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第陸拾弐話 ユリス=スタイン

 


「おい」


「うわぁ!?」


「大きな声を出すな、姫様が起きてしまうだろう」



 王宮に月明りが差す頃。

 姫様の部屋の開いている窓から忍び込み、俺を待っていただろうエリスに声をかける。驚いたのか大声を出す彼女に注意すると、じと目で睨んできながら文句を言ってくる。



「音も気配もなく急に声をかけられたら誰だって驚くさ。相変わらず、シノビ殿は怖いくらいに足音を立てないな」


「悪いか」


「別に悪いと言っている訳ではない。ただ、もう少し気配を出しながら声をかけてくれると助かる」


「それは難しい相談だな」



 エリスからの注文をやんわりと断った。

 俺は忍びの技として気配を断ち、足音を立てずに歩くことを呼吸するのと同じくらい身体に染みついてしまっている。わざと気配を出すのは逆に難しいだろう。


 因みにエリスには本名を名乗っておらず、“忍び”という仮の名を名乗っていた。その名にした意味は特にない。強いていうなら、余り仮の名を増やしたくなかっただけだ。


 俺は自分でも頭の出来が良いとは思っていないので、名前が何個もあると困惑すると思ったのだ。



「久しぶりに会ったが、元気そうで何よりだ。たまには顔を見せてくれてもいいのだぞ。王女だってシノビ殿に会いたがっている」


「こちらも色々と忙しくてな、中々会う機会を作れんのだ」


「そうかだったのか……」



 嘘と本当を交えて伝える。

 忙しいのは本当だが、姫様やエリスとは意図的に会わないようにしている。何故なら俺は国家の影であり、その存在を誰にも知られてはならないからだ。


 ゾウエンベルク家の事情を知っているのは、国政を動かしているエイダン宰相とゾウエンベルク家に深く関わる者だけだ。

 女王陛下ですら、ゾウエンベルク家の裏の顔を知らない。


 本来俺は、こうして姫様やエリスに会いに来てはいけない存在だ。それなのに、禁忌を破ってでも俺が姫様やエリスにも会っているのはひとえに姫様を守る為だ。


 暗殺に脅えてやつれている姫様を元気づけたり、姫様の側付き侍女であるエリスに協力を求める為には、直に接触するしかなかった。


 一応サイ=ゾウエンベルクという身分は隠し、忍びという謎の協力者、もしくは守護者として振る舞ってはいるが、万が一にも正体が暴かれないように会うことはなるべく避けたい。



「ぐが~!」


「白竜はまだ姫様といるのだな」


「そうだな、ハクヤ様が王女の側に居てくれているお蔭で今のところ平穏だ。王女も楽しそうだしな」


「それは良かった」



 大きな寝床で姫様の隣に寝ている白髪の女性を一瞥する。


 彼女こそ、ドラゴニックバレーからの使者であり高位竜の白夜ハクヤだ。

 揉め事の件で王国に謝罪しに来た彼女は、何故か帰らず姫様とずっと居てくれている。姫様が王都を案内したりと、二人の仲は良好だとナポレオンから聞いていた。


 そんな白夜とは俺も一度会っている。

 ドラゴニス王国を滅ぼそうと考えた彼女の兄、黒竜の夜黒ヤクロの暴走を止める為に協力して戦ったのだ。

 無事夜黒の暴走を止めることはできたが、その変わり俺は白夜に正体を晒すことになってしまった。


 しかも忍びではなくサイと名乗り、素顔も見られている。なので、白夜とは仮面越しでもできるだけ顔を合わせたくなかった。



「サ……シノビ様! お久しぶりでございますぞ!」


「ナポレオンか。お主も元気そ……少し見ぬ間に太ったな」


「いや~、実は王女がくれるチーズが美味しくてどんどん食べていたら、こんなお腹になってしまいましたぞ。恥ずかしい限りであります」



 久しぶりにナポレオンと会って、見た目の変わりように驚いて指摘すると、彼はでっぷり太った腹を摩りながら照れ臭そうに笑う。


 大魔境にいた時の彼はしゅっとしていたのに、いつの間にかたぷんとお腹が出ている。上に着ている服なんか、今にもはち切れそうじゃないか。



「食べるのもよいが、もう少し痩せるよう努力してくれ。いざという時姫様を守れるようにな。これでも俺はお主を頼りにしているのだ」


「シノビ様~! 承知しました! 我輩、これからダイエットしますぞ!」


「うむ、頑張ってくれ。ではエリス殿、そろそろ行くか。ナポレオン、姫様のことは任せたぞ」


「了解であります!」


「分かった――ぐぇ!?」



 期待の言葉をナポレオンにかけた俺は、エリスに顔を向けて促す。彼女の襟を掴んで空いている窓から勢いよく空中に飛び出た。



(千里鑑定眼、変わり身の術)



 王宮の外に出たのを確認した俺は、空の上で空間転移を行う。エリスの家は一度訪れたことがあるので、探すのには手間取らなかった。



「はぁ……はぁ……おいシノビ殿! もう少し優しく運んでくれないか! 息ができなくて危うく死にかけたぞ!」


「それはすまない。何分この見た目なのでな、抱えてやりたいが子供の俺がお主を抱えるのは無理だ」


「私としてもこの歳で子供に抱えられるのは恥ずかしいが……できれば今度は違う方法だと助かる」


「うむ、考えておこう」



 ぜぇぜぇと息を荒くして抗議してくるエリスに謝罪する。

 帰りは手を握ったりと身体の一部に触れてさえいれば一緒に空間転移できるが、行きの場合は忍術を使えず、王宮内からはその方法ができない。


 王宮内で魔力を使うと警報が鳴ってしまう。それはつまりまりょくを操り身体を強化することもできないということだ。


 そうなると、俺の力では大人のエリスを抱えることが難しくなる。勢いをつけて跳躍し、王宮の外に出るのが精一杯だった。


 エリスの腕を取って物を運ぶように抱えることはできるが、襟を掴むのと然程大差はないだろう。

 まぁ本人が嫌だと言うなら、もし次があった時は運び方を考えるとするか。



「ユリスを呼んでくるから少し待っていてくれ」


「ああ」



 スタイン家の屋敷の外に転移したので、エリスは玄関から家の中に入っていく。外で大人しく待っていると、エリスが一人の少女を連れて出てくる。


 濃い青髪のエリスよりも薄い青髪の少女――ユリスは俺を見つけると小走りで眼前にやってきて、



「あなたがシノビさんですか?」


「そうだ」


「ずっと……ずっとあなたに会いたかったの。会ってちゃんとお礼を言いたかった。あなたがくれた薬のお蔭で病気が治って、大好きな剣もまた振れるようになったの。本当にありがとう!」


「大したことはしていないが、礼は受け取ろう」



 深く頭を下げながら真摯に礼を言ってくるユリス。

 前に会った時は病魔に侵され、身体が枯れ枝のようにやせ細っていたが、今は肉付きも良く健康そうだった。実際に対面してみると、俺より頭一つ分背も高いしな。


 エリスも妹の頭に優しく手を置きながらこう言ってくる。



「私からも改めて礼を言わせてくれ。シノビ殿のお蔭で大切な妹を死なせずに済んだ。私達家族を救ってくれて感謝する」


「お主からの礼は既に受け取ってある。それに、彼女を治したのは俺の都合でもあったからな。二人してそんなに重く受け止める必要はない」


「何を言うか、大事な妹の命なんだから重いに決まっているだろう。父上や母上だってシノビ殿に感謝したがっているんだぞ」


「それは遠慮しておこう」



 エリスの父親は国王軍竜王騎士団の副団長だ。

 そんな人間と会うのは流石に危険過ぎる。それに、これ以上俺を知る者が増えるのは避けたかった。



「ねぇシノビさん、あなたってとっても強いでしょ! 私と手合わせしれくれない!?」


「こらユリス、いきなり何を言い出すんだ」


「だってお姉ちゃん、シノビさんのこと凄い人だって褒めちぎってたじゃん!」


「ほう、それは気になるな」


「ユ、ユリス! 余計なことは言うな!」



 頬を赤く染めながら妹を叱る姉。

 陰でどんな風に思われているのか少々気になるところではあるが、大方俺の空間転移忍術についてだろう。空間を操作する魔法を使える魔法使いは数が少なく、一様に優秀だそうだからな。



「それに私、見ただけでわかるの。その人がどれくらい剣を操れるかをね。多分シノビさんはお父さんと同じかそれ以上の実力があると思う」


「(こ奴、剣を握った訳でもないのに実力を見抜けるのか。事実なら優れた才能だな)買いかぶりだ」


「買いかぶりじゃないよ! ねぇお願い、少しでもいいから私と手合わせして!」



 ぐいぐい迫ってくるユリスに、俺は胸中でため息を吐きながら頷いた。



「わかった、少しだけだぞ」


「そうこなくちゃ! すぐに木剣持ってくるね!」


「夜中なんだから静かにな。ふぅ、妹の我儘に付き合わせてすまないな」



 木剣を取りに屋敷の中に入っていく妹の背中を横目に、やれやれといった風にエリスが謝ってくる。


 あれぐらいわんぱくな妹だと面倒を見るのも大変だろう。俺は前世でも今世でも兄弟はいないから、エリスの苦労は分かってやれない。


 ユリスはすぐに二本の木剣を戻ってきて、その内の一本を俺に渡してくる。互いに距離を取って木剣を構えた



(ほう、よく鍛錬しているな)



 淀みなく木剣を構えたユリスに感心する。一見普通に構えただけに思えるが、その構えるという動作が身体に染みついているのだ。呼吸をするのと同じくらいにな。


 そこまでの領域へ至るのに、相当剣を振っていることが分かる。確か十三、四歳程だった筈だが、その若さでこの領域に至ったのは称賛に値する。


 エリスが剣の才能があると言っていただけの事はあるな。そういえば、【剣豪】スキルを持っているんだったか。



「行くよ」


「来い」


「はぁあ!」



 ユリスが踏み込み、袈裟斬りを仕掛けてくる。頭の上で防ぐと、間髪入れずに連撃を放ってきた。

 ただ闇雲に振り回している訳ではなく、呼吸タイミングをずらしたり体勢を崩そうと熟練の駆け引きを織り交ぜてくる。


 やはり出来るな。同じ【剣豪】スキルを持っていても、能力に頼っている魔王プロティアンの剣技とは一味違う。



「はぁ……はぁ……くそぉ、悔しいな。私より子供なのに、全然歯が立たないや」


「悔やむ必要はないぞ。お前も十分強い」


「ううん、まだまだだよ。もっと強くならなくちゃ。折角あなたに命を救ってもらったんだから」


「そうか。なら鍛錬に励むといい」


「うん!」



 今の時点でこの技量なのだから、これからも鍛錬をし続けていけば素晴らしい剣士になるだろう。

 ユリスの未来を想像していると、妹が姉のところに向かい木剣を渡す。



「はい、次はお姉ちゃんの番だよ!」


「私!? 私はやらないぞ、もう剣は振らないと決めたんだ」


「え~! そんな事言わないでさ!」


「この際だ、相手をしてやろう。お主は姫様の侍女なのだ、万が一の時に備えて剣技を磨いておくのもいいだろう」


「ほら、シノビさんもああ言ってるよ!」


「はぁ……わかった。やればいいんだろ、やれば。シノビ殿、お相手お願いする」



 ユリスと俺から強引に誘われたエリスは、観念したようにため息を吐いて了承した。それからエリスと木剣を合わせる。彼女の真面目な性格に似て、実直な太刀筋だった。


【剣術】スキルを持っているぐらいだから悪くないのだが、惜しむらくはすぐ側に自分より優れた妹がいたことだろう。



「はぁ、はぁ……これで分かっただろ? 私に剣の才能はないんだ」


「そんな事はない。自分の可能性を自分で捨てるな、見切りをつけるにはまだ早いぞ」


「ほ、本当か?」


「嘘を言ってどうする」



 エリスにはまだまだ伸びしろがある。

 身体の使い方や剣の扱い方を少しいじればぐんと伸びるだろう。

 それについて多少指導すると、エリスの剣技が良くなった。良くなったと言っても多少だがな。少し助言しただけで格段に強くなれたら苦労はしない。


 それでも、自分が成長した実感を得られて嬉しいのか興奮した声音で感謝の言葉を告げてくる。



「ありがとう、シノビ殿! 才能がないと諦めていたが、私はまだ強くなれるのだな」


「うむ、それに気が付くことが大事だ。侍女の仕事を優先してもらいたいが、時間があれば鍛錬するのも良いだろう」


「ああ!」


「良かったね、お姉ちゃん!」



 ただの挨拶だった筈が、二人と剣を交わせる羽目になるとはな。まぁ、姉妹にとって実りがあったのなら良しとするか。


 ユリスは「またやろうね! 今度は負けないから!」と挨拶をした後、手を振りながら家の中に入っていった。


 俺達も王宮に戻ろうとするが、不意にエリスが問いかけてくる。



「なぁシノビ殿、一つ聞いていいだろうか」


「何だ」


「少し前、新たに誕生した魔王がカロリー王国の窮地を救い、友好関係を築いたそうだ。魔物の王が人間と組むなんてことは今までに一度もない。その噂を聞いた時は心底驚いたが、私が驚いたのは他にあるんだ」


「……」


 うむ、やはり気付いたか。

 これは失態だ。混乱を避ける為、安易に同じ名を使った俺のな。


 口を閉じたまま黙っていると、エリスは真剣な眼差しで俺を見つめながら、予想通りの言葉を並べてくる。



「どうやら新魔王は自らを“シノビ”と名乗ったそうだ。シノビという名は聞き慣れない珍しい名で、この大陸で同じ名前の者は少ないだろう。だが偶然なことに、私の目の前に“シノビ”と名乗る正体不明の者がいる」


「確かに奇妙だな。それで、お主は何が言いたいのだ」


「率直に言うと、私はシノビ殿が新魔王でないかと思っている」



 正解だ。エリスの言う通り、俺が魔王シノビである。しかし彼女には敢えて明言せず、逆に俺が質問する。



「それが事実だとしたら、お主はどうする? 俺を衛兵に突き出すか?」


「そんな事はしないさ。例えシノビ殿が魔王であったとしても、オリアナ王女を守る騎士ナイトであることに変わらないだろうしな」


「そうか、それは助かる」


「ただ、魔王が何の目的で王女を守ろうとしているのかは少し気になるところだがな」


「悪いがそれを言うことはできない」


「それなら構わない。私はシノビ殿を信用しているからな。さぁ、王宮に戻ろう」



 これ以上は聞く必要ないと判断したのか、エリスから話を切り上げてくれる。

 俺も気をつけなければならんな。シノビという名を知っているのは今のところスタイン姉妹と姫様だけだ。


 当然、姫様も俺が魔王ではないかと疑っているだろう。まぁ、疑われたところで姫様を守ることに支障は出ないがな。



「ああ、そうだな」



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