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第漆拾壱話 報告と失敗

 



「報告は以上となります、閣下」


「わかった」



 ダンス会場で暗殺者による襲撃の後、各国の要人に王家と貴族を速やかに避難させたエイダン宰相閣下は、自分の執務室に俺を呼んだ。


 俺は姫様を狙った五人の暗殺者を殺し、正体を明かされないように人混みに溶け込んだ。暗闇だったし、クナイや手裏剣といった忍具も全て回収したので殺したのが俺だと知る者は居ないだろう。


 明かりが消えてから点くまでの一部始終を報告すると、閣下は納得したように小さく頷いた。



「よくやったぞ小童。お前のお蔭で王女は守られ、要人達にも被害が出なかった」


「お褒めの言葉大変嬉しく思うのですが、俺の失態です。コーネリア様に被害が出てしまいました」



 閣下の言葉を受け取りつつも否定した。

 暗殺者から姫様は守りきれたが、被害が出なかった訳ではない。ただ一人、コーネリアをお守りすることができなかった。


 ダンス会場に明かりが点いた時、あの場でコーネリアだけが腕に怪我を負っていた。いつ斬られたのかは不明だが、恐らく暗殺者の手によってやられたのだろう。


 国家に仕える俺は王家の人間を守られなければならない。例えその相手が、姫様の命を狙っている最大の敵であるコーネリアであろうともな。


 ゆえに、コーネリアが怪我をされた以上は俺の失態なのだ。


 しかし気になることが一つある。俺はてっきりコーネリアが暗殺者を仕掛けたものだとばかり考えていたが、コーネリアも命を狙われたということは残る第一王女のマーガレットが発端なのだろうか。


 そんな疑問を抱いていると、そんなことかと言わんばかりに閣下が口を開いた。



「その事は気にしなくていい。あの傷は自分が疑われないためのカモフラージュだろう」


「かもふらーじゅ……ですか?」


「はぁ……お前はまだ言葉を覚えきれていないようだな。勉強を怠っているのではないか、アルフレッドはどういう教育をしている」


「申し訳ございません……」



 聞き慣れぬ言葉に首を傾げていると、呆れられてしまった。

 異国の言葉は覚えたつもりだが、意味がわからぬ言葉がたまに出てくる。少し前に知った言葉だと、自作自演のことをマッチポンプと言ったりな。


 もしかしたらアルフレッドの授業で教えてもらったかもしれんが、俺は勉強が苦手なので忘れてしまっているかもしれん。

 そもそも異国の言葉が多すぎるのがいけないのだ。もっと少なくていいと思う。



「どれ、今度儂が直々に見てやろう」


「えっ」


「なんだ、嫌なのか?」


「いえそんな、閣下のお手を煩わせるまでもありません」


「気にせんでいい、小童が馬鹿のままだと儂が困るからな」


「承知いたしました」



 ぐぬぅ……これは逃げ切れそうにないな。



「それについては後で話すとして、カモフラージュだったな。意味は色々あるが、よく使う意味としては“偽装”だ」


「偽装……ですか。つまりコーネリア様が怪我を偽装したと?」


「そうだ。あの御方は暗殺者を自分が仕向けたと思われず、逆に被害者であると周囲にアピールする為に自ら腕を切ったのだろう」


(そういう事だったのか)



 コーネリアが怪我をした謎が解けた。

 暗殺者に襲われたように見せかけたのが偽装で、偽装した理由は自分が黒幕だと思われないため。


 俺もコーネリアが襲われたと勘違いしていたように、あの場にいた者達も勘違いしてしまうだろう。皆がコーネリアの策略に嵌ってしまった。



「証拠がないためコーネリア様がやったという確証は今のところない。マーガレット様がコーネリア様とオリアナ様を同時に始末しようと仕掛けたかもしれんし、貴族の誰か、または各国の要人の誰かがやったのかもしれん」


「……」


「だが十中八九、コーネリア様の仕業だろうな。儂以外にも勘の良い者は気付いているだろう」


(俺は気づけなかったがな)



 力仕事には自信があるが、頭を使う方はまだまだ甘い。閣下のように様々な“もし”が思いつかない。

 それについてはこの先経験を積んでいくしかないだろう。百戦錬磨の閣下のもとで働きながらな。



「閣下、暗殺者の身元は判明しましたか」


「無理だ、あやつらはこの国の人間ではない」


「そうなのですか?」


「うむ、恐らく他国の暗殺者ギルドの者だろう」


「暗殺者ギルド……とは何でしょうか?」



 再び知らない言葉が出てきて困惑していると、閣下が説明してくれた。


 暗殺者ギルドというのは、主に殺しを生業なりわいとする組織だそうだ。法外な報酬を払う代わりに、どんな殺しでも引き受ける。

 絶対に身元が割れないため、依頼主には決して辿り着かないそうだ。


 う~む、暗殺者ギルドか。まさか異国にも忍びのような者達がおったとは驚きだ。主君に仕える忍びと、金と引き換えに殺しを行う暗殺者ギルドは厳密に言えば違うだろうが、似ているところもある。



「凄腕の冒険者ですら容易に殺してしまえる暗殺者ギルドの者達を、あの短い時間で五人纏めて殺すとはな。いつも結果だけを聞いていただけだが、いざ目の前にすると驚いたぞ。やるではないか、小童」


「恐縮です」


「既にディル殿やアルフレッドを越えているんじゃないか?」


「いえ、そんな事はありません。父上やアルフレッドならもっと上手くやれたでしょう」



「ふん、どーだかな。まぁいい、戴冠祭はまだ一日残っている。気を引き締めて任務にあたるのだ」


「はっ!」


「あ~それと、無暗にオリアナ様と接触するのは控えろ。小童の気持ちも分かるが、“国家の影”としての役目を忘れるでないぞ」


「はい……承知いたしました」



 俺も国家の影としての役割はしっかりと理解している。

 だがあの時、ダンス会場で姫様が誰からもダンスを誘われず一人ぼっちで俯かれ、あまつさえ姫様を馬鹿にする声を耳にした時、俺は居ても立っても居られなかった。


 我慢なぞできず、気が付いたら足が姫様のもとへ歩いていたのだ。


 姫様に笑顔を取り戻したこと、姫様と踊れたことは主君の忍びとして後悔はしていない。

 後悔はしていないが……。



「ちゃんと聞いているか、小童」


「勿論です、閣下」



 閣下の長い説教に、今後は気を付けようと思ったのだった。



 ◇◆◇



「ぐっ……」


「姉上、大丈夫ですか!?」


「あぁ、これくらい何ともないさ」



 包帯が巻いてある腕を痛そうに抑えるコーネリアに、弟のリヴァル第二王子が心配そうに声をかけた。


 この腕の傷は、オリアナを暗殺した後に犯人だと怪しまれないよう自分でつけたものだ。この傷のお蔭で、黒幕はマーガレットか貴族の誰か、もしくは各国の要人達に絞られるだろう。


 例え偽装したことを見抜かれていたとしても、それはそれで構わない。コーネリアとしては、実際に被害があったという事実を作れればそれでよかった。


 だが、コーネリアがカモフラージュのために自傷までしたのに、オリアナの暗殺は失敗に終わってしまった。


 わざわざ高い前金を払って暗殺者ギルドに依頼したのに、オリアナを始末するどころか返り討ちに遭ってしまっている。


 その事に、コーネリアの父であるオズワルド公は憤慨していた。



「クソ! また小娘を始末できなかったのか! なんとしぶとい小娘なんだ!」




「今回の暗殺失敗は私にとっても手痛いものでした。国内での暗殺において、貴族と各国の要人が一堂に会する舞踏会がオリアナを始末するに最も都合が良かったですから」


「その通りだ! だが結果は失敗だ! 高い金を払ったのに暗殺ギルドとやらも大したことないな! 軍事パレードでの失敗は上手くいったのに、本命が上手くいかないとはなんたることだ」



 オズワルドが言っているのは、昨日行われた竜魔騎士団による軍事パレードのことだろう。

 パレード中に数体の飛竜ワイバーンが突然暴れ出してしまったが、ハクヤや他のワイバーンが収めたお蔭で市民に被害が出ることはなかった。


 そもそもどうしてワイバーンが暴れ出したのかというと、実はコーネリア達の仕業だったのだ。竜魔騎士団の中にはコーネリア派閥の貴族が入り込んでおり、その者がワイバーンに混乱させる魔法を使ったのである。


 竜を邪魔だと考えているオズワルドとコーネリアは、各国の市民が集まっている中で軍事パレード失敗という醜態を晒せば、竜の勢力を削げると考えた。


 できれば少しぐらい市民に犠牲が出ると糾弾しやすかったのだが、まぁ軍事パレード自体は失敗させたので作戦は成功だろう。


 その勢いでオリアナも暗殺したかったが、あえなく失敗してしまった。周囲から疑われないために、コーネリアが自ら傷を負ったというのに。


 怒りが収まらないオズワルド公とは反対に、コーネリアは冷静に告げた。



「ですが父上、悪いことばかりではありませんよ」


「どういう意味だ」


「少なくとも、オリアナの近くで常に守っている者がいるという情報は得られました。しかも“暗殺者ギルドの五人を返り討ちにする腕前”で、かつ“あの場にいるのが許される者”です」


「姉上……それって……」


「そうだリヴァル、“貴族の誰か”だ」


「「――っ!?」」



 コーネリアの発言に、父子が驚愕した。

 ダンス会場には“コーネリアが予め忍ばせていた暗殺者以外”、王家と貴族、それに加え各国の要人と選ばれた人間しか入れないようになっている。


 演奏団や料理人シェフの可能性も捨て切れないが、全員コーネリアの息がかかっているので除外していいだろう。それはコーネリア派閥の貴族も同じこと。


 考えられるとすればマーガレット派閥の貴族だが、マーガレットにとってもオリアナには死んでもらいたい筈だ。邪魔するはずがないだろう。他に考えられるとしたら――。



「貴族だと!? どこの家の者だ!?」


「わかりません……ですが……」



 コーネリアは一つ気になることがあった。

 誰もオリアナをダンスに誘わず嘲笑する中、一人の少年が現れた。全く見覚えがないのでどこの家の子かも知らないが、少年はオリアナにダンスを申し込んだ。


 あの場において、“王女にダンスを申し込む”というのはマーガレットとコーネリアの派閥を裏切る行為に等しい。

 よく理解していない子供がやったことだと言えばそれまでの話だが、だからこそ逆に気になるのだ。


 小さな子供が、王家や貴族といった偉い大人達の前であれ程堂々とした立ち振る舞いを行えるだろうか、と。



「少し、調べたいことがあります。父上には、私や姉上の派閥に入っていない貴族がまだあるか調べていただきたい」


「それは構わんが、オリアナの暗殺はどうするのだ?」


「流石に怪しまれてしまうので、そう何度も立て続けには仕掛けられません。それにオリアナを近くで守る者がいる限り、国内で暗殺するのは難しいでしょう」


「ならばこのまま指を加えて待っていろと私に言うのか、コーネリアよ」



 不機嫌そうに問いかけてくるオズワルド公に、コーネリアは淡々と告げた。



「いいえ父上、国内で駄目なら国外があるではありませんか」



 ◇◆◇




「大丈夫ですか、王女」


「はい、皆さんがいてくれるので平気です」


「そうだな、ワタシ達がいるからもう安全だ」


「そうです! 吾輩たちがいる限り問題ありません! 誰が来ようと華麗にやっつけてやりますよ、トゥ、トォ、フェア!」


「ふふ、ありがとうナポレオンさん」



 心強い言葉をかけてくれる皆に、オリアナは無理矢理笑顔を作った。

 舞踏会での暗殺事件があった後、王女は自室に避難していた。


 あの時は暗闇で何があったかわかっていないが、暗殺者に命を狙われたことは理解している。


 直接命を狙われたのはこれが初めてで、彼女の身体は恐怖に震えていた。エリス達に心配させないように平気なふりをしているが、身体は嘘を吐けない。



「しかし、いったい誰が暗殺者からオリアナを守ったのだ?」


「わかりません」



 不思議そうに尋ねるハクヤに、首を横に振るエリス。わからないと答えたが、暗殺者からオリアナを守った者に心当たりがあった。



(恐らくシノビ殿だろうな。最初は私が王女を守っていると思っていたが、暗殺者はあの場に五人もいたし)



 影からオリアナを守っているシノビが王女の窮地に現れない筈がない。

 常日頃から王宮に忍び込んでいる彼ならば、気配を消して舞踏会に紛れこむのは造作もない。エリスとナポレオンが協力して一人と戦っている間に、シノビは四人の暗殺者と戦っていたのだろう。



(シノビ、貴方が私を助けてくれたのですね)



 オリアナを助けたのがシノビであることは、彼女自身もなんとなく分かっていた。常に自分を見守ってくれている彼が、今度もまた助けてくれたのだと。

 そう断言できるのは、王女を守る騎士がシノビしか居ないからだ。



「顔色が良くなったな」


「ええ、もう大丈夫です」



 シノビのことを考えたら、いつの間にか震えが止まっていた。

 彼はここに居ないけれど、いつも近くに感じている。シノビの存在は、オリアナにとっても大きなものとなっていた。



(ありがとう、シノビ)



 直接伝えることはできないが、せめて心の中でお礼を言うオリアナだった。


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