第伍拾弐話 お土産
「ご無沙汰しております、母上」
「サイ? サーーーーーイ!!」
「んぐ」
屋敷の庭で花壇の手入れをしている我が母ミシェル=ゾウエンベルクに声をかけると、俺に気付いた母上は勢い良く抱き付いてくる。
うぬぅ……胸に顔が挟まって息ができない。相変わらず、太陽のように元気で明るい御方だ。
「もうサイったら、私心配したのよ! 戴冠式が終わったらすぐ帰ってくると思ったのに、ディルもサイも全然帰ってこないんだから!」
「申し訳ございません、王都で父上の仕事を手伝うことになったので」
「ディルの?」
首を傾げる母上に「はい」と頷く。
ゾウエンベルクの家が国家の影であることを母上は知らない。なので影の仕事ができた場合は、王都で仕事をしていると父上は嘘を吐いている。
だから俺も、姫様をお守りしていることを言わず父上の仕事を手伝っていると母上に嘘を吐いた。
ゾウエンベルク家の裏の顔を何故妻の母上に教えないのかは、夫である父上の判断だ。父上がそう望んでいるのなら、俺も隠し通さなければならない。
「ディルったら、サイはまだ子供なのよ。仕事でこき使うなんて酷いわ。後でちゃんと叱らなきゃ!」
(申し訳ございません、父上。俺の我儘で母上から小言を言われてしまうかもしれません)
「そういえばディルはどこなの?」
「父上はまだ王都に居ます。恐らくですが、近々帰ってこられるでしょう」
父上ももう家に帰ってもよいのだが、姫様を守る俺を心配して王都に残っていてくれている。
一人で平気だと言ってはいるが、父上も優しい方だからな。息子の俺が心配なのだろう。だが俺も王都に慣れたし、父上には母上のもとに帰ってもらいたい。
「よかった、これで家族が揃うわね。ディルもサイも居なくてすっごく寂しかったんだから」
「申し訳ございません、母上。俺はまた王都に戻らねばなりません」
「えっ、どうしてよ。仕事が終わったから帰ってきたんじゃないの?」
「仕事は中断してきましたので、また戻らないといけないのです」
そう告げると、母上は「そう……」と分かりやすく落ち込んでしまう。
屋敷にリズがいるとはいえ、俺や父上と会えないのは寂しいのだろう。母上のもとに居てやりたいが、今は姫様を見守らなければならないからな。
「そう落ち込まないでください。リズがいればすぐに帰れますから」
「うん、それもそうね」
リズの空間魔法さえあれば、王都と屋敷を自由に行き来できる。
目で見た物体と俺の位置を交換する変わり身の術と比べ、リズの空間魔法はもっと便利だ。魔力さえ探知できれば、どこにだって空間に裂け目を作って通ることができる。しかもリズの魔力探知の範囲はとんでもなく広いため、移動できる範囲も広い。
俺が王都に移動するのなら、千里鑑定眼と変わり身の術を合わせても何回かに分けて転移しないといけないのだが、リズならたった一回ですぐに移動できる。
こんな芸当ができてしまうエルフのリズが、何故ゾウエンベルク家のメイドをしているのかは未だ謎に包まれているが、余り気にしたことはない。
因みに、俺は魔力を探知するという感覚が分からずできなかった。元来忍びは足跡や音など痕跡を見つけ辿るものだから、実体のない魔力を探知するというのがよくわからん。
とにかく、小夜さえいれば念話でリズに頼めるので、王都に居てもすぐ家に帰ることができるのだ。
「母上、土産を持ってきましたので食べてください」
「ありがとう、サイは気が利くわねぇ……って嘘待って、これカロリー王国でしか手に入らない限定お菓子じゃない! どうしたのよこれ!?」
「仕事の方で貰う機会があったので(本当はカロリー王国から買ってきたのだがな)」
「愛してるわよサイ、一緒に食べましょ。アルフレッドー紅茶を用意してくれるかしらー」
菓子を受け取った母上は、兎のようにスキップしながらアルフレッドを呼ぶ。俺も老執事に土産があるのでついていった。
「アルフレッドには紅茶だ」
「おや、お心遣いありがとうございます若様。早速使わせていただきますね」
「うむ、よろしく頼む」
「そういえば、カロリー王国の件はどうでしたか?」
「収穫が多かった。彼の国の内情や、国王の人柄も知ることができたしな」
「それは良かったですね」
「アルフレッドはリズの無茶ぶりに突き合わされて災難だったな」
「本当にあの方には困ってしまいますよ。私としましては、紅茶に塩を入れて飲ましてやりたいぐらいです」
ため息を吐きながら愚痴るアルフレッド。
紅茶が大好きな彼にとって砂糖ではなく塩を入れるというのは、それほど我慢ならないくらい怒っているという表現だ。
リズとアルフレッドの力関係は俺も余り分かっていない。外見はアルフレッドの方が年上だが、リズは長寿種のエルフなので歳が分かり辛いからな。本人に聞いても「永遠の十七歳です!」とか訳のわからんことを抜かして誤魔化してくるし。
「そういえば、リズさんと小夜さんはどうしていますか?」
「二人は大魔境にいる」
一旦修羅と命を送らねばならないので大魔境に戻ったのだが、二人はそのままカロリー王国で買った菓子を皆で分け合っていて、俺だけゾウエンベルク家に帰ってきたのだ。
「そうですか。なら後で私を旦那様がいる王都に戻してもらいましょう。若様もカロリー王国の件が済んだので、王都に戻られるのでしょう?」
「そうだな。ドワーフや他の魔族達に土産を渡したら戻るつもりだ」
「ではその時に私もお願いします」
「わかった」
「二人共~まだなの~? 早く食べましょうよ~」
「おや、奥様がお待ちのようなので行きましょうか」
「うむ」
◇◆◇
「うわ~! こんなに酒を買ってきてくれたんですか!? ありがとうございます、サイ様! 皆も喜びますよ」
「いつも世話になっている礼だ。酒だけではなく摘まみもあるから一緒に食べてくれ」
「はい! いただきます!」
「ご主人様からのプレゼントですから、ありがたく受け取りなさい」
母上とアルフレッドと三人で美味い菓子と紅茶にありついた俺は、一度大魔境に戻りドワーフの集落を訪れていた。
カロリー王国で買った酒樽や摘まみを、中くらいの大きさになったジャガーノートの小夜に運んで貰い、ボルゾイ殿の弟子であるダンキチに渡す。
土産を貰って喜んでいるダンキチに、背負ってる鞘を渡しながらお願いした。
「すまぬが刀を研いでくれるか」
「うわ~、凄い刃こぼれしてますね。何を斬ったらこんなになるんですか」
「竜だな」
「ひゃ~! 竜ですか!」
鞘から刀を抜いて状態を確認するダンキチに、竜を斬ってそうなってしまったと伝える。竜と戦う前は刃こぼれ一つしなかったのだが、白夜の兄でもある黒竜の夜黒と戦ったら酷いこんな風になってしまった。実際、竜の鱗はとんでもなく硬く折れなかったのが奇跡だっただろう。
「流石にこの刀で竜を斬るのは無理ですよ」
「いや、一応斬るには斬ったぞ」
「本当ですか!? 流石はサイ様……弘法筆を選ばずってやつですね」
「よくそんな言葉知ってるな」
「へへ、親方から教えてもらったんですよ。ってあれ、そういえば親方は?」
「ボルゾイ殿ならまだカロリー王国だ」
「えっ、そうなんですか!?」
驚きながら尋ねてくるダンキチに「うむ」と頷く。
帰りにボルゾイ殿を拾っていこうとしたのだが、鍛冶屋の店主と意気投合したのか「儂は暫くここで修行していく!」と宣言してカロリー王国にそのまま残ってしまったのだ。
本人がその気なので、俺達も無理に引き留めることはしなかった。最悪、ボルゾイ殿なら一人でも帰ってこられるしな。
「やっぱ親方は凄いですね、あれでまだ向上心があるんですから。でもオレだって負けてないですよ、こちらへ来てください」
「うむ」
ダンキチに催促されたので、ドワーフが住んでいる洞窟の中に入る。久しぶりに入ったが、以前と比べると随分綺麗になっていた。
それに以前とは違うものもある。それはあちこちに設置されている鍋風呂だった。ボルゾイ殿がオーガの集落にある温泉に入り風呂の良さを体感した後、ドワーフの集落でも風呂を作ったそうだ。
それがドワーフに受け、鍋風呂が流行ったらしい。元々彼等は身体さえ洗わず、臭くて汚くても気にしない種族だったからな。
まぁ身体を綺麗にするというよりかは、単に風呂が気持ち良いだけかもしれんが。
「とりあえず、いつもの手裏剣のクナイ、それに鎖帷子を用意しました」
「いつもすまぬな、助かる」
「いえ、サイ様がオレ達亜人を助けてくれている事に比べたらこれくらいなんてことないです」
台の上に置かれている忍具を見て、ダンキチに礼を言う。
忍具は消耗品であるから、毎回ダンキチやボルゾイ殿に作り置きしてもらい、なくなったら受け取りに来ていた。
俺にとって忍具を作ってくれる彼等は非常に助かる存在だ。
「それと最後に、とっておきのこれです」
「おお、新しい刀か」
「はい、鞘も新調しました。抜いてみてください」
「わかった……これはっ!」
ダンキチが新しく作ってくれた刀を鞘から抜いて確認すると、驚愕してしまった。
刀身は綺麗に沿っていて、うっとりしてしまうほど美しい刀文が浮かび上がっている。紛い物の刀もどきではなく、完全な刀だ。それも刀匠が打ったような業物のように思える。
「素晴らしい刀だ……腕を上げたな、ダンキチ」
「へへ、ありがとうございます。サイ様に似合う刀を作りたくて頑張った甲斐がありました」
今まで使っていた刀もダンキチが作ってくれたもので、良いものではあったが刀文もなく、刀もどき感が否めなかった。
それでも十分だったのだが、この短期間でよくぞここまで完璧な刀に仕上げたものだな。
気になったので鑑定眼で調べてみると、ダンキチのステータスに【鍛冶】スキルが備わっていた。たゆまぬ努力がスキルとなって開花したようだな。
「この刀は希少鉱石のアダマンタイト鋼を素材にしているので、魔力の伝導率も前とは比べものにならないぐらい良いですし、竜を斬っても刃こぼれしませんよ」
「それは心強いな」
「いいな~、小夜も欲しいです」
「お前は刀を使えんだろう」
物欲しそうに刀を見てくる小夜に呆れる。
それにしても良い刀だな、と見惚れていると、ダンキチがこう言ってきた。
「サイ様、その刀に名前を付けてください」
「俺が付けてよいのか?」
「はい、その方がこの刀も喜びますよ」
「そうだな……では“竜魔団吉”と名乗ろう」
「えっ、オレの名前が入ってもいいんですか?」
「名刀には作者の名が入るものだ。この刀はお主が作り上げた渾身の一振り、名を刻むに相応しいだろう。それとも不服か?」
「いえ、そんなことないです! 光栄です!」
「そうか、なら柄のところに銘を掘っておいてくれ」
「はい、今すぐやります!」
刀を渡すと、ダンキチはすぐに鍛冶場へ行ってしまった。
因みに竜魔団吉の竜魔は、ドラゴニス王国の“竜”と大魔境の“魔”から取って合わせたものである。
どちらにも関わっている俺が使うのならこれ以上ない名だろう。
「どうぞ、サイ様!」
「ありがとう。有難く使わせてもらうぞ、ダンキチ」
「はい!」
「いいな~やっぱり小夜も欲しいです~」




