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第伍拾話 モティ宰相





「カロリー王国宰相のモティと申します。魔王シノビ様、この度は突然の来訪にも関わらずお会いしていただき誠にありがとうございます」


「うむ、こちらもお会いできて嬉しく思う」


「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」



 そう言って、正座をしているモティ宰相はサイに向かって深々と頭を下げる。

 頭を下げている間も、彼の頭の中では思考が高速に巡っていた。



(いやはや驚きましたな。まさか新しき魔王が子供だとは思いませんでした。いえ、子供と断定するのはまだ早いですね。魔族は見た目と年齢が比例しませんから)



 モティの前には魔王シノビなる魔族が椅子に座っている。

 黒髪で、黒ずくめの格好をしており、白い仮面を被った不気味な外見だ。外見や声色から魔族の子供という線が高いが、まだ断定することはできなかった。


 思えば、魔王シノビ領を訪れてから驚きの連続である。


 魔王リョウマに代わって新しく誕生した魔王シノビと友好関係を築こうと考えたモティ。

 流石に国王を魔物が跋扈する大魔境には向かわせられないので、自らが魔王のもとへ出向くことにした。


 スナック国王からは「魔物に食べられちゃうからやめなよ!」と激しく止められたが、最初の一手を間違えるとカロリー王国が消滅してしまうので、危険は承知の上で自分が行くしかなかった。



「おい人間、貴様等ここで何をしている! それ以上入ってくるなら喰い千切ってやるぞ」


「お、お待ちください! 我々は魔王シノビ様にお話しがあって参りました」


「何っサ――魔王様に話だと」


「はい! 私はカロリー王国宰相のモティと申します。どうか、魔王様とお話しをさせていただけないでしょうか」


「……そこで少し待っていろ。いいか、変な動きをしたら殺すからな」


「はい」



 軍の兵士を連れて大魔境に入ったすぐのところで、隻眼のデアウルフに見つかってしまった。しかもその魔物は非常に賢く、共通言語まで話せるので驚いてしまう。


 さらに一方的に襲い掛かってくるのではなく、こちらの話を聞いてくれた。予想通り魔王シノビは魔王リョウマと同じく平和主義で、しかもヴァレリーのように放任主義ではないようだった。



「今魔王様は居ないが、一先ず代わりの者のところまで案内してやる。ついてこい」


「はい、ありがとうございます」



 デアウルフに案内された場所は、魔族ではなく人間が住むような集落だった。

 そこかしこに田畑が見られ、温泉を備えた立派な屋敷まで建っている。それにその屋敷はモティでも見たことがない珍しい造りだった。


 彼が知らないのも無理はないだろう。

 屋敷も含めて、オーガの集落は全て日本風に造られているのだから。


 屋敷の中に入って広い居間に案内されると、これまた見たことのない衣服を纏っている者が四人いた。その者達は角が生えていることを除けば、老人以外美男美女で、ほぼ人間と呼んでもおかしくない姿をしている。

 魔族の代表である金髪の美青年が、モティに問いかけた。



「我はシュラ、魔王様が居ない時に領土の管理をしている」


「カロリー王国宰相のモティと申します。シュラ様、どうぞお見知りおきください」


「挨拶はいい。魔王様に話とは何だ」


「おほん、カロリー王国は魔王シノビ様と友好関係を築きたいという願いで参りました次第です」


「何だと……?」



 モティの突飛な話に困惑するシュラ。

 カロリー王国のことは元々知っているが、魔王リョウマがいた時は関係を築きたいなど言ってこなかった。

 何故今更になってそんな真似をするのだと睨みながらシュラが尋ねると、モティは気圧されることなく理由を説明する。



「嘘偽りなくはっきりと申しあげるのでれば、我が国に安寧をもたらす為であります」


「……どういう意味だ」


「魔王リョウマ様は放任主義であり、自ら領土を管理したりせず魔物も自由にさせておられていたと思います」


「ああ、そうであるな」


「ですが、新しく魔王となったシノビ様は積極的に領土の管理に関わり、人間側にも侵入するなとわざわざ警告されております。あなた方の隣にいる我が国としては、争いを好まず“話ができる”シノビ様と友好的な関係を築きたいと思っているのです」



 魔王リョウマは他人に興味がなく話をする余地もなかったが、魔族にも人間にも色々と配慮している魔王シノビなら話を聞いてくれるのではないか。


 隣に位置するカロリー王国としては、例え魔王シノビに争う気がなくても、万が一を考えて仲良くしたいとモティは話しているのだ。



「お前の言いたいことはよく分かった。だが、我の判断では回答できない。魔王様に話を聞くので、それまで待ってくれ」


「勿論でございます。寛大な処置をしていただきありがとうございます、シュラ様」



 一先ず集落にある客人用の家に案内され、魔王が来るまでここに居てくれと伝えられる。十分快適に過ごせて、なんなら敷布団や料理も用意してもらった。


 まさか魔族にもてなされるとは思ってもおらず、モティや兵士達は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべて驚いていた。


 その翌日。

 魔王シノビが戻ってきたので話ができると言われ、モティ達は屋敷の客室に案内された。そこには一人だけ椅子に座っているシノビが居て、傍らにはシュラやクレハといったオーガが控えている。


 さらに屋敷の外にはタロスや信玄やゴップ、昨日案内してくれた政宗のような凶悪な魔物が見えるところに居て、尋常じゃない威圧感に兵士達は生きた心地がしなくて震えあがっていた。


 正直な話、この場にいる中で一番威圧感がなくて安全そうなのが魔王シノビだった。


 未だに深々と頭を下げたままのモティに顔を上げてくれと言ったサイは、続けて話す。



「大体の話は修羅から聞いている。こちらと友好関係を築きたいということだったな。大方、攻め入られないように取り入りたいといったところだろう?」


「(思っていた以上に“話ができる”ようですね……)流石は魔王様、こちらの考えは全てお見通しでございましたか。おっしゃる通り、私達のような小国など魔王様方にとっては吹けば飛んでしまう紙切れのようなもの。いつ攻めて来られるかと恐怖を感じながら日々を暮らすよりも、友好な関係を築き争わないという保証を得て、安心に暮らしたいのです」



 今モティが話した通り、カロリー王国が欲しているのは“安全の保証”だった。


 魔王リョウマの時は人間界を攻めてきたりはしなかったので何も対処しなかったが、千年ぶりに新しく魔王の座についたシノビの場合はどうなるか分からない。


 もしかしたらカロリー王国を滅ぼそうと考えているのではないかと不安を感じながら黙っているよりも、早い内に接触して友好関係を築き、侵略しないという“約束”を手に入れたかった。


 そもそも凶暴な魔族と約束なんて取り付けられるかが疑問ではあるし、最悪怒らせて侵略しに来るパターンも考えられたが、魔王シノビの平和主義な行動を見ると実現できると踏んだのだ。



「友好関係など築かなくとも、元々こちらに他国を攻める気はない。まぁ、そちらが攻め入ってくるのなら話は別だがな」


「――っ!? め、滅相もありません! 我々のような小国が魔王様に牙を向けるなどあり得ません」


「国はそういう方針でも、冒険者やハンターとやらはそうでないのではないか? そちらを御しきれるのか?」


「……情けない話ではありますが、御しきれると断言することはできません。我が国は冒険者やハンターの方が軍よりも力が強くなってしまっているので。ですが、最善は尽くします!」



 嘘偽りなく告げるモティ。

 カロリー王国は軍よりも冒険者ギルドやハンター協会の方が力関係が上である。冒険者ギルドは一応国の管理下に置かれているが、そこまで強く言えないし、非合法のハンター協会に限っては手に負えなくなっているのが現状だ。


 それでも好き勝手させないことを約束するモティに、サイは「構わん」と一蹴して、



「もとより侵入してくる者は始末するだけだ。逆上してそちらを攻めたりはしない」


「魔王様の寛大な御心、誠に感謝いたします(なんて話が分かる魔王なんでしょうか。こちらの事情まで汲んでくれるとは助かりますな)」


「そちらが友好的な関係を結びたいことは分かった。口約束ではあるが、我々からカロリー王国に攻め入ることはしないと伝えておこう」


「ありがとうございます、魔王様。カロリー王国を代表して、感謝を述べさせていただきたいと存じます。つきましては、友好の証として我が国の特産品をお納めください」


「うむ、有難く頂戴しよう」



 正座したまま深々と頭を下げるモティは、紙に包まれた大きな箱を捧げるように渡す。椅子に座っているサイの代わりにシュラが受け取り、中身を確認した。



「我が国で作っている最高級のチョコレートでございます。それとクッキーに飴なども入っております」


「最高級のチョコレートだと……」


「ど、どうされましたか?」


「いや、何でもない」



 箱の中がチョコレートだと聞くと、一瞬だけサイが動揺する。


 その反応を見てモティは不思議そうだったが、シュラ達は胸中で微笑んでいた。サイの大好物がチョコレートなのは皆が知っているし、最高級だと聞けば動揺するのも無理はない。


 サイには後で食べてもらおう、勿論一緒にだ。

 普段無表情なサイが子供のような無邪気な笑顔を見せる時は甘い菓子を食べている時だけなので、そのチャンスは是非とも見逃せない。



「モティ殿、品を受け取っておいて今更だが俺は魔王ではなく魔王代理だ」


「へっ? とおっしゃいますと?」


「元々俺は魔王の代理をしているだけだ。先代魔王のリョウマが戻ってくればすぐにでも明け渡し、戻ってこなくてもいずれはこちらの修羅が魔王となるだろう。俺はそれまでの代理という訳だ」


(やられた!)



 突然のサイの告白に、モティはしてやられたと焦る。


 最初から子供が魔王なんて不思議だとは思っていたが、代理だとは思ってもみなかった。それでは、友好的関係を今築いたところで魔王シノビが降りたら白紙になってしまうではないか。


 たった今口約束をした後のタイミングで代理のことを言うとは……話ができるレベルではない。魔王シノビは頭がキレる策略家だ。


 と、そんなことを考えているのだろうな~と見抜いているサイは、困っているモティを安心させるように告げる。



「そう焦るな、モティ殿。修羅が魔王になっても関係は継続させるし、もし先代魔王が戻ってきたら俺から伝えるつもりだ」


「あ、ありがとうございます! (脅してから安心させ、こちらの心を掴む。魔王は人心掌握にも長けているのか……!)」



 ただ魔王代理であることを言うのを忘れていただけなのだが、勝手にビビッてサイの評価を爆上げするモティ。

 とんでもないやり手だと勘違いしているモティに対し、サイは別のことを考えていた。



(カロリー王国か……ドラゴニス王国の隣国であるし、いずれ姫様が女王になったら関わる頻度も多くなるだろう。彼の国の様子と国王がどんな者なのか、この際詳しく調べても良いかもしれんな)



 今後を見据えて、サイはカロリー王国の内情を知ろうと考えた。


 カロリー王国にもゾウエンベルク家の内通者がいるが、こうして向こうから友好関係を築きたいと言ってきたのだし、サイ=ゾウエンベルクではなく魔王シノビとして堂々と関われるチャンスでもある。


 それにサイなら国王に会うことはできないが、魔王としてなら会えるかもしれない。カロリー王国の国王がどんな人間か知れる機会を逃す手はなかった。



「モティ殿、急で悪いがこちらからも頼みたいことがある」


「何でしょうか。我々で可能なことでしたら何でもいたしましょう」


「そうか。ならカロリー王国に興味がでてきたので、視察したいと思うのだがよろしいだろうか」


「え、あ……是非、いらしてください」



 魔王が王国に視察などと前代未聞のことをお願いされたモティは、長年勤めてきた宰相としての勘のままに答えてしまったのだった。



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