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第陸拾陸話 戴冠祭

 




(う~む、これが祭りというものか。いつもより賑わっておるし、人の数も多いな。気を付けないとぶつかってしまう)



 人で溢れ返っている道路をするりと抜けながら、祭りの凄さに圧倒される。俺は前世でも今世でも祭りという催しを体験したことがないので、想像以上の盛り上がりに驚いていた。


 戴冠祭初日。

 俺は国民に紛れ、王都ドライセルの街中を一人ぶらついていた。訳もなくただぶらついているのではなく、不審な者がいないか警備しているのだ。


 それが今回の戴冠祭で、エイダン宰相閣下から俺に与えられた任務なのである。



(こんなに騒がしいのが三日も続くのか。面倒だな)



 戴冠祭は三日間開催される。

 初日の催しは、竜王騎士団による飛竜の軍事パレード。これは単なる催しではなく、他国へ国家の戦力を知らしめる意味も含まれている。さらに子供が竜に乗ってみたりする体験もあるそうだ。


 二日目は、王宮外ではこれといった催しはない。しかし王宮の中では各国から来訪した要人が姫様に挨拶をし、その後に舞踏会が催される。


 既に魔法共和国ラーファ、パルデアン法国、獣人の国など各国の要人が続々と到着している。あとカロリー王国のスナック国王もモティ宰相を連れて来ていたな。


 未だに到着していないのはゼーラ帝国ぐらいだが、恐らく今日には到着するだろう。


 三日目は各国の代表による『大陸会議』というものが行われるそうだ。夜には花火を上げて祭りを締めくくることになっている。


 国の催しはそれぐらいだが、雑技団が曲芸を見せたり、歌唱団が歌を歌ったり劇団が演劇したりと、一般人による見世物は沢山開かれる。それに加え、三日間の間はずっと屋台が開かれて常に賑わっているのだ。


 祭りに来ようと地方に住まう国民も数多く来訪し、自国民だけではなく他国の者も来訪している。

 周りを見渡せば見慣れぬ格好をしている者だったり、王都では見掛けられない獣人や亜人も沢山いた。


 これだけ他国の者がいるなら、揉め事も沢山起こりそうだな。まぁそちらは軍兵に任せておけばいいだろう。


 俺が注意するのは、国家の敵になり得るような危険人物だ。そして俺は、危険人物を把握する手段を持っている。



(千里鑑定眼!)



 千里鑑定眼なら、上空から王都にいる人間全てを見渡すように鑑定することができる。魔力の消費を抑える為に、出力を抑えてステータスのレベルだけを鑑定。レベルが高い者が居たら詳しく鑑定すればいい。


 だが今のところ高くてもレベル50前後の冒険者や魔法使いらしき者達しか居ない。その程度なら警戒するまでもないだろう。



「むっ」


「おっと、おい気を付けろよガキ!」


「へいへい、大丈夫かよ」


「いやぁ駄目だわ。見ろ、このガキのせいで服が汚れちまったじゃねーか」


「本当だ、こりゃ弁償してもらわね~となぁ。ひひひ」


(こ奴、わざとぶつかってきたな)



 千里鑑定眼を使っている最中に、後ろから歩いてくる男と軽く接触してしまった。

 ぶつかってこようとしてきたことには気付いていたので避けたのだが、男は追いかけてまでぶつかってきた。


 恐らく俺が良い身なりをしているので狙っていたのだろう。

 自分で飲み物を溢した癖に、俺のせいにして高い金を払おうとさせているからな。全く、楽しい祭りに水を差すような腐った連中だな。



「おいガキ、黙ってないで何か言えよ」


「パパとママを呼んできてもいいんだぜ」


(さて、どうするか)



 この馬鹿共を始末することは簡単だ。だが今の俺は仮面も被っておらず、ただの子供に過ぎないので力を使うことはできない。

 “国家の影”の一員として、父上のように表では無能を演じなければならないからだ。


 非常に気に喰わんが、これ以上目立つのも困るのでさっさと金を渡してこの場を収めよう。そう判断して懐から金を取り出したその時、俺の背後から一人の女性が男達に物申した。



「ねぇ、良い大人が楽しい祭りで子供にたかろうとするなんて、みっともないと思わないのかい?」


「あん? 何だテメエ」


「関係ない奴はすっこんでな」


(誰だこい――まさか!?)



 助けてくれた女性を見て驚愕する。

 その者は魔法共和国ラーファから訪れた要人の一人、魔法使いのジニーだった。肩にかかる赤茶色の髪に、中性的な顔立ち。


 自分のことを“僕”と呼ぶジニーは、鑑定眼で調べたところレベルが200を越えていた。


 人間の中では最上位のレベルで驚いたが、彼女の師を見た時はさらに驚いたぞ。

 国を統治する五人の天位魔術師による【五星天】が一人、シリウスはレベルが400を越えていたのだからな。



(それにしても大物ジニーが何故こんな所をほっつき歩いているのだ。王宮にいるのではなかったのか)


「迷惑な真似はしないでさ、お祭りなんだから楽しもうよ」


「迷惑を被ってんのは俺達の方だぜ! そのガキが余所見してぶつかったんだからな」


「嘘吐くなにゃ、オメーがわざと子供にぶつかりに行ったんだにゃ。シロエはしかとこの目で見ていたにゃ」


(今度は誰だ――なっ!?)



 ジニーに加勢する者が現れたと思えば、またもや要人の一人で驚いてしまった。


 変な喋り方をする彼女の名はシロエ、白猫の獣人だ。基本的な姿は人間と変わりないが、頭部には猫の耳、尻の付け根からは尻尾が生えている。


 獣人の国から来訪したレオガルド国王の近衛兵で、彼女もまたレベルが200を越えていた。


 全く、こちらは目立ちたくないというのに次から次へと厄介な者達が現れるな。勘弁してくれないだろうか。



「い、言いがかりすんじゃねえよ!」


「何言ってるにゃ、言いがかりならそっちが先にゃ」


「おい、これ以上騒ぎが大きくなるとマズいぜ。衛兵に捕まっちまう」


「ちっ……テメエら覚えておけよ」



 周囲の視線に分が悪いと感じたのか、男共は捨て台詞を吐いて立ち去る。

 俺もこのまま立ち去りたい気持ちに駆られるが、助けてくれた恩を仇で返すのは流石に出来ない。普段よりも子供らしい言葉使いを意識して、二人に頭を下げて礼を言った。



「あの、助けていただいてありがとうございました」


「怖かっただろう、大丈夫かい?」


「はい」


「ふふ、君は強い子だね。でも一人だと危ないよ、ご両親はいないのかい。もしかして迷子かな?」



 俺の目線まで屈み、優しい声音で問いかけてくるジニー。男共から助けてくれたのもそうだが、彼女は大分お人好しのようだ。



「迷子ではありません。父上と母上は忙しいので、一人で祭りにきています」


「そうだったのか……」


「それなら、シロエが一緒に回ってやるにゃ」


(はっ? いきなり何を言い出すんだこいつは?)



 横から突拍子もないことを言ってくるシロエに呆然としてしまう。こんな大物と一緒に回るなんて俺からしたら迷惑でしかない。無難な理由ですぐに断ろうとしたら、今度はジニーが閃いたように口を開いた。



「それは良い考えだね! 一人で回れるくらいならこの土地にも詳しそうだし、君さえ良ければ僕等を案内しておくれよ。それに、皆で回った方がきっと楽しいよ」


「それがいいにゃ!」


「あ、あの……」


「君、名前は?」


「……サイ、です」


「サイ君か! 僕はジニー、よろしくね」


「シロエにゃ」


「ほらサイ君、ボーっとしてないで早く行こうよ」



 早すぎる展開に処理が追いつかないでいると、ジニーに右手を握られる。そしたら逆の手をシロエにも握られてしまう。


 二人に手を握られ、まるで親子のように三人並びながら歩き出す中、俺は混乱に陥っていた。



(……どうしてこうなった)



 ◇◆◇



「チェックメイト」


「くそ、やられたわ!」


「ふっ、まだまだ甘いなシリウス」


「おいエイダン、久しぶりに会ったんじゃから少しは手加減したらどうじゃ。というか接待せぇ」


「ふん、お前に接待などするものか。手加減して欲しいならそう言え」


「悔しいから絶対に言わん」



 チェスの盤上を挟んで、仲良さげな会話を披露する二人の老人。


 片方はエイダン宰相で、もう片方は魔法共和国ラーファから訪れた【五星天】のシリウスだった。


 二人は魔法学校時代からの学友であり、また悪友でもある。遠く離れているので中々会うことはできないが、数年に一度は手紙のやり取りをしていた。


 数年ぶりに会った二人は、積もる話もあるだろうと王宮にあるエイダンの私室に招く。するとシリウスからチェスを挑まれたのだ。見ての通り、結果はシリウスの惨敗だったが。



「全くお前さんは、意地が悪いところは昔からちっとも変っとらんの。部下に同情してしまうぞい」


「余計なお世話だ。お前こそズボラな所は変わってなさそうだ。弟子に迷惑をかけているんじゃないか?」


「そんなことはない……とは言えんな」


「だが、お前が弟子を取っていることには驚いたぞ。魔法にしか興味がなかったお前がな」


「あの子は……ジニーは優秀での。儂自身が育てたくなってしまったのじゃ」



 朗らかな表情でそう話すシリウスに、昔から彼を知っているエイダンは少々驚いた。


 己の目の前にいる親友は屈指の魔法バカで、その生涯を魔法の研究に捧げていた。他人に興味がなく、嫁をもらったりもしていない。


 強いて言えば魔法が永遠の恋人だろう。まぁそこまで突き詰めたからこそ天位魔術師の頂きに到達したのだ。そんな男だからこそ、今更弟子を取ったことに驚いたのだ。


 でも、シリウスの心境の変化はエイダンにも分かるところだった。



「ふむ、お前の気持ちも分からんでもない」


「なんじゃ、お前さんが同意するとは珍しいのう。そういえばお前さんには息子や孫がいたの」


「息子も孫もいるが、そやつらではない。まぁ孫といえばそれくらいの歳の小童だがな」



 エイダンは最近よく顔を会わせている少年、サイのことを思い浮かべながら話す。一年前に会ったディル=ゾウエンベルクの息子は、無表情で可愛げもないが度胸だけはあった。


 貴族や王宮の者でさえ、いざ対峙すれば脅えたり媚びてきたりするのに、サイだけは片時も目を離さず堂々としていた。


 それどころか、逆にエイダンを見定めようとしていたのだ。宰相であるこの自分をだ。


 それが面白くもあり、またサイは優秀だった。

 子供の癖にやけに大人びていたり、父のディルを凌ぐ戦闘力を誇っていたりする。ませているかと思えば、甘い菓子を食べている時は年相応の無邪気な顔を見せたりと可愛いところもあった。


 エイダンはサイを気にかけ、またその才能に期待しているのだ。



「ほほう、鬼も泣いて黙るエイダンにそこまで惚れさせるとはどんな子供なのか、一度会ってみたいの」


「お前には絶対合わせない」


「意地悪じゃのう、それぐらいよいではないか」



 そんな他愛もない会話を挟みながら、話題は国家の情勢に移った。



「そちらは相変わらずか?」


「そうじゃのう、全然変わっとらんよ。国内も国外でも争いは起こらず、日々魔法の研究に明け暮れておる。七大魔王も今のところ大人しくしておるしの。逆にそっちは色々と大変そうじゃの」


「ああ、大変だとも」



 シリウスの話に、エイダンは困ったようにため息を吐いた。

 国内では王女達による泥沼の王位争い、国外では隣国のカロリー王国が魔王と手を組むという前代未聞の事件が起こっている。


 友好国であるカロリー王国が攻めてくるとは考えられないが、魔王に洗脳されている可能性だってある。警戒せねばいけなくなったのは事実だ。



「どの時代、どの国でも跡目争いほど悲しいことはないな。その点ラーファは王が無いから楽だわい」


「羨ましい限りだ。だが、いずれは決着の時を迎えるだろう」



 オリアナ王女が成人になって女王に就くか、はたまたコーネリア王女かマーガレット王女が女王になるか。


 オリアナが生きて女王に就く可能性は限りなく低いが、彼女には若き騎士ナイトがついている。

 何故サイがオリアナにあそこまでご執心なのかはエイダンも分からないが、サイがついている限りオリアナは生き残る可能性が高かった。



「ゼーラ帝国が魔界の領土を奪ったように、変革の時代が訪れようとしている。時代の波に飲み込まれぬよう、我々も常に気を張らなければならん」


「そうじゃな、お前さんの言う通りだ」



 国を支える宰相としての意見を唱えるエイダンに、同じ立場にいる【五星天】のシリウスも同意したのだった。


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