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第伍拾肆話 魔王プロティアン

 



 大魔境――いや魔界には魔王という、魔族や魔物を従える王が七体いる。

 その七体は七大魔王とも呼ばれ、何千年もの間魔界に君臨し続けてきたそうだ。


 その中で俺が知っている魔王の名は二つ。

 魔王リョウマと、魔王キュラソン・ヴァーニー。


 リョウマは元々、修羅達が暮らしているこの地を支配していた魔王だったが、約一年前に突如姿をくらました。消息不明のリョウマに代わって、今は俺がこの地を魔王代理として治めている。


 キュラソンはこの地の北側に隣接している魔王で、半年ほど前にこの地を奪い取ろうと【死霊王】ファウストとアンデット軍団をけしかけてきた。


 ファウストを返り討ちにした後に帝国からの侵略に追われてしまったそうで、キュラソンがこの地に現れることはなかった。


 結局ヴァレリーとキュラソンの両方と会ったこともなく名前を知っているだけなのだが、それ以外の魔王は名前すら知らなかった。まぁ、それほど興味もなかったがな。


 だが、今こうして三体目の魔王が目の前に現れた。



「ワタクシはプロティアン。若輩ではございますが、これでも魔王の一角でございます」


「魔王だと」



 こ奴、本気で言っているのか。

 もし仮に本物の魔王だというのなら、今の状況は将軍がたった一人で敵陣に攻め込んでいるようなものだぞ。


 いや、そもそも最初から“敵”と断定しなくてもよいのか? 魔王キュラソンが敵対してきたので他の魔王も敵だと思い込んでいたが、実は仲の良い魔王だっているかもしれない。


 まぁ、いつも通りのリズと小夜は置いておいて、修羅達は余り歓迎していないようだがな。一先ず、鑑定眼で調べてみるか。



(鑑定眼!)


『ステータス

 名前・【迷宮君主ダンジョンマスター】プロティアン

 種族・魔王種(マスタースライム)

 レベル・777

 スキル・【擬態】【武人】【軍師】……etc.

 ユニークスキル・【迷宮遊戯ダンジョンゲーム】【捕食奪取ディヴァウア】【対絶対物理アンチフィジックス】』


『【迷宮遊戯ダンジョンゲーム】とは、ダンジョンで手に入れたポイントを使うことでダンジョンを作り拡張したり、魔物を生み出すことができる能力』

『【捕食奪取ディヴァウア】とは、対象物を取り込み、能力の一部を奪う能力』

『【対絶対物理アンチフィジックス】とは、全ての物理攻撃を無効化する能力』


『スライムとは、核をもつ粘液上の魔物である。魔物の中では最弱と呼ばれている』

『マスタースライムとは、スライムが魔王に進化した種族。迷宮の王』

『魔王種とは、この世界の住人の一定以上から魔王だと認知された個体』



 う~む、色々と情報量が多いな。

 とりあえず、こ奴が魔王であることに間違いはなさそうだ。そしてレベルが777と黒竜の夜黒よりも高いが、正直に言えば意外だった。


 魔王だというのだから、てっきり???となって測定不能になるかと思っていたが、俺とそこまで差が開いている訳ではない。


 スキルに関しては多すぎて読むのも面倒だ。戦闘スキルから変なスキルまで、何故これほど様々なスキルを持っているのだろうか。


 ユニークスキルもよく分からん。

 ダンジョンやポイントとかいう言語も初めて聞いた。魔物を生み出すというのはそのままの意味だろうか?


 ただこの【捕食奪取ディヴァウア】というスキルは凶悪だな。もしかすると、こ奴のスキルが多いのはユニークスキルの能力によるものかもしれん。


 俺はスライムという魔物に初めて会ったが、最弱と呼ばれている魔物が魔王にまで上り詰めたのは尊敬に値する。

 きっと、魔王に至るまで想像を絶する過程があったのだろう。



「どうやら魔王というのは本当らしいな」


「ノンノンノン、ワタクシは嘘など吐きませんんよ。この地を伺ったのは、隣人として新たに誕生した魔王へご挨拶に参った次第であります」


「隣人だと?」



 どういう意味か修羅に視線で問いかけると、彼はプロティアンを警戒しながら説明しくれる。



「彼奴が本当に魔王プロティアンであるなら、我等の隣の領土を支配しています。それも、凄まじく広大な大迷宮の主です」


「うむ? その言い方だと、誰もこ奴の姿を知らないのか?」


「ええ、魔王プロティアンは表舞台に出ませんからね。その姿を見た者は多くありません。無論、我等も一度も見たことがありません」



 なるほどな、いわゆる引きこもりというやつか。

 しかし解せん。何故今まで表舞台に姿を現さず引きこもっていた魔王が、今になって俺達の前に現れたのだろうか。

 本当に俺に挨拶しに来ただけが目的なのか?



「ンフ、さては疑ってますね。言っておきますが本当ですよ。ワタ~クシは魔王の中でも新参者でして、彼の魔王リョウマの後釜にご挨拶をしたかったのですよ。敵意を持たれる前にね」


「俺が平和主義者の先代と違って襲ってくると思ったのか」


「ンまぁそういうことです。リョウマ様は魔王の中でも一際お強いですが、支配欲がないのでワタクシも敢えて手を出すことはありませんでした。あれですよあれ、触らぬ神にはなんたらってやつです」


「祟りなしだ」


「そうそれです! ですが突然姿を消したと聞いた時は驚きましたよ。焦って様子を窺っていたのですが、突然現れたアナタは魔王なき領地の混乱を治め、魔王キュラソンの右腕であるファウストの侵略を物ともしませんでした。その上、誰もが恐れるジャガーノートまで従えるとかも~ヤヴァイですよ」


(こ奴、ずっと見ていたのか……)



 余りに詳し過ぎる。どういう方法かは知らんが、実際に見ていないとここまでの情報を把握できないだろう。



「そんなお強い方に攻めてこられたらワタクシなんか一瞬でジ・エ~ンドです。だからこうして、魔王であるワタクシ自らご挨拶に参ったのです。魔王シノビ様、新参者同士仲良く支え合っていきませんか?」


「ふむ、勘違いしているようなので言っておくが、俺は魔王の代理をしているだけで魔王ではないぞ」


「勿論ご存知ですとも。いずれは鬼王オーガキングのシュラさんが魔王に至るかもしれませんが、ワタクシの予想ではまだ先の話ですね」


「……ッ」



 プロティアンの口ぶりに、悔しそうに歯噛みする修羅。

 言葉を濁しているが、直訳すると「お前程度ではまだまだ魔王になる器ではない」と小馬鹿にされているようなものだ。


 それに反論しないのは、しないのではなく“できない”からだ。

 修羅とて最初に会った時よりも著しく成長したが、それでもまだ魔王を名乗るに相応しくないと理解している。

 だからこそ、頼りない自分に代わって俺に魔王代理をして欲しいと頼んでいるのだからな。


 それよりも、こ奴は随分とこちらの内情にも詳しいのだな。

 俺が魔王代理であることも、次期魔王が修羅であることも知っている。いったいどこから、どういう手段で情報を得ているのだろうか。


 しかも、俺が勘付けないほどの索敵能力だ。

 鑑定眼で調べても、情報収集スキルや魔法を持っている訳でもなさそうだが……。まぁいい、後で隈なく調べてみるか。



「お前の事情は分かった。既に知っているだろうが、俺達はこの地を守るだけでこちらから他の領地を責めたりはしない。だから安心して自分の領地へ帰ってよいぞ」


「そうしたいのは山々で・す・が、やっぱりワタクシはシノビ様と仲良くなりたいです。直接会って、改めてそう感じました」


「仲良くなる必要はないだろう。引きこもりなのに無理する必要はない」


「そんなこと言わずに仲良くしてください。ワタクシはアナタ様に興味シンシンなのですから」


「……」



 こ奴、薄気味悪いな。

 目がないのに、四方八方から全身を観察されているようだ。やはり魔王なだけあって、纏う雰囲気が他の者とは圧倒的に違うな。底知れぬ不気味さがプロティアンにある。



「おい魔王さんよ、ガキんちょが帰れって言ってんだからさっさと帰れよ。テメエさっきからニヤニヤして気持ち悪いんだよ」


「これはこれは、不快にさせて申し訳ありません。ですが許してください、見ての通りワタクシには顔がないので、口で感情を表現する為にわざと大袈裟に振る舞っているんですよ。フフフ」


「仲良くなりたいと言うのなら平然と嘘を吐くな。顔なら出せるだろ」


「……何故それを?」


「「――ッ!?」」



 不機嫌な枯葉の言葉にプロティアンが嘘を並べたので、俺が指摘すると奴の雰囲気が激変した。圧が高まり、修羅達が動揺してしまう。


 ふむ、道化師の仮面が外れてやっと本性が現れたようだな。

 俺は動じず、プロティアンの嘘を暴くために口を開いた。



「貴様は人間だけではなく、数え切れぬほどの魔族や亜人を喰っている。そして、喰った者の能力を奪うだけではなく、擬態もできる筈だ。その姿も、どこかで喰った軍人のものだろう? 何故口だけで顔全体を出さないのかは“どうでもいいが”、できなくはないはずだ」


「……ンフフフ、驚きましたよ。そんなことまで見抜いてしまうのですね。やはり貴方様は素晴らしい御方だ。おっしゃる通り、ワタクシはこれまで喰った者に擬態できます。勿論顔もそうです、このようにね」


「「か、顔が……」」



 嘘だったと認めたプロティアンが両手で顔を隠してから離すと、青年の顔に変わった。面妖な光景に皆が驚いている中、プロティアンがそのままの顔で尋ねてくる。



「ワタクシが人間や魔族を喰っていることに、嫌悪を抱きますか?」


「しないな。俺の知っている者が喰われたら怒りもするが、どの時代かもわからん見ず知らずの者が喰われたところで何かを感じることはない。それに、喰うのも擬態するのもお前が持つ正当な能力だ。もし俺がお前の立場だったら同じことをするだろう」


「ンフ……ンフフ……ンフフフ、シノビ――いえサイ様のそういう冷徹クールなところ、ワタクシは大好きですよ」


「気持ち悪いことを言うな」



 頬を赤く染めて悶える魔王に苦言を告げる。

 男の顔で気色悪いことを言われても寒気がするだけだ。これなら顔がない方がましだったぞ。


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていると、魔王は大袈裟に謝罪してくる。



「嘘を吐いて申し訳ございませんでした。ですが決してサイ様を欺こうとした訳ではなく、ワタクシの個人的な理由で隠していたのです」


「そうか、なら構わん。もうよいだろ、お前の話は分かったから今日の所は大人しく帰れ。仲良くなりたいと言うが、見ての通りこちらは歓迎していないからな」


「そうしようとも思うのですが、ワタクシはもっと貴方様のことを知りたいと思いました。なのでどうでしょう、この際ワタクシの大迷宮へ来ませんか?」


「ふむ、俺がそちらに行くのか?」


「はい! 是非、サイ様にワタクシの大迷宮にご招待させてください」



 う~む、そうきたか。

 修羅達が歓迎していないので、俺がプロティアンの領地に出向くと。確かに、興味がないと言えば嘘になるな。


 この地と隣り合っているプロティアンと戦う日がいずれ訪れるかもしれん。その時の為に敵の戦力と地形を把握しておくのは重要なことだ。

 それに、ここ以外の大魔境がどんな所なのか見てみたい気持ちもある。色々と考えた俺は、プロティアンの案に乗ることにした。



「いいだろう、案内してくれ」


「流石はサイ様、器が広いですね!」


「なっ、サイ様! 戯言を真に受けないでください! 奴は魔王ですよ!? 仲良くなりたいなんて出まかせです。何を企んでいるか分かったものではありません、間違いなく罠ですよ!」


「あなた方が警戒するお気持ちは分かります。それなら、あなた方もついてきてはいかがですか?」


「なっ……」



 危険だと忠告してくる修羅に、プロティアンが案を出してくる。

 確かに、俺一人で行くのも勿体ないな。誰かついてくる者はいないかと募れば、多くの者が申し出た。



「タロス、行く」


「無論、ワタシもご同行します」


「オレも行きます」


「はっ、アタイも行くぜ。ミコトは危ね~からここで待ってな」


「じゃあ小夜も行きま~す!」



 名乗り出たのはタロス、信玄、ゴップ、枯葉、小夜の五人だった。

 小夜以外カロリー王国に行かなかった留守番組みだ。今回は人間の国ではなく魔王領であるし、連れていくのは彼等でいいだろう。



「では行ってくる。シュラ、万が一俺達に何かあったらこちらは任せたぞ」


「はぁ……分かりました。くれぐれもお気を付けください」


「いいですか小夜、私の代わりにちゃんとサイ様を見ているんですよ」


「もう、分かってますよ!」


「サイ様も、余り無茶なことはしないでくださいね。何かあったら、ディル様やミシェル様が悲しむことを忘れないでください」


「ああ、分かっている。小夜のことでリズにこっぴどく叱られたからな」


「さてさて、行くメンバーも決まったということで、早速ワタクシの大迷宮にご招待しましょう」



 という事で急遽、俺達は魔王プロティアン領に向かうことになったのだ。


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