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第陸拾壱話 約束

 



「一年経つのも早いものだな」



 燃え盛る屋敷の中、我が主君である藤堂織姫とうどうおりひめ様と共に命を散らして、日本ではなく異国の地に生まれ変わってから八年の月日が流れた。


 ふと歳について考えたのは、つい最近俺の八歳の誕生日を家族に祝ってもらったからだ。


 あの時は驚いた。突然目の前に大きなケーキを出され「お誕生日おめでとう!」と皆に祝福されたのである。どうやら母上とリズが計画を立てたらしく、サプライズというものらしい。


 父上のディル=ゾウエンベルク辺境伯。母上のミシェル。執事のアルフレッド。メイドでありエルフのリズ。【破壊の権化】ジャガーノートの小夜。


 この五人が盛大に祝ってくれて、それぞれ贈り物も用意してくれていた。


 父上からは高級なペン。母上からは手編みの寝間着。アルフレッドは難しそうな本。リズと小夜からは二人で用意した甘い菓子。


 皆が誕生日を祝ってくれたことに感謝し、贈り物も大事に使わせてもらっている。アルフレッドの難しそうな本だけはまだ手をつけていないがな……。


 ここ最近の俺は、ゾウエンベルク家の“影の仕事”に奔走していた。


 我がゾウエンベルク家は女王陛下に仕え、国家に仇なす外敵を排除する“影の組織”だ。

 表向きは辺境の田舎貴族だが、その裏では他国に諜報員を送って情報収集をして、ドラゴニス王国を仇なそうとする者や組織を秘密離に暗殺、排除している。


 それがゾウエンベルク家に生まれた者の宿命であり、当然ながら当主の父上も影の仕事を行っている。

 そして父上の息子である俺もまた、昨年辺りに父上から宿命について聞かされ、影の仕事に尽くしていた。


 とはいっても俺はまだ子供であるから、国内で起きた些事の処理などを任せられている。それでも毎日慌ただしく、つい自分の誕生日を忘れてしまっていたのだ。



「意外だったのは、コーネリア王女に動きがなかったことか」



 ドラゴニス王国には三人の王女がいる。

 第一王女のマーガレット様。第二王女のコーネリア様。第三王女のオリアナ様。この三人は次期女王候補であるが、一番女王に近いのは竜紋が発現したオリアナ様だ。


 オリアナ様は既に戴冠式と、継承の儀で竜王ジークヴルムに面通しも済んでいる。

 だがそれでも、オリアナ様はまだ正式な女王になれていない。何故なら女王は、十五歳の成人を迎えなければ就けない決まりがあるからだ。


 しかし、命を狙われているオリアナ様は成人を迎える前に死んでしまう可能性が高い。その理由は、二人の王女が女王の座を諦めていないからだった。


 女王の後継者の証である竜紋は、発現している者が死ねば他の候補者に発現する仕組みになっているらしい。だからマーガレット様もコーネリア様も、オリアナ様を亡き者にして女王になろうと企んでいるのだ。



 ――だが、そうはさせない。



 オリアナ様は、前世で才蔵だった俺が守りきれず死なせてしまった織姫様と姿が瓜二つだった。


 生まれ変わった俺が織姫様に似ているオリアナ様に巡り逢い、再び仕えることには意味があるのだろう。


 だからこそ、俺は己に誓ったのだ。

 オリアナ様を、織姫様のように死なせたりはしない。今度こそ命を懸けて主君を守り抜くとな。



 そんな中、俺は第二王女のコーネリア様がオリアナ様――姫様を継承の儀にて暗殺する計画を知った。竜が棲むドラゴニックバレーからの帰り道に、軍の兵士を使って姫様を暗殺しようと企てたのだ。


 その暗殺は俺が阻止したのだが、今後はもっと苛烈になるだろうと予想していた。しかしそれ以降、約半年間コーネリア王女は全く動きを見せず、俺は肩透かしを喰らっていた。


 考えられるとすれば、ドラゴニックバレーから高位竜の白夜ハクヤが“揉め事の件”で謝罪するために使者として王国に訪れ、用が済んだのに帰らず姫様に付きっ切りだから、中々手を出せないでいるかだ。


 それでも、姫様を暗殺するタイミングはいくらでもあっただろう。



「コーネリアは姫様の暗殺を諦めたのだろうか? いや、そんな筈はないな」



 自分で出した疑問を即座に否定する。

 俺は第二王女のことを噂だけでしか知らないし、『謁見の間』で一度顔を見ただけで話したことすらない。


 それでも、コーネリア王女が一度の失敗で諦める御方ではないと確信している。


 戴冠式の時、『謁見の間』には現女王であるアルミラ・ウル・ドラゴニス陛下を始め、夫である二人の王配や王女に王子、各領地から集まった全貴族の当主達と権威者が揃い踏みだったが、その中でもコーネリア様は一際目立っていた。


 炎を彷彿させる真っ赤な髪に、刀のように鋭い眼光を放つきりりとした顔立ち。とても王宮育ちの王女とは思えず、どちらかといえば戦場に立っているのが相応しい御方だった。


 前世で目にした名立たる将軍と比肩する覇気を纏っており、正に次期女王たるに相応しい凛とした御方だった。


 そんなコーネリア王女が、一度の暗殺失敗で素直に諦めるとは到底思えない。きっと、今度こそ確実に成功する為の計画を練っていることだろう。



「どんな策を練ってこようと、姫様に降りかかる火の粉は全て俺が振り払ってやる」


『サイ様ー、今よろしいでしょうか?』


「うむ、どうしたナポレオン。姫様に何かあったのか?」



 そんな風に決意を固めていると、不意に使い魔のナポレオンが念話をしてくる。

 鼠人族のナポレオンは元々大魔境に暮らしていた亜人だったのだが、姫様を守る為に俺の使い魔になって協力してもらっているのだ。


 そして俺と使い魔は魂とか心とかそういうもので繋がっており、視界を共有できたり頭の中で念じるだけで会話が出来たりする。


 その力のお蔭で、遠くに居ても姫様の窮地を知ることができて、またすぐに駆けつけることもできるのだ。



『王女はいつも通りですよ。王女ではなくて、エリス殿がサイ様と交わした約束を忘れていないかと我輩に聞いてきております』


「約束?」


『はっはっは! やはりエリス殿の言う通りお忘れのようですね! あれですよあれ、エリス殿の妹君であるユリス殿と会うという約束でありますよ!』


「……そういえばそんな約束を交わしていたな」



 ナポレオンから話を聞いてようやく思い出す。

 エリスというのは、姫様の唯一の侍女であるエリス=スタインのことだ。

 俺は手の届かない王宮内で姫様を守れるエリスを協力者にしようと、顔と素性を隠して彼女に接触した。


 ひと悶着あったが、一先ず協力を得ることに成功する。

 その上で、王女達や貴族から弱みを握られて姫様を裏切らないように、何か思い当たる弱みはないかと聞いたのだ。


 エリスは最初こそ私を侮辱するなと怒ったが、不治の病に伏せている妹のユリスが弱みだと白状する。


 実際に会いに行って鑑定眼で調べると、ユリスは『消失病』という身体の感覚が徐々に失われ、最後は死に至る奇病に侵されていた。

 鑑定眼で治し方を調べた俺は、数時間の間に薬の材料を集めて調合し、ユリスに飲ませたのだ。


 死ぬ寸前の状態だったユリスは息を吹き返し、エリスは妹を助けてくれた俺に感謝した。俺としてはエリスの信頼を得られたことが何よりも大きい。


 姫様の従者であるエリスが誠の協力者になったことは、姫様を守る上で非常に重要だからだ。


 そのユリスは回復したと聞いて、エリスから妹に会ってくれないかと頼まれる。どうやら命の恩人である俺に直接お礼を言いたいらしい。


 その頃は継承の儀の準備で忙しく、事が済んだら会うと約束して先延ばしにしていた。


 だが継承の儀が終わってからもカロリー王国や魔王プロティアンが接触してきたり、影の仕事を行ったりして忙しく、約束自体をすっかり忘れてしまっていたのだ。



『どうなされますか、サイ様』


「わかった。約束は約束だからな、今夜会いに行くと伝えてくれ。それと、部屋の窓を開けておいてもらえると助かる」


『かしこまりました! エリス殿に伝えておきますぞ!』


「ふぅ……休む暇もないな」



 深いため息を吐く。

 俺は今、王都ドライセルに幾つもあるゾウエンベルク家の隠れ家にいる。


 最近はゾウエンベルク家と隠れ家を行ったり来たりと中々休む暇がない。前世よりも栄養があるものを沢山食べているのに余り背が伸びてくれないのは、ろくに寝ていないからだろうか……。



「約束の前に仕事を終わらせるか」



 豪奢な椅子から立ち上がると、白い仮面を被って漆黒の外套に身を包んだ俺は、影の仕事に取り掛かったのだった。


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