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第陸拾参話 優しい閣下

 



「お呼びでしょうか、閣下」


「うむ、座るがよい」


「はっ。失礼いたします」



 命令に従い、高級な椅子ソファーに座る。

 眼前に座っているのは、国政の最高責任者であるエイダン宰相だ。


 身体は衰え、髪も真っ白な老人ではあるが、その眼光だけは鷲のように鋭く力強い。老獪という言葉が相応しい御方である。


 閣下は唯一、“国家の影”であるゾウエンベルク家の裏の顔を知っている人物だ。知っているどころか、我が一族を手足のように動かしているのが閣下だった。


 俺や父上も閣下の命令に従い、国家に仇なす者や組織を排除している。


 そんな閣下とは、最近よくお会いしていた。

 何度も呼び出されては、小さな任務を振ってくる。恐らく俺がまだ子供であるから、大きな任務は任せず経験を積ませようと考えているのだろう。



「次の任務でしょうか」


「まあそう慌てるでない」


「はっ」



 早速本題に入るのかと思えばそうではないようだ。

 では世間話でもするのかと思えばそうでもなく、閣下はふと立ち上がれば、食卓テーブルの上に色とりどりのお菓子を並べていく。さらに、俺の前にカップを置いて紅茶を注いだ。


 何をしているのか困惑していると、再び座って促してくる。



「何をしている。遠慮せず食べなさい」


「……ではいただきます」



 まさか閣下から菓子を出されるとは思いもせず、つい驚いて固まってしまった。

 どういう風の吹き回しだ……と怪しむも、閣下のもてなしを無碍にすることもできないので、チョコらしき菓子を一つ手に取って口に運ぶ。



(う、美味い! 何だこのチョコレートは!?)


(ほう、ディル殿の言う通りだったな。能面を被ったような無表情をどうにか崩せないかと悩んでおったが、菓子でこんな子供らしく笑うとはの)



 食べたチョコレートは、今まで食べてきたチョコよりも数段濃厚かつ甘かった。少々甘すぎる気もするが、渋い紅茶と合わせると丁度良くなる。

 カロリー王国でも見かけなかったが、このチョコは何というのだろうか。



「どうだ小童? このチョコは儂のお気に入りなのだが、美味かろう」


「はい、美味しいです」


「そうかそうか、遠慮せずいっぱい食べろ。どれ、紅茶も淹れ直してやる」


「はい、ありがとうございます」


(ふっ、良い顔しおって。可愛いところもあるではないか)



 普段から厳かな閣下が今日は優しいので、何かあるのではないかといつもなら疑っていたが、チョコが美味すぎてそれどころではなかった。


 それに閣下が淹れてくれる紅茶も、アルフレッドやリズが淹れてくれるのと変わらない。紅茶は淹れる者によって味の良し悪しが変わるというが、宰相にも関わらずこれほど美味いとは……趣味なのだろうか?


 夢中になって食べていると、皿には一つも残っていなかった。

 俺としたことが……閣下の分を残さず一人で食べ切ってしまった! 何故か機嫌が良い閣下もこれには顔を顰めているだろうと覗いてみるが、意外にも微笑んでいる。


 う~む、今日の閣下は何を考えているか分からんな。



「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」


「そうかそうか。なら今度は違う菓子を用意しておこう」


(むむ、今日だけではないのか?)


「さて、儂の目論見も達成したし本題に入るとしよう。今日小童を呼んだのは任務ではなく、一月後に開催される戴冠祭についてだ」


「戴冠祭……ですか」



 聞いたことが無い言葉が出たので閣下から説明を受ける。

 戴冠祭とは、新たな女王が即位したことを祝う祭りらしい。約三日間に渡って開催され、各国の要人も来賓するそうだ。

 姫様はまだ仮の女王ではあるが、仮とはいえ戴冠式も行ったので戴冠祭も行われるらしい。



「戴冠祭では、ディル殿にもアルミラ陛下の護衛についてもらう。小童にも働いてもらうつもりだが、構わぬな」


「勿論でございます」


「よい返事だ。とは言っても大きな事は任せんから気負うことはないぞ。小童には一般人に紛れ、怪しい者がいないか見回りをしてもらう。もし怪しい者がおったら、儂に報告してくれ」


「承知いたしました」



 ふむ、見回り程度でよいのか。まあ警護のような束縛される任務より見回りの方が自由に動けて、姫様に何かあれば即座に対応できるので助かるがな。



「任務のことはまた改めて話すとして、オリアナ様について小童に話しておこう」


「はい(唐突だな……何の話だ)」


「儂の予想だが、コーネリア様の陣営は十中八九、戴冠祭のどさくさに紛れてオリアナ様を暗殺するつもりだろう。」


「っ!?」



 突然言われた閣下の話に驚愕する。

 解せぬ……閣下は何故、コーネリア王女が戴冠祭で姫様を暗殺することが分かるのだろうか。それも断言しているかのような言い方だ。

 俺が問いかける前に、閣下が先に口を開いた。



「継承の儀以来、コーネリア様に動きがない理由は分かるか?」


「竜からの使者である白竜がオリアナ様の側についているからです」


「ほう、それぐらいは分かっているようだな。小童の言う通り、あの竜がオリアナ様の近くをうろついている限り無暗に殺めることはできんだろう。使者の前でそんなことをすれば竜側と国家の関係がどうなるか、賢いコーネリア様は分かっておるだろうからな」


「はい」


「だが、戴冠祭となれば話は別だ。戴冠祭では各国の要人が王都に集まり、王宮内にも宿泊する。その時を狙って暗殺すれば、誰が殺ったかを有耶無耶にできてしまう」


(ふむ、そういう事か)



 確かに今姫様を殺めたら白夜は嘆き、怒るだろう。その矛先は、最も怪しいコーネリアだ。


 姫様が殺された後、自分がけしかけたと悟られないようカモフラージュ(欺く)ために、戴冠祭で暗殺して他国に犯行を擦り付けるつもりなのだろう。


 ふむ……だからコーネリアはこの半年近く動きを見せなかったのだな。そして本命は、一月後に行われる戴冠祭ということか。

 今までコーネリア王女が動かなかったことに合点がいった俺は、気になったことを閣下に尋ねる。



「一つ、ご質問してもよろしいでしょうか」


「何だ」


「閣下は何故、私にこの事を教えてくれたのでしょうか。記憶違いでなければ、閣下は中立であった筈です」



 閣下を始め、貴族や国民は長女のマーガレット王女か次女のコーネリア王女のどちらかが新しい女王になった方が、国家にとって一番良いと考えていた。


 それなのに竜紋が姫様に発現してしまったから、誰もが姫様を邪魔者扱いして排除しようとしている。


 閣下は新女王については手を出さず中立の立場を取ってくださると以前俺の目の前で断言してくれたが、今やっていることは違う。


 助言してくれた時点で、中立という立場ではなくなってしまうのではないか。俺からすればとてもありがたいことなんだがな。



「確かに儂は跡目争いに関して中立だと言った。宰相としてその考えは今も変わらん。だが儂は、個人的に小童の手助けをしてやろうと思っただけだ」


「個人的……ですか」


「それだけ小童に期待しているという事だ」


「はっ! ありがたきお言葉、光栄に存じます」



 なるほど、閣下は姫様に肩入れしたのではなく俺個人に肩入れしてくれているのか。

 そこまで気に入られているとは露程も感じなかったが、ありがたいことに変わりない。助言してくれたお蔭で、俺も戴冠祭に向けて色々と準備できるからな。


 暗殺が来ると知っているのと知っていないのとでは、防衛するのに天と地の差があるだろう。



「コーネリア様も今回ばかりは本気だ。あの方がなりふり構わず強引に仕掛けてくるとしたら、いくら小童とてオリアナ様を守りきることは至難であろう」


「ご安心ください、閣下。必ずや、オリアナ様のお命をお守り致します」


「(ほう、良い目をするではないか)そうか、では期待するとしよう」


「はっ!」



 来るならこい、コーネリア。

 貴女がどんな策を弄してこようが、俺が全てねじ伏せてやる。



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― 新着の感想 ―
これ、コーネリアが暗殺に成功しても、 中立の王や宰相は罪に問わないってことだよね よほど下手な暗殺で依頼人がはっきりしてる場合は、 世論に影響するので判らないが、 わざわざ犯人を捜すことはしないってこ…
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