第伍拾壱話 カロリー王国
「流石はお菓子の国、そこら中から甘い匂いが漂ってきますね」
「あ、これクレハちゃんに似合うかも……」
「ご主人様~、これわたあめっていうらしいですよ! はいあ~ん」
「サヨ様、それは売り物ではございませんか……」
「さ~て、鍛冶屋はどこにあるんだ~?」
「お主等、少々はしゃぎ過ぎではないか。遊びに来た訳ではないのだぞ」
好き勝手に動き周っている連中に注意する。
リズと命は露店をふらふらしているし、小夜は代金を払わず売り物を持ってくるし、修羅は小夜の暴走を止め、ボルゾイ殿も落ち着きがない。
全く、カロリー王国には視察に来ていることを分かっているのだろうだろうか。いや、この様子だと分かっていないだろうな。
『カロリー王国に興味ができたので、視察したいと思うのだがよろしいだろうか』
『え、あ……是非、いらしてください』
ドラゴニス王国の未来を見据えて、隣国であるカロリー王国の内情を知ろうと思った俺は、駄目もとでモティ宰相に視察していいか頼んだ。
モティ殿が顔を引き攣らせながらも了承してくれたので、視察に向かう一員を決める。
次期魔王として修羅には来てもらうことにした。枯葉は「アタイは興味ねぇ」と言って断ったが、命は人間の国に興味があるので参加。水月は留守番をしてくれて、ボルゾイ殿は人間の鍛冶屋に興味があるらしくついてきたいと申し出てきた。
一応小夜の念話を介してリズに聞いてみたところ、『カロリー王国ですか!? 私も行きたいです!』と食い気味で参加したいと言ってきたので、小夜と一緒に来ることになった。
王都にいるアルフレッドを空間転移で屋敷に連れ戻しているので、母上の方は問題ないだろう。ただリズの我儘に付き合わされるアルフレッドは気の毒で仕方がない。老執事が好きそうな紅茶でも買っていってやろう。
因みに、リズと小夜もゾウエンベルク家の使用人だと分からないように仮面を被っている。俺のように顔全体を隠すものではなく、鼻から上を隠すような半仮面だがな。
残念だが、完全に魔物の姿のゴップ達は混乱を招いてしまうので連れていく事はできなかった。信玄もタロスも酷く残念がっていたな。
俺と修羅、リズと小夜と命とボルゾイ殿。
この六人でカロリー王国を視察することになり、モティ殿の案内のもと国内を見て回っていた。
といっても、カロリー王国は小国なので視察するのにそこまで時間はかからない。大魔境を出てから、二日足らずで王都に到着してしまった。
彼の国の印象は、ゾウエンベルク領並みにど田舎だということ。
ただ、扱っているものが麦や野菜だけではなく、様々な果物を育てている果樹園が多く見られた。それに加え、加工品を作るための製造工場も多い。
通りかかった果樹農家から新鮮な果物を食べさせてもらったのだが、ドラゴニス王国で食べているものとはまるで別物だった。
とにかく甘い。どこの国でも取り扱っているリンゴにしても、味も甘さも比較にならないほど甘く美味しい。
モティ殿曰く、カロリー王国の土地は果物を育てるのに適しているそうだ。その土地を最大限利用し、より美味しくさせる為に試行錯誤を繰り返しながらお菓子の国として発展を遂げてきたそうだ。
小国でありながら今も尚発展し続けているのは、果物や菓子といった唯一の強みがあるからだろうな。
流石に王都まで田舎ではないが、城下町も多少栄えている町程度だった。これなら、麻薬を扱っていた時のリファーナ領の方がよっぽど賑わっていただろう。
まぁ、俺が麻薬を潰したので今のリファーナ領は随分と廃れてしまっているがな。
「おっと、鍛冶屋を見つけたぜ。サイ殿、ちょいと寄っていくから先に行っといてくれ。儂はお堅いところに似合わんからな」
「分かった、用が済んだら迎えに来る」
「あいよ」
そう言って、ボルゾイ殿は楽し気に鍛冶屋へ向かってしまった。
俺も興味はあるが、まずは国王のもとへ話をしに行く方が先決だ。だというのに、リズや命達は様々な菓子店を見て回っている。
「う~ん、これもいいですね~。あっ、これなんかミシェル様が好きそうです」
「皆は何がいいかな……抹茶味のチョコ……これならスイゲツさんでも食べられるかな。どう思う、シュラ」
「いいのではないか。タロス達には果物を買っていってやろう。シンゲンやマサムネはこの黄色いパイナップルとかいう果物が好きそうだ」
「全く……道草をくってしまって申し訳ない、モティ殿」
「いえいえ、構いませんよ。我が国の物を喜んでもらえて何よりです」
城下町には飲食店や見たことがない珍しい菓子を扱っている店が多く、つい目移りしてしまう彼等の気持ちも分かる。
俺も視察さえなければ、一日中見て回りたいぐらいだ。帰り際、世話になっている者達に土産を買っていくか。
「ご主人様~! なんか冷たくて甘いのがありますよ!」
「魔王様も、よろしければどうぞ」
「ご厚意に甘えて、一口いただこう」
小夜が恥ずかし気もなく大声で呼んでくると、モティ殿も促してくるので、仮面をずらしてスプーンを口に咥える。
(な、何だこれは!?)
口に入れた一瞬で溶けてしまった。
初めての触感だ。冷たく、甘く、柔らかい。若干果物の風味もあって、とにかく美味かった。
「いかがでしょう、魔王様」
「うむ、凄く美味しい」
「それは良かった。こちらはアイスクリームといって、牛乳などを原料にして凍らしたお菓子なんですよ。大人気なのですが、冷凍物なので配達ができず、現地でしか味わえないのです。アイスクリームを食べたくて他国から訪れる人も多いんですよ」
「アイスクリーム……(鑑定眼!)」
『アイスクリームとは、牛乳などを原料にして、冷やしながら空気を含むように撹拌し、凍らせた菓子である』
アイスクリームの美味さに衝撃を覚えた俺は、家でも作れないかとこっそり鑑定眼を使って材料や作り方を盗み見る。
なるほど、材料は牛乳・卵黄、生クリーム・砂糖で作れるのか。作り方もそう難しいものではないし、これならリズに教えれば作ってもらえるだろう。
技術を盗むようで申し訳ないが、余所に売ったりせず身内で楽しむだけだからどうか許して欲しい。
「アイスクリームもそうだが、どのお菓子も素晴らしいな」
「お褒めの言葉ありがとうございます。実はどのお菓子も国王が開発したのですよ」
「そうなのか?」
「はい。国王は政治に関しては余り役に立たないのですが、菓子作りに関しては天才なのです。国が以前よりも豊になったのは、国王様が美味しくて見たこともないお菓子を次々と開発してくれているからなのですよ」
「国王自ら菓子作りか……」
客人に対して、自国の王が政治では役立たずだと宰相が罵るのもどうかと思うが、愛情のある言い方ではある。
菓子作りの才能があるようだし、慕われているのだな。そういえば、この国の民は誰もが笑顔を浮かべていた。
不平不満そうな民も見掛けられなかったし、良き国王なのだろう。
「興味がわいてきた。是非会ってみたいものだな」
◇◆◇
「おぃいいいいいいいい!! 魔王連れてくるとか何考えてんのさ!?」
「申し訳ございません、つい成り行きで」
「馬鹿なの!? ねぇ馬鹿なの!? いっつも僕のこと馬鹿にしてるけどさ、モティの方がよっぽど馬鹿だよね! どーすんのさ、国が滅びちゃうよ!」
「“あれ”が人間の王ですか……王というわりには、ゴブリンよりも弱そうですね」
「そう言ってやるな。人間の場合は強い者が王になる訳ではないのだ」
小声で聞いてくる修羅に人間と魔族の違いを説明すると、哀れむような顔を浮かべていた。彼がそんな顔をするのも致し方ない。
カロリー王国の国王スナックは、顔も身体もまん丸で王の威厳など何一つなかった。外見は二十代前半の青年。俺が言うのもなんだが、子供っぽい顔立ちだ。
その若さで王に就くのは早い気もするが、モティ殿曰く、スナック国王の両親がさっさと引退して自由気ままに生きたいがために、早々と息子に跡を継がせたそうだ。
それを聞いた時はいい加減というか、王としても親としても無責任であるとスナック国王に同情してしまったぞ。
因みに、今王室にいるのは俺と修羅だけだ。
リズと小夜と命は仲良く飲食店と土産巡りをしている。正直羨ましくて俺もそちらに加わりたいが、まずはこちらを片付けなければ。
相手が国王なのでつい頭を下げそうになるが、俺も魔王として来ているので毅然とした態度で声をかける。
「スナック国王、俺は魔王代理のシノビ。突然の来訪を受け入れていただき感謝する」
「あ、うん、はい……ようこそおいでくださいました、魔王さん(別に受け入れた訳じゃないんだけどね!)」
おどおどしているスナック国王に内心でため息を吐く。
本当に王としての威厳がないというか、基本的な儀礼や教養も身についていないようだな。無理矢理国王にさせられたので仕方ないとはいえ、これでは他国との会談の時に困るのではないか? と勝手に心配してしまう。
「そう怖れなくてもよいぞ、国王。既にモティ殿と話はついているが、我々はカロリー王国と友好関係を築くことにした。なので攻め入ったりはしないから安心して欲しい」
「あっ、そうなんだ。よかった~てっきり魔王が僕を殺しにやってきたのかと勘違いしちゃったよ。じゃあ改めて、僕はスナック。この国の王だよ、よろしく」
「うむ、よろしく頼む」
ぐっと握手を交わす。
それにしても軽いな。目の前にいるのは魔王なのだからもう少し疑ったらどうなのだ。騙されて殺されても知らんぞ。
「いや~魔王っていっても子供なんだね。その仮面は元からそういう顔なの? それともくっついてるの?」
「普通の仮面だ。訳あって素顔を見せることができないので、失礼を承知で付けたまま話をさせてもらう」
「全然い~よ。見られたくないのなら無理に見たいとも思わないしね。まぁ折角遠くから来てくれたんだ、お菓子でも食べていってよ。モティ、お願いね」
「かしこましました、陛下」
スナック国王が指示すると、モティ殿がてきぱき動く。テーブルと椅子、それと様々な菓子を用意してくれた。
俺と修羅が椅子に座っていると、モティ殿が紅茶を淹れてくれた。
(毒は入ってなさそうだな)
念のため鑑定眼で毒入りかどうか調べるが、菓子にも紅茶にも食器にも毒はなかった。修羅に視線で問題ないと伝えてから、紅茶を口にする。
「美味いな」
「でしょ? モティが淹れてくれる紅茶はお菓子と合うんだよ。さっ、遠慮なく食べてよ」
「ではお言葉に甘えていただこう。むっ、これは何だ」
「それはチョコクッキーだよ。クッキーの中に粒状のチョコが入っているんだ」
「なるほど、ではいただこう」
国王から説明を受けた俺はチョコクッキーというもの食べる。さくさくとしたクッキーの触感がある中、粒のチョコを噛むとぷちっとした触感がやってくる。
不思議な触感ながら、クッキーとチョコの両方を楽しめるとは驚きだ。このチョコクッキーはなんと美味しいんだ。
「はは、喜んでもらえているようで良かったよ。どんどん食べてね」
「うむ」
(サイ様、顔は隠せても足がパタパタして喜びが隠せていませんよ。なんと可愛らしいんだ!!)
国王が開発した菓子はどれも新しく、美味し過ぎて手が止まってくれない。それにしても、よくこれほど多くの菓子を開発できたものだ。
どうやって想像しているか気になったので、スナック国王に問いかける。
「う~んそうだなぁ、僕は元々お菓子が大好きなんだけど、やっぱり同じものを食べ続けていると飽きちゃうんだよね。それで、今度はこんなお菓子を食べてみたいな~っていう想像が浮かぶんだ」
楽しそうに話す国王はチョコクッキーを持ちながら「チョコとクッキーを同時に食べたいな~ってね」と言い続けて、
「そしたら、自分で作っちゃえばいいじゃんって思ったんだよ。こんな感じだろうな~て考えながら作って、完成したらそのレシピを民に伝えるんだ。そうしたら僕は何もしなくても、彼等が作ってくれたのを買えばいいしね」
(本人は軽く言っているが、天才だな)
無から有を、想像を現実にするのは言うほど簡単ではない。チョコとクッキーを同時に食べれるような菓子を想像しても想像通りに作れるとは限らない。
それを国王は、さも簡単に言ってのけている。
国王としての能力はないが、菓子作りに関しては紛れもなく天才だ。いや、調理法を無償で民に与えて商業を循環させているのだから、国王としての能力もあるといえばあるのか。
「素晴らしい考えだと思う。是非、これからも新しい菓子を開発していただきたい」
「まぁね、魔王さんもいつでもおいでよ。それと食べてみたいお菓子があったら、教えてくれれば僕が作ってあげるからさ」
「うむ、考えておこう」
(素晴らしいアプローチですぞ、陛下。このモティ、感動いたしました。これでカロリー王国の平和は保たれましたでしょう)
カロリー王国に視察しに来て良かった。
スナック国王も人柄が良く、宰相のモティ殿も優秀だ。
国民も幸せそうで、カロリー王国はドラゴニス王国の良き隣人になるだろう。
それに、美味い菓子があるのは良きことだ。




