隠している訳ではない。ファウストやアンデット軍団と戦っている時や、領土を奪い取る時にも派手に使っていたので知り得ることはできる。


 不可解なのは、サレオスが左腕を使わせようとしていることだ。口車に乗るのは危険ではあるが、このままだと打つ手がないのも事実。


 ここはリスクを背負ってでも、力を使って敵を討つ。



「いいだろう、そんなに見たいのなら見せてやる」



 決断したクリフォードは、先程の攻撃を繰り返すように自分から攻める。だが今回は剣戟を織り交ぜながら、左腕でサレオスの手首を掴んだ。直後、間髪入れずに左腕の力を発動する。



「【crash】」


「――ッ!?」



 掴んでいたサレオスの右手が崩壊した。体勢を崩した隙を突いて斬撃を食らわすが、そこは傘によって防がれてしまう。それを読んでいたクリフォードは一歩踏み込み、左手の手刀を叩き込もうとする。


 残りの右腕でギリギリガートしたが、クリフォードはそれを待っていた。



「【crash】」


「チッ」


「これで終わりだ――ぐっ」



 左腕と同じように、右腕が崩れ落ちた。両腕を失った敵にトドメを刺そうとしたものの、左腕に激痛が走って攻撃が中断してしまう。その隙にサレオスは大きく距離を取った。



「お見事です、殿下!」


(くそ……あと一歩のところを。“破壊の力”を使い過ぎたか)



 惜しくも殺しきれず、胸中で舌を鳴らすクリフォード。

 彼の左腕に宿るのは“破壊の力”。魔法だろうが、呪いだろうが、武器だろうが、その手で触れたものを何でも破壊してしまう凄まじい力だ。


 この破壊の力のお蔭でクリフォードは魔族の領土を奪うことができた。ただ使い過ぎた代償なのか、左腕に耐えがたい激痛が走ってしまう。今も痛みさえなかったら、サレオスにトドメを刺せた。


 しかし、敵の両腕は奪った。これ以上破壊の力を使用することはできないだろうが、後は剣技で十分である。



「流石は“あの御方の力”ですねぇ、半端ねぇや」


「おい。もう回収してもいいよな」


「ええ、確認は取れました。スパッとやっちゃってください」


「何を余裕ぶっている。貴様等の命はもうないぞ」


「焦るな、クソガキ」



 両腕を失っても平気な顔をしているサレオスにクリフォードが訝しんでいたが、その訳がすぐに分かった。

 失ったはずの両腕から、ズボボボッと新しい腕が生えてきたのだ。



「……っ!?」


「腕を生やしただけで何を驚いている」



 皇子は目を見開いた。

 魔族や魔物の中にも再生能力がある個体もあるが、失った二本の腕を瞬時に再生させられる個体は見たことがない。


 そういう事ができるのは、魔族の中でも魔力量が桁違いに多い魔王クラスだろう。



「殿下、この場は退きましょう! このままではこちらが不利です!」


(腹が立つが、それも止む無しか)



 ゴルドーの助言は一理ある。両腕を破壊して有利かと思われたが、再生されてしまった。それでいて、こちらはこれ以上破壊の力を使えない。


 圧倒的不利な状況の中無理して戦っても殺されるだけだ。引き際を間違えないのも上に立つ者の役目。幸い、今この国には白竜や天位魔術師といった強者が揃っている。


 それらと協力すればサレオスにも勝てるだろう。

 しかし、そう易々と逃がしてくれるほど敵は優しくなかった。



「逃がさん。【空間を水槽に(アク)変える魔法(エリア)】」


「――っ!?」



 クリフォードが撤退を考えた直後、サレオスが魔法を放つ。地面から水が溢れてきて、辺り一面に足首が浸かるほどの大きな水溜りができた。


 さらにサレオスは、ジャボンと水溜りの中に入って姿を消してしまう。



「どこにいる!?」


「こっちだ」


「ぐぁぁあああああああああ!!」


「殿下ぁぁああ!」



 背後の水面から現れたサレオスに気付けず、クリフォードは左腕をねじり取られてしまった。苦しそうな絶叫を上げて膝をつく皇子に、ゴルドーが慌てて駆け寄った。



「左腕は回収した」


「流石ですね。ならとっとと帰りましょうや」


「いや、奴等はここで殺す」


「はぁ~、ならさっさとしちゃってくださいよ」


「馬鹿か。ここから嬲るんだよ」


「逃げろゴルドー……俺が時間を稼ぐ、奴等のことを知らせるんだ」


「何を言いますか! 殿下を死なせる訳にはいきません! 私が奴を引き留めますので殿下はお逃げください」



 悪魔のような残虐な笑みを浮かべるサレオスに、もう一人の男はやれやれとため息を突いた。


 一方でクリフォードはゴルドーを逃がそうとするが、忠実な配下は主君を置いていけなと頑なに拒否していた。


 彼等がモタモタしている内にサレオスが接近し、鋭利な爪でクリフォードを狙うが、咄嗟に庇ったゴルドーの背中が切り裂かれる。



「殿下! ぐぁぁあああ!!」


「ゴルドー!」


「もっと悲鳴を聞かせろ」



 苦悶の声を上げるゴルドーに、サレオスが追撃を仕掛けようとした――その時。



 一筋の雷光が迸った。



「雷斬」


「――グッ!?」



 ゴルドーを切りつけようとした凶手が、真っ二つに切断されてしまう。サレオスはすぐにその場から離れると、乱入者を睥睨した。


 乱入者は子供のように小さかった。

 黒ずくめの格好に黒い外套マントを羽織っており、右手にはサレオスの腕を斬ったと思われる刀を携えている。


 白い仮面を被っており、サレオス達に劣らないほど怪し気な外見をしていた。



「誰だ」



 サレオスが短く問うと、乱入者――サイ=ゾウエンベルクは仮面越しにこう言い放った。



「それはこちらの台詞だ」



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