第漆拾弐話 大陸会議
『大陸会議』とは、数年に一度、大陸にある全ての国の代表が一堂に会して行われる会議のことである。
『大陸会議』が開催される場所は、『竜魔結界』によって魔族や魔物から襲われない平和な国の象徴としてドラゴニス王国となっている。
しかし『大陸会議』が最後に開催されたのは何百年も前のことで、暫く開催されていなかった。開催されなかった主な原因は戦争などによる各国の関係悪化のせいである。
そんな『大陸会議』が、各国の要人が集まったということで小規模ではあるが久々に行われることになった。
王宮にある『円の間』の中央には、何十人も座れる大きな円卓が設置されている。円卓を囲むように、各国の要人が座っていた。
ドラゴニス王国からはアルミラ女王、付き人はエイダン宰相。
ゼーラ帝国からは第五皇子クリフォード、付き人はゴルドー。
獣人の国からはレオガルド国王、付き人はシロエとクロメ。
魔法共和国ラーファからは【五星天】シリウス、付き人はジニー。
カロリー王国からはスナック国王、付き人はモティ宰相。
パルデアン法国の【七聖女】と聖騎士リックは、昨日の謁見の後に突然帰国してしまった。主要国はその五か国だが、それ以外の国の要人もそれなりに参加している。
「「……」」
各国の要人が集まっているということで雰囲気が張り詰める中、アルミラ女王が静かに立ち上がった。
「会議を始める前に、私から皆様に謝罪させてください。昨日の舞踏会で、曲者が紛れて込んで皆様を危険に晒したこと、深くお詫び申し上げます」
「別に構わんよ、こちらが危害を被った訳ではないしの」
「ふん」
「僕も問題ありません」
「そんな事があったこと自体知らないが、まぁいいだろう」
舞踏会の件でアルミラ女王が謝罪すると、各国の代表の殆どが許していた。体調不良で舞踏会を欠席していたクリフォードとしては何のことかも分かっていなかっただろうが。
戴冠祭に招待したドラゴニス王国側としては、公の場で女王が謝罪することが重要だった。代表達から許しを得たアルミラ女王は着席すると、静かに口を開いた。
「それではこれより大陸会議を始めたいと思います」
「「はい」」
「恐れながら進行役を務めさせていただきます、エイダンと申します。早速ですが獣人の国からお話しがあるとのことなので、レオガルド国王、よろしいでしょうか」
「うむ」
会議の進行役のエイダンが促すと、不遜に腕を組んでいたレオガルドが立ち上がってアルミラに顔を向けた。
「これは獣人の国による個人的な頼みなのだが、竜王ジークヴルム様と直接お会いさせていただきたい。獣王様から言伝を預かっている」
「獣王から竜王へだと」
「いったいどんな内容なのだろうか……」
レオガルドの話に、代表達が騒めいた。
世界を滅亡させようとした邪悪な存在に立ち向かった【六王】は誰もが知っているだろう。【六王】の中でも、三千年経っても未だに存命している生ける伝説達の話とあれば、どんな内容なのか気にもなる。
レオガルドから頼まれたアルミラは、少々困ったように回答した。
「申し訳ございませんが、私からはお約束はできません」
「それを何とかして欲しいと頼んでいるのだ」
「それでは、ハクヤ様に聞いてみましょう。竜からの使者であるハクヤ様なら話を聞いてくれるかもしれません」
断るアルミラにレオガルドが食い下がると、エイダンが他の案を唱える。使いの者に呼ばれて来たハクヤは、事情を聞くとレオガルドにこう答えた。
「不可能だ。竜渓に入れるのはこの国の人間だけ、余所者が立ち入ることは禁止されている。それにオオジジ様にお会いできるのは竜紋を宿いし女王のみだ」
「ぐっ……そうですか」
「言伝があるというのなら、ワタシからオオジジ様にお伝えしよう」
「……分かりました。ならばハクヤ様にお願いしよう」
人間や獣人よりも格上の存在である高位竜のハクヤからズバッと断られては、レオガルドも押し切ることはできなかった。仕方なくハクヤに伝言を頼む。秘密の伝言ということで、誰にも聞こえない場所で伝えた。
「よろしく頼む、ハクヤ様」
「わかった。必ずオオジジ様にお伝えしよう」
ハクヤに言伝を託したレオガルドは、『円の間』に戻ってきて着席する。ハクヤはオリアナのことが心配なのでそのまま会議に参加せずすぐに戻った。
「では次の議題に移させていただきます。次の議題は、新魔王の誕生についてです」
「「……」」
新魔王の話題になるや否や、代表達はごくりと生唾を飲み込んだ。
険しい表情を浮かべるのも無理はないだろう。古の時代から人類と魔族は宿敵であり、現在においても【七大魔王】には手を焼かされている。
『竜魔結界』があるドラゴニス王国は別として、この場にいる殆どの国が各魔王と争っていた。小競り合い程度の規模だが、脅威なことに変わりない。
その【七大魔王】が数百年ぶりに代替わりした。魔王リョウマに代わって、新たに魔王シノビが誕生したのである。新魔王がどんな魔王なのか皆が気になっているだろう。
そして代表達の視線は、一人の王に集中していた。
「新魔王については、スナック国王がよくご存じではないのか」
「そうだとも。なんせスナック国王は、既に新魔王と接触して手を組んだとか」
「私達は噂でしか知らないので、直接本人に問わせてもらう。噂については事実なのか、スナック国王よ」
多くの代表達から激しく問い詰められたスナックは、あっけらかんといった風に答えた。
「うん、カロリー王国は魔王と友好関係を築きましたよ。僕自身、魔王さんとは友達だしね」
「と、友達!? 魔王と!?」
「なんという事だ!」
スナックの話に驚愕する一同。
人類の宿敵である魔王と友達になったなど信じられなかった。直接本人から聞いてもやはり信じられない。
三千年前に起こった“あの戦い”において人類と魔族は一時的に手を組みはしたが、魔王と友好関係を結んだ人間なんて今までに誰一人として居ない。
「もしや魔族に寝返ったのではないだろうな」
「魔族に操られ、他国に戦争を仕掛けるつもりでは?」
「どうなんだ、スナック国王」
「それにつきましては、私の方からご説明させていただきます」
代表達から激しく問い詰められたスナック国王に変わって、モティ宰相が嘘偽りなくありのまま事情を説明する。
新魔王と接触したのは、カロリー王国の未来を守る為だということ。魔王の軍門に下った訳ではなく、あくまで対等な関係であるということ。魔王の力を借りて他国を侵略するつもりはないということ。
「そんな話が信じられるか!」
「その話にどれだけの保証がある!?」
「保証なんてありませんし、必要ないですよ。だって皆さんなら知っていると思うけど、カロリー王国は小国だよ。戦争する力なんてないですよ」
「だから魔王の手を借りるのだろう?」
「言っておくけど魔王さんは戦いに否定的で、マオウリョウマと同じく平和主義者だよ」
「魔王が平和主義者だと言われて誰が信じる。魔王リョウマに至っては、平和主義者というよりも他人に興味がないだけだっただろう」
カロリー王国の言い分を信じられず代表達が文句を垂れ流していると、シリウスが柔らかい声でスナックに問いかけた。
「そなたは新魔王と直接会ったというが、どんな人物だった?」
「う~ん、見た目は子供でしたよ。まぁ人間と違って魔族は年齢と見た目が比例しないから子供だと断言はできないけどね。あっ、なんか事情があるらしくて仮面を被っていたね」
「「子供……」」
「それと魔王さんは僕なんかより全然賢くて、でも僕が作ったお菓子を美味しそうに食べてくれたよ。そこは人間と魔族も変わらないんだなって嬉しかった。あと凄く強かったよ、魔物の大群が王都を襲ってきたんだけど、魔王さんがあっという間に倒しちゃったんですよ」
「そうかそうか、教えてくれてありがとうの」
楽しそうに早口で話すスナックに、シリウスは柔らかく微笑んだ。そして、今まで文句を言っていた代表達にこう告げる。
「確かに魔王は人類にとって宿敵じゃ。それは長い歴史から見てもよく分かる。じゃが、人間と魔王が友達になったって構わんのではないじゃろうか。人間同士だって時には争い、時には手を取り合ってきたではないか」
「それは人間同士の話だ。人間と魔族とでは話が違うぞ、シリウス殿」
「同じじゃよ。人間にも魔族にも言葉があり、心がある。ならば言葉と心を通わせ、友にだってなれるじゃろう。長い歴史の中で、それを初めて成し遂げたのがスナック国王であったというだけの話ではないかの」
「「……」」
(あの老人、心を掴むのが上手いな。流石は彼の【五星天】といったところか)
シリウスの話を聞き入って代表達が口を閉じてしまう中、クリフォードは感心していた。柔らかい言葉で諭すように話すシリウスの言葉には温かみがあり、つい絆されてしまう。
だがクリフォードは他の代表と違って絆されなかった。
魔族は永遠の敵だ。分かり合える筈がないし、分かり合おうとも思わない。まぁカロリー王国はゼーラ帝国とは真反対だし、そもそも“大陸制覇”を掲げているゼーラ帝国にとって周りは全て敵なのだから、魔王と人間が仲良くなろうがどうでもよかった。
皆が沈黙して静まり返ってしまったので、エイダンが会議を進める。
「では次の議題に移ります。次は――」
その後は荒れることもなく、『大陸会議』はつつがなく進んでいったのだった。




