第陸拾捌話 要人との謁見
「オリアナ女王陛下、御即位おめでとうございます。魔法共和国ラーファは女王陛下の御即位を祝福していることを、【五星天】シリウスが代表してお伝えさせていただきます」
「祝福のお言葉感謝いたします、シリウス」
(ご立派です、姫様)
頑張って覚えたのだろう。しっかりと女王としての作法ができているオリアナに、サイは胸中で拍手を送っていた。
戴冠祭二日目。
本日は王都で目ぼしい催しは行われないが、王宮内では大事な政務が行われていた。
『謁見の間』において、新女王となったオリアナ――実際にはまだ仮の女王ではあるが――に、各国の代表達が謁見して祝いの言葉を送ることになっている。
この場にいるのは、忍び込んで隠れているサイを含めて五人。母であり現女王であるアルミラ=ウル=ドラゴニスの玉座にはオリアナがちょこんと座っており、宰相のエイダンが背後に控えている。
玉座から階段下には【五星天】のシリウスと、昨日サイと戴冠祭を見て回っていた弟子のジニーが跪いていた。
そんな中、サイは室内のどこかで気配を完全に消しながらオリアナを見守っている。怪しい人物がいないか見守りするというエイダンの任務を放棄してでも彼がここにいるのには理由があった。
その理由とは、普段からオリアナの身を守ってくれているナポレオンやエリスやハクヤの三人が、謁見には立ち会えないからだった。
だからサイが、任務を放棄してでも三人の代わりにこの場に見守っているのだ。そこまでするのにも確信を抱いているからである。
オリアナの命を狙っているコーネリア第二王女が襲撃を仕掛けてくるのは、“ここ”か“次”の機会であるだろうと。
(いやはや、まだほんの子供ではないか。こんな可憐な子供が証のせいで突然跡目争いに巻き込まれるとは……可哀想にのぉ)
(綺麗な子だなぁ……)
シリウスは顔を見上げ、玉座に座る姿が似合っていないオリアナを目にして同情を抱く。竜紋というドラゴニス王国独自の世襲文化がなければ、第三王女のオリアナが女王に選ばれることはなかっただろう。
本人の意志に関係なく巻き込まれ、姉達に命を狙われることが不憫でならなかった。
しかし、関係のないシリウスではどうすることもできない。オリアナが生きて真の女王に即位する日が訪れるのを願うばかりだった。
それから一言二言会話してから、シリウスとジニーは踵を返して後にする。出て行った二人と入れ替わるように入ってきたのは、獣人の国の要人だった。
「そなたが新たな女王か」
「第百代女王オリアナ=ウル=ドラゴニスと申します。お会いできて光栄です、レオガルド国王」
(あれが獣人の国の国王レオガルドか……人というよりは獅子だな)
レオガルドの言葉に、オリアナは丁寧に名乗ってから挨拶をする。
彼もまた国王であるからオリアナの前で跪くようなことはせず、悠然と立っていた。その代わり従者であるシロエとクロメは、レオガルドよりも一歩後ろに引いて跪いている。
レオガルドを観察しているサイは、その姿に驚いていた。シロエとクロメは人間っぽさが八割、獣っぽさが二割の外見なのだが、レオガルドはその逆で、獣が八割で人間が二割のような外見。
簡単に言うと人間の身体の形をした獅子だった。サイが知っている中だと魚人族のペペと似ているだろう。
「こんな子供が女王とは、人間の国は何を考えているのか全く理解できんな。まぁ、精々頑張るがいい」
「はい……レオガルド様のような王になれるよう精進致します」
「ふん、思ってもないことを口にするな。行くぞお前達」
「「はい」」
レオガルドは皮肉を告げると、すくっと立ち上がった従者を連れて出て行こうとする。しかし何を思ったのか足を止めると、振り返ってオリアナにこう告げた。
「諦めた目をするな。生き抜く上で必要なのは藻掻き足掻いてでも抗おうとする“生きる意志”だ。獣人は常にその意志と共にある。そなたも諦めるにはまだ早いのではないか」
「……はい!」
「ふん、少しは良い目になったな」
(生きる意志か……流石は国王、今の姫様には必要な言葉だ)
レオガルドから助言を貰い受けたオリアナは、大きな声で返事をした。その返事を聞いたレオガルドは、鼻を鳴らしながら今度こそ出て行く。
サイとしては、主君にあのような言葉をかけてくれたレオガルドに感謝していた。シノビやハクヤ達の存在が恐怖を抑えているとはいえ、オリアナの心中にはいつ殺されるかもしれないという恐怖で詰まっている。
レオガルドが言ったように、自分でも知らぬ間に生きることを諦めていたのかもしれない。それが駄目だと、生きることを諦めるなというレオガルドの言葉はずしんと心に突き刺さったのだ。
初めは我が主君に対してなんて無礼な態度を取る野郎なんだと少々腹が立っていたサイも、オリアナに助言してくれたのでプラマイゼロというか寧ろプラスだった。
「それにしても、レオガルド様が人間に優しくするなんて珍しいこともあるんですね」
「ふん、子供といえど王であるのに変わらない。なのにめそめそしているのが気に喰わんかっただけだ」
「そういうのって人間の言葉ではツンデレって言うらしいにゃ」
「やかましいわ」
謁見の間を出た後、従者からからかわれてしまった国王は言い訳を吐く。そんなレオガルドに、シロエとクロメは顔を見合わせて小さく笑っていた。
「オリアナ女王陛下、この度は御即位おめでとうございます。教皇の代理として、私アンネローゼから祝福の言葉を送らせていただきます」
「祝福の言葉を頂戴しました、アンネローゼ」
「……」
「……」
獣王の国の次に入ってきたのは、宗教国家パルデアン法国から要人。
祭服に身を包んだ【七聖女】のアンネローゼと、聖女を守護する聖騎士リックだ。アンネローゼは祈るように手を組み、リックは騎士らしくオリアナの前で跪いている。
アンネローゼに対し、オリアナはよくわからない恐怖を抱いていた。レオガルドのように皮肉を言われた訳ではないのだが、じっとこちらを見つめてくる聖女の目が不気味で仕方がない。
「どうかされましたかな、アンネローゼ様」
「いえ、何でもございません」
何も話さずじっと見つめてくるアンネローゼに困惑していると、宰相が助け舟を出した。だが聖女は問題ないと謝ってから立ち上がり、「では陛下、私達は失礼いたします」と言って出て行こうとする。
その際、アンネローゼが隠れているサイに顔を向けてきた。
(馬鹿な、俺に気付いたのか!?)
アンネローゼと目が合ったサイは動揺した。完全に気配を絶っている自分を、戦いも知らぬようなか弱き女性に見破られてしまったのかと。
危ぶんだサイだったが、聖女はすぐに目線を外して部屋を出て行く。
(気のせいか?)
聖女がこちらに視線をやったのは偶然だったのだろうか。一瞬だったのでそう判断したサイだったが、聖女がサイを見ていたのは偶然ではなかった。
「帰る仕度をしましょう、リック」
「えっ、もうよろしいのですか? 戴冠祭は明日までありますけど」
「ええ。本来は明日までいるつもりつもりでしたが、思わぬ形で私の目的は達成しました。もうこの国にいる必要はありません」
「それはつまり、人類の未来に関わる者にお会いできたということですか?」
リックの問いに、アンネローゼは小さく首肯した。
聖女のアンネローゼがわざわざこの国に訪れたのは、“人類の未来を左右する未来”を見たからだった。
とは言っても見れた情報は限りなく少なく、より詳しく未来を知る為に予知の中心人物がいるドラゴニス王国にやって来た。
中心人物とは戴冠祭の三日目に会う予定だったが、偶然その者と会うことができた。会えたといっても、一瞬だけ顔を見れただけだったが。
それでも構わない。中心人物に深く関わる者――オリアナと出会い偶然にも未来を見たことで、中心人物と会う必要はなくなった。
アンネローゼがじっと不気味にオリアナを見つめ続けていたのは、新たな未来を予知していたからだったのだ。
「未来は無数に変化するので私もどうなるかは分かりませんが、一先ず彼の者が悪人でないことは確認できたので私達が手を下す必要はなくなりました」
「アンネローゼ様がそう仰るのでしたら、ドラゴニス王国には本日帰宅することを伝えておきます」
「ええ、よろしくお願いしますね、リック」
リックに頼みながら、アンネローゼは胸中で祈っていた。
(今はただ、“彼”が“あの方”を守り抜くことを祈りましょう。“彼”が人類を救うのか破滅に追い込むか、どちらの未来に転がるかはそれにかかっていますからね)
シリウスやレオガルドと違って何を考えているのか分からないアンネローゼの対応に精神を減らしたオリアナだったが、次に入ってきた人物には違う意味で精神を減らされることになる。
「ゼーラ帝国第五皇子、クリフォード・ヘル・ゼーラである。皇帝陛下に代わって、即位したオリアナ女王に祝福の言葉を送らせていただく」
「し、祝福の言葉を頂戴しました……く、クリフォード皇子」
クリフォードの言葉に、オリアナは唇を振るわせながらもなんとか言い遂げる。
彼女が緊張してしまうのも無理はないだろう。
何故なら対面している相手は、彼のゼーラ帝国の要人なのだから。
大魔境を除いて、人類が占める領土の三分の一を保有している超大国。そんなゼーラ帝国とドラゴニス王国は隣国ではあるが、決して友好関係を築いている訳ではなかった。
ゼーラ帝国がドラゴニス王国を侵略してこないのは、竜王ジークヴルムとドラゴン達を敵に回したくないのと、大魔境に君臨している魔王との戦争で兵力が足りていないからだった。
しかし、何かのきっかけさえあればゼーラ帝国は足軽に攻め入ってくるだろう。
そんな物騒な大国からの、しかも最近帝国内で英雄ともてはやされているクリフォード皇子となれば、か弱いオリアナが恐がってしまうのも仕方あるまい。
(あれが魔王キュラソンの領土を奪った帝国の英雄、【剣王】クリフォードか。確かに、まだ若そうだが既に強者の風格が出ているな)
サイも噂では知っていた。魔王キュラソン・ヴァーニーが保有していた魔界の領土を帝国が奪取したことを。まぁそれも千年以上領土を守っていたキュラソンの右腕である【死霊王】ファウストがサイによって消滅したからなのだが。
件の英雄クリフォードは、十七、八歳と思われる若き青年だった。金髪で端正な顔をしており、女性からさぞモテるといった顔立ち。
だが鋭い眼光とその身から溢れる圧力は、前世でサイが遠目で見た将軍と同じ覇気を纏っていた。王宮内なので鑑定眼は使用できないが、恐らく執事のアルフレッドよりも強いだろう。
(こんな挨拶も無意味なものだ。どうせこの子供はすぐに死ぬのだからな)
玉座に縮こまっているオリアナを、クリフォードは冷ややかな目で見ていた。当たり前だが、彼はドラゴニス王国の事情は周知している。
クリフォードとしても、一度だけ会ったことがあるコーネリアが女王に選ばれると思っていたが、まさかこんなちんちくりんが女王に選ばれるとは予想だにしなかった。
だが生きていられるのも今の内だろう。
コーネリアか、もしくは第一王女のマーガレットの魔の手に堕ちてしまうことは分かり切っている。もって後数年の命だ。
それを知っているからこそ、重要な侵略を中断してまで茶番に付き合わされるのに腹がって立っていた。
「では女王陛下、私達はこれで失礼する――ぐっ、ぅぅぅぅ!!」
「殿下!!」
「きゃ!」
「クリフォード皇子、どうされたのですか!?」
一言告げてクリフォードが立ち去ろうとした時、突然左腕を抑えてうずくまってしまう。痛みに苦しんでいる彼にオリアナは驚き、配下のゴルドーとエイダン宰相が心配して駆け寄る。
また左腕が疼き出したみたいなのだが、今回の痛みはいつもの比ではなかった。冗談ではなく、腕が爆発してしまいそうなぐらい痛い。
しかし、痛みに苦しんでいるのは彼だけではなかった。
「がっ……ぁあ(何だこの痛みは!?)」
サイもまた、突然疼き出した両目に苦しんでいた。二人が疼きに堪えている中、先に収まったのはクリフォードだった。
「はぁ……はぁ……もう大丈夫だ」
「本当ですか? 今回はいつもより苦しんでおられましたが」
「問題ない。オリアナ女王と宰相閣下には、お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、皇子が大丈夫なら問題はございませんが……医務室に行かれた方が良いのでは? 案内させます」
「心配ご無用。いつものことなので大事ではありません。では失礼いたします」
エイダンが心配して医療班を手配しようとしたが、クリフォードは断って部屋を出て行ってしまった。
「ふぅ……ふぅ……痛みが治まった。今のはいったい何だったのだ」
クリフォードと同じく、サイも両目の疼きが収まっていた。落ち着いてから、何故両目が痛み出したかを考える。
なんの前触れもなかったのに痛み出したのか分からない。
いや、前触れはなかったかもしれないが、きっかけはあった。クリフォードが左腕を抑えて苦しんだ同じ時に、サイの両目も疼いたのだ。
(偶然か?)
今までこんな風に両目が痛むことはなかった。
赤ん坊の頃に無意識で鑑定眼を使っていた時も、頭が疲れて気絶するような事はあっても目が痛くなることはなかった。
考えられるとすればクリフォードの痛みと連動したことだが、何かされた訳でもないのに痛みが移るような事があり得るのだろうか。
考えたところで原因は判明しないので、今はオリアナの護衛に専念する。とはいっても最後の訪問者はカロリー王国のスナック国王で、相変わらずの調子ですぐに終わってしまった。
「お疲れ様でした、オリアナ様。女王としてのお仕事はどうでしたか?」
「大変ですね……凄く疲れてしまいました」
「ふっ、女王に就いたらこんな事しょっちゅうでありますよ」
各国の要人達との謁見を見事やり遂げたオリアナにエイダンが労いの言葉をかける。
エイダンが疲労した様子のオリアナを連れて謁見の間を後にするのを見送ったサイは、一人だけ残った部屋の中でぽつりと呟いた。
「ふむ、“ここではなかったか”」




