表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/77

第伍拾伍話 大迷宮

 



「この辺りからワタクシの領土となっております」


「そうか」



 隣にいる魔王プロティアンの言葉に相槌を打つ。

 俺達は今、ジャガーノート(中)に変身した小夜の上に乗せてもらい、空の上を飛んでプロティアン領へ向かっていた。


 最初はプロティアンが巨鳥に変身して移動させようとしてくれたのだが、得体の知れない魔王に乗せてもらうのは流石に危険だと修羅に注意されてしまう。

 だけども徒歩で行くのは時間がかかり面倒なので、小夜に乗せてもらうことになったのだ。


 ジャガーノートになった小夜は空を飛べるし、移動速度も速いからな。本人は「も~またですかぁ~!?」と嫌そうにしていたが、俺とリズが頼むとしぶしぶ引き受けてくれた。


 上空から眼下を見下ろす。

 今まで緑が続いていた平原から、茶色が目立つ荒野に変わっていた。プロティアンが言うには、荒野になった辺りから奴が支配する領土らしい。


 しっかりと国境が定められている人間の国とは違って、大魔境を支配する魔王達には明確な国境がない。

 大体この辺りまでが自分達の領土だといった具合で、かなり適当なのだそうだ。



「この辺りにいる魔物は、“ワタク~シが作ったものではなく、自然の魔物です”。そろそろ見える大迷宮から、ワタクシが作った魔物が出てきますよ」


「そうか」



 ちらりと見えた魔物を指しながら説明してくるプロティアンに、再度相槌を打つ。


 どうやらプロティアンはユニークスキルによって自らの手で魔物を作れるそうだ。正直、余りにも規格外な能力だろう。自ら魔物を作り出せるというのなら、無限に軍事力を生み出せるようなものだ。

 まぁ、魔王本人にはそれをするつもりはないようだがな。


 奴が言うには、大迷宮は領土の中心部にあるそうだ。大迷宮の外は余り干渉せず、自然に生まれた魔物達が自由に暮らしているらしい。


 その魔物達が迷宮に挑戦する冒険者やハンターを線引きしているそうだ。迷宮外にいる魔物程度を突破できなければ、迷宮に入る資格すらないということだな。


 さっきから迷宮迷宮と言っているが、俺自体まだ迷宮というものが何なのかよく知らない。今までに見たことも聞いたこともないしな。

 なので、この際だから詳しく教えてもらうことにした。



「ん~迷宮というのはですね、多くはいにしえの時代にあった人間や亜人の国が廃れ、魔物が住み着くようになった“遺跡”のことを言うのですよ。そこには古の時代にあった金銀財宝に、珍しい武器やアイテムがわんさか眠っているのです」


「ふむ、冒険者達が危険を冒してでも入ろうとするのは、迷宮にある大古の財宝を手に入れようとしているからか」


「そういうことです。一攫千金のロマンを追い求め、人間や亜人達は死ぬ覚悟を抱いて迷宮にチャレンジするのです。素敵ですよねぇ~」


「俺には分からんな」


「ンフ、そうでしょうね。遺跡以外にも、規模は小さいですが魔物が住み着いている洞窟なども迷宮と呼ぶことがありますよ。分かり易く例えるならゴブリンとかは、殺した人間から武器とかアイテムとかを奪っているので、人間にとってのお宝が眠っていますからね」



 なるほどな。その話からすると、洞窟に済んでいるドワーフの住処も広い意味では迷宮になるのか。


 魔物ではないが、ドワーフの住処には武器や鉱石が沢山あるからな。人間から見たら宝と変わらんだろうし。

 ふと気になったことがあるので、プロティアンに尋ねてみる。



「お前の大迷宮も元は古代の遺跡なのか?」


「いえいえ、ワタクシの迷宮はワタクシが一から手掛けたものです」


「そうなのか」


「ンフ、後で詳しく教えましょう。さぁ、話している間に到着しましたよ。ご覧ください、ワタクシの地下迷宮、【死と夢の狭間の(ディストリアン)大迷宮】です」


「あれがそうか」



 魔王が指し示すのは、巨大な神殿と呼ばれるものだった。

 確かに大きくはあるが、想像していたのよりもずっと小さい。修羅が広大な大迷宮だと言っていたのでもっともっと広いかと思っていたが、実際はあれくらいなのか。


 拍子抜けしていると、プロティアンから神殿は大迷宮の“入口”で迷宮そのものではないと教えられる。どうやら神殿から地下に繋がっているそうだ。



「とは言っても、広大な大迷宮であることに間違いはありませんよ。一見何もない地上も、全てワタクシの迷宮範囲内ですからね」


「では、俺達はもうお前の迷宮に入っているということか」


「ンフフ、正解です。早速ご案内したいところではありますが、このままでは入れないので一旦サヨ様には着地してもらってもよろしいですか?」


「わかった」



 俺から頼むと、小夜は『は~い』と言って地面に着陸し、人間の姿に戻ってもらう。魔王がしっかりと小夜に礼をした後、「では」と言ってぱちんと指を鳴らす。

 ――刹那、景色が一変した。



「「――ッ!?」」



 不可解な現象に驚愕する。

 先程まで神殿の前に立っていたのに、俺達全員広い室内らしき場所に移動していたのだ。



(何をされた……空間魔法の類か? いや、こ奴に空間魔法のスキルはなかった筈だ)



 やはり修羅が言っていた通り罠だったか……と警戒していると、魔王は道化師のように大きく手を広げてこう言ってきた。



「ようこそおいでくださいました、ここがワタ~クシ自慢の“王室”です」


「王室だと」


「はい~。この部屋でワタクシは迷宮の管理をしているのです。まぁ、簡単に言うと家ですね」



 プロティアンが言う王室の中を見渡す。

 ふむ、確かに内観はドラゴニス王国王宮にある『謁見の間』と同じようなものだな。

 中央通路の先には少ない階段があり、階段の上には空の玉座が置かれてある。銅像などの装飾品も多く見られ、厳かな雰囲気が醸し出されていた。


 魔王が言うには、普段はここで引きこもり――もとい生活しているそうだ。「いや~誰かをこの部屋に招待したのは初めてですから、ドキドキしてますよ」と何だか楽しそうにあれこれ話している。


 とにかく罠ではないようだな。

 警戒は怠らないが、一先ず刀に伸ばしかけた手を解いてもいいだろう。



「そんで魔王さんよ、アタイ達をここに連れてきて何をしようってんだ。こんな何もねぇ部屋に来てもつまんねーだけだぞ」


「ンフ、そう慌てないでください。今、面白いものを見せてあげますから」



 そう言うや否や、プロティアンは虚空に向かって手を伸ばして横に振った。何をしているのかと訝しんでいると、突如虚空に半透明な板のような物が幾つも現れる。



「な、何だこりゃ!?」


「これはワタクシのユニークスキル【迷宮遊戯ダンジョンゲーム】の能力の一つである“画面モニター”といって、たった今外で起きていることを映像として見ることができるのですよ」



 プロティアンがそう言うと、半透明の板――モニターがじじじ……と雑音が流れると同時に様々な映像が流れ始める。

 俺達がいた神殿の景色だったり、通路の中で魔物と戦っている冒険者だったり、どこかの町の風景だったりと様々だ。


 本当にたった今どこかで起きていることを、このモニターとやらで見ることができるのか。それに一か所だけではなくこんなに多くの場所を……。

 そんな疑問を抱いていると、魔王がモニターを指しながら説明してくれる。



「ご覧ください。こちらはワタクシのダンジョン一階層を探索している冒険者達で、こちらが隣接している人間の国の風景です」


「マジかよ、胡散臭ぇな」


「ンフ、信じてもらえないようですね。ではこれでどうですか?」



 枯葉やゴップ達が疑っていると、魔王がぱちんと指を鳴らす。すると大きなモニターが現れ、それを見た俺達は驚愕した。

 何故なら、そのモニターにはオーガの集落が映し出されているからだ。



「この映像は、サイ様達がさっきまでいた屋敷の映像ですよ。勿論今のね」


「「――っ!?」」


「マジかよ!?」


「ンフ、マジですよ。まぁ流石にこれ以上近づくと、“ヤバい人達”に勘付かれてしまうのですけど」


(凄まじい能力だな)



 魔王が明かした能力に心底驚いた。

 何かしらの方法で外の状況を見られるのだろうが、まさか迷宮の中だけではなく迷宮の外まで見られるとは思いもしなかった。


 しかも大魔境にあるオーガの集落だけではなく、大魔境の外にある人間の国までと範囲が果てしなく広い。恐るべき情報収集能力だな。


 どうやっているのかと考えていると、信玄が問いかけた。



「どうやって見ている」


「本当は内緒ですが、特別に教えてあげましょう。ワタクシが作ったライブアイという魔物の目を通して見ているんですよ。因みにこんな魔物です」


「うぇ、なんだこの魔物……気持ち悪いな」



 プロティアンが右手を差し出すと、手の平から小さな魔物が現れる。その魔物は大きな目玉に手足が生えた気味の悪い外見だった。

 その魔物を見たゴップが正直な感想を口にしているが、俺も含めて魔王以外の全員が顔を顰めていただろう。



「え~カワイクないですか? 因みにこれは陸上用で、空を飛ぶ飛行型や水の中に入れる水中用などもあるんですよ。見た目も全部ワタクシのアイデアです、ンフフフ」


「ふむ、そいつらを各地に放っていつでも視界に移る映像を見ることができるということか」


「流石はサイ様、察しが良いですね。その通り、ワタクシはいつもここで寛ぎながら、ダンジョンに限らず様々な場所を見て楽しんでいるんです。そうですね、言ってしまうと人間観察が趣味なんです」


「貴様の悪趣味などどうでもよいが、一つだけ問う。貴様、もしやその魔物をドラゴニス王国にまで入れてはいないだろうな」


「「――っ!?」」



 魔王に問いかける。

 ライブアイという魔物をどれほどの範囲まで広げているのかは分からんが、大魔境の外にも放てるというのならドラゴニス王国に及んでも不思議ではない。


 我がゾウエンベルク家を、姫様がいる国を無断で見ていたのだとしたら捨て置くことはできん。返答次第では今この場で魔王を斬る。

 そんな覚悟を抱いてじっと魔王を見ていると、奴は慌てた風に口を開いた。



「アナタ様の質問にはNOと答えさせていただきます。というか、やりたくてもできません。彼の国は竜王の守護が施されているので、魔物は何人も立ち入ることはできないのです。それはアナタ様もよくご存知でしょう?」


「むっ、確かにそうだな」



 言われて思い出したが、ドラゴニス王国には竜王ジークヴルムが施した『竜魔結界』が張られている。この結界がある限り人間や亜人以外の魔物や魔族は一切国に入ることはできなかった。


 俺としたことが、ついその事を忘れてしまっていた。余りにも恐ろしい能力なので先走ってしまったようだな。



「ワタクシが作った魔物も例外ではありません。ですからそんな殺気を出さないでくださると助かります」


「うむ、悪かった」



 失礼な態度を取ったので素直に謝る。

 魔王だけではなく信玄達も怖がらせてしまったようなので、彼等にも謝った。


「ガキんちょがキレたの、意外と初めてだぜ」「タロスも驚いた」「死を覚悟しました」「今でも身体の震えが収まらないです……」と皆が俺に対して恐怖を抱いていた。小夜だけは平然としているがな。


 う~む……怒った自覚はないのだがな。姫様絡みなので自分でも分からず殺気を出してしまっていてのかもしれん。

 感情を表に出すとは、俺もまだまだ忍びとしての精進が足りんようだ。



「さて、気を取り直してワタクシの迷宮をご紹介しましょう! 我がディストリアン大迷宮には七つの階層がございます! 全ての階層には魔物や宝を用意し、下に進む程強力な魔物が現れ、宝もよりよい物となっております!」



 プロティアンが虚空に手を翳すと、モニターが七つになる。

 その三つには冒険者が映されているが、他の四つには風景が映されているだけで何も変化がなかった。



「六つの階層を攻略し、最深部であるここ七階層の王室に辿り着けば、迷宮の主であるワタクシが待ち構えているという仕組みになっております! とはいっても、ここ千年間で王室まで辿り着いた冒険者は指で数えられる程度ですけどね」


「ふむ、少し気になるのだが、この迷宮は遺跡ではなくお前が作ったと言っていたな。魔物や宝もそうらしいが、どうやって作っているのだ?」


「それはユニークスキル【迷宮遊戯ダンジョンゲーム】に備わっている能力の一つ、“ポイント機能”を使って迷宮を拡張したりしているんですよ」


「ポイント?」


「実際にお見せしましょう」



 そう言う魔王は、再びモニターを操作する。するとモニターには映像ではなく、ステータスのような文字列と各階層の地図が現れた。


『ダンジョンゲーム機能。

 魔物一覧 ゴブリン10p。ホブゴブリン30p。ゴブリンキング100p。トレント10p……etc.

 拡張一覧 宝10~10000p。落とし穴10p。串刺し10p。飲み水場10p。』


 文字列の内容は大体このような感じだ。

 恐らく消費するポイントによって作れる魔物が決まっているのだろう。驚くことに作れる魔物の種類が非常に多く、ドラゴンといった強力な魔物でさえ作れてしまうようだ。


 さらに階層の広さや、剣や宝石などの宝、様々な罠に、川や泉や家さえも作れてしまえる。このようなことが、【迷宮遊戯ダンジョンゲーム】というたった一つのユニークスキルで全て行えるのだから、恐るべき能力だろう。



「ンフ、試しにやってみましょうか。10pを消費して、一階層にゴブリンを作りますね」


「うお、何か出てきた!」


「本当にゴブリンだ……」



 魔王がモニターを操作すると、一階層の映像に変化が起こる。一体のゴブリンが土の中から這い上がってきたのだ。

 プロティアンの言うことが事実ならば、あのゴブリンはたった今ポイントによって作られた魔物ということになる。



「このように、ワタクシは自らの手で迷宮を作ることができるのです。初めは小さな一階層からでしたが、今では七階層まで広げて大迷宮と呼ばれるまで発展したのですよ」


「やべぇスキルだな……」


「タロス、驚いた」


「流石は魔王の能力ですね……規格外です」


「強い……」


「ふぁ~、眠いです」


(ユニークスキルもそうだが、この魔王もやり手だな)



 果たしていつから魔王がこのユニークスキルを得ていたのかは分からないが、俺の鑑定眼と同じで生まれ持った才能であるなら幸運であるし、能力を使いこなしてここまでの大きさに至らせた手腕も凄まじい。


 結局のところ、大きな力を持っていてもそれを使いこなせるかは所有者の力量次第だからな。


 因みに、ダンジョンを作る為の一番重要なポイントは、ダンジョンに侵入してきた野生の魔物や人間などを殺すと増えていくそうだ。


 といってもここは大魔境の中なので、ある程度大きくなるまでは元々この地にいた魔物や魔族と縄張り争いをしていて、先代の魔王とも戦って下剋上を果たしたらしい。


「ここまで大変でしたよグスグス」と嘘臭い泣きべそをかく仕草をしながら、迷宮の軌跡を端折りながら教えてくれた。



「これで大体はワタクシの迷宮をご紹介できましたところで、一つ余興をしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」


「どんな余興だ」



 唐突な提案を申してくる魔王に尋ねると、奴は愉しそうにこう告げた。



「ワタクシが作った魔物と、アナタ方幹部との手合わせでございます」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ