第漆拾参話 王都襲来
(ふむ、今日も怪しい者は見掛けられんな)
戴冠祭最終日の三日目。
俺は本来の任務である、怪しい者がいないかの見回りを行っていた。
祭りで賑わっている道路を歩きながら周囲を警戒するが、今のところ怪しい者は見かけられない。一日目、二日目と同様に皆が大いに祭りを楽しんでいた。
姫様の方は恐らく大丈夫だろう。
昨日の舞踏会での暗殺が失敗に終わったので、コーネリアも立て続けに動かない筈だ。
それに今日は姫様が要人と接触する機会はないし、ハクヤとエリスとナポレオンが付きっきりで側にいてくれる。あの者達が居れば安心だ。
(戴冠祭も終われば、姫様も少しは気を休められるだろう)
舞踏会のダンス練習を含めて、このところ戴冠祭のために気を張り詰めておられたからな。戴冠祭が終われば落ち着けるだろう。
(今頃は各国代表達による大陸会議か……むっ、つけられているな)
見回りしながら思考に耽っていると、つけられていることが気配でわかった。人数は二人で、先程から俺の後ろについてきている。
俺を狙っているのか? いったい誰だ……まさか初日に絡んできた馬鹿二人が懲りずに来たのか。
もしそうであるなら今度は制裁を与えてやろうと思いその場に立ち止まると、その二人は歩みを止めることなくこちらにやってくる。ついに手を加えようとしてきた時に振り返ると、俺は目を見開いた。
「サ~イ!」
「は、母上?」
「私も居ますよ、サイ様」
「リズ……お前もか」
俺の後をついてきていたのは母上とリズだった。てっきり昨日の馬鹿共だと思っていたのだが、勘違いだったようだな。
「母上達はどうして王都に?」
「どうしても何も、私達だってお祭りに来たかったんだもんね~リズ~」
「ね~奥様。全く、私達を放っておいて旦那様やサイ様だけ祭りを楽しむなんてズルいですよ」
「勘違いするな、父上と俺は何も遊んでいる訳ではなく仕事をしているんだ」
「へ~、サイはこんな所で何の仕事をしているのかな~」
「そ……それは……」
上手い言い訳が見つからず、口を噤んでしまった。
母上は影の仕事のことを知らず、父上は王都で仕事をしていることにしている。それで俺は父上の仕事を手伝っていることになっていた。
だがここで、怪しい者がいないか町中を見回っているなどと馬鹿正直に言えば、母上は鬼の如く怒って父上を問い詰めてしまうだろう。
「ちょっとディル! サイになんて事させてるのよ!」という具合にな。
うぬぅ……まさか母上が王都に来るとは思いもしなかった。仕事をしているなんて余計なことは言わず、休みをもらったから祭りに来ていたと誤魔化しておけばよかった。一先ず、強引にでも話を変えるとしよう。
「そ、そういえば小夜はどうしているのですか?」
「サヨちゃんなら屋敷でお留守番よ」
「流石に屋敷を放り出す訳にはいきませんからね」
「そうだな」
因みに留守番と言われた小夜は「え~! 小夜も行きたいです~!」って相当駄々をこねたそうだ。
しかし屋敷を放置しておく訳にもいかんし、母上を小夜に任せるのは不安なので、リズが母上に付き添い小夜が留守番になったそうだ。まぁ妥当なところだろう。
「ちょっと可哀想だけどねぇ……お土産いっぱい買って帰らなくちゃ。ということでサイ、一緒に祭りを回るわよ」
「えっ」
「えっじゃないわよ。サイはずっと王都にいるんだから詳しいでしょ? それともな~に? 私と回るのは嫌なのかしら?」
「そ、そんなことはありません」
「そっ、じゃあ行きましょ」
「では私はこちらを」
そう言って、母上は俺の手を握ってくる。どさくさに紛れてリズも空いている方の手を取ってきた。
うぬぅ……見回りをしたいのだが、こうなっては仕方がない。祭りを見にわざわざ王都にまでやってきた母上やリズを無碍にもできんし、二人を案内しながら任務を行うか。
そう決めた俺は、母上とリズと一緒に祭りを見て回った。
一日目にシロエとジニーと回ったところを辿るように見て回る。同じ道筋なら、俺でも案内できるからな。
「凄いじゃない、サイ。いつの間に楽しいスポットを見つけてたの? これならガールズフレンドが出来ても心配ないわね」
「素晴らしいエスコートです、サイ様。ですが“いったい誰と回ったのか”、凄く気になりますね」
「ふ……二人が満足してくれて良かったです」
一通り祭りを見て回った俺達は、カフェテラスで一休みをしていた。俺が案内した箇所をお気に召したのか、母上とリズは満喫してくれたと思う。
シロエとジニーから無理矢理誘われたのは面倒だったが、そのお蔭で母上達を満足させられたので結果的に良かったとも言えるな。
その代わり二人から訝しまれてしまっているが、そこは誤魔化しておこう。シロエとジニーのことをリズに話したら根掘り葉掘り聞かれてしまうだろうしな。
「それにしても、天気が崩れちゃったわね。朝はあんなに晴れていたのに……」
「そうですねぇ……このまま雨が降ったりすると花火が中止になるかもしれません」
「え~折角楽しみにしていたのに~」
空を見上げながら肩を落とす母上とリズ。
二人の言う通り、快晴だった空が今は曇天模様だった。戴冠祭の最後の出し物には花火が上がるのだが、雨が降ってしまうと花火は中止になってしまうかもしれん。
母上とリズ以外にも花火を楽しみにしている者達は大勢いるだろうが、こればっかりはどうしようもない。
と、気落ちしている二人を元気付けようとした時だった。
「何だあれは……」
「どうしたのですか、サイ様」
「いや、空になにか変な模様が浮かんでいる」
空を指しながらリズに告げた。曇っていて見え辛いが、確かに模様が浮かんでいる。
円というか……そう、あの模様は魔法陣というやつだ。俺は魔法が使えないが、リズから魔法については教えてもらっている。だからあの模様が魔法陣だと気付けた。
リズも魔法陣だと気付いたのか、険しい顔を浮かべて口を開いた。
「遠すぎて図形が見えないのでどんな魔法なのか分かりませんが、あれ程巨大な魔法陣だと相当厄介な白物に違いありません」
「何だと……それはいったい――っ!?」
リズに詳しく聞こうとした時、突然魔法陣の中から黒い物体が這い出てきた。それも一つや二つだけではなく、次から次へと出てくる。
もしやあれは……魔物か!?
(千里鑑定眼!)
『ステータス
名前・無し
種族・魔物(下級悪魔)
レベル・27』
『ステータス
名前・無し
種族・魔物(悪魔)
レベル・56』
『ステータス
名前・
種族・魔族(上級悪魔)
レベル・129』
(やはり魔物だったか!)
千里鑑定眼を使って遠視すると、黒い物体の正体が魔物だと分かった。魔物は悪魔といって、黒い翼が生えた人間や動物のような外見。殆どがレッサーデーモンと大したことのないレベルの魔物だが、何よりも数が多い。
さらに悪魔の中にはデーモンやグレーターデーモンといった強い魔物もいる。魔物が突然現れたことにも驚いたが、それよりも不可解なことがあった。
「何故ドラゴニス王国に魔物が侵入しているのだ? 『竜魔結界』がある限り魔物は入ってこれん筈だろう」
「そうとも言えないんですよ、サイ様」
「むっ、どういうことだ」
「確かに竜王の『竜魔結界』は外からの侵入を許しません。例え魔王であったとしても入るのは不可能でしょう。ですが、“中からだとその限りではありません”」
「どういう意味だ」
「恐らくあの魔法陣は召喚魔法のものと思われますが、あのように結界の内側からなら魔物も侵入することができます」
「何だと……」
まさか絶対防御を誇る『竜魔結界』にそんな落とし穴があるとは知らなかった。いったい誰が、何の為に王国に魔物を放っているのだ。
まさか七大魔王の誰かが攻めてきたとでもいうのか?
「あのような小細工は魔物や魔族はしません。というより魔物は『竜魔結界』の中に入ることすらできないので……」
「魔物を召喚しているのは人間……ということか?」
「その通りです」
「そうか……このままだと市民に被害が出てしまうぞ、どうすればいい」
対策を尋ねると、リズは「はぁ……仕方ないですねぇ」と大きなため息を吐き、突如呪文を唱えた。
「【外敵から多くの者を守る魔法】」
「リズ、何をした」
「兵士や魔法使いといった、戦う力がある者達以外の全員に守護魔法をかけました。これで魔物から襲われても、市民が怪我をすることはありません。サヨぐらい強い攻撃なら破られますけどね」
「全員とはどれくらいの数だ?」
「この王都にいる全ての市民です」
(ふっ、流石だな)
さも当たり前のように言っているが、そんな真似できるのはリズぐらいだろう。
このメイドは、今の俺ですらステータスを見抜けることができない程の強者だからな。現時点でいえば魔王プロティアンや白夜以上の力を持っているだろう。
本人が素性を語ろうとしないので無理に聞いたりはしていないが、未だにどんな存在なのか分かっていない。まぁ、俺の敵ではないので余り気にしていないがな。
「おい、あれはなんだ!?」
「あれって?」
「ほら、空にいるあの黒いのだよ!」
「まさか魔物なんじゃないか!」
「魔物だ! 魔物が来たぞ!」
「「きゃあああああああああ!!」」
空を飛んでいる悪魔の軍勢に市民も気が付いたのだろう。至るところで悲鳴が上がり、一気に混乱が広がった。
それもそうだろう。ドラゴニス王国は魔物に襲われない平和な国で、魔物に襲われる経験なんて今までなかっただろうからな。
「サイ様、私は守護魔法を維持しているので魔物には対応できません」
「わかった、魔物の対応は俺がしよう。リズは母上を守ってくれ、頼んだぞ」
「奥様のことはお任せください。それとサイ様、あの魔法陣をどうにかしないと魔物は無限に出てきます。魔法陣がどれくらい長く持つのかはわかりませんが、術者を見つけるのが早いと思います」
「ねぇ二人共、さっきから何の話をしているの?」
リズから助言を聞いていると、母上が心配そうな顔で見つめてくる。安心させる為に、できるだけ落ち着いた声音で話す。
「母上、俺は行くところがあります」
「何馬鹿なことを言ってるのよサイ。ほら、一緒に行くわよ」
険しい顔を浮かべて手を取ろうとしてくる母上に対し、俺は一歩下がって避けてからこう告げた。
「“ノブレスオブリージュ”。大いなる力を持つ者は、多くの人々を救い導く為にその力を振るわなければならない……それが貴族としての義務と責任だと、父上から教わりました。」
「サイ……」
「母上、俺はまだ子供ですが貴族です。ならば貴族として、今危険に晒されている市民を救うことが責任を果たすことなのです」
「サイ様なら大丈夫ですよ、奥様。何も心配することはございません。それにきっと、旦那様もついていますから」
「そう……わかったわ。気をつけてね、サイ」
「はい」
リズに母上のことを頼むと、俺はその場から離れて、千里鑑定眼と変わり身の術を使い隠れ家に転移した。
「ねぇリズ、男の子の成長って早いわね。本当は止めたかったんだけど、サイがディルと同じことを言うもんだからつい行かせちゃったわ」
「そうですね、奥様。ですが、だからこそ私は思うのです。人間の成長は兎に角早いので、しかと今を目に焼き付けとおこうと」
「そうね……よし、サイに負けていられないわ! 私もディルの妻として、やれることをやらなくちゃ!」
◇◆◇
「失態だ」
魔物の襲来を許したのは俺の責任でもある。
召喚魔法を発動したのは人間だとリズは言った。俺が事前に犯人を見つけてさえいれば、皆が楽しんでいる戴冠祭でこのような事態を招くことはなかっただろう。
だが、己を責めるのは後だ。今は自分が成せることを成す。
隠れ家に転移した俺は黒装束に着替え、白い仮面を被ると外套を羽織ってから刀を背負った。シノビの格好に変装しながら、ナポレオンに念話を送る。
「聞こえるか、ナポレオン」
『はい! どうされました、サイ様』
「急いでいるので簡潔に説明するぞ。王都の上空に魔法陣が現れ、中から魔物の大群が現れた」
『どひぇー!? い、一大事ではないですか!』
「そうだ。俺はこれから魔物の駆除と並行して犯人を見つける。姫様は今何をしている?」
『部屋で休んでおられますよ。ハクヤ殿とエリス殿も一緒です』
「それはよかった。俺はそちらに行けそうにない、皆で姫様を守って欲しい」
『承知いたしましたぞ! このナポレオン、必ずや王女をお守りいたします!』
「うむ、頼んだ。何かあったらすぐに報告してくれ」
ハクヤが側についているなら安心だろう。本当ならすぐにでも姫様のもとへ駆けつけたいところだが、今は魔物の方が優先だ。姫様のことはナポレオン達を信じるしかない。
隠れ家から高い建物の屋上に転移すると、千里鑑定眼を使って魔法陣を調べる。術者が誰か、どこにいるか突き止めようとしたのだが、『悪魔召喚魔法陣』という情報以外は得られなかった。
「術者の魔力が尽きるか、動きがあるまで待つしかないな。一先ず、市民を守りながら魔物の数を減らすか」
方針を固めた俺は、背負っている鞘から竜魔団吉を抜き放つ。
屋上から飛び降り、今にも市民を襲うとしている悪魔を背後から真っ二つに斬り裂いた。
「ガアア!!」
「いやぁああああ!!」
「ギャ――」
「えっ、あれ?」
一体斬ったら即座に次へと移動する。動きは止めない、市民に姿を見せないほど迅速に魔物を処理する。魔力を温存し、身体能力と剣技だけで屠っていく。
「何者か分からぬが、姫様の国に牙を向けたことは絶対に許さん。必ず突き止めて始末する」




