第肆拾玖話 ふれあい
「サイ様、よくぞおいでくださいました」
「うむ。元気にしていたか、シュラ」
「はい、と言いたいところですが、サイ様と中々お会いできず心なしか皆の元気がありませんでした。勿論我もですが」
「そうか」
リズの魔法でオーガの集落にある屋敷に空間転移し、修羅と軽い挨拶を交わす。お世辞だろうが、そんな風に言ってくれるのは嬉しいものだな。
修羅から近況報告を受けていると、カロリー王国の使者の話題になり、申し訳なさそうに謝ってくる。
「お忙しいところお呼びだてして申し訳わけありません。できれば我等だけで解決したかったのですが、人間達がサイ様に御用があるというので……」
「謝る必要はない。だが修羅には早く魔王になってもらわねばな。何やら、俺が魔王だという噂が広まっているそうだぞ」
「ははは……精進いたします」
「ところで、使者達はどうしている」
「客人用の家に泊めています。こんな事もあろうかとボルゾイ殿に用意してもらっておいて助かりました」
「そうか。なら話は今夜ではなく明日の方がよいだろうな」
「では、サイ様もこちらに泊まっていただけるのでしょうか」
「うむ、そうさせてもらってもよいか」
「勿論です! きっと皆も喜びますよ」
もう夜も更けているし、急いで今日会う必要はないだろう。カロリー王国の使者も焦っている訳ではなさそうだしな。
屋敷の縁側に置いてある俺専用の椅子に座って月見をしていると、大魔境の住人が続々とやってきた。
「よぉガキんちょ、全然来ねーからくたばっちまったかと心配したぜ」
「お、お帰りなさい……サイ様」
「お主達は相変わらずだな」
オーガの枯葉と命が顔を見せに来た。
枯葉が俺の頭をガシガシと無遠慮に撫でるのも、命がはきはきと話さないのも変わらないまま。魔族といえど一月ぐらいでは変わらないか。
水月の姿が見当たらないので尋ねると、政宗に乗ってドワーフの住処に向かっているそうだ。
わざわざ迎えに行かなくても、明日あたり俺からドワーフの住処に訪れるつもりだったのだがな。消費した忍具を補充したかったし、ダンケが作ってくれた刀の刃こぼれも直してもらうつもりだった。
「サイ様! タロス嬉しい! ムフー!」
「お会いできるこの日を待ち望んでおりました」
「あれから忍技も上達したので、サイ様に是非見てもらいたいです」
「うむ、お主達も元気そうで何よりだ」
牛魔将軍のタロスに、蟻人の信玄と、ゴブリンキングのゴップも来てくれた。
彼等の仲間であるミノタウロスやキラーアントやホブゴブリンも、皆元気にしているらしい。
聞くところによると、タロス達ボスも含めて三種族の間で稽古を行い競い合っているそうだ。切磋琢磨できる仲間が身近にいると成長も早いだろう。
彼等に稽古の相手をして欲しいと頼まれたので、用が済んだ後ならと伝えれば大はしゃぎして稽古の順番を争っていた。そんなに嬉しいのか……。
「よぉサイ殿、相変わらず小さいな!」
「サイ様!」
「おやおや、既に皆さんお集まりのようで」
「わざわざ来てくれてすまぬな」
「なんの! サイ殿が来てるというのに、顔を見せに行かんという訳にもいかぬだろ」
ボルゾイ殿を迎えに行っていた水月と政宗が戻ってきた。
ダンケも来たがっていたが、彼は俺の刀作りがまだ終わっていないので来れないと断ったそうだ。
俺の為に悪いなと申し訳なくもあり、腕を上げたダンケが作る刀が楽しみというのもある。
政宗の毛並みを撫でていると、リズが飯の前に温泉に入ろうと言ってくる。
俺は入らなくてよいと断ったのだが、「いいから入んぞ」と枯葉に捕まってしまった。女風呂に連れて行かれる俺を、修羅達男連中が寂しそうにこちらを見ているのが気になった。
おい……もしかしてお主等も俺と風呂に入りたいとか言うんじゃないだろうな。
「なんだよガキんちょ、全然大きくなってね~じゃん」
「阿呆、一、二ヶ月で変わるか」
「はぁ……やれやれ、クレハさんは分かってませんねぇ。小さいからこそ可愛くて素敵なんですよ」
「ウ、ウチもそう思います」
脱衣所でリズにひん剥かれた俺の身体を見て馬鹿にしてくる枯葉に突っ込んでいると、リズがため息を吐きながら否定し、リズの考えに命が同意する。
可愛いとかはさておき、小さい小さいと連呼されるのも男として少々苛立つな。子供の身体なので仕方ないことではあるが。
「小夜はサイズなんて気にしませ~ん。さぁご主人様、小夜が優しく丁寧にお体を洗って差し上げますね」
「嫌だと言ってもやるのだから勝手にしてくれ」
「は~い!」
そういえば小夜達に身体を洗ってもらうのも久しぶりだな。王都に出発してからはずっと水に濡らした布で身体を拭くだけだった。隠れ家には風呂があったが、入る必要もなかったので変わらず布で拭いていた。
誰かに身体を洗ってもらうのもいいものだな、と改めて感じた。
心地よいのもそうだが、自分でやるよりも圧倒的に楽だ。
「どうですか~ご主人様~」
「うむ、中々良いぞ」
「えっ、ご主人様が素直です! じゃあもっとサービスしちゃいますね!」
「そういう助兵衛なのはやめろ」
「あ痛っ、ごめんなさい、ちょっと調子に乗り過ぎちゃいました」
「うむ、わかればよい」
手で擦っていた小夜が、大きな胸や全身を使うようないやらしい事をしてきたので、頭に手刀を叩き込む。
折角心地良かったのに水を差すような真似はするなと注意した。リズと小夜は隙あらばこういうことをしてくるからな。
「そうですよ小夜、何事もやり過ぎは駄目なんです。ではサイ様、一緒に入りましょうか」
「勝手にしてくれ」
石鹸を洗い流された俺は、リズに抱っこされ風呂に浸かる。
久しぶりの温泉は心身に染みわたり、疲れが流れおちていくようだった。俺を抱えているリズに身体を預けると、丁度首元に大きな胸が当たり柔らかい枕のように支えてくれる。
「はぁ、こうしてサイ様を抱きしめている時が私は一番幸せです」
「よぉ、そんなにいいもんなのか?」
「勿論ですよ! このジャストフィット感がたまらないんです!」
「そんなに言うならアタイもやってみっかな。ちょいと借りるぜ」
「ああもう、何するんですか!」
ひょいとリズから俺を取り上げた枯葉は、リズがしていたように俺を抱える。
うぬぅ……リズと違って枯葉は筋肉質なので、身体の収まりが悪いな。人によってこうも感触が違うのか。
「う~ん、別に何にも感じね~けどな」
「それはサイ様への愛が足りないからです」
「そ~かい、んじゃあアタイだけじゃなくてミコトにも感想を聞こうじゃねぇか」
「ちょっとクレハちゃん、ウチはいいよぉ」
「ほらほら、遠慮すんなって」
枯葉は俺を抱え、命に無理矢理抱えさせる。
命は女達の中でも一番身体の線が細いので、俺を抱えるのに大変そうだった。だが、俺の腰に手を回して支えてようとしくれるのは分かる。
「どうだクレハは、ガキんちょを抱っこしてなんか感じるか?」
「わ、わかんないよぉ……」
「ならご主人様は小夜が預かりますね」
顔を真っ赤にして困惑している命から俺は引っ張り上げられ、最後に小夜が抱っこして湯につかる。
慣れているからか、枯葉や命よりも収まりが良かった。
「ところでサイ様、全員に抱えられて誰が一番座り心地が良いですか?」
「……そんなものは知らん」
「ええ~! 教えてくださいよぉ!」
本当のところ一番心地良いのはリズなのだが、それを言うとまた調子に乗って何をやらされるか分かったものではないので、敢えて言わないでおくことにした。
◇◆◇
「美味い。この漬物は信玄が作ったのか?」
「ハイ。仲間と共に作りました」
「そうか……米に合って美味いぞ。よく作ってくれたな」
「ありがたき幸せ」
風呂を上がって居間でゆっくりしていると、リズと小夜と命が料理を作ってくれたので、皆で夜食を食べることにした。
最近はアルフレッドが用意してくれた異国の食べ物ばかりだったので、米に焼き魚と久しぶりに食べる日本食は非常に美味かった。
特に信玄が作ってくれた漬物には感動してしまった。後は味噌汁があれば完璧なのだが、ないものねだりをしても仕方がない。そもそも味噌の作り方が分からないのだからな。
「ではサイ様、私と小夜はこれで失礼しますね」
「うむ、母上によろしく伝えておいてくれ。俺もカロリー王国の件を済ませたら一度顔を見せるつもりだ」
「え~、小夜はご主人様ともっと一緒に居たいですぅ!」
「我儘を言わない、私達にはお仕事があるでしょ。アルフレッドさんが居なくて大変なんですから」
ご飯を食べ終えた後、リズは小夜と共にゾウエンベルク家に帰った。
母上を一人きりにしてはならぬし、屋敷の仕事を疎かにもできん。ゾウエンベルク家には元々アルフレッドとリズしか使用人がおらんからな。
アルフレッドが王都にいる今、リズと小夜の二人で家事をこなしているのだろう。
「サイ様、一局お付き合いしていただけないでしょうか」
「うむ、構わぬぞ」
修羅から将棋の相手を頼まれた俺は、縁側の椅子に座って駒を指す。
何故かタロスや信玄やゴップも静かに観戦している。どうやら将棋を覚えている最中だそうだ。
将棋に興味がない水月とボルゾイ殿と枯葉は居間で静かに晩酌している。命が甲斐甲斐しくつまみを出したり酒を注いでやっていた。
その光景を横目に、駒を指しながら修羅に近況を尋ねる。
「こちらの方はどうだ、何も問題ないか」
「はい、今のところ落ち着いております。どうやらキュラソンも、ファウストを失ったことで帝国とのいざこざがあり、我等を相手にしている暇はないようです」
「ふむ、そうだったのか」
大陸の北側の殆どを掌握しているゼーラ帝国と、魔王キュラソンが支配している領土は隣接している。その国境の防衛を【死霊王】ファウストが千年間守り続けていたのだが、奴は俺達との戦いで死んだ。
厄介な敵が勝手に居なくなったのを好機に、帝国側は攻めに転じてキュラソンの支配領土を奪ったそうだ。
そちらに対処するのが大変で、俺達の方に手出しする暇がないだろうというのが修羅の考え。
強敵だったファウストがいないとはいえ、魔族の領土を奪い取るとは驚きだ。流石は、最強の軍事国家と云われるゼーラ帝国だな。
今のところ戦争は起きていないが、我がドラゴニス王国も帝国と隣接しているし、彼の国の動向に注意した方がよさそうだな。
「サイ様はどうなされていますか。やはりお忙しいのでしょうか」
「うむ、少々予想外のことが起きてな。今後も忙しいままだろう」
将来的には父上からゾウエンベルク家当主の座を引き継ぎ、貴族として民と領土を導き見守るものだと思っていたのだが、父上からゾウエンベルク家の宿命を聞いてそれどころではなくなってしまった。
その上、女王の正当後継者となる竜紋が発現した王女が、まさか織姫様に瓜二つのオリアナ様というのも予想外だ。
ゾウエンベルク家は国家の影の組織であり、女王に仕える者。まだオリアナ様は成人になっていないので正式な女王となっていないが、俺はオリアナ様を主君として必ず守り抜くと誓った。
特に今は第一王女のマーガレットや第二王女のコーネリアの派閥からお命を狙われている為、できるだけ側にいて見守っていたいと思っている。
「そうですか……」
「忙しくはあっても、今回のように何かあればすぐに駆けつける。小夜を介してリズに頼めばすぐに来れるしな。だからお主等もそんな顔をするな」
「「はい……」」
浮かない顔をしている修羅と、分かりやすいほど落ち込んでいるタロスとゴップと信玄にそう伝える。
全く、こ奴等もいい加減俺離れしてもらわんと困るぞ。まぁ、それほど慕ってくれるのも悪くはないのだがな。
「俺の負けだ。もう修羅には飛車角落ちでないとまともな勝負にならんな」
「そんなことはありません。我なんかまだまだです」
「謙遜はよせ。ふむ、今度はタロス達と指すか」
「タロスやる! ムフー!」
「おいタロス殿、卑怯だぞ」
「そーだ! オレ達で順番を決めよう!」
「サイ様、我ともまたしてくれますよね?」
不安げに聞いてくる修羅に「さて、どうかな」といたずらな言い方をすれば「そんな……」と真に受けてさらに落ち込んでしまう。
そんな愉快な者達に満足した俺は、ぱんっと膝を叩き、
「さぁ、明日に備えてそろそろ寝るぞ」
「「はい」」
その日の夜は居間に布団を敷き詰めて、皆で仲良く雑魚寝をしたのだった。




