第陸拾話 至高の御方
「今回の件は助かった、感謝する」
「ンフ、アナタ様のお役に立てたのなら光栄です」
魔王プロティアンに感謝を伝えると、道化師のように礼をしてくる。
俺が魔王に感謝しているのは、カロリー王国の件で協力してもらったからだ。
カロリー王国のスナック国王と魔王シノビが友好関係を築いたとの情報が国民に漏れてしまった。
しかも友好関係ではなく、『魔王の軍門に下った』という誤った情報でな。それを聞きつけた国民が怒り、国王がいる城に「どういう事だ!」と問い詰める事態が起きてしまった。
このままでは国民の怒りが収まらず、国王が罪に問われるかもしれない。
その問題が発生した切っ掛けには、魔族目線ではなく人間目線で物事を考えてしまった俺の軽率な行動も含まれている。
なので何とか助けてやれないかと考えていたところ、魔王が名案を思い付いたと言って提案を申してきたのだ。
「要は、国王とサイ様が友好関係を結んだと国民に信じてもらえればよいのですよね」
「それが難しい事だとお前が言ったのではないか」
「ええ、そうですよ。で・す・が、ワタ~クシの名案を実行すれば解決間違いなし! でございますよ!」
「ならその名案とやらを是非聞かせてもらおうか」
「ンフフフ、お任せください」
勿体ぶる魔王に早く話せと急かすと、名案の内容を説明してくる。
その内容は、プロティアンが作った魔物の軍勢をカロリー王国にけしかけ、窮地になったところを俺達が颯爽と現れ魔物を殲滅するという流れだった。
魔王が人間を助けたところを直に見れば、国王が魔王と友好関係を築いたことに信憑性が増し、信じて受け入れてくれる可能性が高くなる。
「いわゆる、マッチポンプという方法ですね」
「まっちぽんぷ? 何だそれは」
「自作自演ということです」
「ふむ、そういう事か」
確かに、こちらで魔物をけしかけて窮地を演出し、俺達が魔物を倒したように見せて解決するのだから、自作自演に他ならない。
少々汚いやり方だが、この方法なら国民の怒りを収め、スナック国王を助けることができるだろう。
だが、それを実行するのに一つだけ気になることがある。
「本当にお前が作った魔物は国民に危害を加えないのか?」
「勿論です。そういう風に設計して作りますのでご安心ください。精々怖がらせるくらいで、攻撃は絶対にしません」
「信じてよいのだな?」
「はい、信じてください」
「わかった。協力して欲しい」
「ンフ、喜んで(怪しいと感じながら即決する所も素敵です)」
俺はプロティアンに協力を頼んだ。
すると魔王はユニークスキル【迷宮遊戯】で瞬く間に飛行型魔物の大群を作成し、先にカロリー王国へ向かわせた。
タロス達は亀のような魔物の甲羅に乗り、俺はジャガーノートに変身した小夜に乗って出ようとする。
「行ってらっしゃいませ、サイ様」
「うむ、往ってくる」
それから先は、プロティアンの筋書き通り事を進めた。
王都に群がる魔物の軍勢を俺と枯葉達が手分けして一掃し、帰る前に声飛ばしの術を使って、国民に俺とスナック国王が友であり友好関係を結んだという事を伝える。
それを終えると、俺達は再びプロティアンの【死と夢の狭間の大迷宮】の第七階層にある王室に戻ったのだった。
「国民の様子はどうなっている?」
「収まったようですよ。御覧ください」
「うむ」
「爆発とか演出を盛りに盛った甲斐がありました。人間達はアナタ様の戦いぶりに興奮しておられる様子です」
魔王がライブアイの目を通して、カロリー王国の状況をモニターで見せてくれる。王城に詰め寄っていた国民はもういないし、国民も俺のことを大分好意的に受け止めてくれているようだ。
勿論疑っている国民もまだ多くいるが、一先ずの危機は去ったとみていいだろう。
「うむ、もう大丈夫そうだな。魔王プロティアン、改めて感謝するぞ。良き案を考えてくれたのもそうだが、魔物の大群を作る為に多くのポイントを使わせてしまったな。大きな借りができてしまったようだ」
「いえいえ、お気になさらないでください。こんなのただのはした金――もといはしたポイントですから」
「いや、この借りはいずれ何かの形で必ず返そう」
「……そうですか。では、その日が来るのをお待ちしておりますよ」
「うむ」
話はそれで終わり、俺達は今度こそ帰ることになった。
魔王に別れを告げ、ジャガーノートに乗って屋敷に戻る。俺と魔王が手合わせしたことを小夜がリズや皆に漏らしてしまったせいで、案の定こっぴどく叱られてしまった。
しかし、魔王についていったことは正解だったな。
魔王プロティアンの実力や能力を把握できたし、カロリー王国を助けることもできた。
完全に信用した訳ではないが、魔王プロティアンとは良き関係を築きたいものだ。
大きな借りも出来てしまったことだしな。
「サイ様、ちゃんと聞いてますか!? 危険なことはしないで下さいとあれほど――」
「うぬぅ……もう許してくれ」
◇◆◇
「ンフ、ンフフフ、ンフフフフ」
「魔王様。気色悪い笑いはしないでと、私いつも言ってますよね」
「ンフ、悪いね。ついあの方の姿を思い出してしまって」
【死と夢の狭間の大迷宮】の第七階層――王室。
玉座に座っている魔王プロティアンが堪え切れないような笑い方をしていると、秘書のアスモディが顔を顰めて注意してくる。
メイド姿の彼女もまたプロティアンが作った魔物ではあるが、替えが効くような魔物とは違いネームドモンスターだ。プロティアンが最初の頃に作った魔物なので、もう千年以上の付き合いになる。
「手合わせするならあんなザコじゃなくて、私達を呼んでくれたら良かったのにぃ」
「そうですよ! あれでは魔王様が舐められてしまいます!」
「というより、あの程度の力で幹部を名乗っていた連中が酷すぎるな」
「だが、シノビとかいう新魔王は確かに強かった」
「ワタシは是非、ジャガーノートと一戦交えてみたかったぞ」
「くぅ~すぅ~」
玉座の前には、六体の魔物が揃っていた。
いずれもプロティアンが作った忠実な僕であり、第一階層から第六階層を守護する階層主達である。
幹部の彼等は全員がレベル500以上で、中にはプロティアンよりもレベルが高い魔物もいる。
そんな彼等はお客様が来るという事で、魔王からサイ達の前には姿を現わさないで欲しいと頼まれていた。各階層にこっそり隠れていたが、手合わせをするなら参加したかったと嘆いている。
「ンフ、ごめんよ。アナタ達のことをサイ様にお披露目するのはまだ早いと思ったんだ」
「それは別に構いませんが……ねぇ魔王様、あの人間の子供を様付けするのはやめていただけないでしょうか。な~んか気に入らないんですよね」
「それは無理な相談ですよ。なんせ、魔王様は随分前からあの人間の子供に首ったけですから」
階層主の一人が文句を言うと、秘書のアスモディがため息を吐きながら首を振る。
その証拠を裏付けるようにパチンと指を鳴らせば、室内に夥しい数のモニターが展開される。そのモニターには全てサイが映っていて、それを見た階層主達は主君に対してドン引きしていた。
「おぇぇ……流石にこれはヤバくないですか? ストーカーも真っ青ですよ」
「分かりませぬな。魔王様はどうしてそこまで新魔王にご執心なのですか?」
「どうして? どうしてと言われたらそうだね……あの御方は最高なんだよ!」
「「ッ!?」」
突然叫び声を上げた魔王に動揺すると、魔王はどれだけサイが素晴らしいかを配下に熱く語り始めた。
「ワタクシがサイ様を初めて知ったのは……そう、あの時だ」
最初は、魔王リョウマが居なくなったと耳にして情報を得る為にライブアイを送り込んだ。
観察していると、魔王リョウマ領は瞬く間に荒れ果てていった。
新たな魔王になろうと魔物が暴れ出し、他の領度からも多くの魔物が押し寄せ、人間のハンター達はどさくさに紛れて密漁し、【破壊の権化】が暴れるはでしっちゃかめっちゃか。
魔王リョウマの代わりに領土を纏めていたオーガが奮闘して治めようとしていたが、力が足りず多くの同族を失うばかり。魔王リョウマ領はカオスと化していた。
そんな時だった。彼が彗星の如く現れたのは。
黒髪黒目で黒ずくめの人間の子供――サイは、なんと【破壊の権化】ジャガーノートを倒して使い魔にしてしまったのだ。
「そんな、馬鹿な……」
衝撃的だった。
ジャガーノートは魔王ですら無暗に手を出そうとしない古の怪物だ。プロティアンでも戦ったらほぼ確実に負けるだろう。
だがサイは、見たこともない多彩な魔法を駆使して、圧倒的なレベルの差を覆して怪物に勝ってしまったのだ。
とても信じられない。
人間の子供がジャガーノートに勝つなど天地がひっくり返ってもあり得ない。
プロティアンはサイが子供のような見た目をした亜人や魔族だと疑ったが、サイは紛れもなく人間の子供だった。それも、生まれてまだ十年も経っていないだろう。
という事は本当に、人間の子供が怪物に勝つという天地がひっくり返るような偉業を成し遂げてしまったのだ。
壮絶な戦いを目にしたプロティアンはサイの虜になり、注目するようになる。
それからのサイはゴブリンキングを殺し、人間のハンターを殺し、オーガやそれ以外の亜人や魔物を纏め導いてきた。
無表情なのに差し伸べる手はあたたかく優しい。そして誰よりも強い。
そういう所に皆が救われ、愛し、憧れ、尊敬を抱いている。
強いだけではなく、子供らしい姿も時折見せたりするも良い。
甘いお菓子を食べて喜ぶサイの笑顔を見たら、鼻がないのにも関わらずドバドバと鼻血が出てしまうほどだ。
いつもクールなのに時々見せる可愛らしい笑顔のギャップがたまらない。
そしてサイは、あの魔王キュラソン・ヴァーニーの右腕である【死霊王】ファウストのアンデット軍団を殲滅し、ファウストを一騎打ちによって滅ぼした。
その時に使った極光の魔法や魔王たる戦いぶりを見て、プロティアンは興奮し鳥肌が収まらなかった。
「ハハ……ハハハ……!! 素晴らしい、なんて素晴らしいんだ!! ねぇ見ておくれよアスモディ! この子は凄いよ!」
「……」
「神だ! サイ様はこの世界に現れた至高の御方だ!」
一日中狂ったように悶え喜ぶ魔王の姿に、秘書はとうとう頭がおかしくなったか……と本気で心配したほどだ。
だがファウストの戦いの後、サイはめっきり魔界に来なくなってしまった。どうやら、人間の領主としての仕事が大変らしい。
その様子も是非見たいが、残念ながら『竜魔結界』に阻まれドラゴニス王国にライブアイを忍び込ませることはできない。
プロティアンは推しの供給不足に陥り、禁断症状が出てしまった。
そんな時、カロリー王国の件で久しぶりにサイが魔界に訪れる。この時プロティアンは我慢の限界がきており、ついに推しに会おうと決意したのだ。
「ワタクシはプロティアン。若輩ではございますが、これでも魔王の一角でございます」
推しに挨拶すると、警戒しながらもサイは“あの眼”で自分を見てきた。
そう――あの眼だ。
魂ごと隅々まで見透かされてしまうような特別な眼。その眼で見られた魔王は歓喜した。もっと自分を見て欲しいと心の中で願った。
その後はなんとか言いくるめて迷宮を案内し、サイと少しでも仲良くなろうと努力する。幹部達と手合わせをして、自らもサイに申し込んだ。
(全く歯が立ちませんでしたね。その綺麗なお顔を一度も崩すことができなくて、魔王としても不甲斐ないです)
やはりサイは強かった。
自分も手の内を全て曝け出した訳ではないが、勝てるビジョンが全く浮かばない。切り札の一つでもある【捕食奪取】も、涼しい顔で受け流されてしまった。
サイが言うように、プロティアン自身はそれほど強くない。
七大魔王の中では最弱だろうし、なんなら配下の階層主達の方が強いだろう。
だが、サイはそれを悪くないと言ってくれた。
自分の強みは戦いではなく、小さな迷宮を大迷宮に至らしめた手腕であると。
プロティアンは今まで、誰からも褒められたことがない。
それはそうだろう。自分は最初から王で、周りにいるのは自分が作った魔物だけなのだから。
だからこそ、千年以上の険しい道のりを肯定してくれたサイに、魔王は心の底から喜びを感じたのだ。
その喜びは生まれて初めての感情で、危うく昇天しかけた程だ。
「という事なんだ。サイ様がいかに素晴らしいか分かっていただけたかな?」
「「ええ、まぁ……」」
サイのことを語り終えると、幹部達はドン引きしながらも納得してくれた。自分達の主君がどれだけサイに心酔しているかを。
「まさか魔王様、新魔王の軍門に下るとか言い出したりしませんよね?」
「ンフ、それも考えたけどまだその時ではないよ。なにせ今日お会いしたばかりだからね」
「考えていることには変わりないんだ……」
「ただ、ワタクシは確信しているんだ。サイ様はいずれ、この大陸で一番の偉業を成すとね。その偉業をずっと見ていたい、それが今のワタクシの願いなんだ」
切実にそう告げるプロティアンは、立ち上がって幹部達にお願いする。
「これからワタクシはサイ様のお役に立つつもりだ。それでもいいかな?」
「「勿論です、魔王様」」
「ンフ、ありがとう。アナタ達ならそう言ってくれると思っていたよ」
◇◆◇
「くそっ! いつになったらあの小娘を殺せるんだ!?」
「落ち着いてください、父上」
ドンッと机を叩きながら怒鳴り声を上げる第二王配のオズワルド公を、娘であり第二王女であるコーネリアが諌めようとする。
現在ドラゴニス王国では次期女王への政争が行われている。
第一王女のマーガレットと、第二王女のコーネリア、そして第三王女のオリアナだ。
今の所女王に一番近いのは、竜王ジークヴルムと盟約を交わせる証の竜紋が発現したオリアナだ。
しかしオリアナはまだ十歳なので女王にはなれない。女王に就くには、最低でも十五歳の成人を迎えなければならないからだ。
成人を迎える前に、女王の座を狙っているコーネリアはオリアナを始末したいと考えているが、ドラゴニックバレーでの暗殺失敗の件から未だにオリアナを殺せていない。
その最たる理由は、ドラゴニックバレーでの騒ぎで謝罪しに参った白竜のハクヤが常にオリアナの側にいるからだった。
「あの白竜は竜側からの大使だ。大使に気に入られている中オリアナを殺してしまうと、国家と竜との関係に亀裂が入ってしまう。いずれは竜と決別しますが、今はまだその時ではないです」
「ええい、どこまでも我々の邪魔をしてくるな。忌々しい竜め」
コーネリアは女王になったら自国の軍事力を強化しようと考えている。
それは竜の力に頼らず、自国の力だけ国を守りたいと思っているからだ。しかしまだ何も手を付けていないので、今竜との関係を拗らせるのは悪手である。
「ならどうする娘よ。このまま指を加えて白竜が巣に帰るのを待つつもりか」
「いえ、そんなに待つ必要はありませんよ」
「ほう、何か策があるのか?」
「はい、半年後に行われる“戴冠祭”を使います」
「戴冠祭……なるほどそういう事か」
コーネリアが口にした策略を聞いて獰猛な笑みを浮かべるオズワルド公。
戴冠祭とは、即位した新女王を祝福する祭りだ。大陸諸国の要人を迎え、約三日間にも渡って開催される。オリアナはまだ仮の女王ではあるが、一応戴冠祭は行われるらしい。
ハクヤと仲が良いオリアナを王宮内で殺してしまったら、ハクヤはきっと王宮の者を疑うだろう。
だが戴冠祭の時は大陸諸国の要人を迎えるので、誰がオリアナを殺してもおかしくはい。容疑者が沢山いるからだ。
それでもハクヤがコーネリアを疑ったとしても、知らぬ存ぜぬを通せばいいだけだ。
オリアナを殺す機会は戴冠祭しかない。
逆にこの機を逃してしまったら、オリアナを殺す機会は遠のいてしまうだろう。それは今後の予定が狂うってしまうので、なんとしてでも戴冠祭の期間中に成し遂げなければならない。
コーネリアは顔にかかる真紅の髪を払い除け、静かに口を開いた。
「確実に成功させる為に万全を期しましょう、父上」




