第漆拾話 襲撃
サイは戴冠祭が催される三日間の中で、コーネリアが仕掛けてくるであろうタイミングを二パターンに絞っていた。
一つ目は、二日目に行われるオリアナと各国要人による謁見。王女暗殺を誰かになすり付けるなら、エリスやハクヤといった邪魔な護衛が近くにおらず、オリアナと要人が顔を合わせるこの時が良い機会だろう。
だが、サイがずっと待機していたが一向に仕掛けてくる気配はなく、謁見は無事に終了する。
一つ目ではないとしたら、二つ目。
それは、貴族達と要人が一同に集まるこの舞踏会だった。
(五人か……しかも気配を消すのも上手い、相当な手練れだな)
サイとオリアナによるダンスが終わるや否や、突然ダンス会場の明かりが全て消えてしまう。本当に何も見えない真っ暗闇の中、サイは落ち着いて状況を把握していた。
四方八方から、暗殺者がオリアナに向かって真っすぐに歩いてきている。暗闇でも視界を確保できる訓練をしているのだろう。
だがそれはこちらとて同じだ。サイは懐からクナイを取り出し、正面の暗殺者に向かってナイフを投げる。
「きゃぁあああ!!」
「何をやっている、早く明かりをつけんか!」
「ぐぁ!」
「落ち着いてください! 動かれると余計危ないです!」
「ユーベン殿下!」
「わ、私はここにいる!」
暗闇で不安になる貴族達が騒ぐ音の中に、暗殺者の悲鳴が紛れ込む。子供に仲間が殺されところを目撃していた四人の暗殺者は、狼狽えることなくサイを敵と認識した。サイとしても、不意打ちで一人殺せたのは御の字だと考えている。
(ナポレオン、聞こえるか)
『サ、サイ様!? なんでございましょう!』
(力を貸して欲しい、敵が姫様の命を狙っている。お主がエリスの目となって加勢してくれ)
『わ、我輩がですか!?』
(そうだ、俺一人では厳しい。お主ならできるはずだ)
『お任せあれ! サイ様のお頼みとあらば、このナポレオン火の中水の中――』
(早急にだ)
『はい、ただいま!』
サイから助太刀を頼まれたナポレオンは、エリスの身体を駆け上がるとオリアナのピンチを伝える。
「エリス殿、王女がピンチですぞ!」
「なんだって!?」
「すぐに駆け付けましょう!」
「しかし、こう暗くては何も見えない」
「心配ご無用、我輩がエリス殿の目となりますぞ!」
「わかった……頼むぞナポレオン殿!」
ナポレオンから事情を聞いたエリスは、ドレスの内側に仕込んでいた細剣を取り出して指示に従い駆けつける。
それより少し前、クナイを持つサイは四人の暗殺者と交戦していた。しかも、背後にいるオリアナを守りながらだ。
「死ね――ぐっ!?」
背後から王女を斬りつけようとする暗殺者の顔面に手裏剣を放って阻止する。その間、前左右から襲い掛かる暗殺者の攻撃を凌いだ。
(戦況は厳しい……だが姫様のお命は絶対に取らせん)
(信じられん! ガキ一人に我々が喰い止められているだと!?)
必死にオリアナを守るサイを未だに突破できず、暗殺者は戸惑っていた。王女を殺すだけの簡単な仕事だった筈なのに、子供一人に邪魔をされてしまっている。
ならばと少年を避けて王女の命を狙おうとしても、上手く邪魔をされてしまう。
“依頼主”からは、恐らく護衛に邪魔をされるだろうと聞かされていた。王女一人を暗殺する程度は一人で十分だったが、念には念を入れて五人集めた。それにも関わらず仕留め切れない。なんと恐ろしい子供だろうか。
サイとしても大勢の手練れを相手にするのは厳しかった。今のサイではオリアナの命を守るだけで精一杯。忍術、いやせめて魔力を扱うことができたのなら、多勢に無勢だろうが一瞬で蹴散らしていただろう。
しかし王宮内では魔力が扱えない仕掛けが施されていて、戦う手段は武器と己の力のみ。素の力でサイが手練れの暗殺者を四人も相手にして凌げているのは、前世と今世で培った神がかりな戦闘能力の賜物だった。
だが、凌ぐだけではもたない。
一瞬でも敵だけに集中できればと思っていた矢先、ナポレオンに誘導されたエリスが暗殺者に細剣を振るった。
「はっ!」
「ちっ、邪魔をするな」
「来ますぞ! 右に避けてください! 次は左!」
ナポレオンの指示を信じ、暗闇の中見えない敵と剣戟を繰り広げるエリス。チーズを食べ過ぎて太りはしたものの、実をいうとナポレオンは優秀なのである。
凄まじい速度で走り回るデアウルフのマサムネの頭に乗って哨戒する動体視力。状況を把握して適格な指示を与える判断力。
今は離れた土地で別々に行動しているが、鼠人族の長として、魔王軍の一員として恥じない能力を有しているのだ。
(この女、できる!)
(わかる、分かるぞ! ついていける!)
いくらナポレオンの指示が的確だとしても、エリスがそれについていけなくては意味がない。でも彼女はしっかりと指示通りに動き、また自分自身でも敵の気配を把握できていた。
それはエリスが、再び剣の鍛錬を始めたからだろう。
シノビに剣術を指南されてから、一度は諦めた剣を握り直した。そして成長したのだ。以前のままなら格上の暗殺者相手にここまで食い下がることはできなかっただろう。
(でかしたぞエリス、ナポレオン。これで目の前の敵に集中できる)
エリスとナポレオンがオリアナを守ってくれれば、残りの三人に集中できる。一瞬でも攻撃の時間を作ってくれれば、敵が手練れだろうとサイの相手ではなかった。
「「「ごふっ!?」」」
電光石火の如き早業だった。
両手にクナイを持つサイは、攻撃に転じて暗殺者の首を掻っ切る。三人が絶命して倒れる中、エリスと戦っている最後の暗殺者を背後から刺殺した。
戦い始めてから暗殺者を始末するまで、数分の出来事だった。
まだ警戒は続けるが、ナポレオンに念話で感謝を伝える。
(よくやってくれた、ナポレオン)
『はい! エリス殿も頑張りましたぞ!』
(そうだな。一先ずエリスと共にその場から離れてくれ)
『承知いたしました!』
戦いの最中に突然指示が止まって困惑しているエリスに、ナポレオンがこの場を移動するよう伝える。エリスが貴族達の中に紛れ込んだ時だった。
「ええい、まだ明かりはつかんのか!?」
「ただ今つけました!」
「全く、殿下がいる場でモタモタしおって……何だこれは!?」
「「きゃあああああああ!!」」
貴婦人達の甲高い悲鳴がダンス会場に鳴り響く。
声を上げるのも無理はないだろう。ダンス会場の真ん中に、黒装束に身を包んだ怪しい人間が五人、血塗れになって倒れているのだから。
「え……」
これはいったいどういうことだと、自分の周りの状況を見てオリアナは言葉を失った。確かに自分の近くで何かが動いたりしている気配は感じ取っていたが、まさか人が死んでいるとは思いもしないだろう。
「っ……」
「お、王女!」
残酷な光景を目にしたオリアナは、ふっと意識が途切れるように気絶してしまう。一旦隠れていたエリスが倒れているオリアナに駆けつけた。
だが、倒れているのはオリアナだけではなかった。
「コーネリア、どうしたコーネリア!」
「ぐっ!」
「コーネリアが傷ついている! 早く治療せねば!」
コーネリアが倒れており、左上から血が垂れ流れていた。側にいたユーベン公が義娘を抱きかかえ、慌てて周りに呼びかける。
「何がどうなっている!?」
「早くこの場を離れなければ!」
「落ち着きなさい!」
パニックに陥った貴族達が勝手な行動を取る前に、エイダンがパンッと強く手を叩いて落ち着かせる。宰相の前では貴族達も黙るしかなかった。
「各国の要人がいる前で取り乱すような真似はよしなさい。それでも我が国の貴族か」
「「……」」
「至急コーネリア様に手当を。それとレオガルド国王、スナック国王、シリウス殿、このような事態が起こってしまい大変申し訳ございませんでした」
「こちらは何ともない」
「儂もじゃ」
「え……うん、大丈夫です」
各国の要人に深く謝罪するエイダン。レオガルドとシリウスは貴族達と違って全く取り乱さず、スナックは何がなんだかわからないけど同調するように返事をしていた。
その後、要人・王家・女性・貴族の順にダンス会場から避難を始める。泊まっている客室へ向かっている途中、レオガルドはクロメとシロエに問いかけた。
「二人共、気付いているな」
「はい」
「勿論にゃ」
あの場にいる中で、この三人は何が起きているか気付いていた。明かりが消えて貴族がパニックに陥る中、ダンス会場の中央で暗殺者と誰かが激しい戦いを繰り広げていたことを。
例え目が見えなくとも、獣人は聴覚や触覚など他の感覚が鋭い。さらに言えば、国内でも最高峰の戦闘力があるこの三人ならば、誰かが戦っているのは気配だけで分かっていた。
「どうしますか、レオガルド様」
「どうもせん、我等が狙われた訳ではないからな。狙われたのは第二王女と第三王女、我等はこの国のゴタゴタに巻き込まれただけだ。迷惑な話だがな」
「本当にそうにゃ」
レオガルドの話に、うんざりしたように返したシロエ。ドラゴニス王国の跡継ぎ問題は知っている。
黒装束の五人は王女を狙った暗殺者で間違いないだろう。謝罪も受け取ったし、後で形だけ抗議するくらいだ。三人としては、それとは別に気になることがある。
「五人の暗殺者から王女を守りきった者は誰かという事だ」
「流石にそれはわかりませんでしたね」
何も見えない暗闇の中、再び明かりが点くたった数分の間に王女を守りつつ五人の暗殺者を全員始末した。
そんな芸当を成し得た者はいったい誰なのか。一人なのか二人なのかは分からなかったが、相当な手練れだろう。
「この国の脅威は竜だけだと馬鹿にしていたが、侮れん者もいるのだな。それがわかっただけでも収穫だ」
「ですね」
(……少年)
レオガルドとクロメが会話している間、シロエは一人考え込んでいた。
あの場にはオリアナの他にもう一人、サイが居た筈だ。けれど明かりが点いた時にその場にいたのはオリアナだけで、サイの姿はどこにも見当たらなかった。
まだ小さな子供だし、恐くてその場から離れたのかもしれない。でも何か引っかかるのだ。
「まさか……にゃ」
「ん、何か言ったか?」
「何でもないにゃ」
クロメの問いに、シロエは首を横に振った。
きっと気のせいだろう。
あの少年が暗殺者五人を殺すなんて、できる訳がなかった。




