第伍拾漆話 成長した姿
「次はワタシが戦う」
「おうシンゲン、気張れよ」
「負けは許さない、ムフー」
「頑張れ」
マリストレントに勝利したクレハが戻ってくると、次に名乗り出たのはシンゲンだった。これから戦う仲間に対しタロス達が声がけをする中、シンゲンは突然サイの前で跪いた。
「サイ様、ワタクシが戦う所を見ていただけますか」
「うむ、しかと見届けよう。勝ってこい」
「ッ!? ハッ! 必ずや!」
主君のサイ直々に鼓舞されたシンゲンは嬉しさに昇天しかけたが、絶対に負けられないと立ち上がってステージに向かっていく。
そんな熱いやり取りを彼等がしている間に、魔王プロティアンも次のモンスターを作成していた。
そのモンスターはアイアンゴーレムといって、全身が鉄塊の像だ。一般的なゴーレムは石や土で構成されているが、このゴーレムは鋼鉄で構成されている。見て分かる通り、明らかに防御に特化した魔物である。
「イザ、参る」
「ゴー」
「クッ、やはり固いな!」
シンゲンが音速で回り込み、背後からアイアンゴーレムの背中に蹴りを喰らわすもビクともしなかった。それでも構わず連打の嵐を見舞わせたが、刃のように鋭い手足でも鋼鉄像には傷一つ付かない。
キラーアントから進化して蟻人となったシンゲンの強みは、目にも止まらぬ移動速度だ。普段は外殻に仕舞っている羽根を展開し、音速の速さで攪乱しながら標的を斬り刻む戦闘スタイル戦闘である。
本人は余り好んでいないが、【身中之虫】という発動すれば傷口から虫を寄生させて内部から破壊する一撃必殺のスキルもある。
だがそのスキルを発動するにも、まずは対象に傷を付けなければならない。その対象となるアイアンゴーレムは全身が鋼鉄で出来ているから、寄生させるのも不可能だろう。
(ふむ、信玄とは相性が良くないな)
「ンフフフ、頑張っていますねぇ」
(こ奴、余興とか申しておきながら随分嫌がらせをしてきているな。悪趣味な奴だ)
攻めあぐねているシンゲンにサイが少し心配していると、隣で観戦しているプロティアンが楽しそうに笑っているのでついジト目で見上げる。
シンゲンの相手であるアイアンゴーレムも、クレハが戦ったマリストレントも二人にとっては相性が悪い魔物だ。
恐らく、プロティアンが敢えて苦手な魔物を作っているのだろう。戦いが見たいと言っておきながら嫌がらせをするのはどうかと思われるが、それよりもっと重要なことがある。
それは、こちらの戦力を事細かに把握しているということだ。
【死霊王】ファウストやアンデット軍との戦いも、あのライブアイとかいう魔物の目を通して見ていたに違いない。それでクレハやシンゲンの長所や弱点を熟知しているのだろう
「ゴーッ!」
「チィィィ!!」
攻撃を仕掛けたタイミングで、アイアンゴーレムが独楽のように回転する。左腕を弾かれ負傷したシンゲンは慌てて距離を置くも、鋼鉄像は回転したまま追いかけてくる。打つ手がないシンゲンは、ただ逃げ回るだけだった。
「おい、しっかりしろシンゲン!」
「負ける、許さない」
「何か方法がある筈だ!」
(ふむ、どうする信玄)
防戦一方なシンゲンに、仲間達が叫び声を上げる。サイもまた、シンゲンがこれからどう戦うか注目していた。
この四人がそれぞれ戦えば、恐らくシンゲンが一番戦績が良いだろう。音速の攻撃を捉えるのは至難の技だからだ。
だが自慢のスピードも、鋼鉄の防御力の前では無力だ。スピードという強みを消されている中、果たしてシンゲンはどうやって勝つつもりだろうか。
(なんという、なんという無様な姿だ! サイ様の前で醜態を晒してしまうなんて!)
回転しながら追いかけてくるアイアンゴーレムから逃げながら、シンゲンは己の不甲斐なさにブチキレていた。
本当は瞬殺してサイから褒められるつもりだったのだが、敵から逃げ回るという幹部の風上にも置けぬ醜態を晒してしまっている。そんな情けない自分が許せない。
だが、自分を責めたところで打開策を思いつかない。焦るシンゲンは、もし敬愛する主君だったらこの状況をどうするかと考え――閃いた。
「コッチだ」
「ゴー!」
「何やってんだ、足止めてどうする!?」
今まで逃げ回っていたシンゲンが突如足を止めてしまう。ギャラリーが騒ぐ中、アイアンゴーレムが回転しながらシンゲンに猛進した。
当たる寸前、シンゲンは羽を展開して上に間一髪躱した。標的が居なくなったアイアンゴーレムは勢いを止められず、ズドーンッと壁に激突してしまう。
「いいぞ!」
「やるじゃねぇか!」
(上手い)
シンゲンが行った作戦は、コロシアムの地形を利用することだった。自分の力で回転を止められないなら、他の物で止めるしかないと考えたのだ。
策が見事嵌り、アイアンゴーレムは壁に嵌って身動きが出来ない。
「キラートルネード!!」
宙に浮かんでいるシンゲンは、両手を組みながら前に突き出す。さらに音速で回転し、アイアンゴーレムの背中目掛けて突撃した。
シンゲンの斬撃攻撃ではアイアンゴーレムに傷を付けられない。しかし、回転を加えることで“斬る”のではなく“削る”方向にシフトしたことで、貫通できるようになったのだ。
言うなれば、今のシンゲンは身体そのものが音速のドリルと化したのである。
「キェェエエエエエエエエッ!!」
「ゴーーーッ!?」
裂帛の雄叫びを上げるシンゲンは、ズガガガガガッ!! とアイアンゴーレムの胴体を掘削した。その中にあった核も壊れたのだろうか、鋼鉄像は力尽きたように転がる。
からくも勝利したシンゲンは、喜ぶ仲間達のもとに戻ると突然サイの前に跪いた。
「誠に申し訳ございません。サイの前で醜態を晒してしまいました」
「顔を上げろ、信玄」
「ハッ」
「謝ることはない。地形を利用したのも、敵の攻撃を自分の技として使ったのも見事だった」
「サ……サイ様!」
主君からの惜しみない賛辞にシンゲンは歓喜に震えた。
サイは分かっていたのだ。シンゲンが頭を使ったことも、アイアンゴーレムの回転攻撃を自分にも応用したことも、全て理解している。
自分の努力をその慧眼で分かってくれることが、そして褒めてくれることが心の底から嬉しかった。
「あ、ありがたき幸せ!」
「うむ、これからも精進するのだぞ」
「うぉぉおお! なんかやる気出てきました! 次はオレが行きます!」
ダバダバと嬉し涙を流しているシンゲンに対し、仲間の奮闘を目にして士気が上がったゴップが名乗り出た。
サイやタロス達から頑張れと応援される中、プロティアンが次に作り出した魔物は今までよりも珍妙だった。
「「オ、オレ!?」」
「ほう、そう来たか」
「ンフフフ、面白いでしょう?」
その魔物はゴップと同じ見た目で、同じ挙動をしていた。明らかに複製であるが、コピーというより鏡に近い。
ゴップの言葉や動きが、全く同じタイミングで合わせ鏡のように行われるのだ。
つまり、ゴップの敵は自分自身なのである。
因みに、魔物の正体は鏡影といって、コピーした対象を殺して本人に成り代わるという恐ろしい魔物だった。
「おいゴッブ、自分なんかに負けんじゃねぇぞ!」
「「負けませんよ! おい、真似すんな!」」
「チッ、ややこしいな」
「タロス、分からない」
「難しい戦いになりそうだ」
早くも本物のゴップがどっちか分からなくなりクレハやタロスが困惑する中、ゴップは自分との戦いを始める。
懐から手裏剣を取り出して投げるも、キンッと弾かれてしまう。ミラージュシャドウもまた、同じように手裏剣を投げていたからだ。
今度は背負っている鞘から刀を抜いて斬りかかるも、またもやミラージュシャドウに真似されて終わらない剣戟が始まるだけである。
「「クッソ、真似すんじゃねぇ!」」
完璧に自分と同じことをしてくる敵に攻めあぐねるゴップ。
そんな戦いを面白そうに観戦しながら、プロティアンが隣にいるサイに尋ねる。
「ンフ、サイ様は敵が自分と全く同じことをしてきたらどう戦いますか? 力も技も同じ相手にです」
「う~む、実際に試してみなければ分からぬが、何個か策は思いつくな」
「流石はサイ様! ワタクシ気になります! お聞してもよろしいですか?」
「いや、実際にゴップがする所を見た方が早いだろう」
「ンフ、配下を信頼しているのですね。そういう所も素敵です」
期待しているサイだったが、当の本人は中々打開策が思いつかないでいた。忍具による攻撃や忍技も全て真似されてしまう。自分相手にどう攻略すればいいか分からず困惑していた。
(クソ……全部同じじゃジリ貧だ! このままじゃ勝ち目がない! 考えろオレ!)
考えろ考えろ考えろと自分に言い聞かせてはいるが、一向に妙案が浮かばない。一つだけ良い事は、自分が考えて黙っている間はミラージュシャドウも攻撃してきたりせず突っ立ってくれていることだろう。
剣術も駄目、忍技も駄目、忍具の攻撃も駄目、何もかも駄目。もうこうなったら、今の自分を越えるだとか精神論しか思いつかないが、それもきっと駄目だろう。
もっと別のアプローチをしなければならない。例えばそう、自分以外のこととか。
(ん……自分以外のこと? そうか!)
何か閃いたゴップはその場から走って移動する。目指した場所は、先程アイアンゴーレムが突っ込んだコロシアムの残骸が転がっている場所だ。
そこに落ちている石を拾ったゴップは、ミラージュシャドウに向けて思い切り投げる。
「ギャア!!」
「よし! 思った通りだ!」
ゴップが投げた石はミラージュシャドウの顔面に当たるが、ゴップは無傷だった。何故ゴップだけが石を投げられたかといえば、単純にミラージュシャドウの足下にはなかったからである。
同じように石を拾う動作をしても、ミラージュシャドウは石を掴めない。何故ならそこには掴むべき石がないからだ。
ゴップが思いついた妙案とは、自分以外の物を使うことだった。
「やるじゃねぇか! 本物ゴップ!」
「うむ、敵が自分の真似をするのならそれ以外の物を利用すればいい」
そこからはゴップの独壇場だった。
地形を上手く使い、自分だけが相手にダメージを当てられる戦法を取って嵌めていく。一方的にダメージを与え続けられたミラージュシャドウは、ついにコピーを解いて原型に戻ってしまった。
「ハアアアッ!」
「ギャアアアアッ!!」
ミラージュシャドウの胴体を一刀両断する。悲鳴を上げるミラージュシャドウは、黒い霧となって霧散してしまった。
ウキウキ顔で仲間の所に戻ったゴップは、クレハから「テメエ偽物じゃねぇだろうな」とからかわれてしまう。
「冗談キツいですよ」と幹部達が和気あいあいの中、プロティアンがサイに尋ねた。
「サイ様も、彼のように地形を利用する方法だったのですか?」
「うむ、それもあるが他にもあるぞ。ゴップは真似されてもいいように自分以外のことに目をつけたが、そもそもあの魔物にも真似できないものがある」
「ほう、それはなんでしょうか」
「例えば魔力だ。技や力を真似できても、魔力の総量を真似することはできないだろう。同じ魔法を出し続けていけば、いずれは魔物の方が限界を迎えていただろうな」
「そんな力技、サイ様しかできないですよ……」
別の案を言うサイに、ゴップが呆れてしまう。
確かにサイ程の膨大な魔力量があればできる力技だろう。しかし、ミラージュシャドウの魔力はゴップ達四人よりも多いので、逆にこちらが限界を迎えてしまうのがオチだ。
「俺が言いたいのは攻略法は幾らでもあるということだ。その点、攻略法を思いついたゴップは見事だ。もしクレハだったら倒れるまで殴るとか言い出していたぞ」
「あ、ありがとうございます! サイ様!」
「おいガキんちょ、何でアタイがバカ扱いされてるんだよ」
サイに褒められて嬉しがっているゴップに対し、急に飛び火がきて釈然としないクレハ。とにもかくにも、残るは彼だけである。
「タロス、勝つ」
仲間の戦いっぷりを目にして気合が入るタロスは、ドスンと斧を下ろして名乗り出たのだった。




